23話
「まだ食べられるだろ。ほとんど水みたいなもんだ。できれば完食してくれよ」
見透かされているのか、彼は粥を盛って渡してきます。
「消化はいいはずだが、ちゃんと咀嚼するんだぞ」
そんな保護者ぶった言い方も不思議と気にならなくなって、僕は静かに頷き、椀と口の間で匙を往復し続けました。
四杯ほどおかわりをすると、土鍋は空になりました。よもや完食できるとは思っていなかった僕の腹はしっかりとふくれて、過ぎた苦しさもなく、満たされていました。早庭さんは土鍋と椀の底をのぞいて機嫌を良くし、「もっと食べるか?」と勧めてきます。
「もう十分です。ごちそうさまでした」
「デザートもあるんだ。それなら食べられるだろ」
食後に甘いものを食べる習慣のない僕でしたが、それくらいまあいいかという余裕があったので、頂くことにします。早庭さんは冷蔵室をあけて、白磁の小鉢を二つもってきました。
「甘さは控えめにしてあるよ。君も酒飲みだからね。ケーキなんかよりもこういうものの方がいいだろう」
手渡された小鉢をのぞくと、豆腐に似た白い柔肌が揺れています。粥にも入っていたクコの実が添えられていることからして、杏仁豆腐です。
波打つ白い肌にスプーンを置くと、それだけで表面はさけ、沈んでいきます。スプーンを持ち上げ口へ入れると、乳でできたゼラチンは舌の上ですぐさま溶けていきます。買ったり、店で食べたりしたことが数回しかない僕でも、この杏仁が素晴らしく美味しいものだということは分かり、それだけに食べきるのが勿体なく、ゆっくり、無心で味わいました。
最後の一匙が舌の上から消えてしまうと、僕は寂しい気持ちになりました。これなら何杯でも食べられる気になって早庭さんの顔を見ます。
「本当に美味しいです」
「それは良かった。気に入ったのなら、また作り置きしておくよ」
おかわりがないのだと知って、心底残念でした。
「少し休んだら家のなかを案内するから」
早庭さんは土鍋や器をさげ、洗いものを始めました。無駄のない一連の所作を見ていると、独り身なのだということが僕にも分かりました。
からだの芯がほかほかとしてきて、僕は膝を抱える手をほどき、後ろにつきます。なんだか妙な感じです。他人の家のはずなのに心地よくほぐれていくのです。ついにはからだを支えることもできなくなって、僕は床に寝そべってしまいました。上役の家なのだから、こんな無作法はいけない。そう何度も自分を律して起き上がろうとするものの、からだは水を吸った泥のように重く、かつ気持ちが良いものですから、僕はべったりと床にこぼれてしまいました。




