22話
僕が手のなかに息を吹きかけていると、早庭さんは嬉しそうに、
「で、何か食べたいものはあるか?ある程度のものはつくれるから、気兼ねなくリクエストしてくれ」
「ええ」
僕は考える振りをして見せたものの、食欲などありません。栄養素を摂るのならジュースで構わないのです。まごついていると、早庭さんは、
「おかゆでいいよな。食べたいだろ」そう言ってすぐにキッチンへ戻ってしまいます。
僕はもちろん食べたくはありませんでしたが、それを伝えても受け合ってもらえないでしょう。彼の浮き立つ背を見送って床に視線を戻しました。
十分ほどすると傾いた僕の耳にぷつぷつと煮える音が届き、湿ったあたたかな空気が流れてきました。また少しすると、米の甘い匂いが混じるようになり、人参や菜物の匂いも添加されます。それを吸いこんでいると、胃の辺りがむずむず動くような感覚があって、しまいにぐるうと鳴りました。まだからだが食べ物を求めていることに驚きつつ、そんなはずはあってなるものかと、腹をずっと圧していました。しかし、僕の気持ちなど汲んでくれるはずもなく、内臓は鳴り続けます。
「お待ち遠さま」
顔を上げると、テーブルの上に白い土鍋が置いてあり、早庭さんが蓋を取ると水蒸気が柱になって立ち上がりました。それを僕の顔の前に持ってきて、
「美味しそうだろ。実際美味しいんだぞ」
霧散する湯気のなかで彼は微笑んで言います。僕はそれでも食べる気などなかったのですが、裏腹に腹は大きく鳴り、彼の満面の笑みを誘いました。
「そうかそうか」
早庭さんは頷きながら器によそって、僕に差し出します。
僕の手のなかには、米とたまごが溶けていて三つ葉や知らない赤い種子が添えられています。匙をとることがためらわれ、しばらく椀を見つめていました。
「どうしたんだ、腹減っているんだろ」
「この赤い実は・・・」
「ああ、クコの実だ。肺や腎にいいんだぞ」
彼は木の匙をとって、
「私が冷ましてやろうか」と、匙の先に息を吹きかける真似をします。
「いいです。自分の手で食べられますから」
「熱いからな、よく冷まして食べるんだぞ」
まるで子どもあつかいです。僕はむっとしながら匙を受け取り、椀からすくってみます。
木の円に縁取られた粥は、わだかまった糊のようで食べ物のように見えませんでしたが、甘い匂いに抗えず口へ運びました。口内に入った粥は舌の上をすべって、そのまま喉とその先へ流れ落ちていきます。調味料は使っていないのでしょう。香りよりも控えめな甘さが舌に触れ、後味を残さないそれを、一椀ぺろりと平らげてしまいました。
早庭さんは、近親者に向けるような朗らかな顔で僕を見つめながら、
「いい食べっぷりだ。やっぱり腹が減ってたんじゃないか」と言いました。
これは僕にとっても驚きでした。ここに来るまでは確かにものを食べる気がこれっぽっちもなかったのですから。それが今では、もう二杯三杯食べたい気になっているのです。けれど、食欲がないと言った手前、おかわりを求めるのが恥ずかしく、空の椀を持ちながら唾を飲みこみます。




