21話
七
信号を流し見ながら数十分経つと、僕たちを運ぶ乗り物はスピードを緩めて大通りを曲がりました。
左右を走っていく建壁はどんどん低くなって、道が明るくなってきます。車内に乗りこんでからというもの早庭さんは喋らなくなった代わりにじろじろと僕を眺めるようになって、僕が見返すと、さっと目線をはずすのです。それを繰り返されたら気にならない方がおかしく、僕との会話の糸口を探しているように思えました。
「急に僕なんかがお邪魔したら、ご家族の方に迷惑なのではないでしょうか」
「今はいないから、そんな心配はしなくていい」
怒ったように聞こえて、顔色を伺いましたがそんな様子はありません。表情がないのです。訳ありなのだと察して、それ以上聞きはしませんでした。
早庭さんは運転手へ細かな指示を出して、車をカーヴさせたり徐行させたりして、僕はそれを脇目に窓外を眺めていました。住戸の壁面の色なのでしょう。ウォームグレーやチョコ色が多く見られるようになってきました。僕はぼんやりしながらも何だかお腹が痛くなってきます。他人の家に呼ばれるのは久しぶりのことで、ましてや上司の家へ入るのは初めてなのです。フランクに接してきますが、早庭さんはあくまで上役です。こんな状態で上がりこめば、何かしら粗相をするのは間違いなく、訪問する前から心配になっているのでした。
「十字路を超えてすぐ左の家」
そう言って早庭さんは車を停めさせました。彼が先に降り、僕もつられて尻を擦ります。
「ここだよ」
彼が指す家の方を上向いたものの、色や大きさ以外の細部はぼやけてどんな家なのか分かりません。二階建で、外壁の色はオフホワイトです。ドアをあける早庭さんに促され、お宅に上がります。立ち止まってきょろきょろ玄関を見回していると、
「掃除が面倒だから余計なインテリアは置かないようにしているんだ。面白味のかける家かもしれないがくつろいでいってくれ」そう言ってリビングへ通されます。
濃色のウォルナットのフローリングに白いクロス貼りの室内には三人用、二人用のソファが一脚ずつ、ガラスのローテーブル、壁一面の大きな造り付けの本棚があり、その棚には難しそうな医学書やら旅行記やらがびっしり詰まっています。
「お茶の用意をするから好きなところに座っていてくれ」
そう言われたものの、座ってよいところが分からず、本棚を眺める振りをしながらずいぶん迷って窓際に座りました。こんな時いつも困ってしまうのです。自分の部屋ですら身の置き場が分からないのに、他人の家では尚更身を持て余してしまいます。どんなに親しい友人、血縁者の家であっても膝を抱えて座りこむと、そこから動けなくなってしまいます。僕は床を見ながら、キッチンにいる早庭さんを横目でうかがっていました。
「なんだよ、そんなところに。尻が痛くなっても知らないぞ」
ローテーブルに盆を置いて早庭さんはソファをはたきます。
「いいんです。床の方が落ち着きますから」
そうか、と不思議そうな顔をして湯呑みを渡してきます。
「紅茶でもだしたいところだけど、白湯で我慢してくれ。腎臓が弱っている時にはナチュラルなものが一番良いから」
「ありがとうございます」




