19話
六
そうして幾日経ったか分からなくなった頃、遠くの方で何かが鳴りました。
聞いたことのある音でしたが、僕にはそれが何だか思い出せませんでした。それは何度も鳴り、僕の注意が向くようになると、チャイムのように聞こえます。どうやら、僕の部屋の呼び鈴を誰かが鳴らしているのです。
関係のないことだと僕は布団をかぶってやり過ごそうとしましたが、チャイムはあまりにもしつこく、どんどんうるさくなってきたので、渋々起きました。外のことにはうんざりでしたが、気に障る呼び鈴を止めなければなりません。のろのろ玄関まで歩き、ドアの錠をまわそうとしました。しかし、もうそれだけの力さえ僕にはなく、両手でやっとあけました。
無言でドアをあけると、からっとした風が流れこんできました。そして、外には人のかたちをしたものが立っていました。その人型は「こんにちは、誘いに来たよ」と喋りました。そういう口をきくからには知り合いや友人に違いありませんが誰だか分からず、ぼやけた顔のあたりを見つめます。僕が目を細めていると、人型の口元が歪んで、「寝起きなのか」と発します。
「起きてはいました。でも、寝ているようなものかもしれません」
誰か分からぬまま僕が応えると、そうか、と言って人型はつづけます。
「この数日会わなかっただけでずいぶんやつれたようじゃないか。食べているのか?」
「食欲が湧かないので、ずっと家にいたんです。水だけ飲めればいいですから」
「それはいけない。栄養を摂らなければからだを保てない。良いおしっこだってできないぞ」
聞き覚えのある声だと思っていたものがその言葉ではっきりと誰だか分かり、人型の輪郭は早庭さんのかたちに収斂していきました。咄嗟に僕はノブに手をかけ、閉めようとしました。
「逃げようとするなんてあんまりじゃないか。君はひとりでいたいのだろうけど、それはとっても危うい。心配してたんだぞ」
ドアの小口に手をひっかけこじ開けるようにして早庭さんは玄関へ入ってきます。僕は恐くなって後ずさりしました。
「どうして来たんですか」
「冷たいね。心配してるって言ったじゃないか。何度か会社から電話したんだが、つながらないから荒川くんに住所を教えてもらったんだ」
心配しているなんて嘘だと思いました。もし本当に僕を気遣っているとしても、それは余計な御世話です。




