15話
ほとんど音の大きさを変えることなく出し切り、先っぽを振ることも忘れて呆然としていると、早庭さんは邪が落ちたようなすっきりとした声で言います。
「すごかった、ずいぶん我慢していたんだね。そんな勢いのおしっこ、私だってしたことがない」
早庭さんは興奮しながら振って、ズボンにしまいます。
「気持ちいいだろうね、している時もした後も」
力が抜けてしまった僕の腰は砕けて、さきほどの暴流がどんな感覚だったかさえ飛んでいました。ただ僕はやり過ごすことに必死で早く終わってくれることを願っていたのです。
「ここに僕を連れてきたのはどうしてですか?」
上書きされていた疑問がふとよぎり、僕は聞きます。
「確かめたかったんだ。君がおしっこ好きな人かどうか」早庭さんは考える間もなく、明るい声で言います。
僕は面食らいました。この定期的な生理現象を厭う人はあっても、好ましいと言う人がいるとは思えませんでしたし、その言葉を聞いたのも初めてではない気がしたのです。そう遠くない過去に、どこかで。僕が惑う素振りをすると、早庭さんは笑います。
「やっぱり覚えていないんだな。あの時もこうして一緒におしっこしたじゃないか。公園で」
公園と言われ、はっきりと血の気が引くのを感じました。公園で放尿したのはあの一回きりで、怪しげな男から「おしっこは好きかい」と不気味なことを言われたはずです。あの男は早庭さんと同一人物なのでしょうか。もし、そしそうなら、あの時の答え合わせをわざわざこんなところに連れてきてまで求めているのは何故でしょうか。僕の胸はざわついて目の前の人間が、早庭さんでも部長でもなく、真っ黒な恐い存在に思えてきました。
「どうして僕だと?」
早庭さんはポケットに手をつっこんで応えます。
「私はね、一緒におしっこした人間のことは忘れないんだ。どれだけ昔のことでもね」
あの時は真っ暗闇で、互いの顔などほとんど見えなかったはずで、それでも僕の顔を覚えていたのだとすれば驚くべき執着です。今につながる不調の始まりは嫌でも覚えていますが、あれが誰だったのか詮索はしてきませんでした。その元凶が自ら悪事を告白しているのです。彼の顔をにらみつけて、これまでの辛苦をぶつけたい衝動に駆られました。けれど、僕の恨みなど考えもしない早庭さんは、ゆっくり口笛を吹いて楽し気です。これが逆恨みだと分かっていて、その苦しみの一部でも返してやりたい気持ちがありながら彼の陽気を感じていると、恨みのやり場がなくなって、発散されずにからだを内から圧迫し始めます。腹の底に黒いものがゆっくり沈んでいくのが分かります。
「でもね、出会いが三度あるのは、これが初めてなんだよ。偶然思わぬ場所で隣り合うことはあっても、三度目はないんだ。だから、私たちは特別なんだ」
会社の手洗いでのことをカウントしているなら、確かにこれで三度目です。彼にしてみれば偶然とは呼べない嬉しい出会いなのでしょうが、僕にとってはそれが不幸です。からだを壊し、排尿を厭うようになった因なのです。
「本当にそうでしょうか」
「え?」




