14話
「いい加減、チャックを下ろしたらどうなんだ。せっかくおしっこをしに来たんだ。しないなんて言わないでくれよ。それとも、やり方を忘れたのか?」
早庭さんの言う通り僕はそれを忘れていました。と言うより、元から知らなかったのだと思います。それを知っていたなら、悩んでなどいないのですから。
「僕には難しいかもしれません」
そう言うと、薄闇のなかで彼が笑ったように見えました。
「とても簡単なことだ。まず窓をひらくだろ、顔を出して、あとは締まりを解くだけだ。声を出すみたいにね」
早庭さんは下半身を露わにして、ほら簡単だろ、と両手を広げます。
「それじゃお先に」
じゃばじゃばじゃ。数メートル下の川面から落水の音が返ってきて、声というには嗄れ過ぎていましたが、嫌な響きではないのでした。自然を感じて、自ずと手が下半身にのびました。自暴自棄になってもいたのでしょうが、その音を聴いていると同じ音が自分にも出せるように思えたのです。
おちんちんを出すと、風に吹かれて揺れました。身震いして手を添えると縮こまっていて、僕の状態を映して小さくなっているのでした。あとは錠をあけるだけ。思い切って下腹部に力をこめますが、ゆるむ気配はありません。ポンプのようにぎゅっぎゅっと内から押すのですが、そうすればするほど、閉まる感覚が強まります。
僕はしたくてしたくてたまりませんでした。苦しいのです。膀胱が膨らみに膨らんで痛いほどなのです。けれど、出ません。末期なのだと、ここまでしても出ないということは、自分のからだは全くおかしくなってしまったんだと暗い気持ちになりました。
「もうそろそろだろう」
早庭さんの声に振り向くと、先っぽから、ちょろっと一雫落ちた気がしました。あれ、と思うと同時に暴力的な流れが起こりました。慌てておちんちんを持とうとすると、
ばばばばばば。
圧倒的な水圧と量に翻弄され僕のホースは暴れまわり、制御なんてことはできません。端部を押さえじっとすることが精一杯です。それは僕のものでありながら、雨後の川のような強い自然の力です。鉄砲水はずいぶん長く続きました。息継ぎできず、溺れているかと思うほどに。




