12話
四
「今日も美味い酒をありがとう」
「いえいえ、またいらして下さい。森原くんも」
「ごちそうさまでした」
からだの動きが緩慢になった部長、いや早庭さんはよたよたと歩き、僕も彼を追って店から出ました。時計を見ると、一時間強経っていました。外の賑わいは変わらず、悪酔いした男女が路面で抱き合いながら回っています。もう宵も深いのだと思うと、やっぱり帰りたくなりました。早庭さんはふらふらとして僕のことなど酔いのどこかに沈んでいるようでした。それでも、このまま立ち去ることなどできず、しばらく適度な距離を保って後ろからついていきました。
早庭さんはどこまでも歩いていきます。飲み屋どころか商店の集まる街区からも離れ、人気のない寂しい感じのする方へとばかり進んでいくのです。肌寒くなってきて、僕はおしっこがしたくなりました。彼がどこへ行こうとしているのか分かりませんが、このままついていったのではいつか漏れてしまうでしょう。僕は迷いつつも彼を呼び止めます。今日くらい不実を働いたところで、しばらく会うことはないのですから。
「早庭さん、すいませんが今日はここらへんで」
僕の声が小さかったのか、早庭さんは気づかないようでした。
「早庭さん、早庭さん、部長」
咎めたその名で、彼は振り向きました。
「どうした?」
「僕はそろそろ」
「ああ、帰りたいのか」
顔のほてりも消え、早庭さんはすっかり素面のように見えました。僕が頷くと、
「これから別の店に行って飲み直そうってんじゃないんだ。寄りたい場所があるから、その用事が終われば帰るよ。時間はとらせない」とあくまで僕を連れていくつもりです。
返す言葉もなく僕が黙ると、早庭さんはまた歩き始め、聞こえないように溜息をついて彼の後を追いました。彼の言う用事とは何でしょう?僕へ見せたいものがあるのでもなければ、誰かに紹介したいというのでもない。酒で感情が昂ったものの僕はまだ面白味のない平地で、そんな若造とどこへ行こうと言うのでしょう。何かさせたいのでしょうか、男同士で?
次々と疑念は出てきます。しかし、それも冷えと尿意が強まるにつれ上塗りされ、何も言わずに立ち去ろうかと思いました。




