11話
「モラルハラスメントですよ。困ってるじゃないですか」
「ああ、ごめんごめん。飲みすぎちゃったかな。しかし、生き辛い世の中だよ。ちょっとでも閾から踏み出れば、こうやってアラームを鳴らされる。他人がつくったものに縛られるなんて、ああ嫌だ」
「偉い方からのお言葉は有難いですね」
カツヤさんが助け舟を出してくれても僕は少しも笑えず、気持ちは曇ったままです。
「手洗いに行ってきます」
尿意はそれほど感じていなかったのですが、その場から一寸離れたく、僕は言いました。しかし、部長は見透かしたように僕の離席を阻むのです。
「もう少しでここを離れるから、トイレは次の場所でしたらいいじゃないか。それに、ここは会社じゃないんだ。役職名はやめてくれ、なんだかこそばゆい」
浮かしかけていた腰を着地させて僕はがっかりしました。ここで解放されるとばかり思ってましたし、これ以上話すこともないのです。呼び方にしても、僕のなかで彼のアイデンティティは役職と癒着して、今更分けることなどできません。部長は部長です。
「なんとお呼びしたら」
「君も固い奴だな。けど、なんとでも呼べばいいと言ったところで困るんだろう。カツヤくんが呼ぶように、苗字で呼べばいいんじゃない」
「ええと、それでは早庭さんと」
カツヤさんは、何がおかしいのか、口に手を当てて笑いを堪えていました。
「そういうことだよカツヤくん。おあいそ」
「はい、少々お待ちを」
グラスに残った酒を慌てて飲み干すと、とても苦く感じました。




