プロローグその2 旅立ちの前に準備ですか?
――翌朝。
「お主等……これはどういう事じゃ?」
今俺は……いや、俺と真己は、正座をさせられている。怒られているからか、真己の耳がしゅんとしているような?
「何故、人間嫌いのお主が、真夜を抱きしめていたのじゃ?」
「酔っていただけです! 本当なら、こんなやつを抱きしめたりしません!」
「ほう、妾の真夜に触れられぬと申すか?」
「い、いえ、触るくらいは、別に……」
「……前なら、当たり前のように嫌だと言っていたのじゃが……真己、まさか真夜を狙って……?」
娘の男友達と話すお父さんか!
実に的を得た例えだと思う。
どう答えても怒られる理不尽。美弥は俺の嫁だし、真己は女の子ではあるが。
「ち、ちがっ……私はただ、辛さを紛らわす手伝いをしていただけで……あっ……」
……あれ酔った勢いとかじゃなくて、ちゃんと自分の意思でやったのか。驚きだな。
「詳しく話すのじゃ」
かくかくしかじか……
「……妾では気づけなかった事じゃからな、まあ、仕方ないということにしておく」
「うぅ……すまない真夜……」
「気にするな。というか、この程度で土下座はやめてくれ」
真面目というか、すごくいい子……共通点があるからなのか、少し態度が柔らかくなっている。
きゅるるる……
「……お腹、空いたのじゃ」
「今すぐ作って来ます!」
バッと部屋から飛び出し……あ、戻ってきた。
「真夜、着いてこい!」
「へ? わ、分かった」
手を引っ張られたので、言われるがままについて行く。なんで俺も行くんだ? 朝食では?
台所に足場を置いて立つと、美弥の分を先に作ると言って、手際よく進めている。
……足場に乗ってるのが可愛らしいな。
「転生してからしばらくは、私抜きで生活しないといけないだろう? 美弥様は料理が出来ないんだ。……となると、真夜に教える他ない」
「なるほど。……にしても、真己って家庭的だよな。家事全般やってるし、料理は凄く美味い」
「そ、そうか? そう言われて悪い気はしないが……」
「でも、言葉遣いだけは女らしくないな」
「っ……普通の話し方だって出来るっ!」
なんだと!? ……驚愕の眼差しを向けていたら睨まれてしまった。ごめんなさい。
じーっと見ていたら、「んんっ」と咳払いをしてから、恥ずかしそうに口を開く。
「え、えっと……何を言えばいいの? いきなり話そうとしたら、思いつかなくて……」
「……じゃあ、俺に教える料理の話とか」
「分かった……まずね、真夜には料理の前に、包丁の持ち方から教えるつもり。変な持ち方だと切りにくいし、危ないから。それが出来たらお肉を焼く時のコツとか、美弥様が好きな調味料のレシピとか、出汁の……ねぇ真夜、聞いてる?」
「あ、ああ、聞いてる。聞いてるが……だいぶ違うな。年相応っていう感じが……」
雰囲気がガラッと変わった。
強気な感じは変わらず、幼い感じ? 今言った通り、年相応という言葉がしっくりくる。
「……見た目に精神が影響されるから。本当は私も大人になってるはずなんだけど……九尾になったせいか、成長が止まっちゃったのよ」
「まあ、おかしくはないと思うぞ。だが、どうして話し方を変えたんだ?」
「……だって、こんなだと周りに舐められるし、あの話し方なら馬鹿にされないかと思って……」
確かに馬鹿にはされないだろうな。
あれを馬鹿にできるのは、正真正銘の馬鹿だ。若しくは、真己の素を知っているか。
でもなぁ……
「……疲れないか?」
「疲れる」
即答だった。そりゃそうだよな、性格自体は殆ど変わらないが、まるっきり話し方が違う。
「あれだ、美弥の前……だと仕える者として駄目か。俺と居る時くらいは自然体で居ろよ」
「……そうする。でも、勘違いしないでね?」
「何を?」
「気を許したとかじゃないから! ただ、隠し通すのも大変だし……仕方なく、だからね? いい?」
どこのツンデレかと聞きたい。
これはつまり、隠し事を共有するくらいには気を許している、ということだろうか。いや、本気で言ってるのかもしれないけど。
「分かった分かった……頭撫でていいか?」
「代わりに殴っていいなら」
「冗談だ、冗談。だから拳を構えるのはやめろ。ほら、出来たなら持って行くんだろ?」
「……すぐ戻ってくるから待ってて」
冗談じゃなくても、あの耳には触りたい。
……あれ? よく考えたら、俺先に来てる意味なかったんじゃ……真己の事が知れたのはいいけど、それが無かったらただ待ってるだけだったよな?
「ただいまー……どうかした?」
「俺が先に来てた意味は?」
「…………な、無かった、かもね」
意外と抜けてるところもあるのか。
「だよなぁ……ま、別に構わんが。で、えーと? 包丁ってこう持てばいいのか?」
「んー、大体合ってるけど、指をもう少しこう……んしょ」
俺の背後に足場を置いて、そこに乗った状態で手を回してくる。密着してるけど、何も言うまい。
ただ一つ、俺はロリもいけるらしい。……これは、美弥が好きな時点で今更だけどな。
「……手の大きさが違い過ぎるんだけど」
「お前の手が小さいからだろ」
「そんなことない。真夜の手が馬鹿みたいに大きいだけじゃないの? ……たぶん」
「とか言いつつ擦るのやめてもらっていいっすか。地味にくすぐったいんで」
「ケチケチしないでよ、減るものじゃないんだし」
「触るだけで手が減るとかホラーだろ」
人間嫌いじゃないのかお前。
いや、ちょっと待て。
子供の時から親と居て?
親が居なくなってからはボッチで過ごし?
……美弥に拾われた。
男の知り合い居ねぇじゃん!
つまりあれか、男が珍しくてこうなったと。
こっちとしてはなんの問題もないな。存分に触れ!
「それで、次は何をするんですかね、真己先生」
「むぅ……いいけどね、別に。それじゃあ、その持ち方でこれを切ってみて」
「人参か」
真己が見守る中で、ゆっくり切っていく。尚、皮は既に剥いてありましたぜ。
トン、トン、トン……スパッ!
「ざっくり切れた……いってぇ……」
「ちょっと!? なんで指を切るのよ! ああもう、血がいっぱい出てるし……手、出しなさい」
「……これでいいか?」
ぱくっ
人参を食った訳では無い。
食われたのは俺の指だ。正確に言うなら、真己が俺の指をくわえている。少し切っただけなら分からんでもないが、結構血が出てるし唾液効果が薄いのでは……?
「…………(れろれろ)」
上目遣いで指に舌を這わせるのは……絵面がヤバい。赤くなるくらいならやらなきゃいいだろうに。
「ん……ほら、治った」
唾液が銀の糸を引いてる感じがなんかエロい。
傷は全く残っていないし、助かるな。
「どうなってるんだ?」
「説明してあげるから、先に手を洗って!」
「血は出てないぞ」
「私の唾液が恥ずかしいの! 汚いから早く洗いなさい」
「ああ、そういう……」
全然気にしていなかったのだが、真己的には恥ずかしいものらしい。美少女の唾液とはいえ、これを舐めて興奮するような性癖は持ち合わせていないので、普通に洗い流す。
「よろしい。……なんで治ったかよね? 霊力っていうものが重要なんだけど……分からないでしょ?」
「何となくなら分かる。体に流れてる不思議なエネルギーみたいなやつで、真己なら……炎を出したり、幻惑を見せたりするんだろ?」
「知ってるかのように言わないで欲しいんだけど……まあ、間違ってないわ。後はそこに、細胞の活性化も含まれていて、唾液が触れてた部分に作用したのよ。ちなみに、表面が塞がっただけで中は治ってないから、気をつけてね?」
便利みたいだし、俺も欲しいな。
あと、口に含まなくても唾を付けるだけで良かったのでは? 絶対言わないけどさ。
「了解。……所で、炎ってどんな感じだ?」
「そこらじゅうにあるわ。この部屋が明るいのも、狐火を害のない明かりとして使ってるからだもの」
「道理で、不自然に明るいと思った訳だ」
ここの明かりは、真己が寝るのと同時に消えるということか。なるほどなぁ……
「それじゃ、続けましょ?」
「おう」
この後、時間をかけ過ぎて美弥に拗ねられたので、夜まで構い続けることになった。
さて、ここからはダイジェストでお送りします。
三日目
木刀を使った鍛錬を本格的に開始。真己にダメ出しをされまくって割と凹む。そして美弥に慰められる。
料理では、また指を切ってしまった。
五日目
鍛錬はぼちぼち。
料理を実際にやってみた所、砂糖と塩を間違えて真己に怒られた。すまん。
十二日目
鍛錬、腕の骨が折れた。
美弥に治してもらって事なきを得たのだが、真己が土下座し続けるので、何度でも耳と尻尾をモフれる権利を貰った。やったぜ。
料理、不味くはない程度にはなった。塩コショウの加減はちょっと間違える。
十八日目
鍛錬、真己から一本とった。油断していない状態だと、初めてである。真己は悔しそうだった。
料理、途中で美弥がやって来たのだが、手伝わせてできたのが宙に浮く謎スープ。二度と料理をさせてはいけない。
夕方から夜にかけていつもの様にイチャイチャしていると、二人で風呂に入りたいと言い出す美弥。
真己が美弥だけだと思って入ってきたのは、まあ、不幸な事故だった。結局三人で入ったのだが。
二十六日目
鍛錬、教える事が特にないと言われた。
料理、レシピを順調に覚えている。味もそこまで悪くないらしい。
この日から最後まで、鍛錬の時間が短くなり、真己が何か作業をするようになった。
――そして、出発の日。
本日最後の手合わせが終わったあと、真己から渡したいものがあると言われ、戻ってくるのを待っていた。
「真夜、これ、持って行きなさい」
「……木刀? もしかして、これを作ってたのか?」
「そ、そうよ……ただの木刀じゃないから。石に叩きつけたら石の方が砕けるし、折れても一日で再生するの」
それは木刀と言っていいんだろうか。持った感じは、手に馴染んで、振りやすい。
そういえば、手の大きさとかも測られた気がする。
「えらく高性能だな。ありがとう、何かあったらこれを使わせてもらう」
「……それと、これも付けておいて」
「なんでミサンガなんだ?」
「ほら、後で合流するのに、目印が無いと難しいでしょ? だから、美弥様と真夜に渡したの。……私も付けてるけど、お揃いなのが嬉しいとか、そういうのじゃないからね?」
なるほど、お揃いが嬉しいと。
大量の尻尾がふさふさと動いてるから、嘘をついてもバレバレである。
「……しばらく会えないんだし、そのもふもふを触らせてくれ」
「し、仕方ないから触らせてあげるわよ……」
俺が座ると、うつ伏せになって太ももに顔を置く。いつも、こうするとどっちも触りやすいから、と真己自らやってくれる。
「……もう少ししたら、このもふもふはしばらくお預けか……」
「本気で残念そうね」
当たり前だろ、こんなもふもふ他では味わえないぞ!
単純に、真己と会えないというのもあるが。毎日鍛錬と料理を教わっていたし、急に会えなくなるというのも寂しいものなのだ。
「急に会えなくなるのも寂しいんだよ……」
「へ?」
「あ?」
口に出てたか?
真己はみるみる顔を赤くしていき、やがて限界に達したのか、顔を伏せて足をバタバタ動かしている。
「あ、あなたには美弥様がいるでしょ……まったく、何を考えてるのよ……」
「いや、悪かった。毎日会ってた友達に会えないとなると、寂しさが込み上げてきてな……」
「……友達?」
「なんだ、嫌だったのか?」
……あ、尻尾が動いてるから嬉しいんだな。真己は分かりやすくて助かる。
「そっか、友達……まあ、どうしてもって言うなら? なってあげてもいいかなーって思わなくもないわ」
「俺はもう友達だと思ってたのにな……」
「え!? あ、そ、そうよね、友達よね! 分かってるから、そんな悲しそうな顔しないでよ!」
「ぷふっ……そうかそうか、それはよかった」
「……真夜のばか」
真己に睨まれても怖くない。
本気でキレたら分からないが、少なくとも、普通に睨まれただけじゃ可愛いとしか思わない。
「うし、そろそろ行こうぜ」
「はいはい……」
ため息混じりにそう返事した真己と共に、美弥の待つ場所まで移動する。
「なんじゃその木刀」
「真己から貰った」
「……(こやつら、少々仲が良すぎはせんか?)」
「美弥様、どうか致しましたか?」
「……なんでもないのじゃ」
転生まであと五分。
転生というよりかは、転移っぽく感じる。
服は二人とも和服で、大きめの鞄には多少の食料と着替が入っており、やる気も十分。
「美弥様、大丈夫だとは思いますが……お気をつけて」
「うむ」
「おーい、俺にはなんかないのか?」
「……私が鍛えたのだから、心配する必要はない。今の真夜なら、そうそう負けはしないさ」
この三十日間で信頼関係は築けたらしい。加護による身体能力の上昇もあるし、普通の人間に負けるようなことはまずない。
「私が行くまで、美弥様をしっかりお守りするのだぞ」
「任せとけ」
「……そろそろ出発じゃな」
なんとも言えない表情をした美弥が、俺の手を強く握る。こうしておかないと、一緒に行けないらしい。
「――来た」
「どこへ行こうと、お主を離しはせんぞ」
「ああ、しっかり捕まえといてくれ」
こうして、俺の新たな人生が始まった。
――そして、物語は動き始める。
次回、ようやくゾンビが出ます。
というか、しばらく出ない真己のために、八割くらい使ってしまった。悔いはない。