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野良ポーター、初めての夜

4


 ドペルがやおら立ち上がる。


「これ、借りるぞ」

 ドペルは私の腰から解体刀を引き抜いた。すらりとした刀身が、ぬらぬらと鈍い光を放つ。

 ドペルは返事も待たずに、斑狼クーブの解体に向かってしまった。


「わ、わたしの仕事!」


 急いで立ち上がるが、頭がずんっと痛みを訴える。慌ててうずくまる。

 ドペルがわたしを振り返り、眉を潜めた。

 ドペルは、あぁ……と呟くと、ずかずかと近づいてくる。正直、真顔が怖い。


 痛みと恐怖とに密かに震えていると、ドペルがわたしの頬に触れた。ぬるりと、ドペルの手が滑る。……血だ。


「こっちを向け」

 ドペルはわたしの頬を手で挟み、くいっと顔を上向きにした。自然、ドペルと目が合う。

 わたしは、呼吸も忘れてドペルを見つめた。


「ひゃんっ?!」

 冷たい何かが額に触れた。

 ピリリと僅かな痛みがはしり、次第に引いていった。

 からだがすうっと楽になる。


「なにこれ、すごい」

 わたしが呟くと、

「ローオの果汁だ。これで出血も止まるだろう」

 とドペル。

 はて……? 聞いたことのない果実だ。

 しかし、鈍い頭痛も消え去り、存分に動けるようになった。これで、だいぶ探索もだいぶ楽になる。助かった。


 ドペルと1頭ずつ斑狼を解体したのち、探索を進めた。相変わらず、ドペルと索敵のわたしのどちらが先に獲物に反応しているかわからないほど、ドペルは勘がよかった。あわせて三度、襲撃があったが、斑狼ほどの強敵はいなかった。

 少し、襲撃の頻度が高い。わたしのき籠には、戦利品がたくさんだ。


「どうして、あんなに強い斑狼がいたのだろう……」

 難度・レケの迷宮にいても、おかしくないほどに立派な斑狼であった。

「さあな、たまたまだろう」

 と、ドペルは素っ気ない。

「でもなぁ……」

 わたしは、少し不安だった。腰でチャラチャラと鎖が音をたてた。



「あ、開けたところに出るわ」

 木々が疎らになり、視界が広がる。

 森の広場に出た。

 中央には一本の木が鎮座していた。けた外れの大きさだ。

 しかし、その木は半ばで折れ、上半分はすっかりなくなっている。

 幹もだいぶ劣化しており、今にもパラパラと無数に砕けちってしまいそうだ。くすんだ黒色があやしげだ。

 周りに何もないだけに、よりいっそう存在感があり、不気味である。


「どうする、ここで野営する?」

「いいや、止めておこう」


 近くにせせらぎが流れ、見張らしもよいので、少し不気味なことを除けば、絶好の場所のように思える。

 ドペルは今探索のリーダーであり、わたしはしがない運び人だ。リーダーの言葉に頷くと、曳き籠を、よいしょと押し進める。


「ここがいいだろう」

 ドペルが立ち止まる。わたしは、数歩歩いてから、曳き籠の持ち手を下ろした。

 先ほどの広場から少し離れた、なんのへんてつもない森の中である。せせらぎがだいぶと近くなった。

 周囲は随分と暗くなり始めている。

 広場の方がよっぽど警戒もしやすかったのではないか。わたしは、少し不安になった。


「焚き火はする?」

 狭い洞窟迷宮ならば、悪い毒がたまって、息が苦しくなってしまうことがあるが、ここは幸い森林迷宮だ。薪も豊富である。

 魔物に位置がばれるかもしれないが、弱い魔物は火を怖がる。暖も明かりもとれて、一石二鳥どころか、一石三鳥だ。


「なんのためにここで野営をすることにしたと思っている。火は不要だ」


 ドペルに一蹴された。これには首を傾げた。ドペルが火を焚く利点を知らないわけでもあるまい。

 モヤモヤしながらも頷くと、明るいうちに、と今回の戦利品を検めることにした。

 茶皮兎タクトムの首なし死体が丸々三羽分。

 頭はすっぱりと断ち切られ、血抜きが施されている。少し小さいのが二匹とでっぷりと貫禄のある兎が一匹だ。

 次に、灰猪ラグルーの額の石が一つ。

 灰猪は図体が大きいばかりで、旨みの少ない魔物である。肉は臭くて食べられたものではないし、毛皮の質もよくない。唯一売れるのが額の色石で、ほんの少しの魔力を蓄えることができる代物だ。

 もう一頭灰猪はいたのだが、戦闘時に、うっかり色石を割ってしまった。

 そして、最後に斑狼の毛皮と肉、それから色石だ。これが今回の大目玉だ。ドペルが最初に倒した方は傷も少なく、さぞ高値で売れるだろう。これだけで、今回の探索の元がとれる。もう一頭の方の素材はドペルに預けた。

 これは、ドペルの取り分ということにした。命を助けてもらった礼である。貸し借りは作りたくない。


 刃物の手入れを終え、二人静かに持参した夜ご飯を食べた。ドペルと落ち合う前に町で買った、ズッカの実の砂糖煮をクッペ(無発酵の薄焼きパン)で挟んだものだ。冷めても、さくさくで、非常に美味しい。

 一方ドペルは、味気ない固形食をボリボリと食べていた。味には頓着しない方なのだろう。


 いよいよ暗くなった。

 火がないので、何も見えない。

 することもないので、早々に二人は木の下に横になることにした。


「さて、そろそろ寝るか。おまえも眠いだろう?」

「え……見張りは?」

「そんなの、いるか?」


 暗闇の中、ドペルが首を傾げた。

 心外である、といった口ぶりだ。まるで、わたしが非常識なように思えて、いたたまらなくなった。


 見張り、っていらないっけ……? あれ、わたし、間違ってる?


 いやいや、とかぶりを振る。わたしはあっているはずだ。これまでの探索では、どんなパーティでも野営のときは、見張りをたてていた。

 大人数パーティのときこそ、休みに徹することができたが、少人数時は、運び人も見張りに駆り出された。


「そりゃあ、いるでしょう! もし、魔物が来たらどうするんです!」

「ふむ……俺は魔物が来ても気づけるから見張りはいらん。やりたいなら一人でやれ。明日も動けるように、ほどほどにな」

「なっ……」


 わたしは唖然とした。思った以上に、話が通じない。目の前のこの人は、安全など二の次で、睡眠欲にすら打ち勝てない、脳足のうたりんなのだろうか。本気で、魔物が来たら、気づけるなどと思っているのだろうか。

 たしかに、迷宮で見たドペルの戦いぶりは凄まじかった。しかし、寝ているときは、どんな猛者も無防備になるものだ。ドペルはべっとりと自分の強さに驕っているのではなかろうか。


「何も言わないということは、納得したということだろう。俺は寝る」

 そういうと、ドペルはさっさと横になった。べたっと顔を地面につけている。


「……ちょっと!」


 ドペルはすっと眠りに落ちていった。早寝が得意なわたしもびっくりな早さだ。


「どうするのよ、これ」


 微かな風に、木々がざわめく。明かりはなく、真っ暗闇だ。新月の夜でも、星星の明かりがあるのでここまで暗くはならない。

 地面は冷たく、容赦なく体温を奪う。

 わたしは、ごそごそと毛布をきつく体に巻き付け、木にもたれ掛かった。


……よく、こんなに冷たい地面でドペルは眠れるな。


 ふと、思った。

 ドペルはすやすやと寝息をたてている。それが、なんだか憎らしい。


……さて、どうしようか。


 じっと、闇をみすえる。まだ、夜は始まったばかりだ。 一人で夜通し見張りをするのは、負担が大きい。だが、せっかく寝ているドペルを起こすのも悪い。


「そうだ、決めた」


 具合のいいところで、叩き起こして、無理にでも見張りをさせてやることにした。

 そうと決まれば、気も楽になる。

 長丁場に備え、ごそごそと楽な姿勢を探る。

 

「……寝れるうちに寝ておくんだな」

 寝ていると思っていたドペルが、わたしに声をかけた。

「この夜は、恐らく長くなるぞ……」

 不穏な言葉を残して、彼は再び眠りに落ちた。

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