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野良ポーター、茶皮兎発見?

2


 ガッガッ……ガッガッ……

 一定の拍子で訪れる足の裏が地面を掴む感覚に、神経を研ぎ澄ます。

 上を向けば、外の光が見る間に小さくなってゆく。

 細い綱に身を任せ、外界と隔絶した世界に足を踏み入れる孤独感がからだを満たす。

 ガッガッ……

 真っ暗闇の中、無心に壁を蹴り、下降するのに紛れて、隣から僅かな息づかいが聞こえる。

 そうか、わたしは一人じゃなかった。

 ドペルがいることを思い出す。

 ガッガッ……

 ふっと空気が変わった。

 赤茶けた迷宮地区に吹く乾いた風を思わせるカラカラな空気が、多量に水を含み、しっとりと肌にまとわりつく。

 甘やかな風が鼻をくすぐる。


「入ったわね」

「ムグ・ルーマ……だな」


 わたしの言葉に、ドペルが低く頷いた。

 ここから先は、魔物の領域だ。

 少しの油断が命になる。

 それにしても、ドペルは古い言い回しを知っている。命の瀬戸際(ムグ・ルーマ)の世界とはよくいったものだ。


 迷宮に足を踏み入れたあたりから、わたしが先行して壁を降りた。

 周囲がだんだんと仄明るくなっていく。これは、森迷宮の常で、穴ぼこの中の世界だというのに昼や夜があるのだ。だが、光源はなく、迷宮全体がぼんやりと光を発している。

 影ができないので、人の輪郭がはっきりとしない。すごく、非現実的だ。

 幻想的だが戦闘時は勘が狂う、と年配の冒険者がいっていた。


 ほどなくして、とすっと柔らかな土の上に着地する。

 むわりと土熱れが伝わってくる。


「着いたわ!」


 声を張り上げる。

 続いてドペルも軽やかに着地する。

 やたらと手慣れている。


 二人は、土壁を背に、森の入口に立っていた。

 百歩ほど先から森が始まる。

 足下には柔らかな草が生え、森の手前まで続いている。

 ここは開けていて、見晴らしが良い。

 迷宮とはいっても、四方にせせこましい壁があるわけではない。そういう迷宮もあることにはあるが、好きじゃない。穴の中には、外とは全く違った世界が広がっているのだ。

 わたしは、背籠からさっと一本の杭を出すと、体から外した二本の綱をまとめて壁に打ち付けた。

 こうしておけば、綱を魔物にとられる心配もない。

 穴ぼこの真下のスペースは外界が近いためか、めったに魔物は近寄ってこないが、念のためだ。


「ここに、《杭のしるべ》を打つわね」


 そう言って、綱を留めた杭の下に、緑の太い杭を打ち付ける。返事はない。

 《杭の標》は、探索には欠かせない道具の一つだ。これは、同じ素材で出来たおもりと引き合う力を持っている。標から離れたところで糸に錘を吊るせば、錘が標の場所を指し示してくれるという寸法だ。

 昔は、標無しで探索していたというのだから、恐れ入る。

 金づちでカーンッと最後の一打ちを入れる。

 ……うん、完璧!

 自分の仕事に満足したわたしは、ぱっとドペルを振り向いた。さっきから無言の彼が何かやらかしてはいないか気になっていたのだ。


「そんな道具があるのだな」

 ドペルは大人しく、感心しきりでわたしを観察していた。

 やはり、迷宮初心者か?! 心の中で盛大に突っ込みを入れる。

 わたしがやったのは、全ての冒険者が当たり前にこなすことばかりだ。こんなのでは、先が思いやられる。わたしがしっかりしなくては……!

 心密かに、むん、と気合いを入れた。


「さあ、行きま……」

「準備は出来たか?」


 ドペルがかぶせるように言った。

 出鼻をくじかれたわたしは、うん、と頷く。


「遅かったな」


 ドペルが、瞳を細めて言った。

 ん? なんですと? 眉がピクリと反応する。


「わたし、これでも早い方よ?」


「そうか。でも、必要ない」


「なっ……」


 なんちゅーやつだ! 迷宮探索時において、着地時の準備の有無は大きく生存率を左右する。それを、不要だ、と?

 普段は温厚なわたしも、カッチーンときた。

 でも、我慢だ。怒ってはいけない、怒ってはいけない……。

 相手は迷宮初心者だ。知らないからこそ、そんなことが言えるのだ。ちょっぴり高飛車なのが癪だが、気にすることはない。スー、ハー、スー、ハー。

 肩で息を整える。うん、大丈夫。

 けれど、少し釘を刺してやらねばならない。

 キッとドペルを睨み付ける。


「もういいか?行くぞ」


 ドペルは、そんなわたしの視線を受けて、ぬけぬけと言い放った。

 やっぱりムカつく!


 さっさと歩き出したドペルに小走りで着いていく。森はすぐ目の前だ。

 ……もう、魔物の領域に足を踏み込んでいる。

 わたしは、ぱっと意識を切り替え、ドペルへの怒りを隅に追いやった。

 これから二日間この男と探索するのだ。ちょっとした悪感情も、探索の邪魔である。不要なものは探索に持ち込まないのが、わたしのポリシーだ。


「索敵、行こうか?」

「頼む」

「分かったわ」

 短いやり取りの後、少し前に出る。

 少人数での探索時は、ポーターが探索を買ってでることもしばしばだ。

 全身を耳にして、周囲を探りながら前に進む。

 明るいのに木陰のない奇妙な森は、遠くまで見通せるかわりに、現実感がない。

 木のうろの中まではっきり見えるのだ。

 すぐそこに獣が臥せっていたとしても、見過ごしてしまいそうな怖さがある。


 しばらく、無言で歩く二人の足音だけが続いた。

 時折、さわさわと葉擦れがする。


 その時、カサリという微かな異音を耳が捉えた。

 茂みから茶色い毛が、僅かに覗いている。

 こちらがギリギリまで近づくのを潜伏して待っているつもりのようだ。


「右斜め前の茂み、約二十歩。おそらく茶皮兎タクトム

 兎に気付かれぬよう、静かに鋭く告げようとしたところで、グイ、と袖を引っ張られた。

 思わず、よろける。

 ドペルがわたしに構わず前に出た。

 ……気づいてた!?

 迷わず茂みに向かって走る。

 ……早い!


 迫りくるドペルに慌てたように、魔物が茂みから飛び出した。


斑狼クーブ!?」

 飛び出してきたのは、体に茶色いぶちのある立派な狼だった。

「ポンコツ娘、下がってろ!」

 ドペルが叫ぶ。

 わたしはだっと、駆け出した。

 戦闘は、専門外だ。

 少し離れた木の裏から様子を窺うと、ドペルと斑狼は五歩の距離を置いて対峙していた。

 まだ、ドペルの短槍の間合いではない。

 二者の間に緊張が張り詰める。


 ……よりによって、斑狼! ドペルは大丈夫だろうか。


 はっと息をのむ。

 斑狼は、嘘のように大きな牙を持った狼だ。大きな図体のくせして、狡猾で、すばしっこいので、倒すのが難しい魔物に分類される。決して難度易の迷宮にいるような魔物ではない。


 ドペルがすっと右足を引き、左半身を前に槍を構えた。斑狼がじりじりとドペルに近づく。

 もうすぐ、ドペルの間合いだ。斑狼ぐっと足をたわめる。

 斑狼の重心が下がり、今にも飛びかからんとするその寸前、ドペルが動いた。

 左足を深く踏み込み、鋭い突きを放つ。槍は狙いあやまたず斑狼の喉に吸い込まれ、ぱっと青みがかった鮮血が飛び散った。

 ドペルはすかさず、槍を引く。

 斑狼は、惰性で一歩、二歩と進むと、ドサリと倒れた。

 

「すごい……」

 ドペルは、相当の槍使いだ。

 今まで色々な冒険者を見てきたが、あんなに綺麗な闘い方をする者は見たことがない。

 無駄な動きがいっさいなかった。


「すごい……! ドペルって凄腕の槍使いだったのね!」


 斑狼は、群れを作る魔物ではない。

 ドペルが倒してくれたからもう大丈夫。

 わたしはすっかり安心して、木の裏から出てきた。今は、素直にドペルへ称賛を伝えたい。

 わたしはこのとき、ドペルが険しい顔のままであることに気づいていなかった。金の瞳が真剣な光を帯びている。


「これまで見てきた中で……」

「おい、伏せろッ!」

 ドペルの鋭い声が響く。


「えっ……?」


 意味もわからぬまま、持ち前の反射神経を活かし、パッと伏せようとしたところで、耳元で風の唸る音が聞こえた。ドン、っと腰に衝撃がくる。意味もわからぬままに、何者かに横倒しにされた。


やっとこさ、戦闘シーンです。

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