元ポーター、野良になる
5
「ならば、俺と潜るか?」
男が、眉間に皺を寄せたまま、衝撃的な言葉を発した。
俺と潜るか? 俺と潜るか? 潜るか? 潜るか、もぐるか、モグルカ……男の言葉が頭の中でぐわんぐわんと鳴り響く。
「え……?」
わたしは、思わず間抜けに聞き返してしまった。
男が盛大にため息をつく。
「え……? ではないだろう。そこのポンコツ娘。《運び人協会》のような緩い組織から弾かれるなんぞ、おまえは相当のポンコツ娘だろう?」
どうせ、上納金未払いでもやらかしたんだろう、と男は続ける。
相当な言い種だ。だが、正論すぎて反論の余地がない。
わたしは涙を流すことも忘れて、呆けたような顔で、男の低い声に聞き入った。
わたしの反応を、よし、と見たのか、男は話を続ける。
「……だが、おまえの装備は相当にいいようだ。道具の扱いも丁寧で、手入れも行き届いている。
着脱の手際もよいし、おまえがそんじょそこいらのポーターより、よほど腕利きなのは、よくわかった。ならば、なんの問題もない。俺と、潜らないか?」
今、この男はなんと言ったのだろう。わたしは、ぼんやりと考えた。
男の主張はわかる。だが、怒濤の展開すぎて、頭がついていかない。
目の前のこの男は、野良のポーターと迷宮に潜りたいと言っている。
それも、たいした親交もない、出会ったばかりで能力も未知数のヤツと。
そんなのありえない、なにか裏があるにちがいない、頭の中で、警戒アラームが大音量で鳴り響く。そうでなければ、この男は迷宮のことを何も知らないとんだぺーぺーに違いない。
よくよく考えてみれば、運び人としての質は悪いが、道具は立派なポーターなどいくらでもいる。この男がわたしを腕利きと断じた理由もどうも浅い。
こんなひょろっこい男と迷宮に潜っても、男が真っ先に魔物に食われてしまうのが落ちだ。運が悪ければ、わたしも巻き添えになるかもしれない。
そして、街中瓦版に、
~市民二人が行方不明? いまだ捜査は難航中。事件は迷宮入りか~
とかなんとか、書かれてしまうんだ。
あぁ、イヤだ、イヤだ。こんな話は蹴るに限る。わたしは首をプルプルと振った。
……でも。
一方で、これはチャンスなんじゃないだろうか、とも思ってしまうのだ。
ドキドキと胸が鳴る。
あれだけの借金を返すには、どんな形であれ迷宮に潜るしかない。その道が閉ざされたと思ったからこそ、わたしは道具を売っ払いにきた。
しかし、潜らないか、とこの男は言う。それも、あんなに自信満々で。とても、甘美な誘いである。
これは、わたしにとって千載一遇のチャンスなのかもしれない。
わたしの葛藤を知ってか知らでか、男は手持ちぶさたに、わたしの返事を待っている。
わたしはごくり、と唾を飲み込んだ。
そして、男に負けず劣らず鋭い眼光できっと睨み付ける。
「潜ります」
ええい、ままよ! わたしはこの男に、賭けることにした。
「そうか」
低く深い声がご満悦そうに、店内に響いた。
男はスッと目を細め、薄い唇が怪しげな弧を描く。甘いマスクと相まってひどく悪魔的だ。
男はついと立ち上がると、わたしの方に歩み寄ってきた。
幽鬼でもあるかのように静かな歩みだ。だが、とても背が高く、圧迫感がある。
男はわたしの前に立つと、背をぐうっと折り曲げた。
すっと切れ長の金の瞳が眼前に迫る。
「これからよろしく頼む」
予想に反して、そっと優雅に差し出された手を、わたしは恐る恐る握った。ジンと冷たい、大きな手だった。
男は握手したまま三回縦に振ると、ぱっと手を離した。その顔は満足げだ。
悪魔との契約もかくや、といった状況にわたしはだらだらと冷や汗をかいた。
もしかして、わたしは早まってしまったのかもしれない……。
一抹の不安が胸をよぎる。しかし、もう後戻りはできない。
わたしは、今をもって《野良ポーター》になり、この男と組むことを決めたのだ。
「わたしはイチイリカよ。ポーター歴は五年。よろしく」
わたしは、毅然と自己紹介してみせた。
こういうとき、尻込みしていては相手に舐められる。
決して短くはないポーター経験の中で学んだことのひとつだ。
女だてらに、厳しい男社会に身を投じてきた。大男と対等に渡り合う話術や、初対面の相手にも見くびられない毅然とした態度はわたしに必須のスキルだった。
じっと男を睨め付ける。
「俺は、ドペルだ」
男は、獣のように獰猛に笑ったのだった。