元ポーター、質屋に行く
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……来てしまった。
わたしは、口をポカーンとあけて、質屋の看板を見上げていた。
昨夜、わたしは街の外れで浮浪者に混じって夜を明かした。
そして、朝日とともに起き出し、携帯食料で朝食を済ましたあと、あてどもなく街をさ迷った。
思い悩んだわたしは、街のメインストリートを三往復したあと、気づかぬ内に質屋へと赴いていた。
……もうこうなったら、全て売りに出そう! そして、それを元手に何か別のことをするんだ。何ができるかわからないけど!
あやふやな決心を胸に、もう一度、看板を見上げた。壺の浮き彫りを真ん中に配し、金を懐に呼び込むというカネツリグサの美しい意匠で縁取られた木製看板だ。
無駄に大きい店構えをしたこの質屋は、昔、お上りさんだったころに一度だけお世話になったことがある。
気のいいおじいさん店主が、「新米ポーターの門出を祝して!」と、ずいぶんと買い取り額を弾んでくれたのをよく覚えている。
どうせ、装備を売るならばここで売りたかった。
「よし!」
意を決して、質屋のドアを開けた。
「おじゃましまぁす」
店内はがらんと暗く、すごく怪しげな雰囲気が漂っている。
ともすれば、ギイギイと悲鳴をあげそうな年期の入った板張りの店内を、そっと静かに歩く。
買い取り棚に座っていたのは、気のいいおじいさんではなく、若い男だった。孫だろうか? 少しがっかりだ。
だけど、ここで回れ右するわけにもいかない。
決心が揺らぐ前に、買い取りをお願いした。
「あのー! 買い取りをお願いしたいのですが!」
熱心に資料を読んでいた男が、パッとこちらを向いた。
痩身の整った顔立ちの男だった。暗い店内で、切れ長の瞳が金色に輝き、色気すら醸し出している。
男は、さっと、品定めでもするようにわたしの全身を一瞥し、「…運び人か」と眉間に皺を寄せ、呟いた。
「ブツをここに出しな」
ひぃぃっ。こわっ! 刺される! ドスの効いた声に、肝が冷え上がった。無駄に凄んで見せる男に内心おののきながら、背の低いイチイリカの目と同じ高さにある棚に、道具一式をのせていく。
まずは、腰に吊るした解体の基本・ナイフ四点セット。それから、靴のかかとや、上着の裏ポケットに仕込んださばいばるナイフやなんでもナイフ(いろんなタイプの刃がついている折り畳み式ナイフをそう呼んでいる)、その他からだのあちこちに仕込んだナイフを全て出していく。
ちらりと盗み見ると、男がビックリしたような顔でわたしを見ていた。ふふ~ん。ちょっぴり機嫌がよくなる。
ちびのわたしが、からだじゅうにポーター道具を仕込んでいるのは、相当ちぐはぐで奇妙なことに見えるらしい。仕事仲間もよく変な目で見てきたものだ。冒険者との初顔合わせのときも、決まってみな驚いていたことを思い出す。でも、ポーターを辞めちゃったら、あんなやり取りも出来ないんだな……
たちまち、セチガライ現実を思い出してしまい、一気に心はセンチメンタルを通り越してブルーになった。
気落ちしたわたしは、男がいつの間にか真剣な目でこちらを見ていたことに気づきもしないで、ベルトに吊るしたチェーンや、火打ち石、色石の入った袋を機械的に取り外し、棚にのせた。
手の届くところは、愛する道具たちで埋まってしまった。
まだまだ、背籠の中には道具たちがつまっている。
さて、どこに置いたものか……。
「これで全部か?」
思案していると、鋭い声がかかった。びくっと肩が震える。男の声には、刃物のようなヒヤッとした鋭さがある。
「いえ! まだです。あと少しなんだけど、もう、おける場所がなくて……」
わたしが慌てて答えると、男は僅かに眉を上げて、棚の上を整理してくれた。
空いたスペースに背籠の中身をぶちまける。
すると、すっかり体が軽くなった。
「これで……全部、です」
鼻がずずびっとなった。
からだと一緒にこころまで、軽くなってしまったような気がする。
棚の上には、イチイリカのこれまでのポーター人生の全てが詰まっている。
「おまえはポーターか? それにしちゃあ、幼い……いや、失礼。ずいぶんと若いな。だが、いい装備を持っている」
「元……です」
「そうか、こんだけの装備を持ってるってことは、相当稼いでたんだろうな」
うっ……こころに刺さることを。男は、涙目のわたしに構わず言葉を続けた。
「こんだけ盛大に売り出すってことは、さてはあれか。冒険者に繰り上がりか? まとまった金があれば、戦闘向きの装備も買えるからな。いや、めでたい。だが、このナイフたちは冒険者になってからも使える。売りに出すには少々惜しい」
いきなり、饒舌になった男が、数本のナイフを返してきた。
わたしは拒否の意をこめて、首をブンブン横に振る。耳元でしゃらしゃらと髪が音をたてた。
誤解を解かなくてはならない。
「いや、違うんです! わたし……わたし……《運び人協会》を追放されて、どこででも働けなくなったんです! 贔屓の冒険者なんていなかったし、もう、野良じゃあ迷宮に潜ることなんてできない! 野良のポーター、それも、こんな小娘に依頼するような、奇特な冒険者なんていないし……。 だ、だから、この装備たちを使うことも、もうない……ん…です……」
感情が赴くままに放った言葉はどんどんと勢いを失い、トンボ切れになってしまった。
ボロボロと、我慢していた涙が溢れる。悔しさに唇を噛んだ。微かな血の味が口の中に広がる。ポーターのわたしにとって、馴染み深い味だ。
「そうか」
男は短く言った。
「えぐっ……うぅ……そ、そうなんっ……です……」
もう、涙で前が見えない。
「ならば……」
わたしは、男のただらなぬ気配を感じ、弾かれたように頭をあげた。
この男は今、何を言うつもりだったのだろう。
「い、今……なん…て……?」
わたしは思わず声を詰まらせた。