ポーター、追放される
追放書
イチイリカ
上記の者を、売り上げ上納の怠慢及び、その他契約違反により、《運び人協会》から追放する。
《運び人協会会長エスパーン》
1
「ええっ?! ええっ?! えええええーーーーーっっ!」
運び人《ポーター》の少女・イチイリカは、冒険者ギルドの情報張り出し板の前で絶叫をあげた。
*
朝一番、連休明けの爽やかな心持ちで、イチイリカはギルドに足を踏み入れた。
イチイリカは軽く辺りを見回した。
「あれ、今日は人が少ない?」
いつもはギルド開館とともに、大混雑する魔導掲示板や受付に、人は疎らだ。
どういうことだろう、と更に首を巡らすと、ギルドの真ん中に設置された魔導掲示板ではなく、壁際の昔ながらの情報張り出し板に人垣ができていた。
「どうしたんだろ……」
お偉いさんの激励文や、滅多にない人事報告、その他、迷宮探索にはとんと関係のない、どうでもいい情報ばかりが張り出される掲示板に人が集まるなんて珍しい。
イチイリカは興味を惹かれて、ふらふらと掲示板に向かった。
「おい、見たかよ? 黄色紙だぜ? 黄色紙」
「黄色紙なんて本当にあったんだな……」
周りから会話が漏れ聞こえてくる。
迷宮運び人《ポーター》を始めて5年。噂に聞いたことはあれど、実際には見たことのなかった追放書、通称・黄色紙が、掲示板に貼り出されているようだ。
「どんな、不埒なことをしたら追放なんてされるのかしら」
イチイリカはかわいらしい小さな頤に手をあてて呟くと、小柄な体を活かして、するすると人の間を通り抜ける。
イチイリカが、最前列に出ると、掲示板には目がチカチカするほどに真っ黄色の紙が張ってあった。四つ角には美しいギルドの紋章や、運び人協会の紋章の透かしが入っていて、なかなかに粋だ。
「へえ、洒落た紙じゃない」
人の不幸を告げる――ギルドや、協会に属していない運び人は信用に足らないとみなされ、滅多に客をとれない――紙に、大変な手間がかけられている皮肉に、イチイリカは頬を歪めた。
「えーっと、なになに?
追放書、イチイリカ……って、えぇ? ええっ!? ええっ! えええええーーーーーっっ!」
数秒の停止の後、イチイリカの甲高い悲鳴が朝の活気に賑わうギルドに響き渡った。
2
……嘘でしょう? わたし、何かした? 滞納金ってなに?!
一頻り叫び終え、情報張り出し板の前で途方に暮れていると、周りがどんどんと騒がしくなってきた。ギルドは朝のラッシュを迎えようとしている。それに比して、人垣も分厚くなっているようだ。
とりあえず、これを貼りっぱなしにしてはいけない! 何かの手違いだったとしても、こんなものを張り出されちゃあ、今後のポーター業に支障が出る!
わたしは、黄色紙をひっぱがして、ギルドの8番窓口に駆け込んだ。
「ちょっと何ですかこれ! こんな冗談みたいな嘘、書かないで!」
己の名前が書かれた黄色紙を、突き出した。
受付は若干仰け反りながら困ったような顔をする。
「お、落ち着いてください。それはですね…」
受付が言うには、こういうことだ。
なんでも、わたしの知らないうちにわたしのランクは上がっていて――四年前と、三年前、半年前の計三回も!――、月始めに《運び人協会》に納めなければならない上納金額もその都度あがっていた、らしい。
そして、それを知らなかったわたしは、毎月、初期と同じ額の上納金しか払っていなかった。
わたしの上納金滞納は、どんどんと積み重なり、遂には協会追放を免れないほどの額、つまりは滞納限度金額を突破してしまったのだそうだ。
そういえば、ランクが上がったとかいう頃に、確かに依頼報酬があがって、舞い上がっていたな……
だとか、
この、間抜け話は誰のこと? あ、わたしか。
だとか、
色んな思いが胸をかけめぐる。
遠い昔の愚かな自分が昨日のことのように思い出され、フッと、遠い目になってしまう。
しかし、過去を回想したのも一瞬のこと。
「で、でも! 滞納の知らせや黄色紙の前触れがあっても!」
背伸びをして、受付台に身を乗り出し、鼻息荒く、受付に言い募った。
言葉を連ねていくうちに、自分が至極まっとうなことを言っているように思えてきた。
うん、やっぱり、いきなりの協会追い出しはひどすぎるわ。なんとしてでも、取り消してもらわなくちゃ。
ちらりと受付の顔を窺うと、しかし、受付は気の毒そうにこちらを見て、眉を下げるばかりだ。
「それがですね、あなたの下宿に、何回にも渡って上納金催促状を出していたようですよ?」
受付が何やらごそごそと資料を漁ったかと思うと、ほらこれ、と淡い黄色の催促状の見本を指差して見せながら、柔らかな声音で、そう告げた。
ピシッと心臓が止まる音がした。
……見たことのある紙だったのだ。
「イチイリカちゃん、ギルド? 協会? から手紙が来てるよ! 読まないのかい」という下宿先のおかみさんの声が脳内にプレイバックされる。
そのとき、たしかに淡い黄色の紙がおかみさんの手に握られていた。
一方わたしはといえば、丁度、依頼報酬が上がった頃から届くようになったものだから、
「上から見込まれてお仕事紹介状が来るなんて、わたしったらすごい! でも、今は自分のことで手一杯だし、組織なんかと関わるのも面倒だわ!」
と、内容を見もせずに手紙を捨てるようにお願いしていた。あぁ、わたしのバカバカ。
もう、ぐうの音も出ない。
「そうですか、ありがとうございます……」
がっくりと肩を落とし、受付を去ろうとしたわたしに、受付が声をかける。
わたしは、のっそりと顔をあげた。精気を失ったわたしの、頬はごっそり痩けていたかもしれない。
あらためて、受付をマジマジと見つめる。
これまで気づく余裕もなかったが、対応してくれていたのは、冒険者ギルドのアイドル、サランさんだった。ゴツくてむさ苦しいギルド職員が多い中、サランさんは紅一点、冒険者みんなの高嶺の花なのだ。
わたしの、憧れのおねーさんでもある。
その、サランさんが眉を下げてこちらをまっすぐに見ていた。小さくて可憐な口を開き、何かを言おうとする。
「あ、あの……! イチイリカさん、すみませんが協会証の腕輪は返却していってください。それからこれ! 滞納額と罰金を記した書類と請求書です! きっちり返してください!」
……追い討ちだ。
目の前が絶望に染まった。お先真っ暗だ。
わたしは、カクカクと震える手で腕輪を外した。淡いブルーの燐光が一瞬チカりと瞬いて、フッと消える。
麗しの受付嬢・サランさんが、申し訳なさそうに腕輪を受けとるのを、わたしは他人事のように無感動に眺めていた。
腕輪を受け取ったサランさんが、ピシリと、受付台の向こうで姿勢を正した。見ていて気持ちの良い姿勢だ。
「またのお越しをお待ちしております」
お手本のように美しい礼とともに、
別れを告げる涼やかな声がギルドに響いた。