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赤いパワーストーン

  母の運転でジョスコまでやってきた。途中、姫神さんの前を通った。夕日に照らされた楠木はいつもより大きく見えた。

(姫神さん、あとでよろしくお願いします)

 結衣は姫神さんに心の中で会釈した。


 週末のジョスコはこの時間帯でも客が多い。フードコートには若いカップルや部活帰りであろう高校生たちもいる。

 母と二人です〇きやのラーメンを食す。たまに食べるす〇きやは美味に感じる。母は「これだけじゃ足りないから、二人分の惣菜買わなきゃ」といいつつ麺をすすっている。


 隣のテーブルで女性の二人組が結衣たちと同じくラーメンを食べていた。

 二人の会話を盗み聞きするつもりはなかったのだが、気になる言葉が聞こえて来た。


「姫神さんの生まれ変わり」


 と女性たちは言っていた。彼女たちはパワースポット姫神さんにお参りしてきた帰りなのだろう。県外から姫神さん目当てで来る人たちはジョスコの駐車場に車を止めてそこから歩いてお参りをする。そのおかげでジョスコは儲けているようだ。お参りをすませた人たちはジョスコによって飲食したりついでに買い物をしていくのだから。


 姫神さんの生まれ変わりとは、なんだろう。結衣は聴覚を隣のテーブルに集中させた。


「やっぱり、先生は本当に姫神さんの生まれ変わりよ。」


「あの楠木から出る波動と先生の出す波動は同じ感じがしたもの。」


「先生の力の源は、やっぱりあの楠木ね。」


 一体、何の話をしているのか。結衣にはなんのことか、さっぱりわからない。「先生」とは誰なのか。


 ちらりと、二人の方を盗み見する。彼女たちは、赤いパワーストーンの腕輪をはめていた。最近、流行っているのか。ジョスコで同じものをつけている女性をよく見かける。


「楠木の前に立ったとき、これが熱をもった気がしたのよ」


 女性の一人が、赤い腕輪をなでていた。


「やっぱり。私もよ。先生の念が込められているから、反応したに違いないわ。」


 もう一人の女性も同じしぐさをした。二人とも幸せそうな顔をしている。結衣にはそれが不気味に映った。


(石が発熱するわけがない。しかも、それ、プラスチックに見える)


 結衣の視線に気づいたのか、一人と目が合った。あわてて目をそらして麺をすすって食事を終えた。




 今日は姫神さんにお願いしに行くのはやめようか。さっきの二人の気味悪さを思うと、急に萎えてしまった。父の夕飯をさっさと買って帰ったほうがいいかもしれない。

 でも、今夜、イツキ先輩と重吾に何かあったら、姫神さんにお願いしに行かなかったことを後悔しそう。

 母が結衣の顔を覗き込む。


「あんた、今日、変よ。なにか、心配なことでもあるの?」


「うん、さっき話した重吾の女友達のこと。今から、姫神さんに縁切りお願いしようかなって考えてる」


「気にしすぎじゃないの?ただの友達なんでしょ?」


 母はあっけらかんとしている。


「男だろうと、女だろうと、友達なんてそのうち縁遠くなるものよ。わざわざ姫神さんに頼む必要ないわよ」


「友達は縁遠くなる?」


「大人はみんな大変なのよ。仕事だったり、育児だったり。友達との関係までマメに続けてたら過労死しちゃう」


 そういえば、母には友達はいるのだろうか。母の知り合いといえばPTAや町内会の関係者ばかりではなかったか。


「お母さんて、友達いるの?」


「いると言えばいるけど、もう連絡は取りあったりしないわね」


 言われてみれば、結衣も学生時代の友達と連絡をとる回数が減っている。SNSでつながっているけど、お互いコメントを書き込むこともなくなっている。別に、嫌いになったわけではないのに。


「お母さんだって、学生時代に男友達いたわ。鍋パーティして雑魚寝したことだってあるわよ。でも、今は誰一人として連絡とってないわよ」


 母にもそんな時代があったのだ。母が男友達と雑魚寝なんて想像できない。


 結衣も大学時代、イツキ先輩に誘われて男の先輩もいる鍋パーティに参加して雑魚寝した事がある。その中には重吾もいた。

 イツキ先輩の部屋だったし他の女の先輩もいたから、何も考えずに安心しきっていた。今になって思えば大胆で危険な行動だったと思う。男の人と雑魚寝なんて。

 一度だけだった。結衣は二度と参加しなかった。理由は、「お風呂に入らずに寝たくないから」。もちろん、正直にそう言っていたわけではなく、「親が厳しくて」とか適当なことを言って不参加の返事をしていた。

 一日の最後にはきちんとお風呂に入りたい。歯磨きもちゃんとしたい。それに、コンタクトレンズを外すタイミングがわからない。

 結衣は、雑魚寝には向かない性分なのだ。

 イツキ先輩は向いている性分なのかもしれない。向いている人の方が、友達はたくさんいるのだろう。男女わけへだてなく。


 考古学研究会は男女仲の良いサークルだった。それはイツキ先輩がみんなをまとめてくれていたからというのが多分にあると思う。

 イツキ先輩は性別や年齢で人に対する態度を変えたりしない、いい人だった。引っ込み思案の結衣が考古学研究会に入ったキッカケもイツキ先輩が誘ってくれたからだ。

 新入生歓迎会に顔を出してみると、先輩たちが仲良く楽しそうで……。中学で意地悪な男子に暴言を吐かれて以来、「男子」に壁をつくって生きてきた結衣にとってはその光景はちょっとしたカルチャーショックのようなものだった。男女が「人間同士」として仲良くしていたのだ。

 中学高校と結衣は男子に「女の子扱い」された記憶がない。というより「人間」として尊重されたような記憶もない。

 男子たちは結衣に日直日誌を渡すときも先生から預かったプリントを渡すときも目を合わせてくれなかった。無言でサッと渡して去って行く。それだけならいい。ひどい場合は舌打ちをする。

 結衣はますます「男子」との間に壁をつくっていった――。


 だが、考古学研究会の先輩たちは性別なんてものはヒョイッと越えて楽しくやっているではないか。

(私もこの人たちの仲間に入りたい)

 そして結衣は考古学研究会に入会した――。

 入会した当初、重吾はイツキ先輩に恋をしているのではないかと結衣は思っていた。しょっちゅう一緒にいるし、イツキ先輩に誕生日プレゼントを個人的に贈ったりしていたからだ。

 でも、半年後、重吾は結衣に告白をした。


 ――イツキ先輩じゃなくていいんですか?


 返事の代わりにでてきたセリフはそれだった。



 ◇◇◇



 ジョスコの館内放送が十九時になったことを告げ、CMでおなじみの音楽が流れる。


「重吾くんと女友達はそんなに怪しい雰囲気なの?」


 母は怪訝な顔をして結衣に問う。


「そういう雰囲気は多分ないと思うんだけど。」


 はっきりとは言えなかった。イツキ先輩は重吾以外にも男友達がいる。重吾だけが特別な存在というわけでもなさそうだった。


 でも、何があってもおかしくない。男と女だから。


「私、今から姫神さんのところに行ってくる。お母さん、その間に買い物しててよ。」

男女仲の良いグループでお泊りをする学生さんは多いと思いますが……

作者自身、大人になった今、あまりよくないことだなぁと思います。

もし私の子どもがそういうことしたら怒ると思う。娘には「もっと危機感もちなさい」と言い、息子には「女の子を泊めないで家まで送ってあげなさい」と言うかな。

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