赤いワンピースの女
――――そういえば。と記憶をたどる。
うろ覚えだが、小学四年生の頃だったろうか。学校からの帰り道、友達とおしゃべりをしながら歩いていた。狭い畦道だった。
あともう少しで家に着くというところで、赤いワンピースを着た髪の長い女が畦道の真ん中にじっと立っていた。口元に大きなホクロがあったような気がする。その女は何も言わずに、ただじっと結衣のことを見ていた。
結衣も友達も女と目を合わせないように、下を向いて女をよけて通り過ぎた。早歩きで二十歩ほど進み、二人同時に女の方を振り返った。
女はこちらを向いていた。直立不動で、鬼の形相。
二人は「うわっ」と声を出し一目散に駆けだした。
あわてて家に飛び込み、母に「お化けみたいな人がいた!」と報告したのだ。
「なに寝ぼけたこと言ってるの」
と母は笑いながら二人におやつを出してくれたことは覚えているが、その後、どんな話をしたのか覚えていない。
もしかして、あの時のホクロの女が、お父さんを恋慕していた女なのだろうか。母はブスだと言うが、そんなにブスだったろうか。
その女を見たのはその時、ただ一度だけだったと思う。
「その女の人、口元に大きなホクロがなかった?」
「さあ、ホクロなんてあったかしらね。とにかくブスよ。」
十五年以上も前のことだから、よく覚えていないのだろう。それでもはっきりとブスだと言うのは母の中にも嫉妬と憎しみが残っているからなのかもしれない。
「姫神さんにお参りしたらストーカー行為がピタリとなくなったの。で、お父さんにお詫びの手紙を渡して東京に引っ越したのよ、あの女。私には最後まで謝らなかったのは今でも腹立つわね」
「その手紙、お母さんも読ませてもらったの?」
「うん。お父さんから取り上げて読んだわよ。東京で占い師みたいな仕事を始めます、て書いてあったけど、今頃何してるんだろうね、あの女」
東京か。ここからは遠い。そんな遠いところにストーカー女が引っ越すことになって母は安心したのだろう。その人は今頃四十代だろうか。もっと若いかもしれないが、結婚して母親になっていてもおかしくない年齢だろう。
ふと時計を見ると十八時を回っていた。見ている韓流時代劇が終わるまであと二十分ほどだ。
「そろそろ、夕飯の準備しようかね」
母はレバー煮が入ったタッパーを持って立ち上がった。ドラマは途中だが、もういいのだろう。多分、前に見たことのあるドラマの再放送だからだ。
窓の外はまだ明るかった。もうすぐ夏が終わるとはいえ日が長い。日の入りは十九時くらいになるだろう。
重吾とイツキ先輩は今頃焼き鳥でも食べてるのかな、なんて想像すると「今夜のうちに姫神さんにお参りをしたい、いや、しなければならない」という気持ちがわいてきた。
母の体験談を聞いたら、その御利益は信憑性があるように思えたし、何よりも今夜イツキ先輩と重吾がくっついてしまうのではないかと不安だった。
今夜、今すぐに縁切りのお願いをしたいのだ。
明日以降ではだめなのだ。早くしないとイツキ先輩と重吾がホテルに向かう時間になってしまう。「事件」が起きる前にお願いしなければ!
結衣は夕飯について母に提案をした。家で作って食べるのではなく、ジョスコに行ってフードコートで食べたいと。母はすんなり承諾した。夕飯を作るのが実はめんどうだったのだと思う。
「お父さんの分は出来合いのものを買って帰ればいいわね。」
父は二十時半ごろに帰ってくる予定だという。今からジョスコに行って夕飯を食べ終わるのが十九時ちょっとすぎだろう。それから、姫神さんにお参りして帰ってきたら充分間に合う。
姫神さんに縁切りをお願いするには、何か赤いものを身につけなければならないらしい。結衣が今かけている眼鏡のフチは赤い。条件はクリアしている。