1-1 「えっと、どういうメカニズム……?」
「本庄、ちょっといいかな」
二時間目が終わった後の、最初の長い休み時間。
何をしようか考えてたところに、ちょうど観上が声を掛けてきた。あ、司瑞も一緒みたい?
「えっと……どうしたの?」
「あ、今週の土曜なんだけど……本庄、なにか予定ある?」
なるほど、遊びの誘いかな?
『土曜』ってところがなんとなく引っかかるけど――別に予定があるわけじゃないし、大丈夫。うん。
「ううん、空いてるよ」
「本当?」
……土曜ってことは、放課後より長く遊べるのかな?
だとしたら、すごく嬉しいな。二人とは、もっと仲良くなりたいと思ってたし。
「それじゃあ、司瑞と僕と――ビブリオバトル、一緒に観に行かない? あ、もちろんやる方でもいいけど」
「……ビブリオバトル?」
聞きなれない言葉が出てきた。えーと、バトル? ……バトル?
『観に行く』? 『やる』? ……映画? それとも、新しいゲームかなにかの名前、だっけ……。
脳みそを総動員して記憶を探してみたけど、やっぱり思い出せない。……ていうか、そもそも知らない?
「――えっと、ビブリオバトルっていうのはね、簡単に言うと……。うーん、そうだなあ、『本のおすすめバトル』ってとこかな」
オレが聞こうとする前に、観上が説明してくれた。……なんとか思い出そうとする気持ちが顔に出てたのかも。
「……本の、おすすめ?」
「うん。自分の好きな本を持ってきて、みんなの前で『これ読んで』ってアピールするんだよ。『ここが好き』とか、『ここが面白いよ』とか……みんなの前で色々話して、票が多いと勝ち――ってゲーム」
「へー……」
ゲームはゲームでも、デジタルなゲームの話じゃないみたいだ。
……観上は本好きみたいだし、なるほど――そういうのに興味があるのは納得かも。
オレは――本は嫌いじゃないけど、きっとそこまで『好き』ってほどでもないと思う。
字の多い本を読むときは、朝読か図書の時間くらいだし、自分で読むのは漫画くらい。
少し前までは『かいけつゾロリ』とか買ってもらってたけど、たまたま本屋に行ったとき、「ひとつ欲しいの買っていいよ」って言われたときくらいで、――全巻揃えたいとかじゃなくて、図書の時間に借りられなかったのとか、一回読んで面白かったのを選んで買ってもらってたくらいで。
それも、引っ越すときにだいぶ手放しちゃったから――新しい家には図鑑とか、漫画くらいしか残ってない、はず。……なんか、ホントはもうちょっと読んだほうがいいような気がする。
……うん。オレってきっと、『読書離れな若者』のひとりなんだろうな。
「……ごめん。誘ってもらって悪いんだけど、オレあんまり本読む方じゃないし、行っても一緒に楽しめないかも。ホントにごめ――」「……と、思うじゃん?」
「――え?」
オレが頭を下げようとした瞬間――司瑞が、なんだか意味深なセリフを言って割り込んできた。漫画とかゲームのキャラみたいに、メガネがキランと光ったような気がする。
「思うじゃん。……じゃん?」
「え? 何? ……そんな言い方されたら気になるんだけど!」
まあまあ、まあまあまあ――とか言って、司瑞がなんだかニヤニヤしてる。気になる。
「……おれも小説とかあんまり読まないんだけどさ? ――不思議なことにさ、ビブリオバトルに行くと、読みたい本が増えちゃうんだよね。どんどん、それはもう、いっぱい!」
「えっと、どういうメカニズム……?」
少なくとも司瑞は、観上と違って『休み時間にまで本を読んでるタイプ』じゃないということだけは確かなんだけど――。
そんな司瑞でも、読みたい本がどんどん増える……?
どういうことなんだろう。ちょっとだけ興味、湧いてきたかも……?
「ふふふーん、どう? 気になる? 気になるでしょ? ……一回だけでも一緒に来ない? 人数わりと来るからさ、もしかしたらあわよくばトモダチ増えるかもだし――それに本庄、まだ図書館行ったことないんじゃない? 見たことあっても、入ったことないんじゃない? うーん、引っ越してきたばっかりの本庄にはー、ちょーどいいイベントだと思うんだけどなー?」
ムダにアヤしい勧誘っぽい。なんかメガネカチャカチャ動かしてるし、余計にそう見える。ゲームとかなら絶対ワナのやつ。だまされるやつ。トクサツにもあるかもしれない。わかんないけど。
でも――。
一回だけ、友達増える、まだ行ったことない場所に行ける……なんて強力な三連コンボ! ワナだとしてもちょっと気になるし、たとえ嫌でも「まあ一回だけ……」って言っちゃうやつじゃん!
いや、別に嫌なわけじゃないんだけど! ワナでもないと思うし! さすがに!
……いや、待てよ。それがホントにワナだとしたら……!?
「そうそう、このあたりじゃ結構人気あるんだよ? 小学生はもちろんでしょ、中学生も来るし……わりと大人もいたりしてね」
もし誘いに乗ったらオレは図書館に潜む悪の組織に捕まって、本の力を持つ改造人間にされたりするのかな……とか、ちょっとドキドキしてる間に、フテキに笑う悪者2ご……くすくす笑いのクラスメイト観上が補足解説してくれた。
ごめん、ちょっと頭に入ってなかったかも。……えっと。
「……あ、結構色々な歳の人たちが来てるんだね」
……ってことで合ってるよね?
「高校生とか大学生は、小学生とは別の回が多いかな。……まあ、勉強してる人たちが『息抜き』って言って集まって来たりはするけどね。それにしても長い息抜きだけど」
……観上、おとなしく見えて結構毒舌っていうか――なんだろう、言いたいこと、ズバッと言うタイプだよね。本読んでること多いから、最初は『物静か』な子なのかなと思ってたけど、わりとしゃべるし、外でも遊ぶし――もしかしたら『マイペース』とか『ゴーイングマイウェイ』って言った方がいいのかもしれない。良くも悪くも『他人を気にしない性格』っていうか。でもドッジしながら本読むのはどうかと思う。しかも内野で。でも、ちゃんと上手いからすごい。
逆に、司瑞はテンション高めだけど……実は、結構しっかり者かも? たまにさっきみたいにヘンなこと言うけど、するけど――でもただの『お調子者』とは違うような気がする。『ちゃんと考えてやってる』っていうか、本音だけど本気じゃないっていうか……。うーん、なんて言ったらいいんだろう? ……なんか将来ものすごいやつになりそうだなあ。いろんなことも知ってるし。司瑞の豆知識聞くの、実は楽しみだったりするんだよね。……たまに強烈なのもあるけど。バラムツの話とか。
あ、でも観上も頭良いよなあ。「なんで学校ってあるんだろうね。毎日毎日、めんどくさいと思わない?」とか言いながら、フツーに勉強できてるんだもんなあ……。こないだ「プリント解くの早いね、塾とか行ってるの?」って聞いたら「え、なんで学校終わってからも勉強しなきゃいけないの……?」って謎にドン引かれたし。「オレ通信講座やってるけど……」って言ったら真顔で「マゾなの?」とか言われたし。マゾじゃないし。……違うよね?
……うん。いま気付いたけど、二人とも強キャラだよね、かなり。組んだらヒャクパー『敵に回しちゃダメなやつ』だ。……二人とはできるだけ仲良くしておこう。喧嘩するつもり無いけど。
「……でさ? イバっちにさ、『なんで来るようになったの?』って聞いたら――」
「ふーん、へー、……ふーん?」
「はは、観上、絶対喰いつくと思った」
「いや――だって、ねえ? ふふっ」
――ん?
気付いたら、司瑞も、観上も……オレ抜きで、なんか盛り上がってる?
……えっと、そろそろ返事をしておこう。このままだと、休み時間終わるまでずっとほっとかれそうな気がするし。ぼーっとしちゃったオレが悪いんだけど。
「――あの!」
観上と司瑞が、同時にオレの方を向いた。急に声をかけたから、二人ともきょとんとしてる。
「試し! 試しに一回、でもいいなら……オレも行く!」
きょとんとしていた二人の顔が、一気にわあっと明るくなった。
――試しの『一回』が『毎回』になることを、この時のオレはまだ知らない。
【幕間】
本庄「……えっと、図書館でいいんだよね?」
観上「うん。市立図書館」
司瑞「本庄、道分かる?」
本庄「ううん。引っ越して二週間くらい経つけど、一回近く通ったくらい。司瑞が言ったとおり」
司瑞「お、じゃあ本当にちょうどいい機会だな!」
観上「ね。声かけて良かったね、司瑞」