右往左往
「なあ、優人。そういえばそろそろ彼女と会わないのか?」
土曜の午後。僕と一緒にカラオケに来ていた健司がさぞ愉しげなお顔で聞いてきた。入ったばかりで歌も歌ってないのに、いきなりだ。
一応彼女と話すようになったのは健司のお陰だし、本人も相当気になっているご様子なので、雰囲気や話した内容をざっくりとだけ度々報告はしている。
にしても、こいつ……。今一番僕が気にしていることを、何て的確に聞いてくるというんだ。
「そんな勇気湧かないよ」
「おいおい、マジかよ。でも、結構仲良くやれてんだろ?」
「うん。そう思ってる、けど……」
そう思っているのは僕だけかもしれないじゃないか……。
それにネットで仲良くやっているからといって簡単に、はい会おうなんてならないだろ。素性も知らない相手なんだから。
それに僕は……。
「あの画像、やっぱりどう考えても誰でも健司がゆーとんだと思うでしょ。僕が行ったら、彼女の期待を裏切ることになっちゃうかもしれない」
「ああ、なるほど。それを気にしてたのか。確かにそれはあるな」
何だろう、自分で言っといてなんだけど、なかなかイラッときた。
というかそもそも健司があんな画像で設定したから困ってるんだろ。っと心の中で反論してみるものの、それを口にuoは出さない。
画像を変えることだって出来た。本当は後ろにちょこんと写っているのが僕だって、最初に正直に言うことも出来た。でもそれをしなかったのは僕自身だ。それに最終的に認めたのも。
健司が原因であるのは間違いないけど、健司を責めるのはお門違いだ。
それにそもそも、あの画像じゃなかったら彼女と仲良く出来ていたかすら分からないのだから……。
「でも、前から言ってるだろ。お前も悪くないって。お前は自分が思っている程、男として魅力がないって訳じゃないんだぜ。勿論顔だけじゃなくて、中身もな。寧ろ中身の方が魅力的だと思うけどな」
「本当に思ってんの?」
「んな、嘘は言わねえよ。長年お前を見てきた俺が言ってるんだ、間違いない。もっと自分に自信を持てよ」
ニシシと照れた様子も無くそんなことを言う親友から僕は目を逸らしてしまった。
普段から接してるからという訳ではなく、誰にそんなこと言われても照れて上手く反応出来ない。いや、例えどんな友好的な関係でもそんなことを正面から照れもせず言えるのはこいつぐらいだろう。こっちが照れてしまう。
でもそんな表情だから嘘やお世辞なんかではないことが分かる。正直にそう言ってくれたのは嬉しかった。
「どうせ俺に比べればまだまだだけどな、とか言うんでしょ」
しかし、やはり照れ臭さが勝って、つい憎まれ口を叩いてしまった。
「おっ、よく分かったな。今まさにそれ言おうとしてたんだよ」
そこは否定しとけよ! 結局お前以下なら何も変わらないし。
……まあ、でもあれだな。自信を持て、か。
どこまでも正直な親友に溜息と苦笑いが溢れた。
「まあ、ともかく一回誘ってみたらどうだ?」
「うーん……。でもそれがっついてると思われたりしないかな? それ目当てで最初から私に関わってきたんじゃって引かれるの怖くない?」
「だから、それじゃ今まで通りだろ。それが怖くても自分から行動しないとダメなんだよ」
「それは分かるけど、でも今すぐにじゃなきゃダメって訳じゃないじゃん。もうちょっと時間経って仲を深めてからでも良いかなって……」
僕がそれを言うと、はっきり分かるぐらい不満そうな顔で健司は僕をじとーと見つめてきた。
「まあ、そうだけどよ……でも会いたい気持ちはあるんだろ。なら、お前は早く会いたくないのかよ?」
うっ……確かに早く会いたい。実際に話してみたいとも思う。
「そうなんだ、けどさ……」
でも結局僕は言い淀んでしまう。
「ったく、チキンだな、お前は。確かにもうちょっと仲が良くなるのを待ってからの方が確実かもしれねえよ。でもそこまで続くかも分からねえし、まずはお前か会いたいかどうかだろ。要は気持ちの問題だ。大体時間が経てば、余計会いづらくなると思うけどな」
僕は渋い顔をしてしまう。
確かにその通りだ。このまま続けていたら、余計会い辛く、そして罪悪感だって増していってしまう。
やることは、会いませんか。そんな短い言葉を機械に打ち込んで相手に届けるだけだ。まあ、それだけのことが僕にとってはとても難しいことのように感じてしまうのだけど。
なら、いっそのこと、もう本当のこと、というか勘違いしているであろうことを訂正しといた方が良いのだろうか。
……やっぱりそれで連絡が取れなくなるのが怖い。僕は彼女に会ってみたい。会えなくなったらそれは最悪の事態だ。
結局僕は、健司の言う通りただのチキンなのかもしれない。大切な一歩が踏み出せない。
「そうだね、気分が乗ったらすぐに誘ってみるよ」
だからそんないつ来るかも分からないことだけ僕は言った。