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ギャップ

 夜、風呂から上がり、僕はすぐに自室に戻って机の前に座った。と共に、バッと勢いよくケータイを手に取り、画面をスワイプしてから例のSNSの自分のプロフィール画面を出した。


『今日は学校終わってからすぐ帰って、そこからずっとパソコンと向き合って小説書いてました♪ でもそのせいでとても目が痛いです(>_<)』


 メール通知から開くと、こんなことが書いてあった。

 その文面から、想像出来うる詩織さんが目をしばしばとさせているシーンを思い浮かべる。

 まだ会ったこともないけど、可愛いな、この人!

 客観的に見れば気持ち悪いのかもしれないことは理解しているけど、自然と頬が緩んでニヤニヤとした表情になってしまう。

 初めてのメールの送信と返信を経験してからもう二ヶ月程が経過していた。

 あれから彼女とは、メッセージのやり取りを続け、色々な会話をしてきた。

 お陰でどこの高校に通っているか、好きなマンガや小説から、その作品の素晴らしいところ、それから彼女がどこの小説投稿サイトに送っているかも知ることが出来た。

 僕は小説には興味はないのだけど、それでも生き生きと語っているのが分かる文章を見るとやっぱり嬉しい。

 この二ヶ月に、何分か置きに何度もプロフィールページを確認してしまった自分を思い出す。その八割程がメッセージは届いていなかったのだが、その度毎にイラッとした子供っぽい自分をやれやれと思うのだけど、それだけじゃなくて不思議な感覚も覚えていた。

 初めて彼女からメッセージが届いた時に嬉しかった気持ちは間違いなく本物だった。でも、時間が経ってくると徐々に、これからどう会話を続ければ良いのか、無理に続けない方が良いのか、いやでも自分から話し掛けといて僕が会話を切ったら何コイツと思われてしまうんじゃないか、などなど様々な不安がどっとのしかかってきた。

 でも健司の「んな、気にすることないって。思ったこと、そのまま書けば良いんだよ」というアドバイスで同い年、地域が近いことから会話を広げていった。

 すると今は。

 まだ文章を交換しあっているだけなのに、趣味が驚く程一致しているという訳でもないのに、会話が別段途切れることなく、彼女とは楽しく話すことが出来ている。

 やり取りしていく内に、最初の緊張感は徐々に抜け、彼女とのメッセージが今では一日の中で最大の楽しみになっていた。

 現実ではほとんど女子と話したこともない僕が、まさか普通に、しかも楽しく同い年の女の子と交流することが出来てるなんてな。

 今までの、今日話した女子はコンビニの店員だけです状態から抜け出せたことには自分でもびっくりだ。

 しかもそれがまだ会ったこともないと来たもんだから尚更凄い。いや、まだ会ったこともないから話しやすいのかもしれない。それに彼女の雰囲気が、ってこれも会ったことないくせに何言ってやがるってことになるんだろうけど、文章から伝わってくる印象が優しくて話しやすいんだ。

 っと。さて、彼女に返信しないと。


『学校とそれから小説執筆お疲れ様です(≧∇≦)o 目が痛いということは、詩織さんは小説はもう今日は書かないんでしょうか?』


 書いてから、もう一度見直す。

 この絵文字で、おかしくはないよな? ……うん、他の人の見ても使ってるのを見たことある気がするから問題ないな。

 なんて、一々送る際は相手に不慣れな印象を与えないように意識している。文章や絵文字が不自然になることは相手に悪い印象を与えてしまう可能性があるし、それが特に文章に毎日触れている物書きなら尚更だ。そして何より僕自身が恥ずかしい。

 でも今回は異常ないから送るか。っと送信ボタンを押そうとしたところで、そういえばと健司の言葉をふと思い出した。


「お前の文章は硬すぎるからな。最初は馴れ馴れしすぎても警戒されるだけだから良いんだけど、いつまでもそれじゃ距離も縮まらないから徐々に柔らかくしていけよ」


 っと言われていた。

 言ってることは分かるし納得も出来るのだけど、この文章をこれ以上柔らかくか……。ちょっとまだ無理そうだ。今まで敬語だったのに、急にタメ口とか難易度が高すぎる。

 そもそも絵文字を使うことだって最初は抵抗があったんだ。でも確かにそれはいくらなんでも硬すぎると自覚して三年と四ヶ月分くらいの勇気を出して使っ手短た。

 今はまだ、とりあえずこのままで。

 僕は送信した。

 そしてそのまま何となく流れで見直しくたくなって、直後に彼女からのメッセージのログを開いて見ることにした。


『私は、私立桜花(おうか)高校に通っている二年生です』


 ああ、これは僕がどこの高校に通っているか聞いた時のだな。


『えっ、ゆーとんさんも二年生なんですね! それなら、話が合うかもしれませんね』


 で、これは僕の返信に対する彼女の返事か。

 そういえば、この時はまだなんか淡泊な会話が続いてたっけ。お互いに探り探りって感じだったかな。

 そんなに経っていなのに、何だかもう何ヶ月か前な気がする。


『マンガで私が一番好きな作品は、「俺とお前の恋物語」ですね。あの作品は小学生の時に見て随分ハマった記憶があります。ゆーとんさんはご存じでしょうか?』


 少し飛ばして、止まった画面にこのメッセージが写っていた。

 ああ、これは僕が好きなマンガを聞いた時の回答だったか。

 この時には質問に答えるだけでなく、詩織さんの方から質問をしてくれている。話す内にちょとずつお互いに距離が近付いていったのを思い出す。


『知ってます! その作品私も好きでした! 特に(ゆづる)君と耀子(ようこ)ちゃんが付き合うことになった時は泣いちゃいました(笑)』


 ああ、ここは僕が好きだったマンガを言ったら予想以上に彼女も反応してくれたんだった。ここら辺から一気に近付いていくんだったかな。

 何というか、文章から伝わってくる感情も豊かになってきてるし。最後の文なんて、えっ、泣いたの、笑ったの!? ってなったし。


『もう眠くなってきてしまいました(つ_-*)。οΟ すいません、寝させて頂きますね。それではおやすみなさい、ZZzzz……』


 それから三時間後の文章。

 思わず、寝んの早っ! っと口に出してツッコんでしまったのを覚えている。

 そのまま次第に笑いが込み上げてきて、最終的には一人でやけに笑いこけたのは遠からず懐かしい思い出だ。

 しかし、これは一週間程前のだけど、もう顔文字も使い初めて距離は随分近くなったのを如実に表している。

 その後もスライドさせながら思い出を振り返っていると、新しいメッセージの通知が届いた。僕は急いで開く。


『いえ、まだまだ書きますよ\(^^)/ 明日はせっかく休みなので、遅くまでパソコンと見つめ合います! ひょっとしたら徹夜になったり。――なんちゃって』


 ちょっ、なんちゃってって。男に言われたところでイラッとくること間違いないというのに、女子が言うと最早武器だ。可愛いすぎだろ。


『夜更かしは肌への天敵だとよく聞きますよ。せっかくの綺麗な顔を大切にしてくださいね(^-^)/』


 想像上の詩織さんに向けてメッセージを返した。

 しかしその少し後、思わず送ってしまったメッセージの内容を改めて確認すると、後悔の念が押し寄せてきた。

 これ、下手したらセクハラになる可能性あるんじゃないか。それになんとなく下心を感じさせてしまうかもしれない。

 そんな杞憂と闘っている中、返信は数十秒後に来た。


『ゆーとんさんは、私の顔知らないじゃないですか(笑)』


 うーん、どうやらこの様子だと大丈夫なようだな。ただの冗談と捉えてくれたみたいだ。

 良かった、と安堵の息を吐いた。でも、確かに僕は顔を知らない。


「会ってみたいな……」


 言ってからハッとなる。

 無意識に口に出してしまっていた言葉。でも無意識故に、心に表れていた想い。

 僕は彼女を何も知らない。なんとなくの人となりを知ったつもりになっているだけで、何一つ知らない。


「ひょっとしたら男がなりすまして、お前を弄んでる可能性だってあるぞ」


 健司がそんなことを言っていたのを思い出した。

 いやいやそれは無いだろと、否定はしたが確実に違うとは言い切ることは出来ない。

 別に変に望んでる訳じゃないけど、やっぱり可愛い子なら嬉しいし、どちらにしろ知りたいと言う欲はある。文字の交換だけじゃなくて、実際に会って話してみたいとも思う。

 でも、と暗澹とした気持ちも表れる。

 彼女とメッセージを交換し出してから、少し経ったときのメッセージを見返す。その時のことを思い出す。そうだ、この時は彼女がプロフィール画像を変えるかどうかの相談をしてくれたんだった。

 『そういえば、ゆーとんさんのあのプロフィール画像は、ゆーとんさん自身の顔なんですよね?』と聞かれた僕は、『あっ、はい。それが僕なんです』と答えてしまった。それに彼女は、『かなりかっこいいですね』と返している。

 間違いなく彼女はプロフィール画像に写っている健司の方を僕だと思っているだろう。ポツンと写っているだけの僕をかっこいいとは言わないだろう。

 その時から、いや、その前から、ひょっとしたら彼女は、ゆーとんを健司だと思っているからこんなに接してくれているんじゃないかという疑念を正直心のどこかに持っていた。そしてそれは彼女との交流が深くなればなるほど、強くなっていった。

もし実際に会ったら、実は僕が相手だったと知って幻滅されないか。明らかに残念そうな顔をされたら僕はかなりのショックを受けてしまう。今せっかく楽しめているこの交流が途絶えてしまうかもしれない。そう考えると怖くなる。

 僕は会わない方が良いのだろうか。


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