01 夜襲
「よし行こう」
深夜。山奥。
空には満天の星空が広がっている。
山の茂みに隠れていた俺たちは、サクの指示とともに立ち上がる。
使い古した赤茶色のマントが茂みに当たり、ザザッと音を立てる。
動いたのはハル、コウ、エリの三人。
残りの4人のメンバーは、山のふもとでバックアップとなる。
この7人はこれから、敵の密会があると噂される砦に潜入するのだ。そこは難攻不落の鬼城とも呼ばれていた。砦だが鬼城だ。
「西の門からハルが突入。東からはエリとコウが魔法を使って潜入する。」
司令塔であるサクが指示する。
「…ああ」
「まかせな」
「分かったわ」
無愛想な顔でうなずくハルと、意気揚々と答える二人。
「じゃあ」
そう言うとハルはフードを深く被り、走り去る。
ハルはいつもあんな感じだ。最低限の会話で去ってしまう。
「相変わらず愛想の無い奴だぜ」
「いつもあんな感じだし。しょうがないんじゃない」
コウは小さくため息をつく。
「俺たちも行く。ミエ、透明化の魔術をかけてくれ」
ミエと呼ばれた水晶を持った女性は、コウ達にいくつか呪文を唱える。
すると二人の体は、静かに闇夜に溶けていった。
ミエの魔術は対象を透明にする魔術だ。いつも任務の時には重宝されている。
「それじゃまずはユウ。警備兵を撃破してくれ」
「あいよ」
ユウと呼ばれた少年は、やっと俺の番が来たかと嬉しそうな顔をする。彼の耳に付いている緑の装飾が施されたピアスが揺れる。
2mもあろうかという大きな弓を構えた。
「今日もノーミスで行くぜ!」
「ユウ。300m前方の警備塔の上に3人。北門の側に2人いるわ」
「ラジャ!」
ギリギリと音を立ててしなる弓。ユウは、慎重に狙いを定めていく。少しの間を置いて、ヒュンという音と共に発射された。
風を切り、一瞬にして、それは正確に敵の脳天を捉えていた。
次々に発射される矢。
一つ、また一つと命が消える。
「いつ見ても凄いよな。ほんま」
「あんまそう褒めるなって。風魔法で微調節してるし」
本人は簡単にやってのけるが、相当な集中力が無いと出来る技ではない。矢を放ちながら魔法を使うのは相当な技術が必要なのだ。
敵がいなったことを確認すると、サクは頷いた。
「もう良いだろう。ミエ、コウ達を映してくれ」
「任せて」
ミエは魔道具である水晶を使い、彼らの様子を映し出した。
・コウ視点
すでに北門にたどり着いていたコウ達は、ロープを使い軽やかに登ってゆく。
「なんだかあっけないわね」
「そう油断しない方がいいぞ。ミエの透明化が絶対という訳じゃないしな」
「あー彼女の魔法って唐突に切れるもんね」
「まあ確かにそうだが、俺の言ってるのは他の心配だ」
通常の兵士程度ならば、透明化によって充分なのだが
魔力を感知出来る者。つまり魔法使い、魔獣などにはいとも簡単に感知されてしまう。
その他に「目」と呼ばれる特殊な能力を持っている人間にも要注意だ。
彼らは微弱な魔力を感知するだけではなく、空気の流れや、わずかな光の変化をも感知出来るのだ。その辺は、隠蔽魔法などで対処するしかない。
「外はユウが全部やったみたいだから、後は内側だけだね」
「ああ」
壁の上にたどり着いた二人。
だが緊張してい為か、エリはマントが壁のモニュメントに引っかかているのに気付かない。
「あっ!」
立ち上がろうとするが、マントが引っかかっている状態では立ち上がれるはずもなく、エリは大きく体勢を崩した。
そのままコウに向かって盛大に体当たりし、派手に壁の内側に落ちる。
ズーンという音が、盛大に暗闇に響く。
「誰かいるのかッ!?」
音に気付いた兵士が駆けつけてくる。
やばい。
「ばかやろー!気付かれちまったじゃねぇか!」
「ご、ごめんなさーい…」
涙目で謝るエリ。美女である彼女に謝らせると、逆にこちらが申し訳なくなる。可愛いは正義だ。俺は美女に特別甘いという訳ではないが、エリは群を抜いた可愛さだ。
そんな彼女に涙目で謝られたら、どんな男だろうと許してしまうだろう。
「しょうがねぇな…許すから顔を上げろよ…」
「うん!」
立ち直りの早いやつだ…まあいつもの事か。
足音からして、4〜5人はいるだろう。
魔王が来賓する会合がある為だろうか、ピリピリとした空気が伝わってくる。
「おいっ!ばか!」
小さな声で叱咤する。
「あんな所に変なのがあるのがいけないのッ!」
涙目で反論するエリ。
「そんな甘えた事言って死ぬのはごめんだッ!? 早く走れッ!!」
エリの裾を引っ張り、逃げるように施す。
「え?!だって私たちには、透明化があるじゃない?!」
「ばかッ砦内部には警備として配備されている『目』を持った上級兵士がいるんだッ!」
万が一『目』に出くわしたらアウトだ。すぐに排除しなくてはいけなくなる。
『目』と呼ばれる彼らは、特殊な眼力がある人物を指す。
彼らは一度見た相手の能力・外見・性格などの情報を、細部まで完全に記憶出来る。
他の媒体に情報を写す転写魔法を使えば、頭の中の記憶を紙に書き出す事まで可能になるのだ。
「逃げろッ!」
コウに手を引かれるエリ。だが、
「うおッ!?」
何かが高速で飛んでくる。
二人は屈んで避ける。
それは毒の塗られた矢だった。壁に突き刺さり、シューと石が溶ける嫌な音が聞こえる。
これは確実に見えてるな。やはり『目』を持つやつがいたか。
「コウッ!狙われてるわッ!!」
コウは地面を蹴り、クルッと90度回転する。
意識を研ぎ澄まして『目』を探す。
数秒後にすぐさま放たれる矢。エリは横に飛んでギリギリの所でかわし、放たれた場所を確認する。
並の人間にはできない異常な反応速度だ。
俺ら7人は皆、矢程度なら目視で確認して避けることができるだろう。
下手すると銃弾も避けられるかもしれない…
それは言い過ぎか。
そいつは砦の一番大きな建物。
本殿の窓から覗いていた。
「コウッ!あそこッ!」
「ああ、まずいな…すぐに潰さないと」
こんな事でしくじる訳にはいかなかった。
少し計画が変わるが、仕方がない。
『目』は直ちに潰さなくてはならない。
コウ達が所属するAFと呼ばれる武装組織は、常に影で動かなくてはならない。
そういう決まりだ。
組織の存在を知られると、困るお偉いさんが沢山存在するしな。
コウはエリに振り返る。
「しゃーない予定変更だ。ハルと合流し目を叩く」
こくっと頷くエリ。
コウ達は、本殿に向けて走り出した。