9.トーマス
「あ、所長どうだった?オレの自信作〜」
「相変わらず緩いモンスターだねぇ」
「それ程でも~」
「うん。褒めてないからね?」
ガイアと共にやって来たのはNo.1と書かれたドアの部屋だった。ガイアが今話しているのは、ゼリーピンク(仮)の発案者であるトーマスだった。ピンク頭の男である。
因みにリヒトは飛び散ったスライムの掃除に追われている。
「あ!これが噂のメリアルだね〜?」
「そうだよ。ブルシュック博士の教え子なんだ」
「話は聞いてるよ。オレ、トーマスって言うんだ。仲良くしようね〜」
トーマスは袖が長すぎて手の出てない状態で、メリアルの前に手?袖?を差し出した。それをメリアルはじっと見つめるだけである。
「………」
「握手嫌いって本当なんだ」
「そんな話になってるのかい?」
「昨日シュクナが喚いてたからね〜」
シュクナとは誰だっただろうかと、メリアルがボウッとしていると、それを察したトーマスが教えてくれた。
「ほら、バンダナ頭の」
「…あぁ、アイツね」
「メリアルってば、何だかんだ言いながら仲良くなってるじゃないか!」
嬉しそうな顔でガイアがそう言うと、メリアルは眉間に顔を寄せた。
「まさか。冗談でしょ」
「え?違うのかい?確かにメリアルの友好的な姿、想像出来ないけどね」
「オレは気にしないけどね〜。それよりオレのモンスターの結果、持って来たんでしょ?」
「そうだった。はい、コレね」
ガイアが資料を渡すと、トーマスは先程とはうって変わり真剣な表情でそれを読んだ後、首を傾げた。
「あれ?初級じゃ無理だった〜?せっかく可愛くしたのに」
「…初心者に絶望を与える発想は悪くないけれどね」
「いやいや、僕は違うと思うよ?トーマスはそんな子じゃないんだよ。君の危険な思考と一緒にしちゃ駄目だから!!」
「メリアルは面白い事を言うね〜」
のほほんと笑うトーマスに、メリアルは意味が分からないと不満顔をした。
自分が思った素直な感想を述べただけなのだが、ガイアの言う通りどうやら違ったようだ。
理想を持つ駆け出しの冒険者に、厳しい現実を教えたいという願いから敢えて初級モンスターと記入したのだと思っていたメリアルにとっては、何とも肩透かしである。
「(こういう人間が実は一番残忍なのに)」
嫌と言う程、色んな人間を見てきたメリアルからしてみたら、トーマスのようなタイプが一番怖いのだ。
ガイアの様な嘘臭さい人間は分かりやすいが、こうして全く害のない素振りをしている奴程、裏でやってる事が結構エグかったりする。
「最初はただの巨大なスライムかと思ったけど、何をベースにしたんだい?」
「え〜?スライムだよ?」
「スライムにしては魔法耐性、防御力共に高いねぇ」
「…?そんな設定、頼んでないんだけどな〜」
トーマスのその発言に三人は首を傾げた。
「…そう言えば昨日隣で玉の調子が悪い物があるって言ってたわ」
「お、それかも知れない」
「そうなの?でも採用しちゃったから、結果オーライだったようだね」
ガイアが明るくそう言えば、設定した条件が変化してしまった事に対するこだわりはなかったようでトーマスも嬉しそうに頷いていた。
「一応心配だから後で僕が確認しておくよ。それよりあのモンスターの名前、何とかしてくれない?」
「ゼリーピンク(仮)が可愛いよ〜」
「なら製作者にトーマスピンク(仮)にしとくね」
「それは勘弁してよ〜。うーん、メリアル。何かいい名前ない?オレには思い付かないんだ」
急に振られたメリアルは、近くにあった玉から視線を外して口元に手を当てて、先程のモンスターを頭に思い浮かべた。
「………スラピー?」
「あ!それ良いよ!スラピー可愛い〜」
「ま、待ってメリアル!す、スラピーって…どうしてそうなったの?」
はしゃぐトーマスにメリアルも頷いた。しかし、ガイアにはメリアルから発言されたとは思えない名前に、体の震えが止まらない。
大爆笑する一歩手前であるが、笑ってしまうとメリアルが怒ってスラピーの理由が聞けなくなってしまうので、なんとか我慢している状態だ。
「スライムとピンク」
「ぶふぉ!!め、メリアル、て、天才、だね」
何とも間抜けな回答に堪えきれず吹きだしてしまったガイアは、床に蹲り腹を抱えて大爆笑している。
その姿にメリアルは問答無用で急所に向けて足を下ろしたが、避けられてしまった。
「ち、死ね」
「スラピー素敵だよ?何が可笑しいの〜?」
今も尚、笑い続けているガイアをトーマスはつんつんと突いて遊んでいる。
「……言っておくけど、私の好みでは無いから。発案者の希望を反映させたまでよ」
「う、うんうん!分かってるよ!大丈夫だよ!」
ゴキブリでも見るような目でガイアを見下ろしながら、メリアルは腕を組みながらそう言い放った。
それを照れ隠しだと勘違いしたガイアが、親指をグッと立てながら笑い過ぎて出た涙を拭った姿が、更にメリアルを苛立たせていた。
「メリアルって優しいんだね〜」
「は?貴方馬鹿なの?」
「違うの〜?だってオレの気持ち組みとってくれたんでしょ?ありがとうだよ」
トーマスはピンクの髪を揺らしながら、嬉しそうにメリアルの手を握ってお礼を述べた。
「はー笑った笑った。そう言えば、トーマス以外のメンバーは何処に行ったんだい?」
「ん?トリシャとレキは食堂に行ったよ。ルーブルは知らないな〜」
「そっか。まだメリアルに全員紹介出来てなかったからと思ったけど、居ないならまた今度だね」
そう言ってこの部屋を後にするガイアに続いて、メリアルも部屋を出た。入る時にもだが、気になった場所が一つ。
「(他の部屋は特殊な鍵がないのね)」
特殊な鍵を使用している部屋は、メリアル達がいる一部屋しかない。この研究の最大の要であるからそれは分かるのだが、他の部屋でも同じ事が言えるのではないだろうか。
「(……取るに足らないって事か)」
他の部屋での研究が第三者の手に渡ったとしても、核を作る術式が分からなければ全く持って意味がないのである。
しかし、カードキーを通す穴とナンバーを入力するタッチパネルがあるので鍵をかけてないという訳ではない。
「(そう言えば…)」
一つメリアルの中で疑問が浮上した。イアンとシャロンである。特殊な鍵を持っていたと言う事は、その部屋に入れる資格があると言う事になる。
しかし能力の高い人間のみがその部屋に入れると仮定した場合に、部屋のランクがBとCである彼らには資格はないように思える。
「(研究所ごとに違うのかしら?)」
少なくともこのモンスター研究所の特殊鍵の部屋には、優秀な人間しか居ないのは確かである。
今度会った時に覚えていたら聞いてみようと、メリアルはこの考え事を終わりにした。
「その鍵は全部屋に通ずるみたいね」
「これかい?そうだよ。各研究所の所長のみがもてる鍵でね、建物ごとに一個しかないんだ。だからこれはいくら頼んでも渡せないからね!」
ガイアは自身の指に嵌めている指輪をメリアルに見せながらそう答えた。
「別に興味ないわ。入ろうと思えどうにだって出来るもの」
「知ってるかい?不法侵入は犯罪だよ」
「捕まらなければ問題ないわ」
メリアルの問題発言に思わず口の端が上がるガイア。
物の考え方、答え方が全てあの子にソックリだからだ。生まれ変わりと言っても過言ではない程に、恐ろしく似ているのである。
「僕は心配だよ。メリアルが悪い大人にならないか」
「貴方みたいな?」
「失礼な!僕はとっても良い大人ですー!」
「そ。どうでもいいわ」
そんな会話をしていると、ガイアが別の研究員に捕まったので、メリアルも捕まる前に足早にその場を離れて、No.00と書かれた自身達の研究室に足を踏み入れた。
「あ、お帰りメリアル。ガイアは?」
「誰かに捕まってる」
「そっか。それで?どうだった?」
「強さに関しては設定のズレがあったものの、満足していたわ」
「ズレ?」と疑問を持つリヒトに、トーマスが定めた設定と昨日メリアルが聞いた玉の不具合についての会話を伝えると納得したようだ。
「なんかトラブルでもあったのかな?」
「さぁ。興味ないわね」
「珍しいね、メリアルなら気になって入って行きそうなのに。ミリア達と何かあった?」
「別に。ただ疲れてただけ」
その言葉にリヒトは昨日のメリアルを思い出して、納得した。
「あれは寝坊したメリアルが悪いんだよ?でも、あれもれっきとした仕事だからね」
自分には全く非はありませんといった満面の笑顔で、リヒトはそう言い放った。
至極正論なので、メリアルも言い返しはしなかった。
「あ、そうだ!結局名前何になった?資料に記入して提出したいんだけど」
「………」
「?どうしたの?」
「いえ、スラピーだそうよ」
「スラピーね。見た目と名前で騙されそうだね」
ガイアの時とは違い、特に何も気にする様子もなくリヒトは資料に名前を書き込んでいる。話の流れを知らないリヒトからしたら、トーマスが付けていると思っているので当然なのだが。
「私もモンスター作りたい」
「お、いいよ。ついでに他の部署の役目も説明出来るしね。じゃあ、明日教えるね。どんなモンスターがいいか考えておいて」
「ええ」
今日は早めに終わっていいよとの事だったので、メリアルは自室に帰り対魔装置の作成をすることにした。一つガイアに壊されてしまったからである。
ガイアは一つしかないと思っていたようだが、念には念をで実は三つ程所持しているので一つぐらい壊された所で困らないのだが、わざわざ言う程でもないので何も言わなかった。
「ん、完成」
壊れた物に興味はなく、前の物は踏みつぶしたのもあり当然一からの作成になる。なので対魔装置が完成した頃にはどっぷり夜になっていた。
食堂は幸いにも24時間営業なので、食べられずに寝ることなく済んだ。
「(今度からこの時間に来よう)」
深夜の食堂はガランと静まり返っており、とても静かだ。誰もいない訳ではないが、利用者はかなり少ない。騒がしいのが苦手なメリアルにとっては願ってもない好条件だった。
しかし遅い時間であればある程、朝が辛いという事にメリアルが気付くのは、もう少し先だった。
メリアルは少し抜けてます。