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8.試作実験

強化魔法を施してあるガラス張りの部屋の真ん中には一体のモンスターがいた。そのモンスターは大きな体をウネウネと動かしながら、ゆっくりとした動作で徘徊している。


「…これの発案者は誰だい?」


その様子を見ていたガイアの問いに、リヒトは資料を確認した。そこに書かれていたのは「トーマス・レイブン」の名前だった。


「トーマスだね。初級モンスター用って書いてあるからいいんじゃない?」

「…これ、ただの巨大なスライムよね?」

「メリアルにもそう見える?俺もだよ」


ヘラッと笑うリヒトから視線を外して、ガラスの向こう側にいる巨大スライムを見つめた。

初級モンスター用に可愛らしいさと弱さを外見に持って来たのだろう。全身ピンク色をしていた。


「トーマスのか〜。まったくあの子のモンスターは緩いのばっかりだねぇ」

「でも体が大きいから飲み込まれたら死ねるよ?」

「こんなのに飲まれる鈍間はいないと思う」

「そうでもないんだよ!初心者は油断と碌でもない自信があるから、バクリと行かれちゃうのさ」


ガイアが肩を竦めてそう説明すると、メリアルも見た事があったのを思い出したのか納得したようだった。


「馬鹿と勇敢は紙一重よね」

「そうそう!実力が伴ってなければ、どんなモンスターも危険になりうるんだよ」

「じゃあ魔法耐性テストしてみようか」


リヒトがそう言いながら手元にある無数のボタンのうちの一つを押した。するとガラス内に炎(初級魔法)が現れてモンスターに当たったが、特に熱がる素振りもなく平気そうだった。


「…無傷ね」

「スライムベースじゃないみたいだね」

「じゃあ、他のも行くよ」


再びリヒトがボタンを押して他の属性の魔法攻撃をおこない、実験を試みて分かった事が一つ。このモンスターには通常の魔法攻撃は一切効かないようだ。


「魔法使いがコレに遭遇したら、ジ・エンドだね!」

「物理攻撃はどうやって確認するの?」

「それもこの場で出来るよ」


更に別のボタンを押せば、モンスターの前に人形が剣を持って出現した。自動で動くらしく、色んな角度から色んな場所を斬り込んでいく。その人形にメリアルの目が少し輝いた。


「ねぇ何あれ」

「ん?あれは自動人形オートドールだよ」

自動人形オートドール?聞いたことないわ」

「なら僕が教えてあげよう!!自動人形オートドールはね、魔道具の開発をしてる研究所から貰ってきたんだよ~」


思ったより大した説明ではなくてがっかりしたメリアルは、モンスターを尚も斬り付ける人形をマジマジと見つめた。

見た目は粗雑な造りだが、動きは申し分ないのでモンスターからの攻撃を避けながら確実斬り込んでいた。


「そう…。これをモンスターとして置くのはナシなの?」

「それは僕も考えた事があるんだけどね。「冒険者を皆殺しにするつもりか!!」って怒鳴られて帰って来たよ」


うう、と泣き真似をしてガイアがそう嘆いた。

自動人形オートドールは敵味方関係なく目の前の標的をただひたすら攻撃する為に作られているのだ。勿論死ぬまで攻撃を止めないどころか、肉塊になるまで動き続ける危険な人形である。

何故そんな物を作ったのかと言えば、この泣き真似をしているガイアの注文品だからだ。


「はは、あくまでこれはモンスターの耐久度と弱点を見る物だからね」

「でもさぁ、自動人形オートドールのレベルを調整すればいけると思うんだよね。生と死の隣り合せにしか生きがいを感じないクレイジーな人間もいるんだしさ!」

「面白そう。私がやる」

「駄目駄目!爆発するからコレ!前にいじったら酷い目にあったよ…」


ガイアは遠い目をしてその時を思い出す。先方がやってくれないなら自分でと思って手を加えようとしたらパーン!魔法使ってもパーン!

魔法研究所の所長とは古い付き合いなので、ガイアの行動を良く分かっているのか、危険な物には爆破機能が施されているのだ。爆破する理由はそれだけではないのだが、八割方はガイアに悪用されない為にである。


「聞いてよメリアル!!あいつ本当に性格悪いんだよ。僕が行くといっつも迷惑そうな顔するんだから!だから結婚出来ないんだと思うんだよね」

「それはガイアがいつも面倒事を持ち込むからでしょ。それに最後の台詞は自分にも当てはまるよね?」

「僕は出来ないんじゃありませーん!しないだけだよ」


つーんとした顔でそう言い張るガイアにリヒトは苦笑するしかなかった。


「あいつ?」

「魔道具研究所の所長だよ。ガイアと付き合いが長いみたい」

「ふうん。あ、分裂したわよ」

「…とてもじゃないけどこれ、初級モンスターじゃないよ」


ムムムと資料を見つめながらリヒトが唸った。普通のスライムであれば魔法攻撃で退治できるのだが、このピンクの巨大スライムは全魔法属性に耐性があり、尚且つ魔法防御が高いのだ。そして斬撃により分裂する(確率50%)という厄介な性質を備えている。

こんなモンスターを入口から近い上層部に配置すれば、初心者の全滅はまぬがれないだろう。


「駆け出しの冒険者が裸でドラゴンに挑むようなものね」

「間違いないね。ガイアどうする?」

「そうだね、他の職業の攻撃も試すしかなさそうだね」


緩いモンスターだと思っていたら思いのほか強かったので、時間かけて倒し方を探っていく。魔法剣士や狩人、僧侶や吟遊詩人などの様々な職種の技を掛けて何がどの程度まで有効なのかを探るのもこの研究で大事なのだ。


「睡眠は効くようだね。…でも30%かー、成功確率低いね。あ、ほら見てごらんよ。この数値」

「お!魔法防御力が下がってるね。これなら魔法でも倒せるかな?」

「これ数値もでるのね」


ガイアが画面に映し出されたモンスターの数値を指差した。そこには攻撃を加えると、それがどのぐらいモンスターに攻撃を加えているのかや、どの位耐性があるかなど、実験に合せて数値がどんどん表示されていく仕組みなのである。


「凄いでしょ!これは魔法機械研究所の装置だよー。」

「他の研究所を随分有効活用してるのね」

「折角その道のプロが集まってるんだから、利用しない手はないからね!」


その言葉に、メリアルは以前リヒトが言っていた言葉を思い出した。「仲良くしておくと便利だよ」とはこういう事だったのかとメリアルは思った。

確かに自分達で全て用意すると、莫大な時間と金がかかる。しかしここには無数の研究所が所狭しと軒を連ねているので、得意分野である専門の研究所に頼む事で比較的簡単に必要な物が手に入れる事が出来るのだ。


「成程。便利ね」

「でしょ?だからね、メリアルも人と仲良くする事を覚えた方がいいよ。それは自分の為になる時もあるからね」


そう言ってガイアはメリアルに向けて優しく微笑んだ。

本当はもっと純粋な理由で人と関わるのがいいけれど、メリアルはそこにメリットや必要性を感じないと関わろうとはしないのは、数日見てれば簡単に分かる。

なら仲良くしておくとこんな良い事があるんだよと示せば、メリアルも人と関わろうとするのではとガイアは考えたのだ。


その証拠にメリアルも考え込んでいる様子が伺える。


「……そうね、考えておくわ」


でもやっぱり私には必要ないと思うけどと、メリアルはその後に続く言葉を心の中で呟いた。大抵の物であれば自分で作れてしまうから、他人は必要ない。

あるとしたら食料を与えてくれる人だけでいいのだ。生きる為には食べなくてはならない。だけどメリアルは研究に没頭してしまうと食べる事を忘れてしまうので、誰かが見ていないと倒れてしまうのである。


だからよくブルシュック博士が定期的にメリアルの元に訪れて、食事の有無を確認しに来ていた程だ。


「万が一他の人とトラブルがあっても僕達はメリアルの味方だからね」


ガイアがポンポンと頭を優しく撫でたら、案の定凄い勢いで手を振り払われた。


「(そう簡単にはいかないか)」


払われた手で頭を掻きながら険しい顔のメリアルを横目に、モンスターに目を向けた。

睡眠魔法が効いている為、モンスターは寝ている。魔法防御が下がっている内に中級魔法を試みると、唯一炎魔法だけが効いたが体の一部が燃えただけで、致命傷には至らなかった。


「この威力だと、上級魔法でも体半分ぐらいしか壊せないね」

「全方位から同時に打ち込めばいけるでしょ」

「メリアル、それ人間業じゃないからね…」

「ちっちっち!これはあくまでもノーマルな冒険者としての実験だから、規格外の倒し方じゃ意味がないのさ。強すぎるモンスターを量産する訳にはいかないんだよ」


指を横に振りながら答えたガイアに、自動人形オートドールをダンジョンに置こうとしてた奴の台詞ではないわねと、メリアルは内心皮肉る(自分もだけど)。だがそれも一理あるので致し方ない。


ダンジョンの中にも生態系が存在するのは、ブルシュック博士の研究によって確認されている。

造られた存在であっても、強いモンスターは弱いモンスターを食べ、自分の血肉へと変えているのだ。それはまるで最初から存在していた本物のように、自らの思考を持ち生きているのだ。


「(これもまた一つの生命体という事ね)」


モンスターというカテゴリーを作りだしたこの研究は、知れば知る程素晴らしい。だけどここにきてメリアルは疑問を持った。何の為のモンスターであり、ダンジョンであるのかを。

勿論メリアルにとってモンスター研究は生き甲斐であるからして、例えどんなくだらない理由だったとしても止める気はない。むしろ推奨すら辞さないだろう。


「(博士は知ってるのよね?聞いてみようかしら)」


ここにいるメンバーには今更それを聞くの?と馬鹿にされそうだし、ガイアに至っては待ってましたとばかりに説明してくるだろう。

それは鼻持ちならないので避けたい。となると残る選択肢は博士一択である。しかし今まで一度も手紙を書いたことがないので、出すとなるとむず痒さがある。


「メリアルどうしたの?何か考え事?」

「…いえ、なんでもないわ」

「そう?」

「眠いだけじゃない?今日は寝坊してこなかったからねぇ」


嫌味を言うガイアの鳩尾に蹴りをかまし、更に急所を狙おうとするメリアルを、リヒトが慌てて抑え込んだ。


「ぐふっ、やるじゃないかメリアル…」

「ちょ、落ち着いてメリアル!!他はいいけど、そこだけはやめてあげて!」


男性の急所は蹴っちゃいけません!とリヒトが力説するも、そんなもん知るかとメリアルは舌打ちするだけだった。しかしそれ以上はこの男の所為で出来ないので、やめざるお得ないのだが。

それよりもメリアルが今一番気になるのはリヒトが後ろから羽交い絞めしている事に他ならない。


「離せセクハラ野郎」

「んな!?」


メリアルの言葉の衝撃にリヒトが手を離すと、皺になった白衣の部分をパンパンと叩いていた。その傍らではガイアが下を向いて肩を震わせていた。


「ぷっ、ぷくくく…」

「ガイア何笑ってんの?」


真っ黒な笑顔でリヒトが顔を向けると、ガイアの顔が見る見るうちに青ざめていく。しかしメリアルの興味はモンスターに向けられているので、ガイアがどうなろうとどうでも良かった。

背後で悲鳴が聞こえてるが気にもなない。暇なのでメリアルが手元にあったボタンを適当に押すと再び自動人形オートドールが出て来た。


「(これって魔法も同時にかけてもいいわよね?)」


自動人形オートドールの動きに合わせて炎魔法のボタンも押すと、丁度いい具合に剣が当たる場所に同時に魔法が当たった。

するとどうだろうか。先ほどは一部が破壊されただけなのに対して、当たりが良かったのか巨大スライムは飛び散ったのである。


「あ。死んだわ」

「え!?何したの?」


メリアルの呟きにリヒトが戻って来てガラスに張り付いたスライムを見て驚いている。そしてガイアも何故か少しボロボロになっているが、「わー本当だね」と暢気な声を上げていた。


「魔法剣士の要領ね。剣の当たる部分に炎魔法で同時に攻撃したら、弾け飛んだわ」

「成程。睡眠魔法に斬撃に炎魔法か…。少なくとも初心者には一人じゃ厳しそうだね。何より魔法剣士も駆け出し冒険者には無理だし、素質がないと難しいからね」

「下級モンスターかしら?」

「そうだねぇ。中級には強さが足りないかな。でも初級は無理ってなるとメリアルの言うとおり下級モンスターだね」


慣れてきたころにあのモンスターと戦う事になる。油断さえしなければ攻撃力も対して強くないので倒せるだろう(多分)と結論付けた。よってこのモンスターは採用である。

細かい調整や検査は他の部署が行い、そのまま市場へと送られることになる。世間では新種のモンスターが現れたと騒がれる事になるのだ。


「モンスターはまだ三割しか見つかってないていだったわね」

「そうだよ。じゃなきゃ新しいモンスター作れないからね」

「そう言えば、この子の名前なんて書いてある?」

「えーっと、ゼリーピンク(仮)って書いてあるよ」

「相変わらずあの子はネーミングセンスも緩いね」


はぁとガイアは頭を抱えた。



ピンクのスライムがいたら、私なら油断してしまいます。

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