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6.拭えない違和感

「二人ともお帰り〜。さて、お腹も膨れたメリアルには初仕事やって貰おうかな」


ガイアは待ってましたと言わんばかりに、二人をルンルンで出迎えた。それをメリアルが生ゴミでも見るような目で見ている事に、ガイアは気付く様子もなかった。


「さっき話してた仕事だよ!コレに術をかけて欲しいんだ。術式は今から教えるね!」

「ええ」


メリアルは教わった通りに、透明の四角い箱の中で球体(中身は既に詰めてある)に術を掛けた。

すると球体の境目がなくなり、傾ければ怪しげな古代文字が浮かび上がっているのが確認出来たので成功したようだ。


この術式は表の魔方陣の上から裏の魔方陣を重ねて、更にそれをもう一通りしなければならない非常に面倒で高度な術である。

しかも魔方陣を書き込むならまだしも、それを詠唱のみで再現しなければならないので、余程の者でなければこの術はかけられないのだ。


「うんうん、一発で成功するとは流石天才だねぇ」


ガイアは頷きながらメリアルを褒め称える。

一度教えただけで完璧に再現出来てしまうメリアルには、リヒトも信じられないという顔で見つめていた。

無理もないだろう。リヒトはあの術を成功させるのに、1ヶ月も要したのだから。



「ねぇ、4重に術をかけるって事は解くときは8重にするのよね?」

「それは教えないって言ったでしょー」

「でも私なら更に倍の16重にするわ」

「何を言っても教えません!!」


耳を塞いでメリアルの声をシャットアウトするガイア。この術式教えるのも本当は嫌なのにとガイアは心の中で泣いたが、人手が足りないので致し方ない。

何故なら、この術をかけられる人の方が少ないのだから。


ガイアのその仕草と答えにメリアルは顔を顰めたが、諦めて別の質問をした。


「この部屋も例外なく魔法使えないんでしょ?」

「そうだよ。だからあの箱を使って中で術をかけるんだ。あの中は魔法使いたい放題なんだよ」

「でもメリアルは魔力抑制装置を無効化する対魔装置を携帯してるから、関係ない話だけどねぇ」


親切にリヒトが答えるものの、ガイアが言った通りメリアルは何時でも魔法が使えるから大した話ではない。だけどメリアルが興味あるのは、あの箱の作りだった。


「でもこの箱には装置はないわ。…まさか異次元空間に繋げた訳ではないでしょ?」

「メリアルの発想はぶっ飛び過ぎだよ。ま、嫌いじゃないけどねぇ~」

「そんな難しい事じゃないよ?普通に魔法がかけてあるだけだよ」

「普通にって条件付けの魔法よね?…貴方が?」


信じられないとでも言いたげなメリアルに、リヒトはいい加減怒ってもいいかな?と苦笑した。


通常の魔法と言えば詠唱や魔方陣を書く事によって、瞬時に魔法を発動させるのだが、“条件付け”をする事によって様々な使い方が出来る魔法もある。

但しそれも複雑な魔法式が必要な為、その道のプロでなければそれらを完成させる事が出来ないのである。


「言ったでしょ、リヒトも優秀なんだってさ!」

「機械と魔法の混合よりこっちの方が得意なんだよ」


勿論これを完成させるのにも、日数かかったけどねとリヒトは明後日の方向を見た。

1日でマスターしてしまう化け物級のメリアルからしたら、その事実を伝えてしまうと(凡人からしたら十分凄い事である)また馬鹿にされそうなので、黙っている事にした。


「ふぅん」


顔だけの男だと思っていたメリアルは、リヒトの事を少しだけ見直した。そして同時にこの研究所の事も。

部署はどうであれ、他にも優秀な人間は五万といるだろう。その事実にメリアルは心を躍らせた。


優秀な人が多いという事=退屈しないという事になる。生きてるって素晴らしいわねと、メリアルは内心ほくそ笑むのだった。


「どうせメリアルも出来るんでしょ?」


ガイアの問いにメリアルは首を傾げた。


「何故?」

「何故って…。さっきのが一発で出来たから、出来るものだと考えるのは当然でしょ?」


自分の分のコーヒーを注ぎながら、何言ってるの?といった視線をガイアはメリアルに向けた。リヒトも同じ考えなのか、メリアルの返しに逆に首を傾げている。


「知らない事は出来ない」

「え!?知らないの?条件付けの魔法を?」


リヒトとガイアは驚きから目を見開く。何でも知ってます風のメリアルにも知らない事がある事実に動揺を隠せない。

メリアルも同じ人間だったんだねと、リヒトはしみじみと思った。天才すぎると遥か彼方の存在の様に感じてしまうが、それは相手にとっては失礼な話である。

こうやって知らないと言う事がまるで罪のような反応をされるのだから。


「法則を知らないもの」

「学校で習わなかったのかい?」

「知能が低い人間と狭い場所に閉じ込められるのは、耐え難い屈辱だわ」

「…えーと、それはつまり学校に行ってないって事だよね?」


昔ブルシュック博士に連れられて、メリアルは学校に一度行った事がある。だけどそこでの体験入学で教師を何人も泣かせてしまったので、「うちの学校ではお子さんが優秀すぎて無理です」と断られていたのだった。


「ならメリアルは魔法とかどうやって覚えたの?」

「?物心ついた時から使えてたわ」

「成程、メリアルは独学のようだね」


メリアルにとって魔法を覚えるという概念はない。ある程度の魔法であれば、息をするのと同じように使えるのだから、成長過程で自然と使いこなしていたと言った方が正しい。


「なら詠唱を知らずして魔法を使ってるのかい?」

「詠唱ってなにやら長い呪文を呟くだけでしょ?」

「うんうん、そうだね」

「よし、メリアル。簡単に説明してあげるよ」


必要ないと言うメリアルの前に、リヒトはクリアパネルを起動させた。

真四角の透明のクリアパネルに付いているボタンを押すと、淡く光るようになっている。そのパネルにペン(棒状の物なら何でもペンの代用がきく)を滑らせると文字が書けるのだ。ホワイトボードのデジタル版である。


「詠唱は必ずしも必要ではないんだけど、想像力が乏しい人でも使用出来るようにしたのが詠唱なんだよ。メリアルが詠唱を唱えなくても魔法が使えるのは、想像力が豊かだからと、魔力の量を適切に使っているからなんだよ」


リヒトはパネルに初級魔法である初級の炎魔法の詠唱を長々と書き出した。それをメリアルがなんとなしに読み上げると、何故かガイアの飲んでいたコーヒーから火が上がる。


「メリアル!?」


液体から火が上がる現象に説明はつけられないが、ガイアは冷静に水魔法を使い薄くなったコーヒーをそのまま口にした。


「あーあ。メリアルの所為で薄くなっちゃったよ」

「淹れ直しなよガイア…」

「面倒だからこれでいいよ〜」

「…ごほん。分かったかい?メリアル。唱えるだけで魔法が発動するから気を付けなきゃいけないんだよ」


その言葉にメリアルは成程と頷いた。


「詠唱を唱える際にはどの場所に向けて魔法を使用するかも、考えないとさっきみたいになるからね」

「メリアルは僕の事が好きみたいだからねぇ。だから無意識に僕に魔法が向いたんだよ!」

ゴオオオォ

「ちょ、メリアル抑えて!!!」


ガイアの言葉に苛立ったメリアルは、詠唱無しで最上級クラスの炎魔法をガイアに向けて放った。

この狭い空間でそんな大魔法を使われたらすぐに燃え上がってしまうので、慌てるリヒトを横目にガイアがパチンと指を鳴らすと、メリアルの放った炎が一瞬で消えた。


「あ、消えた」

「……何をした?」

「答える必要はないよ。メリアルは少しお痛が過ぎるね」


そう言いながらガイアが再び指を鳴らすと、メリアルの腕輪がパリンと音を立てて壊れた。


「暫くの間、魔法は禁止だよ。自重しなさい」


ガイアはメリアルの頭を子供のようにポンポンと撫でた後、部屋を出て行った。


「………っ、」

ガシャン!


メリアルが力の限り壊れた腕輪を床に叩きつけると、腕輪は真っ二つに割れた。さらにその上から足でそれを踏みつける。


「ちょ、メリアル何やってんの!ていうか、何でメリアルの腕輪を壊したんだろう…」


そんなメリアルを止めながらリヒトは首を捻る。そんなリヒトの呟きに、メリアルは悔しそうな声で呻いた。


「対魔装置…」

「この腕輪が?嘘でしょ」


驚きを隠せないリヒト。そこには二つの意味が含まれていた。

まず腕輪として違和感のないサイズで対魔装置が存在する事。そしてそれをガイアは見抜き、何らかの方法で壊してしまった事だ。


「アイツ、何をした…?」


ギリっと唇を噛み締めながらメリアルは考える。

指を鳴らしただけで魔法を一瞬で消し、尚且つ対魔装置を破壊したアレは何だろうか?


「(精霊魔法?いや、精霊は見えなかった)」


術者に呼び出された精霊は姿を現わすのが、一般的だ。だがそれらしき者は見なかったとなると、除外される。

対魔装置を壊す事は簡単だけど、メリアルが一番納得がいかないのは魔法を消した事である。炎魔法に対して通常であれば水魔法など、相反する魔法が使われるのだ。


「もしかして“無属性”の魔法…?」

「無属性って昔存在していた忘れられた魔法だよね?」

「えぇ。核を作る為の術式も古代文字のようだったし、過去の文献を見られる立場にもいるからあながち間違いではないと思うけど」


指を鳴らす数秒前にほんの僅かに空気が少し張り詰めるのを、メリアルは感じていたのだ。


「あの時、アイツの持つ空気が変わったわ」

「うん、そうだね。メリアルがやり過ぎたからでしょ」


サラリと笑顔で言うリヒトに、メリアルは舌打ちをしてリヒトに近付きネックレスを引っ張った。


「……とんだ狸ね」

「何の事?」

「とぼけないで。消したの貴方でしょ」


リヒトを睨み付けるメリアルに、リヒトは目を見開いて驚く素振りをした。


「俺が?まさか!そんな事出来るように見える?」

「見えないわ」

「でしょ?ほら、ネックレス離してくれないかな?苦しいんだけど」


メリアルは握っていたネックレスを再び舌打ちしながら手離した。

いつもと変わらない笑顔のリヒト。でも騙されてはいけない。それも彼の作戦なのかも知れないのだから。


「貴方…何者?」

「しがない研究員だよ。他の詠唱はもういいの?」

「結構よ」

「そう。それは残念だね」


クリアパネルを片付けるリヒトをメリアルはただジッと見つめていた。


本人にははぐらかされたけれど、メリアルは確証があった。空間の揺らぎを確かに感じたのである。

ガイアに気を取られていたから気付くのが遅れたけど、揺らいだのはリヒトの周りの空間だった。


「(だけど装置を壊したのはアイツだった)」


何の為にガイアが魔法を消す時に指を鳴らしたのかが、メリアルには分からなかった。リヒトが消したと隠し、ガイアがやったように見せたのは何故か?

所長としての威厳を保つ為に?いえ、きっとそうではない。何か別の意味が隠されているのは間違いない。


「(何を隠してる…?)」


原因を突き止めなければメリアルの気は晴れない。

だけどフと考えるのを止めた。どうでもいいじゃないか、何を隠してるかなんて自分には関係ないのだからと。


「(昔の諺であったわね。「触らぬ神に祟りなし」って)」


きっと知ってしまったら巻き込まれるのは目に見えている。ここは城内の研究所であるからして、知ってはいけない一つや二つあるのだろうと、自分を納得させたメリアルだった。


「あれ?メリアル何処に行くの?」

「帰る」

「まだ仕事終わってないから駄目だよ」


部屋を出て行こうと立ち上がると、リヒトに腕を掴まれた。背中を向けており、物音を立てずして立ち上がったのにも関わらず良く分かったものねと、メリアルは溜め息を吐いた。


「食えない男ね」

「それは褒め言葉かな?」

「どうかしら」

「メリアルもようやく俺に興味持ってくれたんだね」


嬉しいよと言うリヒトに眉を顰める。


「は?」

「その他大勢と扱いが一緒じゃ悲しいからね」


リヒトは意味深な笑みを浮かべて、メリアルの前に大量の球体が入った箱を置いた。その量にメリアルが嫌な顔をするも、問答無用でやらされたのだった。


「(…調子が狂う)」


自分が自分じゃないような錯覚に陥る程、この男のペースに巻き込まれると何故だか逆らえないのだ。服従の魔法でも使ってるのかもねと、ありもしない魔法の存在を引き出して見る。

興味はないが魔法の可能性を広げる研究をしても面白いかも知れないわねとメリアルはぼんやりとそう考えながら、核を完成させていくのだった。



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