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5.寝坊

メリアルが目を覚ましたのは昼過ぎだった。しかも自力ではなく、スペアキーを借りて部屋に入って来たリヒトによって。


「起こしに来ただけなのに、殺そうとしないでくれない?」


リヒトのすぐ隣には大きな氷の塊があった。熟睡中のメリアルを起こした時に、メリアルが侵入者と思ったのか寝ぼけていたのかは定かではないが、リヒトの頭上に巨大な氷が現れたのを間一髪で避けたのだった。


「…もう朝?」

「もう13時だよ!」


眠気が冷めやらぬ表情でメリアルがのっそりと起き上がり、何事もなかったかの様に氷を炎魔法で溶かして消した。濡れた絨毯は風魔法で乾かした。


「そう。準備するわ」

「先行ってるからね」

「えぇ」


部屋を出て行ったリヒトを確認した後、服を脱ぎシャワーを浴びる。昨日はあのままこの時間まで寝てしまったからだ。髪を風魔法で乾かし、着替えを済ませて昨日の研究室に向かった。


「おはようメリアル。初日から遅刻とはやるね~」

「煩い」

「あれ?なんか昨日と感じが違うけど…」


昨日のメリアルは髪は綺麗に整えてあり、服装もセンスが良くお洒落だったのに、今日のメリアルは髪は後ろで一纏めに縛り黒一色のワンピースを着てお通夜状態だった。


「別に。面倒だから」

「面倒って…仮にも女の子でしょ?」

「研究にはなんら関係はないわ」

「まぁ、それもそうだね」


納得したリヒトは白衣をメリアルに渡して仕事の話に切り替えた。


「僕達の仕事はね、皆が出してくれたモンスターの案を試作するんだよ。他の皆に分担してやって貰っている仕事は、もう既に市場に出回っているモンスターなんだ」

「既製品でも、あの球体に術を掛けるのはここだけどね」

「術式は僕とリヒトしか知らないからね。まぁそれは置いといて、試作のモンスターは能力が未知数だから、何があっても対処出来る優秀な僕達がやるんだよ」


自慢げに「優秀」を強調しながらガイアが説明するものの、メリアルは鼻で笑っただけだった。


「…未知数のモンスターね。楽しそう」

「あ、良かった。興味持ってくれて」

「それを倒してもいいんでしょ?」

「暴走したらね〜。耐久テストもあるからさ」


その言葉に舌打ちするメリアル。だが耐久テストは是非とも参加しようと思った。ダンジョンでたまにやってはいたが、他にもモンスターが現れる為にゆっくりとは出来なかったからだ。

ここなら一体に無数の時間を掛けられるのだから、メリアルにとっては理想の場所である。そして何よりまだ世に出ていないモンスターを見れるのなら、願ったり叶ったりだ。


「でも明日からだねぇ。どっかの誰かさんが寝坊するからさ」

「お腹空いた。果物持って来て」


ガイアの嫌味をスルーしてメリアルが机をトントンと指で叩きながら食事を注文をする。


「自分で取りに行きなさい。僕は君の召使いじゃないんだからね!」


プンプンと効果音でも付きそうな軽い感じでガイアが怒れば、フイッとメリアルは顔を背けた。いい大人がその様な怒り方をするのは見苦しいなと思いながら。


「昨日食堂の場所教えたでしょ」

「遠い」

「そうかな?じゃあ俺と一緒に行こう。俺もまだ昼飯食べてないからさ」

「…はぁ、仕方ないわね」


嫌々な雰囲気を漂わせながら立ち上がるメリアルと共に食堂へ向かうと、昨日の赤髪の兄妹に出会った。イアンとシャロンである。


「あ、リヒト!メリアルちゃん!!奇遇だねぇ、今からご飯?」

「よう、お二人さん」

「そうだよ。メリアルがやっと起きて来たからね」

「え!?寝坊したのぉ?」


驚くシャロンにメリアルは鬱陶しそうに顔を歪めた。起きてまだ一時間も経っていないのに、大声を出されたからだ。だがシャロンは気分を害する所か楽しそうにメリアルの眉間に寄った皺をつんつんと突くのだった。


「皺になっちゃうよぉ。せっかく可愛いんだから駄目だよ」

「そうそう。折角元がいいんだから損だぞ!」

「ちょ、そこらへんで二人とも!メリアル、持ってきてあげるから座ってて」

「…えぇ」


メリアルの我慢の限界が来る前に二人を制して、メリアルを座らせて三人で食事を取りに促した。


「メリアル怒らせたら怖いんだからね」

「えー、でも笑ったら可愛いのにぃ」

「勿体無いよな」

「ガイアがどんな目に遭ってるか見たらそんな事言えなくなるよ…」


疲れたように笑ったリヒトは、出された食事を受け取りメリアルの座る席に戻ろうと振り返れば、人集りが出来ていた。


「え?何で?」

「何かあったのかなぁ?」


急いで人集りに近付いて見ると、そこには数人の女性がメリアルを囲んでいた。


「あれお前の取り巻きだよな?」

「取り巻きって…。勝手に付き纏ってくるんだよ」

「リヒト人気があるもんねぇ。メリアルちゃん、絡まれちゃったんだぁ」


シャロンが愉快気に笑う横でリヒトは頭を抱えた。しかしこのまま放置も出来ないので、人集りを掻き分けてメリアルに近寄ろうとして唖然とした。


「なっ!メリアル!?」


メリアルを囲む女性達の口が開かないように縫い付けられているようで、半泣きになりながら踠いていた。

そして彼女達の足元は氷で固められて逃げられないようになっている。

その光景にメリアルの仕業だと判断したリヒトは、メリアルに抗議の目を向けると目を逸らされた。


「メリアル!何でこんな事をしたんだよ!」

「…知らない」

「知らないって…。メリアルしかいないでしょ。こんな芸当が出来るのは!」

「ココ、魔法使エナイ、ダカラ、知ラナイ」

「何でカタコト!?」


一応メリアルもこの研究所内にも例の装置があるのを知っているので、大勢の人間の前では魔法を使っている事を伏せたつもりなのだが、普段嘘をつき慣れていないメリアルはカタコトになってしまったのだった。


「きゃはは!やだ、可愛いメリアルちゃん!」

「嘘下手だな」

「笑い事じゃないからね!?兎に角これを解くんだ」

「……」


ブスッとした顔で顔を逸らしたまま、目を合わせないメリアルに、リヒトはメリアルの顔を両手で挟み自分に顔を向けさせた。

それに驚き目を見張るメリアルにリヒトは自分のしている大胆な行動に気付く様子もなく叱りつける。


「何があったか知らないけど、取り敢えず他の棟の研究員だから解くんだ。下手すれば個人の問題じゃなくなるんだよ?」

「…近い。離して」

「メリアルがちゃんと魔法解いたらね」


その言葉に渋々メリアルが女性達に掛けた魔法を解いた。自由になった女性達は泣きながらリヒトに近寄り、メリアルのした事について訴えるのを、メリアルは尚も不機嫌そうな顔で聞いていた。


「ほ、ありがとうメリアル」


しかしリヒトは女性達の話しをあまり聞いておらず、あろう事かメリアルにお礼を述べた。

それはこれ以上騒ぎが大きくなる前に事が済んで良かったという意味と、素直に言う事を聞いてくれたメリアルに安堵したからお礼を言ったのだった。

だけどその理由が分からないメリアルからしたら、不可解極まりないのである。


「この女が勝手に私達にっ!」

「何にもしてないのに!」

「ちょっと話しをしただけで、この仕打ちよ!こんな女と馴れ合う必要ないよリヒト!」


ギャーギャー騒ぐ女性達にリヒトは冷たい笑顔を向けた。何故なら彼女達の名前も正直覚えていないのに、さも自分達は友人の様な態度で主張してくる事に苛立ちを覚えたからである。


「俺が誰と仲良くしようと君達には関係ないよね?」

「っ、あたし達はただリヒトの為に…」

「何で君達が?メリアルは同じ部署の仲間だけど、君達は違うよね」

「私達の方が付き合い長いでしょ!」


その言葉にリヒトは首を傾げた。


「悪いけど君達の名前、覚えてないんだよね」


満面の笑みでそう答えれば、彼女達は何も言い返せずに泣きながら食堂を出て行った。少し言い過ぎたかな?とリヒトは思ったが、これ以上付き纏われなくて済むならいいかと納得した。


「うわ、リヒトが怒ったの初めて見た」

「シャロンも!吃驚〜!」

「え?別に怒ってないけど」

「目が笑ってなかったぞ」


イアンが真面目な顔して言っているので間違いはないだろう。周りの野次馬にリヒトが目を向ければ、そそくさと退散していった。

次は自分達だとでも思ったのだろうか。


「それで?どうしてあんな事したの?」

「御飯頂戴」

「説明してくれなきゃあげないよ」

「ちっ」


果実の皿をヒョイと避けるリヒトをメリアルは睨んでいる。ただでさえ寝起きでお腹が空いているのに、魔法を使用した事により更に空腹感を募らせていたからだ。


「急に絡まれたから、魔法使っただけよ」

「本当に?急に絡む人なんて居ないでしょ」

「貴方に近付くなって言われたわ」

「…そう。彼女達は何か勘違いしてるみたいだし、大目に見てあげてよ」

「はぁ、もういいからそれ頂戴」


メリアルはリヒトの言葉に溜息を吐いた。被害を被ったのはメリアルであって、リヒトではない。

魔法を使って制裁は加えたから正直もうどうでもいいのだ。ただリヒトに怒られたのが気に入らなかったので魔法を解きたくなかっただけである。


「はい。どうぞ」

「ん」

「え、有難うは?」

「…アリガトウ」


イアンとシャロンは二人のやり取りを見て思った。恋人というよりかは、親子のようだと。勿論リヒトが親でメリアルが子である。


「てか果物だけじゃ腹満たされるのか?」

「…肉も好き」

「お、ならこれ食うか?」


イアンが自分のステーキをメリアルの前に差し出した。即答で断りたい所だが、果実だけでは物足りないぐらいお腹が空いていたので、イアンのフォークを借りて肉をぶっ刺して口に持っていった。


「え?俺にアーンしてくれるのか!?あのメリアルが!?夢じゃないよな?シャロン」

「大丈夫だよぉ。シャロンにも同じ光景が見えてるからぁ」

「だよな!ってメリアルそこ頬だから!!」

「早く食え」


中々食べないイアンに苛立つメリアルは、肉をグイグイと顔に押し付けていた。イアンはそれを幸せそうに食べて飲み込んだのを確認したメリアルは時計を見つめた。


「…何企んでるの?メリアル」

「毒味」

「「………」」

「食堂の食事に毒なんて入ってないよぉ?」

「念のためよ」


メリアルのその一言に沈黙が流れた。数分経って少なくとも即効性の毒では無さそうだと分かったメリアルはイアンの皿から肉を半分も強奪した。


「メリアル取りすぎだよ」

「だってくれるって言ったわ」

「いいよ、また何か注文してくるから」


メリアルに注意するリヒトをイアンが宥めて再び料理を注文しに席を離れると、シャロンもデザートが食べたいとイアンについて行った。


「もうイアンにお礼言いなよ?」

「何で?」

「何でって…。メリアルも自分の食事半分も取られたら嫌でしょ?」


少し考えた後にメリアルは縦に頷いた。自分に置き換えて考えれば、イアンがいかに優しいが分かったからだ。メリアルが逆の立場なら半殺しの刑である。

しかしその前に、少し食べる?とは絶対に言わないので大丈夫だろう。


「美味いか?メリアル」

「えぇ」


戻って来たイアンがもしゃもしゃと肉を食べているメリアルに声を掛けてきたので、大人しく頷いた。多少冷めてきてはいるものの、味は悪くない。


「メリアル」

「……お肉有難う」


それで終わろうと思っている所で、隣に座るリヒトから名前を呼ばれた。先程の話を言えという無言の圧力を感じたメリアルは、渋々お礼を述べた。


「はは、いいって!ここなら食べ放題だしな」


イアンは面食らった顔をしたが、一瞬で笑顔になり自分が持って来た料理の中でまた食べたかったらどうぞとメリアルに言ってくれたのだった。

その気遣いにもし次何かあればお礼に力を貸してあげてもいいかもとメリアルは思ったのだが、ふとそこで気付いた。昨日の鍵の件でチャラだと。


「メリアルちゃんデザート食べる?沢山持って来たのぉ!リヒトもイアンも食べていいよぉ」

「俺これがいい」

「ありがとうシャロン。じゃあこれ貰おうかな」

「メリアルちゃんは何がいい?」


シャロンが大量のデザートをメリアルの前に差し出すと、メリアルはスッと一つの皿を指差したので、シャロンは嬉しそうにそれを手渡した。


「メリアルさっき果実食べたのに、また果実か?」

「はいどうぞ!足りなかったら言ってね」

「どうも」


手渡された皿を側に置いたメリアル。リヒトのお蔭でメリアルは感謝の言葉を今日一日でマスターしたのだった。

多少の照れくささは残るが、言葉一つで周りが動いてくれるのなら悪い物ではない。そして次も同じように良くしてくれるだろうとメリアルは思った。


「(…くだらない事考えたわね)」


頭をフルフルと横に振りなんて馬鹿な事を考えたのだろうと首を捻る。私には他人と関わって生きて行くつもりがないのだから、必要がないとメリアルは思い直した。どうもリヒトのペースに上手く乗せられているようでならない。



メリアルに可哀想な扱いのイアン。イケメンのはずなのにな…。

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