4.食堂と部屋
「俺達の部屋は別棟の3階にあるんだ。全ての階に連絡通路がついてるからそのまま行けるから楽だよ」
「そう」
「やぁケイト。ちょっと退いてくれるかな?」
「あ、ごめんごめん。この子が装置から抜け出しちゃってね」
ケイトと呼ばれた少年はのんびりとした動作で小さな生き物を腕に抱きながら立ち上がった。低い身長に少し潰れた鼻に分厚い眼鏡をかけ、そばかすのある顔に申し訳なそうな笑顔を浮かべて通路から退いた。
「ドワーフ…?でもそれにしては貧弱だわ」
「ん?なにか言った?」
少年を見た感想を呟くメリアル。ドワーフはダンジョンなどでパーティに入ってるのを良く見かけるが、皆強靭な肉体を持っており、こんな貧弱そうな者は一人もいなかったので驚きを隠せなかった。
しかし人間にも様々な人が存在するように、ドワーフもそうなのかもとメリアルは一人納得した。
幸いな事にケイトには良く聞こえなかったらしく、メリアルに聞き返していた。
「け、ケイトは気にしなくていいよ。それモンスターでしょ?早く戻してきた方がいいんじゃない?」
「あ、そうだった!!」
慌てたリヒトが話を逸らしたお陰で、それ以上話を掘り下げられる事なくケイトはパタパタと研究室の一室に入って行った。
「お願いだから波風立てないでね」
「見たままを述べただけよ」
「それで傷付く人もいるんだよ」
「そんな繊細な感じには見えなかったけど」
メリアルの記憶によれば、ガイアが紹介した時にその場には居なかった気がするが、ケイトはメリアルの存在を気にも留めていなかった。細かい事はあまり気にしない性格なのか、はたまたメリアルのように他人には興味がないのか。
現にモンスターを部屋から取り逃がしてしまう所を見るに、愚鈍な人間なのかも知れない。別に愚鈍な人間が悪いと言う訳ではないけれど、良くこの研究所に入れたものだとメリアルは首を傾げる。やはりここのレベルが低いという事だろうか。
「それでも駄目だよ。ケイトは普段はあんな感じだけど、研究に対する集中力は目を見張るものがあるんだ。彼はドワーフだけど、元々ドワーフは鍛冶などが得意だから研究者にも多くいるんだよ」
ドワーフは人間よりも遥かに力が強いので近年ではパーティーに引く手数多の状態だ。勿論エルフも人間よりも魔力が強いので同じ状態である。
「聞いてないけど」
「顔に書いてあったから。メリアルって凄く顔に出るよね」
顔に本心を書き込んだつもりはないと、頬を袖で拭うメリアルにリヒトが笑いを堪えて肩を震わせた。拭ったせいで頬が少し赤くなっているのを見て吹き出しそうになったが、気合で堪える。
今までの感じを見るに不機嫌にしてしまうと後が怖いので、穏やかな表情を作り素知らぬ顔で案内を続けるしかないのだ。
「メリアルの部屋はA-03でここだよ。これが鍵ね」
ドアの穴にカードキーを差し込むと鍵が開き、中に入れば思っていたよりも広い部屋にはメリアルの荷物が既に運びこまれていた。
「え、荷物こんだけ?」
「えぇ。充分でしょ」
ボストンバック3つ分の荷物を見てリヒトが驚いた声を上げる。最低限の着替えと後は今までの研究結果を綴ったノートや試作品の装置などが荷物の大半を締めており、全く持って女っ気のない荷物にリヒトは苦笑した。
「お風呂とトイレは部屋に付いてるからね。食事は別の場所に食堂があってね、皆そこで取るんだよ」
「食堂…」
「あ、そこだけ案内しておくよ」
乗り気のしないメリアルを引っ張って部屋を出たリヒトは、外に出て食堂の建物まで案内した。食堂だけは研究員が情報交換出来る場を兼ねているので、何百とある研究施設のど真ん中に一つの建物として建っているのだ。
「ここで他の研究員達との交流を図るんだよ」
「興味ない」
「そう言わずにさ。仲良くしておくと便利だよ」
有無を言わさず中に入らされた食堂は、約1,000人を収容できる広さになっている。大人数が座れるテーブルから少人数の物までニーズに合わせて利用出来、町では見かける事のない先鋭的な内装だった。
「ここで食べたい物を選ぶんだ」
壁に埋め込まれたパネルには数えきれない程の料理が表示されているので、食べ飽きる心配はない。各地の郷土料理まで入っているので、食べなれた物で食事を取る事も可能になっている。
「ここの料理はどれを食べても美味しいよ。何が好き?」
「果物」
「…それ料理じゃないよね?あ、もしかしてメリアルって他人が触れた物が食べられない潔癖症だったりする?」
「……」
似たような物だけど潔癖症ではない。だけど詳しく話すつもりもないので結果として黙ってしまうメリアルに、リヒトは沈黙は肯定だと勝手に納得した。
それなら自分達が淹れたコーヒーを飲めないのも理由がつくからだ。
「それなら仕方ないね。果物もあるから安心して」
「えぇ」
「お、リヒトじゃん。誰その子?」
「リヒトが可愛い子連れてるー!ねぇねぇ彼女?」
パネルの前に立っていると白衣に良く映える真っ赤な髪の男性と女性が声を掛けて来た。メリアルに視線を向けながら近づいてくるので、メリアルは視線を逸らしてパネルを見つめた。
「彼女じゃなくてうちに新しく入った子だよ。メリアルって言うんだ。仲良くしてあげてね」
「へぇメリアルか。俺はイアン。よろしくな」
「シャロンだよ!イアンとは兄妹なんだぁ」
「…………」
挨拶をされて渋々視線を向けるものの、仲良くするつもりはないし名前はリヒトが言ってしまったので無言で頷いた。その様子にリヒトが慌てて「この子人見知りなんだ」とフォローする。
「そっか。驚かしてごめんな?」
「ごめんねぇメリアルちゃん」
二人が申し訳なさそうに謝るのを見て、リヒトが「せめてにこっと笑って」とメリアルに囁いたので、渋々口の端を上げて対応した。
それはあまりにもぎこちない笑顔でリヒトは頭を抱えたが、リヒトの後ろに逃げ込んだメリアルを見てイアンとシャロンはその反応が可愛いなと思ったのだった。
勿論可愛く見せる為ではなく、これ以上話しかけるなと言う意味で逃げただけである。
「いいなぁこんなに可愛い子入って!シャロンもこんな可愛い後輩欲しい」
「お前の所の所長も喜んでるんじゃないか?」
「はは、そうだね」
違う扉を開きそうな勢いで喜んでるよと内心で思いながらリヒトは苦笑して答えた。
「あれ?リヒトが案内してるって事は開発部の中でも同じ部署?」
「そうなるね」
「うひゃー、すっごい頭いいんだねぇメリアルちゃんって」
「そんな風には見えないけどな」
二人の会話をリヒトの背中越しで聞きながら、このキャラは意外と使えるかもとメリアルは思った。さっきみたいに振る舞っておけば、人を避けても照れてるんだで済むのではないかと思ったからだ。
しかしそこまで考えてから頭を横に振った。メリアルは人からどう思われようが構わないのだ。だからこれはもう二度と使う事はないだろう。
「凄いんだよメリアルは。俺が凡人に思えるぐらいだからね」
「へぇ、リヒトにそこまで言わせるとは。あ、そうだ。リヒトこれ直せるか?」
イアンがポケットから出したのは星形の小型の装置だった。それをリヒトの後ろからメリアルが勝手に受け取った。苦笑するリヒトの後ろで観察した結果、菱形の鍵と同じ物だと判断した。
「何?壊したの?」
「そうなんだよ。シャロンが投げやがってさ」
「もーごめんてば」
「丁度良かったね。メリアルはさっき鍵をバラして組み立てたばかりだから」
「そりゃ凄いな!メリアル頼めるか?」
太陽のようにニカッと笑ってメリアルの顔を覗き込むようにイアンは顔を近づけた。彼もまた人目を引く容姿なので、これで大抵の女性は言う事を聞いてくれるのだが、メリアルは普通の女子とは違うので何の効果も発揮しなかった。
「嫌」
「え?」
即答で拒否して鍵を返すメリアルにイアンはたじろぐ。先ほどまでの奥ゆかしい感じは何処に行ってしまったのだろうか。
イアンに対して眉を顰めて嫌悪感を露わにする女性は初めてだったので、思わず固まったイアンを笑いながらシャロンが慰めてあげていた。
「きゃはは!うけるー!皆が皆、イアンにいい顔するわけじゃないんだよぉ」
「まぁまぁ。メリアルそう言わずにやってあげてよ」
「………」
不機嫌そうな顔をするメリアルにリヒトはどうしたものかと頭を捻る。メリアルは無駄を嫌うので、同じ作業を二度もしたくないのだろうと考えた。ならば全く同じではないと教えてあげればやる気を出してくれるだろう。
これだと思いメリアルに「中の仕組みは鍵ごとに違うんだよ」と言えば、少しだけ興味が湧いたのかイアンから鍵を再び奪った。
「お、やってくれるって」
「そうか…良かった」
「メリアルちゃんって面白いねぇ」
魔法と機械の融合物体の為、工具がなければ直せないので、一先ずメリアルが部屋に戻れば何故か兄妹もついて来た。
「広ーい!いいなぁシャロンの部屋とは大違い」
「流石Aの部屋だよな」
「?」
メリアルはここに今日来たばかりなので、勿論他の部屋に入った事はない。自分の部屋ですら先程入ったばっかりだったから当然なのだが…。
意味が分からず首を傾げるメリアルにリヒトが助け舟を出してくれた。
「説明してなかったね。部屋はランク分けされてるんだよ。能力の高さから研究の成果など様々な件を考慮されて部屋が振り分けられるんだ」
「シャロンはCの部屋だからこれの半分ぐらいなのぉ」
「俺はBだからもう少し広いけどな」
「へぇ」
学校や会社のような制度が導入されているんだなと感心はすれど、部屋なんて寝れたら充分なメリアルにとってはどうでもいい話だった。
疑問が解消されたので、部屋に備え付けのテーブルに座り荷物の中から工具を取り出して鍵の修理に取り掛かった。早くこの兄妹とおさらばする為に。
「メリアルって反応が淡泊だよな。人見知りって言葉で片付けるには、何か違う気がするんだけど」
「はは、実はこれがメリアルの素なんだよね。でも素直で可愛い子だよ」
「素直ってか自分の気持ちに率直って言うか…」
「人それぞれだからいいんじゃないかなぁ?でも気を付けないとつっかっかって来る人もいるからねぇ」
修理中のメリアルの耳には会話は入って来ないようで、工具が飛んでくる事は無くホッとするリヒトにシャロンがニヤニヤした顔で見つめる。
「リヒトには気を許してるよねぇ」
「え?それはないと思うよ。だって今日会ったばかりだし」
「それにしては扱い上手いよな」
「扱いって…そんなペットみたいな…」
ガイアへの対応が強烈過ぎたから、メリアルを怒らせないように接してるだけであって、メリアルが気を許してるから言う事を聞いてくれてるとは到底リヒトには思えなかった。
「まぁ色々あったんだよ」
遠い目をして答えるリヒトに二人は首を傾げるのであった。
三人で談笑しながら待っていると、イアンの前にスッと鍵が差し出された。それはメリアルが修理していた星型の鍵だ。
「お!直ったのか?」
「えぇ。問題ないと思うわ」
「サンキュー!メリアル!!」
立ち上がりメリアルに抱擁と頬へのキスをプレゼントして喜びを表すイアンに、殴られるんじゃ!とリヒトが止めようと立ち上がるも、メリアルは大した反応は見せなかったので心を撫で下ろした。
メリアルはイアンを魔力を込めて突き離しただけて、リヒトからしたら寛大な対応だと思うが、イアンからしたら心に傷を負う対応である。自分より小さな少女に突き飛ばされたのだから、男としてはショックがデカイだろう。
メリアルが魔力を使った事に気付いてないのなら、尚更である。
「汚い」
「ちょっとメリアル、自分ので拭いてよ」
リヒトの白衣で頬を拭くメリアルを見て、イアンの心がガラガラと崩れる音がした。
「女性への対応を考え直さなきゃねぇイアン」
「この俺が汚いだと……」
「こりゃ駄目だぁ。メリアルちゃん鍵ありがとね!イアン連れて帰るよぉ」
イアンを引きずりながら、シャロンが手を振って帰っていった。
やっぱりメリアルに他人と仲良くするのは無理かもとリヒトは早々に諦めた。研究者は変わり者の集まりだから、いつかメリアルの対応でも、仲良くしてくれる人が現れるだろうと、未来に期待するのだった。
「それじゃあ俺も戻るよ。明日は朝9時に今日の場所に来てね。白衣は手配しておくから」
「分かったわ」
リヒトが出て行ってやっと一人になったので、メリアルはベッドに倒れ込んだ。基本夜型人間なので朝から移動したメリアルは非常に疲れていた。
明日の朝も起きれる自信はないが、あの上司なら問題ないだろう。起きたら行こうと決めてメリアルは意識を飛ばした。
「メリアル全然来ないねぇ」
「まさか寝てるんじゃ…。いや、そんなタイプには見えないけど。でもメリアルの事だから…」
案の定、翌朝起きれなかったのは言うまでもない。