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3.研究バカ

リヒトは装置をメリアルに返すと、メリアルはそれを雑に鞄に突っ込んだ。それを見たリヒトは真面目な顔をしてメリアルに忠告した。


「君は分からないだろうけど、これは凄い装置なんだよ。これを国に売れば莫大なお金が手に入るんだ。だからもっと大事にした方がいい」

「へぇ」

「へぇって…。メリアルは一体何の為に研究をして装置を作るんだ?」

「自分の欲求を満たす為よ。生きる為に食べるのと同じように、知りたいと思ったから調べる。三大欲求と同じ生理現象よ」


お金や地位にはメリアルは興味はなかった。飽くなき探究心が生きてると実感させてくれるからだ。この探究心がなかったら、つまらなさ過ぎてメリアルは自殺していただろう。

興味がある物に対して、夢中になれる時間だけがメリアルの心を満たしてくれる。幸いモンスターはかなりの種類が存在するので、今の所自殺せずに済んでいるのだ。


「成る程ね。君とは仲良くなれそうだ」

「私は人と馴れ合うつもりはない」

「メリアルは気を許した人間には沢山話してくれるんだよ!博士からの手紙に書いてあったんだよねぇ。だからリヒトとメリアルはもう友人さ。というか同じ研究仲間だね」

「私に友人は必要ないし、ここで働くつもりもない」


その拒絶の言葉にリヒトとガイアは顔を見合わせた。そして短い言葉を交わして、研究の要である核をリヒトはメリアルの手に載せた。


「それで君の望むモンスターが作れるんだよ。メリアルはどのモンスターが一番好き?」


渡された核をじっと見つめるメリアル。透き通った球体の中心部には赤い核があり、周りには色の着いた小さな球体がいくつか入っている。

光に透かせば透明だと思っていた球体には古代文字を崩したような模様で覆われていた。見た事はないけど、これがモンスターを作り出す為の術式だろう。そしてそれは波の様に漂っている。


「…綺麗ね。こうやって綺麗な物は好き」

「ならモンスターで言えば宝石蝶や人魚?」

「いいえ。虫は嫌いだし半人なのに話が通じないのも嫌い」

「話が通じる奴ならオークとか?」

「冗談でしょ」


話にならないとメリアルは溜め息を吐く。宝石蝶や人魚までは分からなくもないけれど、オークみたいに醜い生き物が美しいと思う筈がない。言語を話せても野蛮過ぎて話にならないのだから。


「この世でもっとも美しい生き物はドラゴンよ」

「ドラゴンは言葉を話さないよね?」

「ダンジョンのドラゴンはね。でも本物のドラゴンは違うわ」

「本物のドラゴンにメリアルは会ったのかい?彼らは人を避け天空に住むと言われている御伽話の存在ではないのかい?」


ガイアが身を乗り出してメリアルに尋ねる。確かに昔の文献にはドラゴンがいただの、姿絵が描かれていたりはするが、ここ何千年もの間にドラゴンの姿が目撃された情報は一度たりともないのだ。

ガイアもまたドラゴンに魅了された一人だった。実はガイアは幼少期に一度だけ本物のドラゴンに接触した事がある。しかし大人は誰も信じてくれず、いつしか自分の中に仕舞い込んだ。何故なら頭が可笑しい奴だと笑われるからだ。今となってはドラゴンと何を話したかも忘れてしまったけれど。


「この世界は人間の物ではない」

「でも今じゃ大多数が人間じゃないか」

「エルフやドワーフなど他の種族は貴方達が作り出したの?違うでしょ。彼らは私達人間よりも遥か昔から存在していた。新参者は人間の方よ。協定を結んでいるから共存しているだけに過ぎないわ」


ドラゴンも姿を見せなくなっただけで確かにこの世に存在しているのだ。メリアルは本物のドラゴンを見て解剖したいとは思わない。あんなに完璧な生き物はこの世に他に存在しないし、触れる事すら躊躇われるような美しい肉体に刃を入れるなんて論外だ。


「メリアルはそういう事には疎いのかと思ってたけど、そうじゃなさそうだね」

「研究馬鹿っぽいよねぇ。僕らみたいなさ!」

「一緒にしないで。吐き気がする」

「ヤバイね、これ癖になりそうだ」

「新しい扉開かないでくれるかな?気持ち悪いから」


メリアルの言葉に一種の快感を覚え出すガイアに、青ざめた表情でガイアを見ながらリヒトが嘆いた。上司がこれ以上変になっていくのは正直耐えがたい。そして自分も同類だと思われるのが一番嫌だからだ。


「兎に角、ドラゴンは欲にまみれた人間の前には現れない。貴方のようなね」

「え!?僕が欲にまみれてるように見えるかい?」

「ええ」

「酷いなー。こんなにも綺麗な人間なのにさ」

「はは!見抜かれてるね。メリアルの目にガイアはどう映っているの?」


本来のガイアはとても野心に溢れているが、お調子者の態度からは他人にそうは見られない。ならそれを見抜き、本物のドラゴンと接触をしたことがあると言うメリアルの目にガイアはどう映っているのか、リヒトはとても興味があったのだ。


「ただの不愉快な生物」

「…えらい嫌われたもんだね」

「何でこうなちゃったんだろうねぇ」


苦笑しながらガイアはコーヒーを淹れて二人に出した。リヒトは普段通り口に運ぶが、メリアルは手を付けようとはしない。

毒を盛られてると思っている訳ではないが、昔のトラウマから口を付けられないのだ。ちなみに握手もそうだ。リヒトの握手を拒んだのも、仲良くするつもりがないのもあるが、これも昔のトラウマからだったりする。


「安心しなよ。毒なんて入ってないから」

「貴方が淹れた物なんていらない」

「なら俺が淹れた物なら飲める?」

「いらない」


メリアルは首を振り拒否をする。喉は乾いたけれど人が触れた物は口には入れられないので、道具だけ借りて自分でコーヒーを淹れた。

水は魔法で用意してコーヒーの豆を粉末にしたものを鞄から取り出して溶かすのだ。


「どんまいだね!リヒト」

「ガイアに言われたくないね」


ポンと肩に乗せられたガイアの手をリヒトは振り払った。なんだかガイアに慰められる事が納得いかなかったからだ。


「それよりも水魔法って飲用できたっけ?」

「加熱すれば問題ない」


フーッと熱いコーヒーを冷ましながらガイアの疑問にメリアルは答えた。冷ましているのは猫舌だからである。


「その粉末もメリアルが?」

「いいえ。ブルシュック博士が」

「そうなんだ。てっきりそれすらも君が作ったんだと思ってたよ」

「…私は別に万能じゃない」


子供の頃からメリアルは完璧だと思われやすかった。

だけど完璧な人間なんてそうそう存在する筈もなく、メリアルもまた普通の人間なのだ。研究や興味のある事に対しての力は持っているけれど、それ以外は全く駄目だったりする。

出来ない事に対して意外な顔をされるのが、メリアルはいつも不可解だった。

何故ならメリアル以上に相手の方が出来ない事が山ほどあるからだ。なのにそんな顔をする事が不思議で堪らなかったし、不愉快でもあった。


「へぇ。それは良い事聞いたな」

「………」

「いや、別に悪い意味じゃないよ!出来ない事や苦手な事があるって事は、俺達が力になれる事もあるってことでしょ?」

「そうそう。人はそうやって助け合って生きて行くんだよ。だから遠慮しないで何かあったら僕達を頼ってね!」


猜疑な目を向けるメリアルに、慌てて訂正を入れたリヒトの言葉にガイアも乗った。性格的にメリアルが甘えたり頼ってくることはないだろうけれど、困った時は皆がいる事を知って欲しいからだ。

万能な人間じゃないと自分で分かっているのなら、きっと助けが必要になる時だって訪れるのだから。リヒトもガイアもそんな存在に助けられて来たからこそ、メリアルの力になりたいという親切心からなのだが、メリアルには理解できなかった。

弱味を見せていなくても、人は付け込もうとしてくるのに、わざわざ自分の弱味を人に見せるなんて自殺行為の何物でもないと思っているから。


「貴方達に頼る事はない」

「それでも構わないよ。頭の片隅にでも入れて置いてくれたらそれでいいさ」


リヒトは優しく笑ってメリアルの手から核を取り出した。今からこの核について説明をする為に。ガイアの事だから核について説明をすると言って連れて来たのだと容易に想像がついたからだ。


「おっ説明してくれるのかい?優秀な部下を持つと楽だね」

「ガイアが話すと話が進まないからね。じゃあメリアル。この核を見て何か分かった事でもある?」


すぐ調子に乗る上司は放っておいて、初見でメリアルが何処に惹かれ、何に気付いたかの確認の為にリヒトは尋ねた。無駄を嫌うメリアルに余計な説明するのを省くという意味もある。


「球体の中心部には情報の核が。周りの色の球体には、属性や魔力などの核ね。そして球体に張り巡らされた術式がモンスターを形成する為の物だわ」

「素晴らしい観察眼だね。その通りだよ」

「それ一つ貸して」

「別に構わないけど下手に触れば爆発するよ?」


それを聞いたメリアルは、少し考えた後に口を開いた。


「ならその術式を解けば問題ないでしょ」


怪我はしたくないがこれを全て分解して構造を知りたい。ならこの術式を解けば爆発する事なくそれが可能だ。そして術式が解ければ再度掛ける事も造作もないのだ。まぁこれはメリアルに限った話なのだが。


「……これ解かれたら僕の立場ないなぁ」

「解かれるような物を作る方が悪い」

「うん、まぁそうなんだけどね?絶対無理だよと言いたい所だけど、君ならやりかねないからなぁ…。僕が解くからそれで勘弁してくれない?」


この術式を作るのにガイアにとってはかなり長い時間を掛けた物なのだ。それをやすやすと解かれては所長の座も危うくなる。

メリアルはその座に興味はないだろうけど、その事実を知れば周りが黙ってはないだろう。研究の成果はこの術式だけではないが、これが王に認められた内容でもあるのでなんとしても阻止したかった。

勿論これを他人に絶対に解けるとは思えないが、メリアルの能力は未知数なので万が一の事に備えてだ。


眼鏡の位置を直しながらメリアルにお願いすれば、ガイアの前に手が差し出された。握手かなと嬉しそうに手を重ねようとすれば、虫を叩き殺すような勢いで叩かれた。それをリヒトがみて大笑いしている。

叩かれた手を摩りながらガイアがメリアルを見れば、何事もなかったかの様に再び手を差し出した。


「ならここの鍵も頂戴」


その言葉にガイアはやれやれと溜息を吐いた。


「……リヒト。この部屋の鍵を一つメリアルに渡してやって」

「え?これ貴重なのにいいの?」

「これを解かれることに比べたら安い物だよ」

「OK。失くさないでね」


リヒトから受け取った菱形の鍵を様々な角度から眺めた後、鞄から工具を取り出して魔法を使いながら分解していった。


「あーー!メリアル!!それ貴重だって言ったじゃないか!もう予備ないんだけど!?」

「………」

「え、無視?」


分解に夢中になってるメリアルにはリヒトの声は届かない。ガイアは諦めの境地で核の解除をしながら、その様子を眺めている。


「いやぁ惚れ惚れするぐらい手際がいいねぇ」

「あれ使えなくなったらどう説明するのさ」

「そしたらリヒト頼むよ〜」

「嫌に決まってるだろ!」


都合が悪くなると俺に押し付けるんだからと、リヒトは頭を抱えた。この鍵を作った人間はリヒトにとっては苦手な部類に入るので、出来れば関わりたくない。

一つ駄目にしたと言えば何を言われるか分かったものではない。リヒトは身震いをして恨めしそうにメリアルを見つめた。


「……ん、理解した」

「理解したって…。直せるの?」

「えぇ。思ったより複雑だったけれど問題ないわ」


メリアルは工具をクルリと回しながらそう答えると、リヒトは安堵の溜息を吐いた。


「良かったねリヒト。命拾いしたねぇ」

「全くだよ。分解する癖どうにかならないかな?」

「私に死ねと言ってるの?」

「何でそうなるの!?」


分解して構造を知る瞬間が一番生きてると実感出来るメリアルからしたら、死ねと言われてるのと同じだった。組み立てる事に左程興味はないが、元の形に戻さなければ狂言だと思われるのでいつも分解した後は完璧な形に戻している。


カチャカチャ

ゴキッ

「ねぇ少々雑じゃない?それ本当に戻る?」

「…煩い」

「ごめんなさい」


作業途中を邪魔されるのが一番嫌いなメリアルに睨まれたリヒトはすぐに謝る。今にも工具を投げられそうな勢いで睨まれたからだ。


「駄目だよリヒト。手負いの獣だって言ったでーーゴンッ!!あでっ!」

「ガイア!?」

「あぁ!僕の眼鏡がぁ!!」


ガイアに直撃したのはメリアルの近場にあった何かの装置だった。勿論投げたのはメリアルでガイアに当たった事に満足したのか、黙々と組み立てている。


「良かった!これは無事で」

「酷いよリヒト!僕の心配してよ」

「眼鏡なら修復魔法で直せるでしょ」

「怪我を負ったのは眼鏡だけじゃないんだけど!?」


自分を労わらない部下は嫌だとガイアがさめざめと泣くふりをするものの、二人は見向きもしなかった。なんて冷たい子達なんだと思いながら、仕方ないので自分で眼鏡を修復して掛けなおした。


「はい。それ使えると思うから」

「ちょっと確認してくる」


完成した鍵をリヒトが試しに行き、嬉しそうに戻ってきた。問題なく使えたと喜ぶリヒトに、メリアルは興味なさそうに「そう」と短い返事を返した。別に凄い事でも何でもなければ、寸分の狂いもなく元に戻したので使えて当然なのだ。


「ねぇメリアル。ここに興味は湧いたかい?退屈はしないと思うんだけどなぁ。なんといってもここは世界中の研究者が集まる城なんだしさ」

「…はぁ、分かったわよ。私は私のやりたいようにさせてもらう。それが条件よ」

「勿論だよ。いやぁこれでここにも花が増えるねぇ」

「この場所は俺とガイアしか居ないからね」


メリアルは投げやりにこの研究所に留まる事を了承した。ガイアとの職場は正直嫌なのだが、確かにここには興味をそそられる物がまだまだありそうで退屈はしなさそうだ。

それに帰ると言ってもブルシュック博士は一度決めた事は覆さないので、戻った所で場所はない。それに、メリアルの荷物もメリアルより先にこの場所に届いているだろう。何よりも来てみたかった場所なのは間違いないのだ。


「どのみちこれは外に漏らせない極秘の研究だから、君に帰るという選択肢はないんだけどねぇ」

「鍵の構造まで理解されたら尚更だよね」

「…………」


ここでメリアルは初めて嵌められたことに気付いた。自分の欲望に赴くままに生きているので、興味があればそれを調べたいという欲求を抑える術を知らないのメリアルの性格を把握して、それを利用されたようだ。

そういう事に対しては頭が回らないので今まで色々と巻き込まれて被害を蒙って来た。人付き合いをすればそれらを学ぶことが出来たかも知れないが、余計に人を避けるようになったメリアルにとっては一生学ぶ事は出来ないかも知れない。


「ま、そんなに落ち込まないでよ。君はまだまだ子供だって事なんだからさ」

「煩い」

「皆への挨拶は済んだ?」

「軽く済ませたよー。部屋案内してあげたら?移動して疲れてるだろうし」

「そうだね。メリアル着いてきて」


ガイアから術を解いた核を忘れずに受け取り、手荷物を持ってリヒトに着いて行く。各研究所に宿泊施設が併設されており、研究員達は各自与えられる部屋で寝泊まりをするのだ。



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