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2.開発部

モンスター研究所の建物は3階建てになっており、一番上の部屋である3階フロアの全てを開発部が使用している。それだけこの部署が重要視されてるのは、言うまでもないだろう。


「皆ちょっといいかい?」


ガイアがフロアに響き渡る声で呼び掛ければ、幾つかに別れた部屋からゾロゾロと人が集まって来た。


「何でしょうか?」

「えー、休憩してたんスけど」

「あんたは寝てただけでしょうが!」

「今取り込み中なので手短にお願いします」


集まった研究員達は口々に好きな事を言っている。それをガイアが宥めながらメリアルの肩を抱き、和かな笑顔を研究員達へと向けた。


「皆揃ってないけど紹介するね!」

「誰っスか?」

「見ない顔だわ」

「とうとう幼気な少女を拉致して来たんじゃ…」


言われ放題なガイアを見て人望が無いとメリアルは勝手に判断した。少しでも期待した自分が馬鹿だったと、肩に乗せられた手を払い除けた。

その行動に研究員達が目を見開く。軽口は叩くが不躾な態度を取った事はないのだ。ただここに来るまでに色々あったのだろうと、研究員達は察したのだった。


「全然懐いてくれないんだよねぇ。ミリナ、どうすればいいと思う?」

「所長が所長らしく振る舞えば問題ないのでは?」

「やだなぁ、これが僕なんだよ」


ミリナと呼ばれた女性は最もな答えを返すが、ガイアは首を横に振った。自分を変える事なくメリアルに懐いて欲しいと言えば、「100%無理だと思います」と断言されてしまったのだった。


「それよりその子を紹介してくれるんじゃないの?」

「あ、ごめんごめん!この子はメリアルって言ってね、ブルシュック博士の教え子なんだよ」

「え!?あのブルシュック博士の!!!?」

「マジかよ!なぁ博士の元でどんな事したんだ!?」

「羨ましいです。貴女はさぞ優秀なんでしょうね」


ブルシュック博士の名前が出た途端に騒がしくなる研究員達に、メリアルの表情が険しくなる。確かにブルシュック博士の元には居たが、自分のやりたいようにやってきただけで、何かを教わった記憶はないのだ。

そんなメリアルの表情に気付いたガイアは、メリアルから爆弾が落とされる前に研究員達に落ち着くように指示した。


「話は後にしよう!彼女はこの開発部が何の研究をしてるか知らないんだ。だからそれを知ってもらう為に連れて来たんだよ」

「そりゃ知ったら驚くだろうな」

「極秘情報ですしね」

「まぁブルシュック博士の元にいた子なら、当然選ばれた人間だものね」


ちょっとやそっとの事でメリアルは驚く様な人間ではない。だけどもこの研究を知ればメリアルはきっと驚くだろう。メリアルだけじゃない、世界中の人間が驚くに違いないのだ。


「いいかい?メリアル。落ち着いて聞くんだよ。僕達開発部はモンスターを製作してるんだよ」

「……………そう。帰るわ」


ガイアが真面目な顔をしてそう言えば、長い沈黙の後に時間を無駄にした事に気付いたメリアルは踵を返した。

慌ててそれを止めたガイアは「本当なんだ!」と何度も説明するも、聞く耳を持たないメリアルに研究員達から助け舟が出された。


「所長の言ってる事は本当です。我々はダンジョンに存在するモンスターの製作をしているのです」

「まぁ信じられないのも無理はないわよね。例えばこの本の表紙に使われてる皮は何のモンスターか分かるかしら?」

「レッドドラゴンよ」

「正解よ。このドラゴンを作ったのはあたしなの。まぁ正確には一つのモンスターを作るのに、この部署の皆の力がいるんだけどね」


髪の長いグラマラスな女性が不敵に微笑みながら、懐から出した本をメリアルに渡した。受け取ったレッドドラゴンの皮が使われた本を優しく撫でた。ザラついた手触りは安物だと教えてくれる。

レッドドラゴンは竜の中でもあまり強い方ではないので、安価で取り引きがされているのだ。


「メリアル。何故ブルシュック博士が君を僕の元へ寄越したか分かるかい?」

「いいえ」

「手紙によれば、君はモンスターの共通点を見つけたそうじゃないか」


その言葉に研究員達の顔色が変わり、メリアルの答えを息を呑んで待っている。

メリアルにとっては些細な内容なので、この話はどうでも良かった。モンスターを作ってると言う研究員達が、そこまで食い付く内容には到底思えないからだ。


「…核のような物が死霊系のモンスターを除いて、ある程度確認がとれただけで大した事じゃないわ」


全てのモンスターを研究した訳じゃないから共通点と呼べるかどうかも怪しい。ただ外で暮らす野生の動物達には存在しない物なのは確かなのだ。

だからメリアルはそれについてもっと研究を進めていきたいので、こんな場所で時間を潰すわけにはいかないのだ。


「そ、それってまさか解剖したのか?」

「当然よ」

「何体ですか?」

「約1,000種類程よ。心臓の中に全てこういう物が入ってた」


メリアルは鞄から錆びた小さな球体の欠片を取り出して、研究員達に渡した。無数にあるから一つぐらいあげても問題がない。むしろこれを渡してさっさと帰りたかった。


「モンスターに力を使った核はこうなるのか…」

「今までは消えるとされてたけど、こんなに小さくなったらそりゃ分からないわね」

「力が吸収されたからこうなるのか?死んだからだろうか?」

「専門の部署に後で持って行ってあげましょう」


熱心にその錆びた球体を見つめながら、口々に何かを呟く研究員達にメリアルは思った。

この核なる物を使ってモンスターを作っているのではないかと。だからこれ程までに強い興味を研究員達が抱いているんだと。それならあの食い付きようも頷けるからだ。


「本来の核はどんな物なの?」

「お、もう理解したのかい?話が早いね。着いておいで。核はこの中でも限られた人間にしか作れないんだよ」


古びた核に研究員達がのめり込んでいる隙に、ガイアはメリアルを奥の施錠がされている部屋に案内した。

特殊な鍵でしか開けれない扉にメリアルは興味を示す。扉ではなく、ガイアの持つ手の平サイズの菱形の機械にだ。


「これが気になるかい?魔法と科学を組み合わせて作った特別な鍵でね、これを作れる人間は一握りだけだよ」

「ふぅん。それ一つ貸してよ」

「話聞いてたかい?貴重な物だから貸せる程ないんだ」


その言葉にメリアルは舌打ちをして、扉をサッサと開けるように指示した。これではどっちが所長か分からないなと、内心苦笑しながらガイアは扉を開けて中に入った。


「あれ?リヒト、ここにいたんだね。席を外しているのかと思ってたよ」

「ん?何かあったの?あれ?その子誰?」


リヒトと呼ばれた蜂蜜色の髪の青年が此方を振り返る。淡緑色の瞳がメリアルを捉えた。その瞳には好奇心の文字が浮かんでいる。

人懐っこい笑顔で作業していた手を止めてメリアルとガイアの元に近付いて来た。


「この子がブルシュック博士の紹介で来たメリアルだよ。メリアル、この子はリヒトだ。仲良くね」

「宜しくメリアル!」

「……」


リヒトはメリアルに手を差し出すが、メリアルはフイッと顔を横に背けた。仲良くするつもりがないと受け取ったリヒトは肩を竦めて、手を引っ込めた。


「手負いの獣のような子だから気にすることないよ。僕なんかもう不愉快だって言われたんだから」

「ガイアがそんなんだからいけないんだよ。女の子に手負いの獣発言はどうかと思うよ?」


やれやれといった様子で、リヒトはメリアルに椅子を差し出した。ガイアはソファに座っているが、隣に断固として座らないメリアルの為に容易したのだ。


「いやぁ、懐いたら可愛いと思ってね」

「死ね」

「反応も面白くてさぁ。ブルシュック博士が可愛がるのが分かる気がするよ」

「なんか今凄い発言が聞こえたんだけど…」


リヒトが恐る恐る横を向くと、もの凄く不愉快そうな顔をしたメリアルが目に入った。

明らかに今「死ね」って聞こえたのに、ガイアの耳に入らなかったのかメリアルについて話続けている。その所為で更に空気が重くなるので、ガイアの話をリヒトが中断させた。


「ん?何?」

「いつかメリアルに刺されるよ…」

「それも面白いね!」

「どこが!?」


このオヤジは能天気で困る。本当はかなりの切れ者なのだが、普段はその姿は鳴りを潜めている為にそう見られる事はない。

リヒトは深く溜め息を吐いてメリアルにガイアの代わりに謝った。


「…あいつを抹殺してくれたら許す」

「ごめん、それはちょっと無理かな」

「なら私が殺るわ」

「それもちょっと困るな。仮にも所長だからね」


そんな二人のやり取りをガイアは嬉しそうに眺めている。それが余計にメリアルを苛立たせているのだが、本人は気付いてない振りをした。

同年代に関わってこなかった彼女だから、此処にいる事でいい刺激を受けて欲しいと言う、ブルシュック博士の願いでもあるのだから。


「せっかく綺麗な顔してるんだから、そんな怖い顔してたら勿体ないよ?」

「貴方に言われても」

「え?何で?」

「リヒトは整った顔をしているからね。でもメリアルも負けてないと思うけどな」


本人は自覚がないようだが、メリアルもリヒトも人目を惹く容姿なのだ。メリアルが愛想が良ければモテるだろうに、無愛想な上、人となるべくなら関わりたくないメリアルの言葉はかなり冷たい。

その為に近付きたいのに近付けない男達がいるのを、本人は知らないのだった。


「容姿なんてただの皮よ。気にする時間が無駄だわ」

「はは!皮だって!聞いたかい!?」

「皮…。斬新な表現だね」

「皮の下には肉があるだけ。モンスターと何ら変わりは無い」


ピシャリと言い切るメリアルにリヒトは頬を掻いた。研究者には変わり者が多いが、その中でも群を抜いている。勿論トップはガイアだけど。

年頃の女性なら身嗜みや容姿を気にする人が多いが、メリアルは違った。そこに時間をかけるならダンジョンに潜ってモンスターを調べる方が、余程有意義な時間だと思っているのだ。


「メリアルは今まで1,000種類ものモンスターの中から核を見つけたらしいよ」

「へ?凄いじゃないかメリアル!大発見だよ!」

「……さっきも思ったけど研究のレベルが低いんじゃないの?」


メリアルの言葉にリヒトは固まった。専門の部署の人間がかなり細かく探しても、今まで見つけられなかったのだ。それをメリアルは大した事ないと言うのだから、どうやって見つけたのかリヒトは尋ねた。

というより、こんな少女が1,000種類ものモンスターを解剖しようと思った経緯が知りたくなったのだ。

ブルシュック博士と言えばモンスターの生態系を調べる研究をしており、解剖には手を出してないと聞く。


「何で解剖をしようと思ったの?」

「一つ知ったら全てを知りたくなったから」

「え!?それだけ?」

「興味を持ったらそれがどんな作りをしているのか、気になるものでしょ?」


至極普通な考えだと主張するメリアルにリヒトは疑問が生まれた。モンスターとはいえ生き物だ。

先程メリアルが言ってたように、皮の下は肉であり、解剖を唆られるような要素は見当たらないのだ。


「もしかしてモンスターが魔力を扱う事に疑問を抱いたの?だから隅々まで解剖したんだ。魔力の源が何であり、どこに蓄えられているかを調べる為に」

「…そうよ」


リヒトの言葉に意外そうな顔をした後、内容についてメリアルは肯定した。

何故そんな顔をしたかと言うと、先程の会話から答えを導き出したリヒトの頭の回転の早さに少しだけ驚いたから。

ブルシュック博士のような有名な研究者にはそれだけで分かる人は多いが、皆いい年齢なのだ。今まで同年代では一人もいなかったのだから。


「魔法を使える人間のように、元々持っている素質の問題だと納得しなかったのは何故?」

「簡単な話よ。調べた結果違ったから」

「…調べる方法なんかあったけ?ガイア」

「いや、僕の知る限りではないね」


ガイアも長い事生きてはいるが魔力が自生してるものか供給されてるものか、それらを調べる事が出来る装置も魔法も聞いた事がない。

だからこそリヒトも困惑しているのだ。もしこの話が真実ならその方法を国に売りつければ、一生遊んで暮らせる金が入るだろう。


「それは魔法?それとも機械?」

「両方を組み込んだ物だけど、興味あるの?城の研究所なんだからこの程度の物ザラにあるでしょ」


そう言いながらメリアルが机に置いたのは、四角い小ぶりな箱のような物で、ガラス蓋がしてあり中が見えるようになっている。

中には針とメーターが付いているだけの簡易な作りになっており、とてもそんな凄い装置には見えない。


「スイッチを押して対象に近付ければ測定出来るわ」


メリアルの言う通りにスイッチを押してガイアに近付けると、針が右に大きく振れた。それを見たメリアルが不満気な顔をしたのを、リヒトは見逃さなかった。


「随分魔力を持ってるのね」

「あらら、バレちゃった?」

「針の振れ方とメーターの色を見れば分かる」

「なら自生しない魔力は左に行くって事か」


リヒトはその装置を手にして、この部屋にある球体にその機械を向けた。すると針は左に振れ、真ん中よりやや左寄りで止まった。

その結果に大興奮でメリアルの手を取って喜び出したリヒトに、メリアルは眉を顰めた。その騒ぎに混ざってガイアが抱き着いて来たので、メリアルは顔面に鉄拳を食らわせた。


「酷いよメリアル…。僕これでも所長なんだけど」

「魔力を込めたのに無傷で良く言うわね」

「はは、城の敷地内は魔法が使えない装置が発動してるから、それはただのパンチだよ。…え、まさかそれを無力化する機械も持ってるんじゃ…」


リヒトの言う通り、城に限らず人が集まる建物では魔法が使えないように装置が置いてあるのだ。

それを極一部の人間はその装置の効果を無力化する機械を持っているのだが、難点は大きくて嵩張る事だ。それは安価な物だからなのだが、小さい物はかなり高価で一般庶民には到底手の届かない金額だ。


「勿論よ。そしてその男も持ってる」

「僕は所長だからね。当然だよ」

「…はぁ、世の中は広いな。メリアルの話を聞いてると自分が凡人に思えてくる」

「ははは、大丈夫だよリヒト。僕も同じ気持ちさ」


項垂れるリヒトの肩をガイアが慰めるように、ポンポンと叩いた。モンスター研究だけにその頭脳を使うには勿体なさ過ぎる。

しかも彼女は身近な部品と魔法でかなり精密で軽量な物を作り上げるのだから、世界中の研究者が集まってるこの城でさえ、彼女に敵うものはいないだろう。

メリアルの頭の中がどうなっているのか、覗きたい欲望を抑えて平常心を保った。知りたいから解剖したと言ったメリアルの考えがガイアには今なら凄く理解出来た。


「(とんだ少女を博士は寄越してくれたね)」


ガイアは子供の頃から神童だの天才だのともて囃されてきた。ブルシュック博士にだって引けを取らないと自負している。いや、それ以上だと思っている。

だけどそんな自分が嫉妬を覚える程に、メリアルは頭がいい。メリアルなら誰も作る事が出来ない物を容易く作ってしまえる程の力がある。


「(所長の立場も危ういかも知れないね)」


彼女はそんなものに興味はないだろうけどと、自嘲気味にガイアは一人笑った。



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