18.キングスケルトン
薄暗い洞窟の中で数カ所に設置された灯りを頼りに足を進める数人の人影。その歩みにはどこか緊張感がある。
「ねぇ、なんか様子がおかしくない?」
「あぁ。あまりにも静かすぎる」
「そりゃおかしいだろうよ。モンスターに出会わねぇんだからよ」
「何かの前触れかしら?取り敢えず用心して進みましょう」
ここはカナン地区にある上級者向けのダンジョンである。彼らは男女混合の冒険者パーティであるモンスターを目当てにこのダンジョンを探索しているのだ。現在地は中層から下層にかけてなのだが、通常であればこの辺りはモンスターが多いのに今日に限って殆ど出会わなかった。昨日まではモンスターと戦闘をしたので確かに居たのにである。
「そう言えば聞いた事がある」
「何を?」
「こんなに風にダンジョンが静まり返っている時は死神がいるそうだ」
「ぶはっ!死神って!んなもんいる訳ねーだろ」
黒髪の男の言葉に緑頭の男が吹き出した。他のメンバーも笑っていると、黒髪の男は気にする様子もなく続けて口を開いた。
「死神とは本物ではなく比喩だ。死神が通った後にはモンスターの屍が無数に残されているそうだ」
「へぇー。屍すら見当たらないけどな」
「道が違うのだろう」
「その人は何で死神と呼ばれているの?」
金の髪を両サイドに縛った女が手に持った杖で先を照らしながら振り返る。ダンジョン内の灯りが減ってきたからだろう。
「呼び名は他にもあるが、理由は知らないな。兎に角その光景が異様だったそうだ」
「興味深い話ね。なら道を外れたらモンスターの死骸があるかも知れないわね」
「死神さんがアイテムに興味なけりゃ、見つけたらボロ儲けかもな!」
その言葉に全員一致で別ルートに足を運ぶと、ある道にだけモンスターの屍が道案内のように転がっていた。それを見た冒険者達は息を呑む。この先には間違いなく死神と呼ばれている人物がいると。
「ま、マジかよ」
「噂もあながち侮れないわね」
「アイテムにあまり興味ないようだな。有難く頂いておこう」
黒髪の男と緑頭の男がドロップアイテムやモンスターの部位を剥ぎ取る中、髪の長い女が疑問を口にした。
「なら死神は何を狙っているのかしら?」
「確かに!雑魚には興味ないって事だよね?」
「この先にいるとしたら目ぼしいのはドラゴンか?」
「このダンジョンなら、もしかしたらキングスケルトンかも知れないな」
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「いやあああぁぁぁぁぁ!!!」
「…煩い」
「落ち着いてシャロン!ちょ、首絞まってるから!」
叫ぶシャロンは恐怖のあまりリヒトにしがみついて泣いている。その声にメリアルが眉を顰める。
シャロンが騒いでいるのは何故かと言うと、大量のスケルトンが此方に向かって来ているからである。
「もう無理!死ぬってばぁ!!怖いーーー!」
「大丈夫だから。今までも大丈夫だったでしょ?」
「でもこれは無理だよぉ!!こんなにいたらいくらメリアルちゃんでも厳しいよ!」
宥めるリヒトの努力も虚しく、尚も騒ぐシャロンにメリアルは気絶魔法をかけた。煩くて集中出来ないからという理由らしい。
「この方がシャロンにはいいかもね…」
「逃げたいなら好きにして」
「俺は大丈夫だよ。実際にダンジョンにいるモンスターを見るのは楽しいし」
まるでアトラクションを楽しんでいるかのようなリヒト。それもその筈、自分達が作ったモンスターが個々の意思を持って動いているのは感動しかないからである。リヒト達の仕事は企画〜製作、実験までだからその後どうやって活動しているのかは、別部署の仕事になり知る由もないのだ。
「そう」
「にしてもスケルトンで視界が埋まるなんて圧巻だね。さしずめキングを守るナイトのようだね!」
「普段は団結はしないわ。キングがいる時だけは群れを成すのよ」
「書類で見るのと実物じゃ臨場感が違っていいね」
シャロンを抱えながらヘラヘラと笑っているリヒトを一瞥して、スケルトン達に魔法を使い倒していく。爆破魔法の一種なのか大した音もなく、当たった瞬間に粉砕していくスケルトン達にリヒトは感嘆としていた。メリアルの魔法は型に嵌らず見ているだけで楽しいからだ。
「そう言えばスケルトンの粉末は薬にいいんだってね」
「えぇ。でも私はご免だわ」
「どうして?」
「得体が知れない物は口にしたくないから」
「確かに。メリアルらしいね」
話してる間にも数を減らしていくスケルトン達。勿論ただ無暗にやられている訳ではなく、攻撃もしてきているのだが、それらを全て弾いても尚余裕があるメリアルには脱帽である。シャロンももう少し冷静になれたら楽しかっただろうにとリヒトは思った。
スケルトンの群れはいくつかの隊に分かれているらしく、それらを倒しながら進んでいく。するとドア付きの扉が見えたのでそれを魔法で吹っ飛ばすと中は開けた倉庫のような場所だった。
「ダンジョン内の備品壊すとクレーム来るよ」
「言わなきゃ誰がやったかなんて分からないわ」
「…後で俺が直しておくよ」
中に入ると誰が用意したのか分からない調度品が並び、まるで人間のようにソファに腰掛けている一体のスケルトン。首には大きな首飾りをかけ、頭にはご丁寧に王冠まで乗せている。そう、キングスケルトンだ。手には杖を持っている。
「〜〜〜〜〜!」
「ちょっと何言ってるか分からないわ」
キングスケルトンが杖を掲げ何やら叫んでいる。どうやら呪文らしく、新たなスケルトンがワラワラと出現した。
当然焦る様子もなく今までと同じように倒していくメリアルに、無駄だと悟ったのか毛色の違うスケルトンを出してきた。全身ピンク色で可愛らしい洋服を着ているスケルトンだった。
「これ考えたの絶対トーマスだね」
「服いるのかしら?」
「女の子だからいるんじゃないかな?」
「骨になったら性別なんて無意味でしょ」
性別を司るのは肉体だから全くもって理解出来ないとメリアルは目の前のピンクスケルトンを見つめた。無数のモンスターを見てきたメリアルにとったら初めて見るタイプなので、どうやら新種らしい。
メリアルがリヒトにモンスター名を聞くと、「えーっと、確かチェリーちゃんだったかな」と返ってきたので思わず手を止めてしまったぐらい衝撃があったようで、信じられないといった目でリヒトを見た。
「相変わらずセンス悪いわ」
「あんな性格だから俺らも手を焼いてるんだよね。でも最初はフリル姫だっだから、マシになった方だよ」
「…そう」
ピンクスケルトンの着る洋服は、確かにフリルがふんだんにあしらわれている。彼に名付けの権利を剥奪する提案を誰が出すべきだとメリアルは思った。
「〜〜〜〜〜」
ボボボッ
ピンクスケルトンもといチェリーちゃんが何やら呟きながら踊ると炎が床から吹き出した。それを難なく避けて水魔法により消沈を図るが、消えなかったのですぐさま分厚い氷を出して炎に蓋をすると、リヒトから拍手があがった。
「凄いよメリアル!でも長くは保たないね」
「えぇ」
リヒトの言う通り氷はじわじわと汗をかきながら溶けてきているので、炎を完全に封じれた訳ではない。新たに踊りだすチェリーちゃんは、今度は壁側から炎を出した。
これでは氷が落ちてしまい防ぐのは無理かと思われたが、背の高い分厚い氷を出す事で問題なかった。それに再び、今度は内心でリヒトは拍手した。魔力増幅石をいくつ持っているんだろうなと考えながら、この戦闘の行方を眺めていた。
すぐさまメリアルはチェリーちゃんに攻撃を仕掛けるも、それは悲しくも弾かれてしまった。
「向こうも上手く考えるね。これだと確かに戦うの厳しそうだ」
どうやらチェリーちゃんにはキングスケルトンにより魔法無効化の呪文がかけられているようだ。それに気付いたメリアルは舌打ちをして少しばかり考える。方法は3つ。1つは魔法無効化が切れるのを待つ。しかし切れる前に続けてかけられるのが目に見えているのでこれはナシだ。
2つ目は魔法無効化を無効化する。だけどもこれには詠唱が必要でその間の時間稼ぎが必要になる。しかしシャロンは気絶しており、リヒトに至っては未知数で手出しするつもりもなさそうなのでこれもナシ。
「手伝おうか?」
「結構よ」
リヒトの申し出を却下して魔法を発動させる。今までのとはレベルの違う威力で火の魔法を無数に撃ち込んでいく。そう、これは3つ目の方法で答えは「ゴリ押し」である。
「え?また魔法攻撃?」
拍子抜けたリヒトの声がメリアルに届いたが無視をした。通常であれは魔法無効化がかかってると分かった時点で、無駄な努力になるので人は魔法以外の方法を模索する。この場合は物理攻撃だ。
しかしこれは知る者が少ない裏情報なのだが、断続的に続く強力な魔法攻撃を受け続けると、無効化は解除されてしまうのだ。それをメリアルは「壊れる」と呼んでいる。
勿論これは賢い選択ではない。余りある魔力を持っている者のみが使用出来る手段であり、魔力の消費も当然多いのだから。
グアアアァアァァァ!!
攻撃を続けているとチェリーちゃんから最後の叫びのような声が聞こえてきた。どうやらメリアルのゴリ押しは成功したようだ。
「あれ?倒しちゃった感じ?」
「えぇ」
「魔法無効化がかかってたのにどうして?」
「魔法にも抜け穴があって万能じゃないってことね」
「そっか。これを見たら世の魔法使いも吃驚だね」
思ってない癖にとメリアルは内心悪態をついて、リヒトから視線を外してキングスケルトンに向き直った。先程の攻撃はチェリーちゃんだけにであって、キングスケルトンには手を加えていない。
「アイテム傷付けちゃうからキングスケルトンに同じ手は使えないよね。どうするつもり?」
「剣で叩き斬るのが早いわね」
「え!?剣扱えるの!?」
「扱えるように見える?」
「全然!」
スケルトンを倒した時に落ちた剣を拾い手渡すメリアルに、リヒトは首を傾げる。
「手伝わなくていいってさっき…」
「気が変わったの」
「全く。仕方ないなメリアルは」
シャロンをメリアルに渡すも、支えられなかったので床にそっと横たわらせて、やれやれといった感じで剣を構えたリヒトにメリアルは言葉を投げかけた。
「そうは見えないけど、剣扱えるの?」
「これでも男だからね。任せてよ」
そう言って呪文を唱える暇を与える事なく斬り込んでいくリヒトに、メリアルは少しばかり驚いた。研究者だしここまで動けるとは思っていなかったからだ。因みにメリアルは剣は殆ど扱えないし、本来はもっと短時間で終わらせる別の方法もあるのだけど、それは切り札というか人に見られたくないので、面倒な方法をとっているだけである。
「(見事なものね)」
自分で補助魔法を付加しているのを見るに、実戦はこれが初めてじゃないわね。剣の扱いも手慣れていて素人ではない。ますます警戒しなくてはと、要注意人物という確たる地位をメリアルの中で築いていることをリヒトは知る由もなかった。
「ん…あれ?メリアルちゃん?」
「えぇ」
「あれ、シャロンは…!え!何でシャロン寝てるの!?気絶しちゃったの?」
「そうよ」
メリアルはシャロンを見ずにそう答えた。本当は気絶魔法で眠らせたのだが、わざわざそれを言う必要はないと判断したからだ。現に面倒だったというだけであるが。
それにつられてメリアルの視線をシャロンも追うと、其処には剣を持ってスケルトンと戦っているリヒトの姿があった。
「何でリヒトが戦ってるのぉ?」
「ちょっとね」
「えー?あ!倒したよ!リヒトすごーい!!」
崩れ落ちるキングスケルトンから王冠と首飾り、杖を拾い上げこちらに戻って来たリヒトに、シャロンは惜しみない拍手を送っている。その騒ぎにもう一度眠らせようかとメリアルが思っているのだった。
「シャロン目が覚めたんだ。良かった。はいメリアル。これアイテムね」
「どうも」
「えー!それだけぇ!?駄目だよメリアルちゃん!男性が頑張ってくれたら笑顔でありがとうって言うんだよ!」
アイテム3点を吟味するメリアルにシャロンが指摘する。それを聞いたメリアルはそんな話を初めて聞いたと言えば、「そうしたら次もやってくれるでしょ?」と小悪魔な返事が返ってきた。
「はは!でも確かに感謝の言葉は欲しいね」
「…はぁ、ありがとう」
「うんうん、よく出来ました」
溜息を吐いた後に渋々メリアルがお礼を言えば、満面の笑みでリヒトに褒められた。釈然としないが、自分がやらせたのだから仕方ないと諦めて、リヒトに向けて魔法を飛ばした。
「え?」と間抜けな声を出すリヒトの頬を擦り、背後にいたキングスケルトンの頭蓋骨を粉々に粉砕した。
「うわ、まだ動けたんだ」
「危なかったねぇリヒト!さっすがメリアルちゃん」
「慢心が油断を生むのよ」
「そういう訳じゃないけど、有難うメリアル」
リヒトが肩を竦めながらお礼を言うと、鼻で笑いながら「よく出来ました」と嫌味で返した。それにリヒトは苦笑するしかなかった。先ほどの言葉が癪に障ったと気付いたからである。
馬鹿にするつもりはなかったんだけどなとリヒトが頬を障ると指に微かに血が付着した。どうやら出血していたみたいだ。ささっと自分で治療するとメリアルに手渡した杖を手に取った。
「これ俺の働き分として貰ってもいいでしょ?」
その問いにメリアルは心底嫌そうな顔をした。どうやらこれは駄目らしい。ならどれならいいのかと問えば、王冠をくれた。この中で一番価値が高いのはこの王冠なんだけどなと思ったけど、メリアルに重要なのは価値じゃないらしいのでリヒトは有り難くそれを頂いた。
「いいなぁリヒト。シャロンも何か欲しいなぁ」
「…はい、これ」
「わぁ!リボンだぁ!ありがとうメリアルちゃん!」
「どういたしまして」
いつの間に取ったのかは知らないが、メリアルから手渡されたピンク色レースが何枚も重なったリボンを早速自分の髪に結ぶシャロンに、リヒトは知らないほうが幸せなこともあるよねと、遠い目でその光景を見ていた。
「これはどんなアイテムなの?」
「それは…」
「魅力ガアップスル効果ガアルノ」
「やったー!シャロンモテモテになっちゃうかもぉ」
カタコトのメリアルに頭を抱えるリヒト。しかしシャロンは喜びからか、メリアルがカタコトになっていることに気付いてないようだった。もう少し上手に嘘つきなよと思ったけど、真実を言わないだけメリアルが気遣い出来るようになったんだなとリヒトは結論づけた。
「それじゃあ、お目当ての物も手に入れたし帰ろうか」
「先に帰ってていいわよ。所用があるから」
「所用って?」
「ドリゲロスの捕獲をちょっとね」
ブライトへのお土産にとは言えないので、曖昧に誤魔化した。そもそもモンスターを生きたままダンジョンから出すのは禁止されているので、リヒトたちの前では出来ないのだ。だから一人のほうが都合がいいのでさっさと帰ってくれないかなとメリアルは思っているのだが、そう上手くいかないのが世の中である。
「それぐらいなら手伝うよ。でもダンジョンの外には連れ出せないけどどうするの?」
「………」
「シャロン、ドリゲロス知らないけど、可愛いの?」
「そうね、醜悪な姿をしてるわ」
「ヤダー!そんなの必要ないじゃん!帰ろうよぅメリアルちゃん」
そのままリヒトの答えを受け流そうとしたメリアルだったが、それをリヒトが良しとしなかったのでドリゲロスの頭部だけで良いと伝えるとそういう事を聞いているんじゃないと怒られた。シャロンは絶対に嫌だと喚いている。
「どうせ誰かに嫌がらせする為でしょ?駄目だからね」
「それはシャロンも反対だよぅ。そんなの貰っても嬉しくないよ?」
「………」
この男は一体何を言っているのだろうか。いや、そもそも何故そんな事が分かるのかと理解に苦しむメリアル。ブライトとのやり取りは聞かれてないと思ったけど、バッチリ聞かれていたのかも知れないとメリアルは舌打ちした。
まぁいいわ、生産室で作ってもらおうと諦めると、更にリヒトに追い打ちをかけられた。
「ドリゲロスを作る予定ないからね」
にっこりと有無を言わさない笑顔で微笑むリヒトに、メリアルは苛立ちを隠せない顔でリヒトを睨んだ。ことごとく人の思考を読みやがってといった怒りが込められている。
「じゃあ何ならいいわけ?」
「は?」
「きゃはは!メリアルちゃん逆切れ〜!」
「何とかないからね?兎に角、人に迷惑かけるのは駄目なの。君の為を思って言ってるんだよ?ドリゲロスの頭とか庇いきれないからね」
「煩い」
呆れるリヒトと怒るメリアルに挟まれてシャロンが困惑していると、何処からか悲鳴が聞こえたので身を縮ませた。
え?どこから?と思いシャロンが入り口から恐る恐る外を除くと、沢山のスケルトンに囲まれた冒険者達が見えた。あまりにも多いスケルトンの姿を視界に入れて気が遠くなりそうになったが、何とか踏みとどまったシャロンだった。
ダンジョン物の話になっておりますが、メインはあくまで研究です。
長くなったので次話に持ち越します。