13.氷の妖精
日が沈み出し空が薄暗くなった頃、メリアルは城門から入り城の敷地内を歩いていた。この時間に終わる店が多く、店仕舞いしている店を眺めながら研究所へと向かう。
バシッ
「人の彼氏に色目つかってんじゃないわよ!!」
「つかってなんかない…」
ドカッ
「煩い!あんたの所為でフラれたんだから!!」
「そうよ!こないだはジークにも色目つかってたじゃない!!どんだけ手玉に取れば気が済むのよ!!」
モンスター研究所に向かう途中で、別の研究所の裏側からそのような声が聞こえて来た。…というかメリアルの目の前で繰り広げられていた。
何故メリアルがそんな場所にいるかと言うと、ただ単に近道だからである。そして自分の進みたいルートを他人によって変えたくないという、何とも自己中な考えだからだ。
「ねぇ邪魔なんだけど」
「はぁ!?あんた誰よ!!」
「関係ないでしょ!」
「貴女こそ邪魔よ!早くどっか行きなさいよね!」
面倒な事は避けたいが自分が回り道をするのも癪なのでそのまま突っ込んだのだが、案の定メリアルは絡まれてしまった。いや、絡みにいったと言っても過言ではない。
ギャイギャイ騒ぐ女性達に不快感を露わにしたままでいると、女性の一人に胸ぐらを掴まれた――いや掴まれそうになったけれど躱して足を引っ掛けて転ばすと、残りの二人(全部で三人)がメリアルに攻撃を加えようと近付いて来たので舌打ちをして手を翳すと辺りを白い靄が包んだ。
「きゃ!!何なの!?」
「ひい、冷たい!」
「動けないじゃない!!」
辺りは上手く見えないが三人の女性の声だけがその場に響く。
女性達に絡まれていた人物(メリアルの突然の登場に動く暇もなく事態が進んでいったので傍観を強いられていた)が顔を上げ、辺りの視界が鮮明になると同時に驚きの声を漏らした。
「……え!!!??」
白い靄が晴れたら、僕の目の前に広がるのは氷の十字架に磔にされた三人の女性が綺麗に並んでいるという異様な光景になっていた。
その十字架の前に佇むのはまだ幼さの残る綺麗な女の子だった。腰まで伸びた濃紺の髪を揺らしてつまらなさそうにその場を後にしようとしている。
それを磔にされた女性達が何とかしろと騒いでいる。
「何よこれ!!こんなの反則じゃない!」
「あんたこんな事してタダで済むと思ってんの?!」
「敷地内の魔法使用は禁止よ!!てか使えない筈なのに、何で使えるのよ!!」
その答えに女の子は足を止め、十字架に向かって手をかざすと怯える女性達に鼻で笑って足元にそれぞれ一本の蝋燭を灯した。
「今日中に溶けるといいわね」
無表情でそう言い放ち、それ以上は話す事はないとその場を離れる女の子を僕は追い掛けてお礼を告げると首を傾げらてしまった。
「え、僕を助けてくれたんですよね!?」
「(僕?)別に邪魔だったから」
「え?……えっと、でも助かりました!有難う御座いました!!」
「そう」
近くで見ると凄く可愛い女の子で、それなのにあんなに強い魔法も使えるなんて尊敬する。魔法が使用出来るって事はきっと対魔装置を持っていて、それを持ってるって事はかなり裕福な家の生まれなんだろうな。
僕のお礼を軽く流して行ってしまいそうになったので、慌てて名前と研究所を聞いた。
「あの、後日改めてお礼させて下さい!」
「必要ないわ」
「じゃあ、名前と研究所だけでも教えて下さい!」
「他人に名乗る名前は持ち合わせてないから」
そう言い残し颯爽と行ってしまった女の子の背中を見つめた。
「か、カッコイイ…」
僕は今日の出来事を決して忘れないだろう。
そしてあの子みたいに強くなろうと心に決めた。探し出して名前を教えて貰って僕の名前も憶えて貰うんだ!と拳を握った。
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「はぁ…眠たいんだけど」
そうボヤくメリアルは今現在、何故かリヒトに説教を食らっている。しかもわざわざガイアと共に部屋に来て絶賛説教中だ。
「それはこっちの台詞だよ。こんな時間に呼び出された僕の身にもなってよね」
「俺こないだ他の研究所の研究員には手を出しちゃ駄目って言ったよね?」
「さぁ?覚えてないわね」
「兎に角メリアルのおかげで大問題だよ〜。素手で済ませるならともかく、魔法まで使ったのはまずかったねぇ」
どうやらこの研究所に来る途中に邪魔だった障害物を除去した事による苦情が、メリアルがもう寝ようとしていたこの時間に届いたらしい。
「それで?私がやったって言う根拠は?」
「前に食堂で暴れたでしょ。その場を見てた子が今回被害者の中に居たんだよ。俺と一緒に居たのを知ってるからメリアルの正体が自ずとバレたんだ」
「そう」
「え、僕の知らない所でそんな事してたの!?」
「そう言えば報告するの忘れてたね。ごめんごめん」
でも大事にならなかったからと言うリヒトに、ガイアはジト目で視線を送った。仮にも所長であるからそういう情報は必ず入れて(何かあった時に対応出来るように)と言ってあるのだ。
食堂の時のは彼女達もリヒトにきつく言われたのが堪えたらしく、大した問題にされなかったけれど今回はそうはいかない。
「全くもー。メリアルは知らないだろうけど基本研究者同士の争いによる手出しはご法度なんだよ。他のとこなら何とかなったけど、相手が悪かったねぇ」
参ったなぁとボリボリと頭を掻くガイアに、メリアルはふわぁと欠伸をして眠たい目を擦った。ちなみにアンジュは帰ってきて速攻追い出したので部屋にはいないのである。
「そもそもなんでそんな事をしたの?」
「…?障害物を退けるのに理由なんているのかしら」
「……なんかもっと理由あったでしょ?それじゃ言い訳出来ないじゃないか」
「放っておけばいいわ」
それが出来たら苦労しないよとでも言いたげな視線を二人から投げかけられたので、先ほどガイアが言っていたご法度に定められた制裁があるのだろうとメリアルは理解した。
「はぁ、そう言うの先に言ってよ」
「だから俺言ったよ!?言っても聞いてないメリアルがいけないんだからね」
「はいはいストップストップ!こうなってしまった以上仕方ないし、何とか穏便に済ませる方法を考えよう。はいそこ、寝ないで!?君が当事者だからね!」
ベットに横たわるメリアルを魔法で起こして(体に触れると怒る為)、今一理解できないメリアルに現状を説明した。
問題の内容によるが場合によりこの場所からの追放もありえるので、ガイアからしたらそれは避けたい。メリアルは誰よりも優秀でこの研究の更なる発展に貢献し得る存在であるからだ。
「明日の朝一番にこの件に対する尋問が開かれるんだ。そこで君のした事に対して正当性があったかを問われる。いいかい?ここで返答を間違えれば君はこの場所に居られなくなる事も念頭に置かなければならないんだよ」
「ふぅん」
「だから面倒かもしれないけど、今日の出来事を細かく思い出して話してくれないかい?メリアルは言葉が足りなくて誤解を招きやすいからね。意味もなくそうしたとは僕達は思ってないから」
珍しく真面目で所長らしい振る舞いのガイアに、メリアルは本当に所長だったんだなとどうでも良い事を考えていた。
なのでそれに気付いたリヒトが持って来たリンゴをチラつかせながら話をするように促すと、リンゴから目を離さず渋々と話始めた。
「ーーーーー成る程ね〜。そういう理由があって安心したよ!うんうん、やっぱりメリアルはいい子だね」
「なんだ人助けしたなら最初から言えばいいのに」
「リンゴ」
「はい。こんな時間に食べたら太るよ?」
リヒトからリンゴを貰い食べるメリアルに、忠告するも気にしないようだった。
それもそのはずで普段から研究や魔法の使用により運動してないのにも関わらず太った事がないので、メリアルからしたら関係ないのである。
「明日はその子が証言してくれたら何とかなりそうだね。いやぁ、良かった良かった」
「そうだね。ねぇメリアル、その子ってどんな子だった?」
「……女か男か分からないわね」
「え!?性別すらも?でも話の状況からすると女性だよね?」
「だけど一人称は僕だったわ」
薄暗いのと興味がなかったのもあり、容姿はあまり記憶にない。ぼんやりとメリアルが思い出せるのは若草色のショートヘアだった事ぐらいで、服装に限っては全く記憶にない。
「うーん…シャロンなら分かりそうだけど寝てるかも知れない」
「僕はお手上げだよー。あそこの所長に嫌われてるからね!近寄れもしないんだよねぇ」
両手を広げて笑顔でそう言うガイア。笑顔で言う内容でもないのだけれど。
メリアルがちょっかいをかけてしまった相手の研究所所長はモンスター研究とは関係ないので、内容を知らず、モンスター研究に重きを置かれている意味が理解出来ない堅物なのだ。
ガイアに全身で嫉妬心をぶつけて来る、性根が醜くい小さな男である。
「………方法がない事もないけど」
「けど?」
「明日起きれなくなるかも」
「それは駄目だね。尋問に遅れるなんてもってのほかだよ。印象を悪くすると損なんだ」
メリアルが起きて来なくなるのは困るが、その方法については気になったので聞いてみると、特に大それた事ではなく普通に召喚魔法だった。
「確かにそれが一番早いけど、人の召喚は難しい上に魔力使うからね」
「えぇ」
「リヒトがやってもいいけど、目標と接触してないから無理だしねぇ」
「何で俺になってるの?普通自分だよね?」
責めるリヒトをガイアは気にせずに話を続けた。
「でもさ、メリアルならそれぐらいの魔力消費なら大した事ないよねぇ?」
「普段ならね。今日は移動に使ったから」
「移動魔法かぁ。それに高等な氷魔法も使用したしね。氷の十字架に磔なんてよくやるよ〜。アート作品かい?」
「あれは墓標よ」
「なお悪いよ…」
ガイアはげんなりするリヒトの肩にポンと手を置き慰めた。
一応上司として部下をフォローする意味で「でもメリアルの優しい所はちゃんと火を置いてった事じゃないか」と言えば、何言ってんだこいつといった視線を向けられる羽目になった。
「蝋燭一本であれが溶けるとでも思う?優しさじゃないよ!嫌がらせに決まってるよね!?」
「いやいや、そう決めるのは早いと思うんだよね~」
「あら良く分かったわね」
「ほら!」
証人も見つからないのにこの二人の呑気さに、リヒトは一人テンパっていた。
明日の朝一に尋問が始まるので明日探している時間はなければ、証人が居なければ確実に不利になり処罰は避けられないのだから。
「まぁ落ち着きなよリヒト。優秀な人間が三人もいるんだから、大丈夫だって」
「大丈夫じゃなさそうだから心配なんだけど?」
「……あ」
「お?ほらメリアルが何か思い付いたみたいだよ」
ガイアの言葉にリヒトが視線を向けると、メリアルは何やら鞄をあさっている。そしてチョークを取り出すとおもむろに絨毯の上に魔方陣を書き出した。
「おや?これはまた珍しい陣だねぇ」
「形式は召喚魔法みたいだけど…。この一人入れそうなスペースは何だろう」
リヒトが魔方陣を見ながら首を傾げていると、魔方陣が完成したメリアルが立ち上がりリヒトとガイアの方に体を向けた。
「ーーーー出来た。眼鏡ここ立って」
「お、僕をご指名かい?でも僕にはガイアって名前があるんだけど」
「早く」
「はい無視〜。もう少し目上の人に対する態度を…もー、立つから眼鏡狙うのだけは止めてよね」
グダグダ言うガイアの眼鏡に狙いを定めて雹を弄んでいるメリアルに、渋々魔方陣の中の空間の上にガイアが立った。
ガイアが立つと直ぐにメリアルは詠唱を唱え始めたのをリヒトはぼんやりと見ていた。詠唱知ってるじゃないか!と思ったからである。
しかし前にリヒトが説明したのは自然魔法の詠唱であり、今おこなっているのは魔方陣を使用した魔法であり昔の手法であるから詠唱なしでは使えず、メリアルは魔方陣と詠唱セットで覚えているのだ。
そして自然魔法は物心ついた時から使えたメリアルにとって、自然魔法=詠唱とはならないので知らなかったという訳である。
「せめて始まる前に説明してくれると良かったんだけど、メリアルにそれを求めるだけ無駄かなぁ?」
「うん、そうだね」
「だよねぇ。まぁ想像つくからいいんだけどさ」
メリアルが描いた魔方陣の空間部分にガイアを立たせたのは、魔力を供給する為でガイアの魔力を使い人を召喚しようというのだ。
古い魔方陣を良く知っているものだと感心はするが、説明もなく立たせたのは頂けないなとガイアは体から魔力が奪われるのを感じながら光る魔方陣を傍観するのである。
「(これぐらいの魔力なら大したことないから別に怒らないけどねぇ)」
「あ!誰か出てきたよ」
魔方陣から閃光が放たれて眩しくて見えないが、人影が見えた。そして閃光が消え去ると魔方陣には1人の人間が横たわっていた。
「メリアル、この子であってる?」
「えぇ間違いないわ」
「良かった成功だね!」
「うん、僕の魔力という犠牲を払ったけどね」
「細かい事はいいでしょ。これで明日は何とかなるんだから」
先程自分を差し出そうと罰だよとリヒトに言われたガイアは、所長としての在り方を思い直すのであった。
「おーい、ちょっと起きてくれないかな?」
呼び出された人間の頬をペチペチと軽く叩くと、その人物は目を覚ましてリヒトに驚いている。
それもそのはず、自分のベッドで寝ていたはずなのに研究所内で有名である(主に女性に)リヒトが目の前に居たのだから無理もない。
「り、リヒトさん!?何でここに…あれ?僕の部屋じゃない…」
「突然召喚してごめんね。ここはメリアルの部屋で、呼び出したのもメリアルなんだ」
「僕の魔力が貢献したんだけどねぇ〜」
そこで初めてリヒト以外の人物がいる事に気付き、メリアルの姿を捉えた瞬間、体を起こしてメリアルの両手を嬉しそうに握った。
「夕方の氷の妖精さん!!」
「…は?」
「ぶぶっ、よ、妖精だって…」
「またメリアルに殴られるよ…」
笑うガイアを睨みながら持たれた手を振り払うメリアルだが、呼び出された人物は少し残念そうな顔をしただけで再び笑顔で「また会えて嬉しいです!」と喜びを伝えた。
「君の名前は?」
「あ、僕はリーツです。メリアルさんって言うんですね!名前も素敵です!」
「…俺が名前聞いたんだけどね」
「メリアルにしか眼中にないみたいだね!」
リーツはメリアルを目をキラキラさせて羨望の眼差しを向けている。それにメリアルは迷惑そうな顔をして逃れるようにリヒトの背中に回った。
すると必然的にリーツの視線がリヒトに注がれるのだが、物凄く不満そうな顔を向けられて腑に落ちないリヒトであった。
「えーと…君は女の子かな?」
「違います!男ですよ!」
「でも女の子に絡まれてたのは君だよね?」
「ゔ…そうですけど…。彼女達は僕を女だと思ってたみたいで…。良くあるんですけど、正真正銘男ですから!」
その言葉にリーツ以外の三人は「その容姿じゃねぇ…」と思ったのである。
リーツは少しウェーブのかかった若草色のショートヘアに大きな瞳と色付きのいい唇をしており、背も低いので見た目だけなら完全に可愛い女の子なのだ。声変わりもまだな所為で声を聞いても男だとは思えない。
「あの、それより僕を呼んだ理由を聞いても?」
「あぁ、そうだったね。実は明日の朝に今日の事で尋問会があるんだ。だから君にどんな事情でメリアルが魔法を使用したのか証言して欲しいんだよ」
「え、そうだったんですか!?分かりました。メリアルさんの為でしたら恥を忍んで発言します」
ふん!と気合いを入れるように両手を握る姿は可愛らしいという言葉がピッタリのリーツに、リヒトとガイアは和んでいた。
メリアルは顔は可愛いが、可愛らしい仕草は絶対にしないので女の子ってこうだよねといった様子でウンウンと頷いており、それを見たメリアルが下らないと溜息を吐いた。
「メリアルさんはどうしてそんなに強いんですか?」
「………貴方が弱いだけでしょ」
「ゔ!それは否定しませんけど…。僕もっと強くなりたいんです。メリアルさんみたいに誰かを守れるくらいに!」
「別に守ったわけじゃ…」
強くなった自分を想像しているのか、メリアルの言葉はリーツには届いていなかった。
先程ガイア達に言ったように邪魔だったから排除したら結果的にリーツを助ける事になっただけであり、初めから助けようなどと面倒な事はしない。
本人にもそう言った筈なのだが、リーツの中では都合のいい感じで解釈されてるようだった。
「まぁまぁメリアル。明日の尋問会終わるまでは彼の好きなように解釈させてあげなよ!ね?」
「…どうでもいいわ。もう寝てもいいかしら」
「そうだね!一件落着した事だし。明日はちゃんと寝坊せずに起きてね〜…やっぱり心配だからリヒト宜しくね」
「分かったよ」
メリアルは信用ないわねと思ったが、時間も押してきて睡眠時間が削られ自力では厳しいと思ったので何も言わなかった。
「……なに?」
リーツから強い視線を向けられたのでメリアルが振り向き尋ねると、思ってもみない言葉が返って来た。
「…二人は付き合ってるんですか?」
「まさか」
「本当ですか!?良かったです!」
浮かない顔をしていたが、メリアルの答えに安心したように笑顔になるリーツに首を傾げながら全員を部屋から追い出して眠りについた。
神対応ならぬ塩対応=氷対応=メリアル。
氷魔法が得意だから使用してる訳ではなく、使いやすいので使用してます。