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12.ブルシュック博士

暗闇の中で荒い息遣いが聞こえる。

狭い路地を何かにぶつかりながら必死で逃げている数人の男達が一心不乱に「何か」から逃げていた。それはまるで縄張り争いに敗れ、自身に牙がかけられる前に逃げ出す動物のようだった。


「はぁ、はぁ、くそ!!何でこんな事に!」

「知るかよ!こっちが聞きてぇよ!話が違うじゃねぇか!」

「おい騒ぐな!!見つかりてぇのか」

「あんな化け物、ダンジョンでもそうそう見ねえよ…」


騒ぎながらも逃げ出す男達の周りを突然冷気が包み込み、驚きから足を止めた。


「!?なんだ?急に寒く…」

「うう、凍えそうだ」

「まさかもうあいつが!?」

「くそ、死にたくなきゃ足を止めるな!!」


男達の中でも一際貫禄のある男がリーダー格なのだろう。その男の声を皮切りに再び全力で走りだしたが冷気は同じスピードで追いかけてくる。

早すぎず遅すぎず男達の周りを包み込んだまま一緒に移動してくるのだ。その事に男達は恐怖を抱きながらも気付いてない振りをして走り続けた。

何故なら止まってしまったら「死」が待っているのだと、本能が警告をならしているからである。


「とにかくあの場所まで逃げるぞ!あそこには確か魔力制御装置があったはずだ!!」

「そこまで逃げれば助かる!!」

「はぁはぁ、もってくれよ俺の足さんよ!!」


リーダー格の男の言葉に希望が見えた男達はもつれそうな程に限界の足に鞭を打って走り続けた。


「やった!助かったぞ!!」


大きな屋敷の敷地内に足を踏み入れ助かったと安堵したリーダー格の男が仲間の無事を確認しようと後ろを振り返った。


「あ…、ああ…な、なんてことだ…。そんな、嘘だろ…?」


男の目の前には巨大な氷の塊がそびえ立っていた。そしてその氷の中には一緒に走って逃げていた仲間が一纏めにされている。ただ完全に中まで凍っておらず仲間は辛うじて生きていたが男にはなす術もなかった。


「もう、もう止めてくれ!俺が、俺達が悪かった!!何でもするから、頼む命だけは助けてくれ!!!」


男が命乞いをすると、氷の周りを白い蒸気のようなモヤが漂いだした。それを氷を溶かしてくれているのだと喜んだ男だったが数秒後には間違いだったと気付いた。

ピキピキと音を立てて氷に霜をつけながら中まで凍っていき、中にいた数人の男達も完全に凍ってしまった。男の願いはその「何か」には聞き入れてもらえなかったようだ。


ピシッピシピシピシ

「っつ!!やめろ!やめてくれーーーー!!!!」


下から上に亀裂の入る氷に男は叫ぶ。凍ってしまってすぐなら仲間を助ける事が出来るのだが、砕けてしまってはもう戻すことは出来ない。この音は「死」を奏でるレクイエムだ。

パリンとこ気味のいい音がした瞬間、氷は粉々に砕け散り砂のように消えていった。男は白昼夢でも見ているような現実離れしたこの光景に思わず魅入ってしまった。


「―――はは、そうか。これは夢だ。こんな魔法存在しない」


男は小さく笑いながらこんな夢を見た自分を嘲笑った。

こんな夢を見るなんて俺はそうとう疲れているなと頭を抑えて座り込んでいた足を立たせて立ち上がり暗闇を見つめると、男の瞳孔が一気に開いた。


「ゆ、夢だろ…。覚めろ、覚めてくれ!!!」


カツンカツンと足音が暗闇に響く。このままでは「何か」に夢で殺されてしまう。そんな目覚めの悪い朝なんてごめんだねと、早く目が覚めるように念じるも一向に夢から覚める気配がしない。

あるのは「何か」が自分に近づいてくる足音だけである。


ピキ

「くそ、くそっ!!!」

ピキピキピキッ


屋敷の敷地内で魔力制御装置が効いてる筈なのに、男の足を氷が少しずつ覆っていく。「何か」は一息に殺してはくれないらしい。ゆっくりとしかし確実に恐怖を与えていく。それはまるで自身の行いを後悔させるように、死の最後の瞬間まで懺悔をしろという神父のようだ。


全身が固まっていく男が最後に見た光景は死神が笑った姿であった。






☆★☆★☆★☆★






「直したわよ」

「有難うメリアル。アンジュに付けて送る予定だったのですが付け忘れてしまったみたいでしてね。すみませんね」

「別に。追い払うだけで部屋を破壊されたら堪らないから」

「流石の私もそんな事しませんよ」


朗らかに笑うブルシュック博士にメリアルは頭を抱えた。

実はブルシュック博士は大の猫嫌いなのだが、何故か猫が寄ってくるという特異体質(?)でこの屋敷にはメリアルの作った猫避け装置が置いてあったのだ。

しかしそれを他の研究員が誤って壊してしまったらしく、猫がいつ入り込んでも可笑しくない状態だったのでメリアルに手紙を送ったのが事の顛末である。


そして過去に一度猫が入り込んだ時にブルシュック博士が追い出そうとして好き勝手に魔法を使用したお蔭で、部屋どころか屋敷の半分が吹っ飛んだ経緯があるのだ(ブルシュック博士の記憶には何故か残ってないみたいだが)。

そういった前科があるのでメリアルが慌てて帰って来たのだった。研究所にある程度の荷物はあると言えども、部屋には大量の装置があるので壊されたら堪ったものではないからである。


「防御魔法かけておいたからもう壊れないわ」

「感謝します。久しぶりに帰って来たのだからゆっくり食事でもしましょうか」

「えぇ」


メリアルから手渡された猫避け装置を近くに置き、食事が用意されたテーブルへとブルシュック博士はメリアルを案内した。


「あちらはどうですか?友達は出来ました?」

「友達なんて必要ないわ」

「そうですか?メリアルは学校に通えませんでしたからね、学友は素晴らしいと聞きますよ」

「下らない。それは同レベルだからでしょ」


ナイフとフォークを持ち肉を口に運ぶメリアルに、ブルシュック博士は穏やかな笑顔で優しく笑う。


「そういえば、あの子は元気してましたか?」

「あの子?………あぁ、眼鏡」

「ガイアですよメリアル。一緒に働く仲間ぐらい名前を覚えなさい。」

「あの男は不愉快極まりないから覚える気もおきないわ。それに名前なんてただの識別番号に過ぎないのだから分かればいいのよ」


相変わらず人の名前を覚えない目の前の少女は肉は食べ終わり、次は果物を食べている。こうして出された食事を抵抗なく食べれるようになるのに数年もかかったのだが、それは昔から同じ料理人だからである。外に出ればまた食べれなくなるのだ。

その料理人にすら完全な信用はなく、毒などがいれられないようにキッチンにあらゆる魔法がかけられているのだが。徹底的な管理によりようやくメリアルが安心して食事をとれるので、ブルシュック博士は特にそれについては口を出してはこなかった。


「不愉快ですか。…ふふ、楽しそうで何よりです」

「どこが?」

「前の生活では不愉快と感じる事もなかったでしょう?そうやって色んな感情を経験するのは良いことですよ」

「私は経験したくないんだけど。あの場所に拘る理由は何?」


嬉しそうに眼を細めるブルシュック博士にメリアルは疑問をぶつけた。

人と関わるという事は口実に過ぎなくて何か別の理由があるのではないかとメリアルは思ったのだが、どうやら考え過ぎだったようだ。


「ここじゃメリアルの才能を伸ばすのには手狭ですから。色んな人や考えや物に触れて自由な発想で研究に取り組んで欲しいからですよ。そして仲間や友達を作り幸せだと思える人生を君に歩んで欲しいからです」

「……何を基準に幸せだと思うの?私は仲間や友達を作ることに幸せを感じない。人と関わる事が苦痛に過ぎないのだけど」

「幸せの基準は誰にも決められませんよ。人それぞれですからね。ですが私は貴女が人と関わる事で変わっていけると思っていますから」


ブルシュック博士は昔からメリアルを何とか人に関わらせようとしてくるのだが、今まで見向きもして来なかったので強行手段として研究所に送り込んだのだ。

勿論、可愛いメリアルを手放すのは心苦しかったがこれも全てメリアルの為だと断腸の思いで送り出しているのを本人は知る由もない。


「随分と押し付けがましいわね。なら博士の幸せは何?」

「私の幸せはメリアルが笑ってくれる事ですかね」

「はっ、なら一生その幸せは叶わないわね」


食事を全て完食したメリアルは立ち上がり身支度を始めた。どうやらもう帰る様だ。


「もう帰るんですか?もう少しゆっくりしていけばいいじゃないですか」

「一泊二日しかもらってないから。ここからあの場所までどれだけ距離あると思ってるの」

「でもメリアルなら魔法で移動してしまうでしょう?」

「…はぁ、分かったわよ。なら早くあの梟回収して頂戴」


渋々椅子に座り直してテーブルをトントンと二回叩くとコーヒーがメリアルに出された。これを飲み終わるまでは話をしてくれるという事である。


「アンジュもメリアルが居なくなってから寂しそうでしたから、少しぐらい相手をしてあげて下さい」

「はっ、あれが?そんな感情もの持ち合わせているようには見えないわ」


メリアルは鼻で笑い、信じられないといった目でブルシュック博士を見た。

人間のように繊細な心を鳥が持っているとは思えない。自分ですらそんな感情を抱いたことのないメリアルからしたら可笑しな話に聞こえるのだった。


「どんな生き物でも同じように感じる心を持っているんですよ。見下すのではなく寄り添う事も覚えなさい」

「寄り添えば裏切らないとでも?」

「そういう事ではありませんよ。どうしてそんな卑屈な考えになってしまうのでしょうね。貴女はもっと素敵な心を持っているはずですよ」

「そっちこそ夢を見過ぎると碌なことないわよ。綺麗な人間など存在しない」


コーヒーを飲み終えたカップをドンッとテーブルに置いて今度こそ帰ると言ってそのまま屋敷を後にした。


「あの子の闇は深いままですね。誰かが晴らしてくれるといいんですが」


深く息を吐き、出て行ったメリアルの方向をぼんやりと見つめながらブルシュック博士はそう零した。



★小話


リーファ「そう言えばアンジュって誰がつけたの?」

アンジュ『メリアルヨ!驚きでショ?』

リヒト「え、何でメリアルが!?」

アンジュ『ダーリンに頼まれたメリアルが、目に止まった本からつけてくれたのよネ!嬉しかったワ!』

リヒト「鳥って細かい事気にしないよね…」



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