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11.青い石

メリアルは自身の部屋のドアを開けて、人のベッドの上で寝そべる梟を苛立たしそうに指差した。


「あれよ」

「梟?え、こないだは部屋に居なかったよね?」

「今日勝手に来たから」

「あ!アンジュちゃんだ。博士の梟だよね!良くうちにも手紙届けに来てたんだよ」


メリアルは寝ているアンジュの脚を掴み逆さにぶら下げると、アンジュが目を覚まし己の現状に騒ぎ始めた。


『ギャー!アンタ何してんのヨ!離しなさいヨ!!』

「人のベッドで勝手に寝るな」

『寝るならベッドって決まってるでショ!』

「…?鳥の分際でベッドを使えると思ってる意味が分からない。そう、そんなに焼かれたいのね」


右手にアンジュを持ちながら左手に炎を灯して顔色を変えずにアンジュの頭部分に近付けると、リヒトから待ったが入った。


「それブルシュック博士の梟なら殺したらマズイんじゃないの?」

「問題ないわ。食用だから」

「…梟って食べれたっけ?」

「どうだろ?でもエルフはほとんど菜食主義だし、お母さんもお肉は食べないからブルシュック博士も食べないんじゃないかな?」

「やっぱりそうだよね!はいストップ。可哀想だから離してあげなよ」


無理やりメリアルの手からアンジュを奪い机の上に乗せてあげたリヒトに、アンジュは歓喜してまた朝のようにベラベラと喋り出したので、メリアルは魔法を使い縄でアンジュの口を縛った。


『んー!!んんー!!』

「対魔装置直したんだ」

「直したというか作り直した」

「あ、もしかしてそれで寝るの遅かったの?仕方ないなメリアルは」


やれやれとリヒトは肩を竦めた。まるで恋人のようなやりとりにリーファが内心ドキドキしているのだが、二人にそんな気はなくそう思われてると微塵も思っていない程に、お互いを全く意識してないので進展は見込めないだろう。

リヒトからしてみればメリアルは手のかかる子供のような存在だし、メリアルからしてみれば口煩い上に最近は要注意人物と認識したので、そんな甘い関係は到底生まれそうにない。


「あ!お母さんの石ってもしかしてこれ?」


リーファが指差したはアンジュに付けられた青い宝石がついた首輪だった。


「そうよ」

「へぇ、だからこの梟話せるんだね」


リヒトの納得したような答えにメリアルが肯定の意味で頷くと、リーファは不思議そうに首を傾げた。


「え?普通じゃないの?」

「え?鳥は普通は話さないでしょ?」

「話すよ?鳥さんって皆お喋りなんだから」

「…人間と違ってエルフは生き物の声が聞こえるのよ。モンスター以外はね」


二人の話が噛み合わず話が進まないのでメリアルが説明をした。

モンスターは作られた存在であるからいくらエルフでも会話が成り立たない。だけど自分で考えて行動する事が出来るのなら、そこに思考がある=意思疎通が可能だとメリアルは思っているのだが、自然の生き物が発するエネルギーと人工の生き物が発するエネルギーの種類が合わない為、エルフとの会話が出来ないのではないかという仮説を自分の中で立てている。


エネルギーは何かと言われたら話がややこしくなってくるので、ここでは追求しないがエネルギーも仮定であり、正確にはエネルギーでありエネルギーではない「何か」が違うとしか今は言えないのである。

これが解明出来たら賢者の位が貰えるレベルの研究内容なので容易ではない。


因みに賢者とはこの世界で王が認めた優秀な研究者に与える位の事で、賢者には莫大な研究費用と研究所としての屋敷が与えられるのだ。

死ぬまで研究三昧出来るのだから、メリアルからしたら夢のような話である。そしてブルシュック博士も今は三人(しかもエルフではただ一人)しかいない賢者の一人なので名が知られているのだ。


「(モンスターが作られていると知ったのはつい最近だから検証するには時間がかかるわね)」


勿論、思考が生まれるのは作られてからかなりの時間が経っているモンスターに限るのだが。核が肉体に馴染んだ頃と言えるだろう。

あぁなんて楽しいのだろうか。こんなにも胸が踊ってワクワクする事はない。生きてるって本当に素晴らしいわねと、モンスター研究に対して恍惚の表情を一人ひっそりと浮かべるメリアルだった。


「そうなんだ、知らなかったな。ならどうしてこの梟を話せるようにしたの?ブルシュック博士には必要ないよね」

「……を…いえ、鳥はどんな下らない話をするのか興味が湧いただけよ」


前半は上手く聞き取れなかったが、一瞬だけ闇に染まった瞳をリヒトは見逃さなかった。だけどその理由に検討も付かないので触れるつもりもない。

ただ今みたいに時折メリアルは髪色のような深海よりも深くて暗い闇が垣間見える時がある。

何も映さず何も受け付けない。この世の全てを拒絶しているかのような、何とも言えない表情をするのだ。朽ちた建物に置き去りにされた人形に感じる不気味さに、人は恐怖を抱くだろう。そんな人形の表情に近いかも知れない。


「そしたら本当に下らなかったわ」


今も尚、嘴を縄がガチガチに縛っている為に話す事が出来ずにもがくアンジュをメリアルは冷ややかに見つめるのだった。

本当はそんな理由ではなく見られたらマズイ場所を見られてしまったからである。そしてその少し前からエルフが生き物の声が聞こえると知ったから、口止めでは無いけれどブルシュック博士にアンジュが喋ったら分かるように動物の言葉が分かる装置を作ろうと思った。


そしてその装置を作っていると(アンジュはしっかりと確保した)、遊びに来ていたのか初めて見るエルフが介入してきて、メリアルのしている事に興味があるのかしつこく纏わり付いて来たのが、リーファの母親であるカリファーラだった。

装置を作る理由を聞いた(言わないと離れてくれないので、鬱陶しくて話した)カリファーラが「この石は魔力が宿っているからそんな物作らなくてもこれを身に付けさせてあげれば大丈夫よ」と言ってピアスをメリアルにくれたのがことの顛末である。


「(どうだっていいのに、本当に下らない)」


そもそも別にブルシュック博士に知られたからと言って、怒られたりはしない。あの人は怒ったりしないのだから。だけどあの日の私は何故か知られる事を恐れたのだ。なるべく何事もなく穏便に済ませて変わらぬ日々にする事を子供だった私は選んだ。

だからそんな装置を作ろうとした事も、石を貰い契約の魔法(喋ったら死ぬ)を施してアンジュの首に付けた事も、全て下らないと今になって思う。


「アンジュちゃんは何しに来たの?」

「手紙を持って来た」

「なら役目は終わったんだよね?帰らないの?」

『んんんー!』

「メリアル…。いい加減解いてあげたら?」


リヒトとリーファに視線を向けられたので、メリアルは仕方なく魔法を解いた。


『はぁやっと喋れるワ!あたしはダーリンの手紙の返事を貰うまで帰らないって約束してきたのヨ!なのにこの子ったら書いてくれないんだかラ』

「そうだったんだね。お手紙書くの嫌いなの?」


嫌いとかそんな次元の話ではないが、面倒なのでメリアルは取り敢えず頷いておいた。

するとリーファがいかに手紙が大事なのかとか、何でも書いていいんだよとか力説しだしたので、「煩い」と一刀両断で終わらせた。


『リーファ、この子に何言っても取り合ってくれないわヨ?それでもあたしは言い続けるんだけどネ!』


「メリアルの冷たい言葉に屈するあたしではないのヨ!!」と声高々に叫ぶアンジュに、リヒトはある人物が頭に思い浮かんだ。

それは自身の上司であるガイアである。この梟が誰かに似てると思ったらガイアだったのだ。だからメリアルはガイアにキツく当たるんだと気付いた。


「(ウザさが一緒なんだね…)」


リヒトは今ここにいないガイアに心の中で少しだけ、同情したとかしなかったとか…。


「こんな紙切れ何になるの?話す事もないわ」

「心配なんだよ博士は。メリアルが上手くやれてるかどうかさ」

『そうヨ!あんたに人と関わりを持って欲しいからってダーリンがこの場所にあんたを寄越したのヨ!』

「………」


下らない。下らなすぎて笑えないわね。人と関わって何になるの?何時だってもたらされるのは害悪ばかりで良かった事なんてありもしない。

余計なお世話だとばかりに、メリアルは深く溜息を吐いた。


「書類に記入すればいいのよね?」

「え?あ、うん。そしたらガイアに提出するんだ」

「分かったわ」


急な話の切り返しに戸惑うリヒトだったが、この話はいくらしてもメリアルには無駄だと思い直して質問された事に答えた。


「アンジュちゃん…」

『いつもの事だから気にしないでちょうだイ。あたしはダーリンに喜んで欲しいだけだし、それはメリアルには関係ないものネ』

「…メリアルよりアンジュのが大人だね」


アンジュの言葉にリヒトが感心していると、メリアルからの裏拳が鳩尾に入って悶える羽目になった。


「っ、不意打ちはズルいよ…」

「不意打ちじゃない攻撃なんてないわ」

『きゃー!メリアルあんた何してんのヨ!!ダーリンが知ったら何て言うカ!!?』

「言ったら殺す」

『でたでタ!いつもそうやってあたしを脅すんだかラ!そんな事しても無駄だって分かってる癖ニ!』


アンジュはメリアルに物怖じしないでハッキリと言える数少ない存在である。それがメリアルからしたら非常に腹正しくて気に入らない。

こんな梟如きに口を出されるのが我慢出来ないのである。しかしブルシュック博士の可愛がっている鳥であるから、生かしてるのに過ぎないのだ。


『ダーリンには全てお見通しなんだからネ!あたしがそんなに嫌なら早く手紙書きなさいヨ!そしたらとっとと帰ってやるわヨ』

「そうだよメリアル!一言だけでもいいから博士に書いてあげて?きっと喜んでくれるから!」


アンジュとリーファの言葉に大きめの舌打ちをして、ブルシュック博士からの手紙を手に取り目を通したメリアル。

其処には他愛のない話が書かれており、見るに耐えない。返信を要する手紙には見えないが、一応3枚目まで目を通したメリアルの動きが止まった。


「メリアル?顔色悪いけど…どうかした?」

「ーーーいえ、何でもないわ。外出許可を得るのにはどうすればいい?」

「へ?城から出るには専用の書類にガイアの印があれば問題ないけど、ブルシュック博士に何かあった?」

「特に何もないわ」


その書類とガイアを探しに足早に部屋を出ていってしまったメリアルに、残された二人と一羽は顔を見合わせた。


「ねぇアンジュちゃん、博士大丈夫なの?」

『ダーリンは至って普通だったわヨ』

「…なら何をあんなに慌てていたんだろう」


手紙も持って行ってしまったのでリヒトには分からないが、あのメリアルがあんなに焦るなんてよくない事でもあったのだろう。


「(助けを求めてはくれないか)」


まだ出会って数日なのだから当然だが、少し寂しい気もする。だけど自分がメリアルの立場なら良く知りもしない人間に相談はしないので、そんなものだよねとリヒトは自分を納得させたのだった。






☆★☆★☆★☆★☆★






「で?外出理由は?」

「貴方には関係ない」

「なら許可は出せないよ。ただでさえメリアルは機密情報を知っているんだから、理由なき外出に僕が印を押すとでも?」


隙を見せない笑顔で眼鏡越しにメリアルを見るガイアに、ギリッと拳を握って先程とは違う解答を述べた。


「…害虫駆除をしに行くだけよ」

「害虫駆除?それなら専門業者にお願いして貰えばいいよねぇ」

「無能な業者より私のが早いわ」

「どれだけ大規模な害虫駆除なんだかね。そもそもブルシュック博士がそれを望んでいるのかい?」


見透かすような目で意地悪くニヤリと笑うガイアに、メリアルは表情を顔に出さず淡々と話すだけだった。


「えぇ、ブルシュック博士が眠れないと言うから」

「へぇ〜。メリアルにそんな優しさがあったなんて驚きだね!やはり博士は特別な存在なのかい?」

「気持ち悪いこと言わないで。害虫に私の部屋を荒らされたくないだけよ。ブルシュック博士が眠れない事を解消するのは、そのついでに過ぎないわ」


ブルシュック博士から頼まれたワケでも何でもないが、そういう事にしておいた方が話も早いだろと思ったのだが、話が違う方に流れてしまったのでメリアルはつい本音が漏れてしまった。

しかしそれは何時ものメリアルの口振りなので害虫駆除が何の事か、分かっているのかいないのか分からない目の前の眼鏡男は「そっかそっか」と呑気に微笑んでいた。


「メリアルは照れ屋さんだね!」

「は?」

「素直に博士が心配だと言えばいいじゃないか」

「私は私の心配しかしない」

「はいはい、分かってるよ。まぁ怪我しない程度に帰っておいで。僕から上に言っておくからさ。日数は一泊二日で構わないよね?」


コクリと頷くメリアルに満足そうにガイアは印を押した書類を手渡した。


「あまり派手に暴れすぎないようにね!」


その言葉を無視してメリアルはその部屋を後にした。


「害虫駆除…ねぇ。面白そうだけど僕はここを離れられないしね。いやぁ、本当に残念だなぁ~」


残念そうに見えないガイアは大きな独り言を呟きながら上への報告に向かうのだった。



☆小話


リヒト「なんでブルシュック博士の事をダーリンって呼んでるの?」

アンジュ『ダーリンはダーリンヨ!人は愛しい人の事をそう呼ぶんでショ?」

リヒト「俺は使った事ないからなんとも…」

メリアル「それと話してると馬鹿がうつるわよ」

リーファ「そんな事ないよ!アンジュちゃんは鳥の中なら頭いい方だよね!」

リヒト「(それって褒めてるの!?)」

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