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1.入城

人混みの中をかき分けて、深海のような濃紺の長い髪を揺らしながら一人の少女が颯爽と歩いて行く。

その少女の容姿に数人の男が振り返るも、本人は気にするそぶりはない。周りの店に気を取られることなく目的地に向けて足を進めるだけだ。


「ようやく着いたわ」


少女の辿り着いた先はこの世界で唯一の王が君臨する城、シュテルンビルド城の門の前だった。

広大な敷地に聳え立つ城は、地図なしで入れば出てこれないと言われる程の広さを誇っている。城の中では店もあり一つの町だと言う人もいる程だ。


「ブルシュック博士からの紹介でこのシュテルンビルド城内にある研究所に行くように言われたメリアル・レティシアですが、伺っておりますでしょうか?」


メリアルは見た目の年齢に似合わない大人びた言葉使いで門兵に声を掛ければ、門兵は手に持っていた羊皮紙に目を通し始めた。

来客を確認する為のリストでその中に名前が書かれていなければ、中に入る事すら出来ないのだ。門兵が確認している間、暇を持て余したメリアルはその羊皮紙を眺めて目を輝かせた。


何故ならそれはホワイトドラゴンの腹部の皮を丁寧に剥いで作られた高級な羊皮紙(正確には犢皮紙と言うが通名は羊皮紙になっている)だからだ。


「(流石この世を統べる王の城。使っている物も特級品だわ)」


メリアルは一人頷きながら門の向こう側に見える城を見てホウッとため息を吐いた。

この世界中の人間がこの城に入る事を憧れているのだから、メリアルがうっとりとした表情で城を眺めるのも無理はない。

選ばれた人間しか入る事の出来ない城に自分が行くのであるから当然だろう。


だがメリアルがうっとりとしているのはそんな理由ではない。城の外観の美しさに見惚れていたのだった。

権力と富を象徴させる造りながら、流れるような繊細なラインはメリアルの目を惹きつける。

遠目からでも分かる王家の紋章は金で縁どられており、揺るがない王の権威として神々しく輝いているのだった。


「(この城を設計した人は天才ね。厳格でありながらどこか甘美な雰囲気を漂わせるフォルムはまさしく王の城に相応しい)」


いつか出来る事ならこの城の設計図を見て見たいものだと思っていると、名前の確認が終わった門兵が顔を上げた。


「メリアル・レティシアだな。紹介状を確認させて貰う」

「えぇ、こちらです」


メリアルは鞄からブルシュック博士からの紹介状を取り出して門兵に渡す。紹介状には特別な羊皮紙が使われ、紹介者のサインの直筆も門兵の持つ特殊な機械で照合される為、偽造出来る可能性は限りなく低い。

例えそれらを潜り抜けたとしても門にはセンサーが掛けられており、邪な考えを持つ人間は外に弾かれる仕組みになっている。危険な人間をこの城に立ち入らせない為の厳重なセキュリティだ。


「本物のようだな。通っていいぞ」

「どうも。あ、研究所はどこかしら?」


紹介状を確認して返されたので無くさないように鞄にしまい、ゆっくりと開いていく門を待ちながらメリアルは門兵に質問をする。

入るまでは機嫌を損ねられてもいけないと思い丁寧な言葉遣いをしていたが、その心配も無くなった為に通常の話し方に切り替えたのだ。

そんなメリアルの様子に眉を少し顰めたものの、日常茶飯事なのか、はたまたやはりただの子供だったかとなめられているのかは定かではないが、普通に教えてくれた。


「中を進んでいくと中央に案内所があるからそこで聞いてくれ」

「分かったわ」


門が開いて中に足を踏み入れれば、無数の店が立ち並んでおり、ここで揃わない物は無いのではないかと思わせる程だった。


シュテルンビルド城の外でも充分賑わっていたと言うのに、それの比ではない。かといって人がごった返している訳でもないので、心行くまで買い物がゆっくりとできるだろう。噂もあながち間違いではないわねとメリアルは心の中でほくそ笑んだ。


「(あそこね)」


門兵の言うとおり、店を抜けた開けた場所に案内所があった。利用者の列に並び自分の番を待つ。

他の人の話に耳を傾けるも、研究所に行く人間はこの列の中にはどうやらいないらしい。


「お待たせしました。本日はどちらに行かれますか?」

「研究所よ」

「研究所ですか?…少々お待ちください」


メリアルが研究所の場所を尋ねると窓口の女性の顔色が変わった。そして奥に行き別の女性と何やら話をしている。

研究所に行きたいと言うのはそんなにいけない事なのだろうかとメリアルが不思議に思っていると、窓口の女性から話を受けた女性がにこやかに戻ってきた。


「すみません。研究所へは一般のお客様はご遠慮頂いているのですが、もしかして紹介状をお持ちでしょうか?」

「持ってるわ。ブルシュック博士からの紹介状よ」


メリアルは紹介状を鞄から出して紹介者名が記入されている部分を見せた。


「では貴女がメリアル・レティシア様でしょうか?」

「そうよ」


女性はメリアルが頷くのを確認して何処かに電話をかけた。どうやら研究所にかけてくれているらしく、ここまで迎えを要請しているようだ。

場所さえ教えてくれたら一人で行くのにと思っているメリアルを受け付けの中に設置されたソファーに座らせて、女性は待つように言って業務に戻ってしまった。


暫くして一人の男が先程の女性と短く会話をした後に、メリアルの元へとやって来た。朽葉色のくるくるした髪に眼鏡を掛けた30代半ばから後半に見える男だ。

真っ白な白衣を身に纏っているから研究所の人間で間違いないだろうと判断したメリアルは、猫を被り直してその男に軽く頭を下げた。


「君がブルシュック博士からの紹介者かい?」

「ええ。メリアル・レティシアです。貴方は?」


メリアルは先程と同じく丁寧な言葉遣いで相手の名前を問う。本来ならば相手の名前なぞ興味はないが、名前を聞かれたら聞き返すんだよとブルシュック博士から何度も教え込まれたので、一応形として聞いているだけである。


覚えるつもりはサラサラないのだが。


「僕はモンスター研究所の所長、ガイア・デンブルクだよ。その中でも開発部を担当してるんだ。今日から君の上司になるから宜しくね。いやぁ、こんな可愛い子に来てくれて僕は嬉しいよ!」


軽いノリの中年男性に怪訝な顔をしつつもスルーしたメリアルに、ガイアは悲しそうな表情を一瞬だけ見せたがすぐに笑顔を見せる。


この男ふざけてはいるがシュテルンビルド城の数ある研究所の一つである、モンスター研究所の所長を任されているのだから極めて優秀である。

冒険者の多いこの国の要である研究所なものだから、世界中の研究者がここに入る日を夢見ているのだ。


そんな訳でガイアは王のお気に入りの人間であり、その為に他の部署の所長からは目の敵にされていたりもするのである。


「開発部?私はモンスターについての研究をしているのよ。部門違いでしょ」


そんな事を知らないメリアルは言葉使いを戻し、冷やかな目でガイアを見ていた。


「間違ってないよ。ブルシュック博士から僕宛てに手紙が届いたからね。君の紹介状の宛名も僕になっているでしょ?」


メリアルが鞄から紹介状を取り出して中を確認して見れば、確かに宛名にはガイア・デンブルクの文字が入っていた。

博士は何故自分を開発部に寄越したのだろうか?開発部では自分のやりたい事が出来ないと考えたメリアルは辞退を申し出た。


「確かに貴方の名前だけどこれは何かの間違いだわ。帰る」

「まぁまぁ、落ち着いてよ。研究所を見てから決めてくれ。まだなんの開発か君に言ってないだろう?」


踵を返すメリアルにガイアが引き止めると、その言葉に引っかかったのか、メリアルは振り返り問いかけた。


「…何の研究よ」

「それは行ってからのお楽しみだよ!」


自身の問いには答えずに、強引に馬車の中に連れ込まれたメリアルはイライラしていた。自分のペースを乱される事をもっとも苦手とするからだ。

人に指図されたり振り回されたりする事が少ないから研究者という道を選んだのにと唇を噛みしめていると、向かいに座るガイアから笑い声が聞こえた。


「ブルシュック博士の手紙の中には君はいつも淡々としていると書いてあったけど、感情豊かじゃないか。結構結構。まだまだ君は子供なんだからもっと素直に気持ちを表現すればいい」


ポンポンと頭を撫でられたガイアを手を払い、乱れた髪を整えたメリアルはキッとガイアを睨んだ。


「貴方不愉快だわ」

「それは光栄だね」


ニヤニヤと笑うガイアに更に眉間に皺を寄せて、心底嫌そうにするメリアルがガイアはとても面白かった。メリアルがこういう風に感情を見せるという事は人間に全く興味がない訳ではない事が分かったからだ。

手紙にはメリアルについての事が何枚にもわたって綴られていた。自分の師でもあるブルシュック博士が娘の様に可愛がっていた事が嫌でも分かる。


「君は博士にとても愛されているね」

「愛?私はただの居候よ。気色悪い事言わないで」


氷のような冷やかな目を向けられたガイアは、再び笑いが込み上げてくるのをグッと堪えた。これ以上メリアルに機嫌を損ねられても困るからだ。


「(愛は禁句のようだね)」


彼女に何があったか知らないが、決して恵まれた人生ではなかったようだ。博士が気に掛けているのも其処にあるのかも知れないなとガイアは一人納得する。


「居候?師と弟子じゃないのかい?」

「ただ彼処に住まわして貰ってるだけよ」

「研究について教わったりは?」

「多少は。でも私と博士の研究内容は別物だから、師と呼ぶには足りないわね」


鼻で笑いメリアルは腕を組んで目を閉じた。


暫くすれば馬車が止まり先に降りてメリアルに手を貸すものの、見向きもしないで一人で降りてしまった。そんなメリアルに苦笑しながら、ガイアは行き場のない手を定位置に戻して笑顔で研究所について話し出した。


「さぁここが研究所だよ!世界中の研究者が集まっているから城内の中で一番場所を取っているかもね」


目の前に広がる無数の建物にメリアルは特に興味も湧かなかった。ただ頭にあるのは帰りたいという一心のみ。自分の興味のない研究をするつもりは全くないのだ。


「各研究毎に建物が分けられていてね、研究街と呼ぶ人もいるんだよ」

「へぇ」

「そして一番奥に建物があるのが見えるかい?」

「えぇ」


適当な返事をするメリアルだが、ガイアは慣れたのか気にした素振りはない。むしろガイアにとってメリアルの反応は新鮮で興味深かった。


所長の肩書きによるものだが、誰しもが良く思われたいと思うのだがメリアルにその感情はない。愛想を良くする事はあっても媚びたりはしない。

面倒だと思えば相手が誰であろうと嫌悪感を露わにする。そんな人間は研究者なら腐る程いると思われるが、以外と少ないのだ。城に来ればより王に近付きたい、富や権力を手に入れたいという欲が湧くのが人間だからだ。


「あれが僕のいる研究所だよ」


他の建物もそこそこの大きさがあるけれど、一際大きな建物が奥に重鎮していた。正直言って他の研究所とは規模が違った。孤立した場所に有りながら、とんでもない存在感を放っている。


自慢気に笑うガイアに、メリアルは思った。この男、実は凄い人間なのではないかと。世界的に有名なブルシュック博士が自分にはもう教える事は無いからと、この男の元へと寄越したのだ。

メリアル自身は大して教わった記憶はないが、ブルシュック博士の実力は知っているつもりだ。そしてこの目の前の人間がブルシュック博士の認める実力があるのは、間違いないのだろう。


「能ある鷹は爪を隠す…ね」

「ん?何々?」

「何も。早く案内して」


だからと言って態度を改める必要はないので、メリアルは先を促す。どんな研究か見てからもう一度だけ考えようと思ったからだ。


これはメリアルにとってかなりの譲歩である。普段ならこうと決めたらそれを突き通しているので、ブルシュック博士を良く困らせていた。

そんな時に博士は優しくメリアルを諭していたが、メリアルの耳には必要とする情報以外入ってこないので、全くの無駄に終わっているのだが。


「仲も広くて綺麗だろう?何故なら僕が綺麗好きだからね!」

「……」

「あれ?無視?」


メリアルはガイアの話に合せる事に、いい加減疲れて来たので必要最低限は口を開かない事にしたのだ。

馬鹿の相手も疲れるとでも言いたげな顔でスタスタと研究所内を勝手に歩き出したので、ガイアが慌てて止めに入った。


「ちょっとちょっと!僕が見せたいのはこっちだよ」

「興味があれば止まるわ」

「無駄な時間を過ごしたくないんでしょ?ならさっさと本題の場所を見た方がよくないかい?」

「…はぁ、案内して」


モンスターの生態などの研究をしてる場所を見に行こうとしていたが、場所も分からず効率が悪いと考えなおしてガイアの後に着いて行くことにした。


開発部に向かう途中に見つけることが出来たが、足を止めるとガイアが騒がしくなりそうなので我慢した。

我慢なんてここ数年したことのないメリアルにとっては断腸の思いだったが、それ以上にガイアに絡まれたくないという思いが勝ったのだった。



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