「振り子時計」
「まだ帰ってこないのですかねえ……、あの子は……」
義理の母のひで子さんがそう言ったのは、これで五回目だ。振り子式の時計の針は、夜中の十一時も半分が過ぎたことを指している。
結婚三年目になる夫の秀樹は、一年ぶりに実家に帰ってきたかと思えば、昔の友人に会いに行くなどと言い出した。そして到着のわずか三十分後にはもう家を飛び出していった。
それからもう四時間以上たっている。まさか私になにも言わずに飲んでいるんじゃ……。
手元の携帯を覗き込んでも、映るのは眉間にしわを寄せた自分の顔だけ。そんな私の様子を見て、ひで子さんが口を開いた。
「女はいつの時代も待つ役なんだと、私のお母様が言っておりまして……。かんなさんも同じですねえ」
私の「かんな」という名前を、少し言いづらそうに、ゆっくりゆっくりしみじみと呟く。
「私がここの地理に詳しかったら、真っ先に飛んでいってひで子さんの前で謝らせますよ。勝手に家を出て言って申し訳なかったって」
きっぱりという。夫はまだ今の職についていないころ都会にあこがれ、ずっと片親で育ててくれたひで子さんに黙って家を飛び出したのだ。妻になった私は、少なからずその責任を感じていた。
しかし、そんな私の口調が面白かったのか、ひで子さんはケタケタと笑い始めた。小さいころも可愛かったのだろうな……。見る人をそんな気持ちにさせる笑顔だった。
「あなたはやっぱり、あの子のお嫁さんですねえ」
「私、何か間違ったこと言いましたか?」
ひで子さんの、「やっぱり」という言い方が気になって尋ねる。
「なに、私もあなたも同じだと思ったのですよ」
返ってきたのは予想とは違ったものだった。どういう意味だろう?
「文句は言っていても、心配していても、心のどこかであの子を信じているんですねえ……。必ず帰ってくるって」
「なぜそう思われるのですか?」
いじわるのつもりではなく素直にそう感じた。
「もしもあの子を本当に連れ戻したいなら、私にあの子の行き先を聞くでしょう?本当に心配しているのはあの子が酔っぱらって帰ってこないか、ではないですか?お酒には弱い子ですからねえ……でも大丈夫。あの子は飲んできませんよ」
私は素直に認めた。すぐに酔いが回る夫を介抱するのは大変なのだ。……しかし、なんで飲んでこないと分かるのだろう?
「おふくろの味を食べるまで、あの子は飲みませんからねえ」
そう言ってからこう付け加える。
「家の中で一番強いのも女だと、お母様に教えられていたのです。それをすっかり忘れていましたねえ。私もまだまだです」
よく、分かりました。私はそう答えて表情をふっとほぐす。
そして、台所に向かっていくその小さな背中に声をかけた。
「あの……、お手伝いします、おかあさん」
その時夫が帰ってきたので、表情は分からなった。
ただ、振り子時計の鐘が、無事十二時を迎えたことを告げた。
おはようございます。一葉音羽です。早朝なので外は寒いはずなのですが、一晩中ストーブを焚いていたエコではない私は、そろそろ地球から嫌われてしまいそうで怖いです……。
第二作目となったこの小説、いかがだったでしょうか?読み返すと「ここをこうしたい病」になりそうなので止めました(笑)
一作目の「あいつはホームズ」から少しでも成長できていれば嬉しいです。
ではでは、またの機会にお会いできることを願い(後話の中で出てきた「お母様」にも会ってみたいですねえ)
そして朝早いのですから小さな声で、あでおす……!