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夢現の箱庭  作者: 星咲 美夜
窓口の少女と噂
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窓口の少女

目の前のドアが少しだけ開く。そのドアを開けたのは、一人の青年だった。漆黒の髪を後ろで一つに結んでいる、琥珀色の眼の青年。背は自分たちより頭一つ分か、それ以上に高い。彼は足下の黒猫の姿を確認すると、にっこり笑って口を開いた。


「あぁ・・・マヤさん、お帰りなさい」


『マヤ』というのは恐らく、二人をここまで案内してくれた黒猫の名前なのだろう。そのマヤは彼の足下をスルッと通り、部屋の中に入っていく。そして彼は、凛と可憐の方見て、ニコッと微笑んで「今回の相談者様ですね?どうぞ中へ」と、二人を部屋に招き入れてくれた。


──その部屋は応接室兼、事務所のようになっていて、入ってすぐに二つのアンティーク調のソファーが、ガラス張りのテーブルを挟んで向かい合わせに置いてあった。向かって右側のソファーの後ろには、本棚がいくつか並んでいる。反対側のソファーの後ろには食器棚などが置かれていて、ちょっとしたキッチンのようになっていた。そして奥の壁際には棚があり、書類らしき紙の入った引き出しなどが置いてある。


「どうぞ、そちらにお掛けになってお待ちください」


青年は二人にそう言うと、二人に紅茶を入れてくれた。そして彼は自分の分と、もう一人分の紅茶をテーブルに置く。若干、不信に思っていると、大丈夫だと言うように微笑む。少し開かれた彼の口元からは、八重歯がチラリと見えた。


「あ、あの・・・」

「もう少しだけお待ちください、もうすぐ来るとは思うのですが・・・」


どうやら、彼は助手とかそういう立場なのだろう。困ったな、と彼がドアに視線を向けた、丁度その時。カチャッと音を立てて本棚の方からドアが開いた。


「お待たせいたしました、少し遅れてしまいましたね」


現われたのは一人の少女。一見すると、どこにでもいそうな少女だ。ただ、彼女の年齢までは分からないけど、10代後半から20代前半くらいだろうか・・・?それで少女という形容詞が、果たして合っているかは話が別だが。黒いセミロングの髪に黒い眼。深緑のリボンにレースと四つ葉のモチーフが一つ、そのモチーフの下には丸いガラス玉(実際ガラス玉かは分からない)が一つ、あしらわれた髪飾りを着けている。


「えっと・・・急にお呼びしてしまい、申し訳ありません」


ソファーに座り、謝罪の言葉と一礼。その後、紅茶を一口。ふぅっと一息ついたところで、彼女は再び口を開く。


「初めまして、わたしが《箱庭相談所窓口》です・・・周り人間はこの肩書きが長いので、わたしのことを《窓口》と呼びますけれどね」


《窓口》と名乗る少女は、最後の方はやれやれといった感じで自己紹介を済ませる。肩書きと言っているので、名前ではない。


「あの・・・失礼ですが《窓口》さんのお名前って・・・?」

「ちゃんと名前はあるんですけどね・・・どうも名前よりも《窓口》という肩書きの方が広まってしまっていて・・・」

「あぁ、そうなんですか・・・ところで隣の方は?」

「あっ!彼はネロくん、わたしの助手をしてくれています」

「あの・・・大変申しにくいのですが、どちらが相談者様なのか分からn」

「わたしの正面にいる、黒髪ロングの()が今回の相談者の巽 可憐さん、そしてネロくんの正面にいる、茶色い髪のショートの娘が乾 凛さんですよ」


ネロの言葉が終わらぬうちに《窓口》が答える。本当は、二人が名乗るべきところなのに。


「「えっ?」」


二人は驚いてしまった。何故なら二人は彼女とは初対面である。それなのに彼女は二人の名前と、どちらが可憐で、どちらが凛かもわかっていたのだ。それは若干、怖くもある。


「あら?間違ってましたか?」

「いや、あってますけど」

「ですよね」

「あの・・・そうじゃなくて、何で?華憐はともかく、あたしの名前まで?!」

「え?わかりますよ?」


さも、それが当たり前のように彼女は言うが、二人にはわからない。そんな二人の心情を察したのか「あまり、相談者様達を混乱させないでください」と、横からネロが口を挟んだ。そして、困ったような表情を浮かべながら、一つ咳払いをし、口を開く。


「お二人を怖がらせてしまったようで申し訳ないです・・・どうも、うちの《窓口》は色々と視える人らしいんですよ」

「視える?」

「そうなんですよ、わたしはいろんなモノが視えるんです、昔から・・・それこそ霊とか、そういう類いのモノとか、ね」

「おそらく、お二人の名前も視たんでしょう・・・信じられないとは思いますが」


さらっと言うが、つまり。彼女が見ている風景というのは、普通の人とは全く違うモノらしい。それは彼女にとっては当たり前なのだろう。そしてネロは、そういうものなのだと割り切ってるようだ。


「視たくないモノもあるんじゃないですか?」

「一応・・・視たくないモノ、視てはいけないモノは視ないようにしてますよ」

「でも、視たくなくても視えてしまうのでは?」

「それこそ視えても、無視していればいいだけの話ですよ」


まぁ、多分、彼女にとっては正論なんだろうが、ちょっと納得はいかない。


「そろそろ本題に入りたいのですが、よろしいですか?」

「ごめんね、ネロくん・・・それでは、二人の『悩み事』をお聞きしましょうか」


──華憐はこれまでの、クラスで起きた出来事を話す。クラスではイジメがあったこと。それが原因で、イジメの被害者の女子生徒が自殺したこと。そして今、現在進行形で起きている現象のこと。


「気になることが、いくつか」


隣で助手のネロが、黙々と用紙にメモを取っているが、お構い無しに《窓口》は話を続ける。


「まず、物がなくなったりする現象ですが、最初のうちに起きた時と最近で変化はありませんか?」


どういうことだろうか?物が無くなること、それが自殺した生徒の机から出てくるのには変わりはないが。首を傾げていた華憐に、わかりやすく《窓口》は質問をする。


「では、質問を変えましょうか・・・最初の頃と最近で起きている現象で、被害にあっている人などに変化はありませんか?」


どうして、彼女がそういう事を聞くのかはわからないが、そう言われて華憐は思い出す。


「あ、そういえば!」


最初の方は一週間に一回あるかないかだった。そして、物を無くした人もクラスで男女関係なく、まばらだったように思える。最近ではイジメの加害者の女子と、その女子と仲良くしてるグループが多い。その頻度も結構、増えていた。


「ふむ・・・そうなると、最初は誰かのイタズラだったかもしれないのが、段々とその亡くなった女子生徒が起こしているのが、目立ってるということなのかしらね・・・まぁ、その『彼女』の仕業だとは、まだ確定してはいませんけど」

「でも、生前の『彼女』は、そんなことするような人には見えなかった」

「人というのは表では大人しくても、心では・・・裏では何を思っているか分からないものですよ?そしてそれは今、確認することは難しいですが」


確かにそれはそうなのだが。《窓口》の言葉は何か、重く突き刺さるものがある。


「あと、その現象で特徴といいますか、気付いたことは?」

「いつも、それは体育とか移動教室で、教室に誰もいなくなると起きているってくらいかなぁ・・・」


聞きたいことは、あらかた聞いたのか《窓口》は少し考えこむ。すると、個人的に気になったのか、彼女の隣から「相談内容はわかりました。あとは誰に依頼するかですが」と呟く声が聞こえた。


「えっと・・・依頼って、どういう・・・?」


華憐は疑問を口にする。


「あぁ、それも説明していませんでしたね?わたしはあくまでも《相談所窓口》なのであって、ここの《相談員》ではないのですよ」

「《相談員》がいるんですか?」

「まぁ、その《相談員》の代わりにわたしが相談者さんから話を聞いて、その内容に合わせて適任者に相談者さんを誘導といいますか、紹介するのが《窓口(わたし)》の仕事なのです」

「そうだったんですね」

「依頼をするにも、その《相談員》が忙しい時は、わたし自らが動く時もありますけどね」


そうか、だから彼女の肩書きは《窓口》なのかと華憐は納得はした。ちょっと裏切られた感じはするが。


「では、ネロくん?今回の適任者ですが」

「あくまで予想ですが、貴女(あなた)が考えてるであろう二人は、現在進行形で三件ずつの相談を、それも同時進行で進めてるみたいです」

「うーん・・・それでは、さすがに仕事を増やせないわね」


ネロの言葉は当たっていたのか、再び彼女は考えこむ。ここの《相談員》達のスケジュール管理も、恐らく彼女達がやっているのだろう。暫くして「仕方ないですね」とポツリと、彼女は言葉を(こぼ)す。


「今回の件は、わたし自身が動くしかないですね?貴女方の望む結末を実現するのに、協力させていただきます」


話は終わったが、凛はふと最初から思っていた疑問を《窓口》にぶつける。


「あの・・・そういえば、あの黒猫は・・・?」

「あぁ、マヤのことですか?」

「あの猫って《相談所(ここ)》の子なんですか?」

「《相談所》のというより、わたしの猫ですね」

「そうなんですか、凄く賢いんですね」

「ありがとうございます、あの子は真夜(マヤ)っていいます、真の夜と書いて真夜」


さて帰ろうと立ち上がり、凛がドアに手を掛けた、その時。


「急にお呼びしてしまったのと、遅くなってしまったのでお詫びというわけではありませんが」


彼女はそう言って部屋を出ていく。そして、すぐに戻ってきたその手には一つの袋。


「どうぞ、悪い物は入ってないので安心してください」

「え?あ、ありがとうございます」


その袋を彼女は凛に渡す。ずっしりと重たい。ドアを開けて部屋を出る。驚いたことに、出た先はいつも見慣れた近所の住宅街だった。今までの事がまるで夢のよう。時計を見ると、ちょうど6時だった。振り返るとそこにはドアも何もない。本当に、今までのは夢だったのかと錯覚しそうだ。だが、手にしている袋が現実である事の証明だった。


「凛、さっきの袋の中身って何?」

「なんだろう?」


華憐が袋を興味深そうに見る。凛が袋を開けると、中にはニンジンとジャガイモ。今日の夕飯に使うのに、買おうとしていたモノ。


「なんで・・・あの人は、あたしが買って帰ろうと思ってたのも知ってるんだろう?」

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