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彼方の昴  作者: 鋏屋
第一章 入学編
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8. 夢のはじまり

 入学式は午前中で終了し、昼食を挟んで午後は学科ごとに教室に行き今後の細かい説明などを受けることになっている。アインとミファはガッテとレントを連れ立って学食であるカフェテリアに向かった。

 カフェテリアは先ほど見た三号館の一階で、貴族様式らしい手入れの行き届いた中庭に面した場所にあって、今日のように晴れて暖かい日などは、スライド式のガラスを全開にして、外のテーブルも解放している。かなり大きなスペースになっており、食事以外の休憩や読書、談笑なども出来るようだった。そんな大きめのスペースだが、やはり昼食時ということもあって沢山の学生で賑わっていた。

 アイン達は運良く中庭が見える大きなガラス窓の隣に六人掛けのテーブルを陣取り食事をしていた。


「ところで、みんなは選択学科はどの科を撰んだの?」

 食後のカフィエという、聖都では一般的なお茶を飲みながらレントが言った。

 このドルスタイン上級学院は一般教養の他に選択学科というものがあり、むしろこっちの方が授業の割合が多い。選択学科は単位制を採用しており、生徒は自分の好きな科目を選択できる仕組みになっている。

 選択科目数は制限が無く、好きなだけ選択可能ではあるが、行われる授業の時間には限りがあるため、全ての選択科目を修学する事は物理的に不可能で一般的に一つ乃至二つというのが限界だろう。

「俺はもちろん騎士学科。やっぱ聖帝男子たるもの目指すは普通騎士だろ? 『焔の騎士リッデル・ザン・フレイメス』と呼ばれるマウザー卿が俺の目標だ」

 とガッテが真っ先に答える。彼の言うマウザー卿とは、もちろんアインの聖都行きに警護として同行しているオリビトン・マウザーのことだ。彼は三年前、この聖都で行われた剣術大会で居並ぶ剣豪達を倒して個人戦優勝を成し遂げた。当時全くの無名だったが、彼のトレードカラーである深紅の鎧で戦う姿は鬼気迫るものがあり、勝ち進んで行く度に身体から吹き出る闘志が赤い鎧と混じり、まるで炎のように揺らいでいたと語られることから『焔の騎士リッデル・ザン・フレイメス』と呼ばれている。

 無名の剣士から、剣の腕のみで『準男爵』の爵位を得、しかも皇帝直々に宝剣を授かったというその生き様に多くの若い騎士達が憧憬の念を抱いており、聖帝領ではかなりの有名人でデルフィーゴ王国の名前は知らないが『焔の騎士リッデル・ザン・フレイメス』こと、騎士オリビトン・マウザー準男爵の名を知らぬ者はまず居ないと言われるほどであった。

 しかしアインとミファは素の彼がかなりいい加減なことを知っており、ガッテの言葉を聞いて顔を見合わせ苦笑いをするのだった。

(本人に会ったらがっかりするんじゃないか、じっさい……?)

「そっか…… でも僕は商業科にするつもり。まあ、実家の事を考えれば当たり前だけどね。アインとミファは?」

「私は戦術科を選択しようかと思っている」

 とミファが答える。ミファの場合はすでに実家にて騎士の教育を受けており、すでにデルフィーゴ王国より正式に騎士の称号を得ているため、騎士科の授業は選択しなかったのだ。代わりに戦術の勉強をしてみたかったのだった。さらに「戦で我が主を守るのに少しは役に立つかと思ってな」とミファは理由を添えた。

「ミファらしいな。考えるの好きじゃ無い俺には向かねーな、たぶん」

 とガッテはまるで他人事のように言った。

「アインは?」

 とレントは今度はアインに聞いた。

「う~ん、出来れば二つ選択したいんだけど、実は決めかねてるんだよね……」

「二つも選択するつもりなのか?」

 アインの答えにガッテが呆れたように言い、アインは「うん」と軽く答えた。

「一つは絶対錬金科なんだけど、もう一つをどうしようかと…… ここの結晶術科ってのがどのぐらいのレベルなのかなぁ……?」

 そう言いながらアインは腕を組み考え込む。

(――――っていっても、人間レベルじゃ授業は無意味だしな……)

 アインの場合、この世界、少なくとも聖帝領内では最高の賢者であるアウシス・ペコリノ老師の教えを受けている。

 また、藤間昴としても元々前の世界では名門大学を卒業し、中でも電子工学、ロボット工学などはかなりの成績を残している秀才であり、その知識がそのままに一四歳のアインノールの中に入っている。

 結晶術もその頭脳もあってか、アウシスから学んだ結晶術に自分なりのアレンジを加える事までやっており、もはや低レベルな現在の人間の結晶術などから学ぶ事は何も無いのであった。

「なんでまたそんな頭が溶けちゃいそうな学科を好んで撰ぶんだよ…… 俺は絶対無理だ。一般教養でさえ死にそうなくらい憂鬱なのに……アインって自虐指向派なのか?」

 考え込むアインにガッテは顔をしかめてそう言った。学問嫌いな彼にとってみれば、アインのその行為をそう受け取っても無理は無い。

「錬金科は何でなの? 王族なのに」

 そう聞くレントにアインは頷いて説明する。

「うん、ちょっと作りたい物があってさ。このドルスタイン上級学院錬金科にある大型結晶炉を使いたいんだ。国元の結晶炉じゃちょっと心許なくてさ」

「ふ~ん、でも大型結晶炉なんて使って、いったい何を作ろうってんだ?」

 するとそのガッテの質問に嬉しそうに答える。

「大型の電気増幅装置です。僕は便宜上『電磁エンジン』と呼んでいます」

 目を輝かせてそう言うアインに、三人は首を傾げる。アインの口から聞いた事の無い言葉が飛び出したからだ。

「でん…… え? 何だって?」

「電 磁 エ ン ジ ン !」

 しかしガッテは「えんじぃ?」と繰り返すので、アインは再度顔を近づけて「エンジン!」と念を押した。ガッテも「お、おう、えんじ…… 『えんじん』ね……」と動揺しながら繰り返した。

「そもそもエンジンとは燃焼物を燃焼させて、熱エネルギーを動力に変換する『熱機関』なんですが、僕の考える物はあくまで電気を何倍にも増幅させる装置だから、厳密に言うと『ブースター』の類になるんですけど…… 『動力を得る』って意味であえて『エンジン』と呼称します」

 このアインの説明に、ガッテとレントはポカンと口を開けたままアインを見つめていた。ミファは国元にいた頃からアインのこういった話に付き合わされていたので、涼しい顔をしてカフィエを啜っていた。

 しかし彼女とて、アインが言っている言葉の意味をほとんど理解してはいない。

「――――ああ、なんだ、その…… えっとさ、『えんじん』ってのは何をする物なんだ?」

「だーかーらー、言ってるでしょ? 『電気』を『増幅』させる『機械』なんです。これまで世界中が頭を悩ませてきたエネルギー問題が一挙に解決してしまう、そりゃもう夢のような画期的な機関なんですよ」

 そう熱っぽく語るアインに、ガッテとレントは顔を見合わせ「お前解る?」「いーや全然」と言い合い、ミファは相変わらずすました顔で茶を啜り、時折カップの横に置かれた焼き菓子をつまんでいたりする。

 今まで電気や機械という概念が存在していなかった世界で、そんな単語を連発したところでわかるはずが無いのだが、アインはこの手の話になるとそのあたりの事が思考から抜け落ちる傾向があった。そもそもエネルギー問題で悩む頭はこの世界では無い……

「まあ今は電気も機械もエンジンも解らなくても良いです。使い方によっては結晶術みたいに使える便利な物って思っててください」

 現段階での細かい説明をしたところで理解は不可能と悟ったアインは、そう言ってこの話を打ち切った。

 実はこの時、アインは既に今語った『電磁エンジン』のプロトタイプを本国で完成させている。しかしそれは両手の平に収まってしまうほどの小さな物で、出力も微々たる物だったが、デルフィーゴ王国にある鋳造炉では、その大きさが限界だったのだ。

 今回アインがドルスタイン上級学院に入学する最大の目的が、先ほど言った錬金科が所有する大型の結晶炉を使い、大型の電磁エンジンを制作する事にあった。

 だが、アインの計画には続きがあった。

(実用化に耐えうるエンジンの作成は、俺の計画の最初一歩だ。プログラム第一段階と言ったところ…… そしてもし俺の理論が正しければ、前世では到底実現できなかった俺の『夢』が形になる)

 アインの頭の中で、前世の藤間昴の記憶と知識がある物を形作っていく。それはこのカレン界はもちろん、前世の世界にも無い『機械』だ。

 それは藤間昴のエンジニアとしての血が見させている麻薬のような夢であったが、後に彼の思い描いたその夢の機械は、この世界を席巻することになる。


 後世の歴史家達がこの時代と、その中心人物たるアインノールを語る際に欠かせないのが、この帝立ドルスタイン上級学院である。後の機械による様々な変革は全てはここから始まったとされる。

 そしてもう一つ、後世の歴史家が口をそろえて言う台詞がある。


 この時、この学園にかくも優秀な若者が集まったのは奇跡以外の何物でも無い。

 故にそれは、世界が望んだことであろう―――― と。


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