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彼方の昴  作者: 鋏屋
第八章 大陸動乱編
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72. 帰郷のアイン

白龍ビルニルスより地上班へ。現在高度六二◯◯フィメ(約三一〇〇メートル)。速度は毎時一二〇〇フィメール(約時速六〇〇キロ程度)。滑空状態良好、翼龍機甲リントヴルム、及び機体共に異常なし。これより第二エンジンを噴射しつつ旋回に入る」

 ラッツがは愛機である紫電(改)白龍ビルニルスの操縦席に並ぶ計器を見ながら無線機にそう告げた。

 ローソン騎士団の虎の子である翼龍機甲リントヴルムを装備する紫電には、全て機体頭部に設けられたピトー管による速度計と、アネロイド型外気圧計を利用したアナログ高度計が操縦席に装備されている。

 これらは勿論アインが前世の知識を使って開発した物であるが、世界共通の『長さの標準原器』が存在しないカレン界で、アインが錬金科で半ば強引に作成した『アインノール型標準原器』を元に算術してあるため、地球の速度とは若干異なり、また精度も疑問が残る物であった。

 しかし現代の地球のGPSのような衛星測位システムや、機体管制オペレーティングシステムも当然無いとなれば、地球の旧時代のアナログ計器でさえ画期的であると言えるだろう。

『こちら地上観測班、無線感度"良"…… 了解ですスターツ先輩。西の陽神門トロー・デルバンから接近願います』

 スピーカーから返ってきたのは、結晶術科二年の女子、カリ・スチュアートの声であった。

 ローソン騎士団の無線通信を取り仕切るのは電磁科学科三年、カインズ・オットーであるが、各班、各員との通信のやり取りをする無線士は複数の科から集まった生徒であり、しかも全員女子であった。この無線士を女子とするのに、アインはどういうわけかこだわっており、この点についてカインズも首を捻るが、これがアインが前世で見ていたロボット系アニメの影響であるという、どーでもいい理由からであった。 

 かくして、ローソン騎士団自慢の通信網を駆使するのは、ロボットアニメの様な女性オペレーターであり、この風潮は後にカレン界全体に浸透して行くことになるのである。


 ラッツは左の足下ペダルの隣に取り付けられた三つ目のペダルに左足を乗せ、ゆっくりと踏み込む。すると背面からヒュルルルという独特な音と、一拍遅れて轟々と爆音が徐々にその音を高めていく。すると空を行く白龍の背中から青白い炎の帯が伸び、機体の速度がグンっと上がった。

 これは離地時に使用する電磁加速ロケットエンジンシステム、VASIMRヴァシミール(比推力可変型プラズマ推進機)式ロケットエンジンとは違う、新開発のガスタービンエンジンのものである。

 もっとも新開発と言っても、これは前回の天元作戦の折に擱座した『黒銀の電磁甲冑機兵(バストロイゼ)』を回収し、装備されていたガスタービンエンジンを研究し改良した物である。

 とにかく、ラッツが操る白龍の背中の翼龍機甲には、ロケットエンジンの他に巡航用補助エンジンであるガスタービン式ジェットエンジンが搭載されているのであった。

 ラッツは白龍の手足を微妙に操り機体を傾ける。

 電磁甲冑機兵は、手や足を動かすことにより地球の航空機よりも能動的でスムーズな旋回性能を有している。

 座席正面の透影板に映る地上の景色に聖都の西門である『陽神門トロー・デルバン』を見ながら白龍は左に旋回していた。

 旋回の遠心力で座席に身体を固定するバンドが肩に食い込み、全身の血がお腹に集まる様な感覚に耐えつつ、ラッツは白龍の眼球水晶が映し出す投影パネルの映像に、地上の観測班本部であるメンテナンスカーゴが停車している丘を認めた。追加されたガスタービンジェットの加速旋回でも、機体に不安を感じなかった事にラッツは満足して一人頷いた。

 新たに装備されたガスタービンジェットによって翼龍機甲の航続距離が飛躍的に伸び、作戦行動に幅が出た事もそうだが、ラッツは何より、以前よりもずっと長く空を飛んでいられることが嬉しかったのだった。

「加速旋回時も異常は無い。ジェット開放時はうるさくて無線は聞こえないけど、カットした後の慣性飛行は快適だ。今日は天気も良いからカレートの山までくっきり見える。ホント、凄え眺めだ……」

 聖都の向こうに広がる広大な南部大地。そんな下界の大パノラマを眺め、ラッツは素直にそんな言葉を漏らした。

『そんなに良い眺めなんですか? ちょっと見てみたいかも……』

 そんなカリの言葉にラッツは笑った。

「蒼天騎士隊に入ればいくらでも見れるぜ? スチュアートも乗ってみるか?」

 そこへカインズが口を挟む。

『ラッツ、馬鹿言ってないでさっさと降りてこい。やることは腐る程あるんだからな!』

 そんなカインズの叱咤にラッツは「へーへ、了解しましたよ〜」と答えて降下姿勢に入るのだった。


翼龍機甲リントヴルムの運動性能は劇的と言って良いほど上がっている…… 空中機動用のサブエンジンは凄いね」

 錬金科整備棟の裏にある演習場で、観測班のメンテナンスカーゴ横に建てられたテント下から双眼鏡を覗き込みながら、マイヤは後ろに座って書き物をしているアインにそう声を掛けた。

「ええ、それに航続距離も三倍以上に伸びました。でもバインドール側の技術のほぼパクリって言うのが、正直ちょっと不本意ですけどね」

 折り畳み式の長机の上の用紙から目を離して、アインは苦笑混じりそう言った。当然『パクリ』と言う言葉はカレン界には無いが、マイヤはこの二年以上の付き合いで『パクリ』と言う言葉の意味を知っており、アインの苦笑に合わせて口元をほころばせた。

「でも電磁甲冑機兵バストゥールが空を飛べるってのはやっぱり凄いよ。すっごい遠くまで早馬なんかより全然早く行けちゃうんだから!」

 そう興奮気味に話すマイヤにアインは頷いた。

「まあね。でも僕の翼龍機甲リントヴルムの最大の活用利点は、その索敵能力の広さなんだ。今のアーマライドを使った偵察よりも遥かに広範囲で、しかも安全に索敵出来る。これは戦では僕達が持つ最大のアドバンテージだ」

 そう言うアインにマイヤは首を捻る。

「あどばんて…… って何?」

 するとアイン苦笑いしながら頭を掻いた。現代の日本より遥かに言葉の種類が少ないカレン界で、言葉の意味を安易に伝える手段として、どうしても前世の言葉が出てしまうアインであった。

「あっと…… カルバート語だと『優位性プレドゥミシ』とかって意味になるかな? こちらが相手より有利な点の事だよ」

「ふ〜ん、なるほどね。ねえ、それもアインなんかがよく使ってる『電波系的略語スラング』とかってやつ?」

「あ…… い、いやいや、えっとこれは確か古代神語だったかな~?」

 ……言うまでもなく大嘘である。

「アインは凄いな~ 古代神語も知ってるんだ。流石は大賢者の弟子だね」

 羨望のまなざしと共にそう言うマイヤに「ははは……」と乾いた苦笑を漏らすアインであった。

「そ、それよりマイヤ、例の『鋼幻象反応金属弾頭弾メタ・ブレット』の方はどうなの?」

 あからさまに話題を逸らすアインだったが、マイヤはさして気にした風も無く頷いた。

「うん、まずまずと言ったところ。それに、アインが前に言ってた『施条ライフリング』ってのを入れてみたんだけどこれが大正解でさ。本当に弾が散らばらなくなったよ。この前ガッテに試射してもらったらかなりの集弾率だったし」

 マイヤはそうはしゃいだ様に言った。

「あと、鋼幻象反応金属メタ・ティカクロム製の機関部と銃身も、まだ金属の精製量が乏しいから試作品止まりしかできないんだよね〜」

 そんなマイヤにアインは苦笑していた。すっかり射撃武器開発担当主任といった感じのマイヤである。

「確かに鋼幻象反応金属メタ・ティカクロムなら、現在のサーマルガンやレールカノンの最大の欠点である銃身の耐久度が大きく向上するだろうしね」

 現在のレールカノンは一回の射撃で銃身冷却に約一分、サーマルガンでは連射が出来る物の二弾倉、弾数にして四◯発の射撃で機関部と銃身が深刻な熱変形を起こしてしまう。故に弾体の摩擦が起こる銃身部分と電磁爆縮が起こる機関部の強度向上は両者にとって重要なファクターであった。

 そこで新たにアインが精製した鋼幻象反応金属メタ・ティカクロムは地球上のタングステンを上回る耐熱性、耐摩耗性を持ち、しかも恐らくタングステンより軽いという利点があり、レールカノンとサーマルガンの主要構造部に持ってこいの金属なのである。

 しかしこの金属を創り出すのに必要なジルコニウムの安定した産出技術が確立してない事と、精製の際に極めて重要な『完全な真空空間』の維持と、それに連動した重力制御術式の結晶回路を備えた結晶炉が現在一つしか無く、現時点では大量生産が難しいという問題があった。

「でも、レールカノンはまだしもサーマルガンの強度向上は是非ともしたいところだよ。なんせ僕の零式は射撃兵装しか無いからね……」

「あ、そうだよね。アインは剣を使わないもんね」

 するとアインは困った様に眉を寄せて苦笑した。

「剣がどうも苦手で…… でもきっとそのうちに剣よりも銃や砲といった物が主流になる時代が来るよ」

 それは、数百年の未来の現代地球を知るアインノールならではの台詞であった。

「ならアイン。新型サーマルガン『三式甲』の試作品も持って行こう。連射試験、耐久試験も終わってる。後は実戦での評価試験だよ」

 そんなマイヤの言葉に、アインは「うん」と力強く頷いた。



 それから数日後、アイン達ローソン騎士団の先発部隊は学院を出発した。

 ローソン騎士団の部隊編成は天元作戦の時の三隊と、それにレイ達の傭兵部隊にメンテナンスカーゴを一車輌付け計四隊とした。

 一番隊から三番隊で先発隊を組み、傭兵部隊である四番隊を二つに分け、遅れて合流する予定である後続のログナウ達の護衛を任せた。

 またレイ達の電磁甲冑機兵にも無線機を搭載し、各々指揮車となるカーゴに無線連絡員を配置した。これにより作戦時における指令伝達を可能な限り早くする狙いがあった。


 アイン達ローソン騎士団がデルフィーゴに到着したのは聖都を出発してから二三日後の事であった。

 当初アインは二◯日の行程を組んでいたが、ローソン騎士団保有の一七機のうち、今回派遣した一五機の電磁甲冑機兵バストゥールとレイ達銀狼団(バルゲファン)の一◯機を合わせ、計二五機の電磁甲冑機兵と、四台の移動式野戦整備設備車両メンテナンスカーゴの運用や補給物資を積んだ輸送牽引車両等々、総勢約一◯◯人弱の集団による遠征ともなると何かと時間がかかる物で、アインの予想より日数がかかってしまったのであった。

 それでも本来、馬車でひと月はかかる道行を十日近く縮めての到着である。

 東の国境から王都デルフに入ったのはそれから更に半日掛かった。


 デルフィーゴ王城である『宍色城ケイルズ・フバイョ』に続く『バラケッソ通り』の石畳を、ローソン騎士団の電磁甲冑機兵バストゥールと移動式野戦整備設備車両メンテナンスカーゴが進んで行く。その通りの脇にはたくさんの見物人で溢れかえっていた。

 デルフィーゴは東の辺境ではあるが、電磁甲冑機兵バストゥールは王都民の目に馴染みがある。聖帝領唯一の純ゲルベミウムの産出国であるが故、聖帝軍から派遣され駐屯している防衛隊のバストゥールが街の城塞壁付近を警備巡回しているので当然だ。

 しかし、そんな王都民でも、アイン達ローソン騎士団の姿は異様に映った様であった。


「これがアインノール殿下の軍隊なのか?」

「その筈だが…… 殿下の機体はどれだ?」

「あ、あの先頭の紫色の機体じゃないか?」

「いいや、よく見ろよ。あの家紋はトラファウル家の紋だ」

「ほう…… じゃあその後ろの青か赤の機体かな?」

「う〜ん、どうかな。確かに綺麗な色だが見た目がイマイチ地味だぞ?」

「ならその後ろの……」

 沿道で王城へ向かうローソン騎士団の行進を見物していた二人の加治職人は、そこで言葉を失った。その後ろに続く緑の班目模様の機体を見たからである。

 大きさは前を行く疾風型に比べて一回り小さいが、高速戦闘を信条とする紫電型とも形が違う。

 背中に身の丈以上の二つ折りされた棒状の筒を背負い、機体の大きさに比べて肩の装甲が大きく張り出している。そしてその顔は左右非対称でおまけに人間の口の様な意匠が施され、それが妙に人間臭さを演出していて正直気味の悪い異様さを醸し出していた。

「お、おい…… アレは何て型の機体だよ?」

 そんな相方の言葉にもう一人も首を捻る。二人は普段から暇さえあればバストゥールの議論を交わしている、いわば『バストゥールマニア』であった。

「さあな、見たことない…… 斥候機かなんかじゃないのか?」

「なるほど…… 何にせよ、アレは殿下の騎乗機では無いな。およそ王族が乗る意匠ではないからな」

「だな。その証拠に帯剣すらしてねぇ……」

 二人はそう言ってお互いに納得する。この時代、王族、騎士は使う使わないに拘らず儀礼用の剣を帯剣するのが常であった。それをせず、辺境では見るのも聞くのも珍しい『銃』という武器を携帯するその機体はことさら奇妙な物に映ったのである。

 二人はそんな事を話しつつ、それらローソン騎士団のバストゥールに続く大型重バストゥールである富嶽の大きさに話題を移して行ったのだった。


 一方、先頭を歩く朔弥姫サクヤの操縦席で、ミファは少々不機嫌だった。沿道の声を拾う集音器に、アインの乗る零式の姿を見た批評の声が混じっていたからである。

(知ったかぶりを…… 殿下の零式は他の機体など問題にならない、最強の攻撃力を持つのだぞっ!)

 ミファは拡声器のボリュームを最大にして叫びたくなるのをグッと呑み込んだ。だが、零式の外観を考えると仕方が無いとも思うのだ。確かに機体も小さく、色彩や装飾もおよそ王族が騎乗する意匠では無い。

(せめてもう少し色が美しければ見栄えが良いのだが……)

 ミファはそう心の中でぼやきつつ溜息をついた。

 聖都へ旅立ち二年半。その間に、これまで天災と同義であった凶獣をも撃退し得るほどの常識を覆す武具、電磁甲冑機兵バストゥールを作り出し世に広めた。更にはそれらを駆り、聖帝親王であるアムラス皇太子殿下を邪な策謀から救出せしめ、その功績でドルスタイン帝から三百年近く空席だった『聖帝枢機卿』の称号まで得ての帰国……

 これはアインノールにとっては『凱旋』と言っても良いだろうとミファは思うのだ。

 だが、そこまでの事をやってのけ帰国したアインノールを、祖国の民達は名前しか知らず、顔すら見たことが無い。

 ミファにはそれが悔しくて仕方がなかった。

 貧乏国だったこの国を、ここまでの活気溢れる国にしたのは、誰でも無い、アインノール・ブラン・デルフィーゴ王子なんだと、ミファは民衆に教えたかったのだった。

 だが、当の本人は……

『うわ〜懐かしい〜 ねえミファ、ほらあの雑貨屋さん、すっごい綺麗なお店になってるよ。あ、ほらほら、あそこのお店は全然変わらないよね〜』

 と無線機越しに能天気な事を言いながらはしゃいでいた。

 ミファはその声を聞きつつ再び溜息を付くが、これもアインらしいと思い直し、正面に見える王城『宍色城ケイルズ・フバイョ』の正門を見やるのだった。

 だいぶ間を空けてしまい、続けて読んでくださってる方には大変申し訳ありません。

 これに懲りず、またお付き合い下さると嬉しく思います。


8月20日 結城藍人殿より誤字報告 修正

 儀礼なお店 → 綺麗なお店




鋏屋でした。

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