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彼方の昴  作者: 鋏屋
第八章 大陸動乱編
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70. 権限の使い方

 アインの衝撃的な発言に蒼白になっているミファを横目に、レイはアインに質問する。

「聖都に攻め入るより、アインの国を攻める事を優先させたってのかい?」

 レイの質問にアインは静かに頷く。

「我が国を落とせば、純ゲルベミウム鉱石が手に入る上に、聖帝領への供給を止めることができる。聖帝直轄領に直接攻撃をする前にウチを落とした方が遥かに効率が良い」

 アインはそう言って目の前に浮かぶ地図に赤いポイントを当てる。

「陸路の交易路スグレ上を行くとなれば、幾つかの国を通らなくちゃいけない。これではいかにバインドールと言えど時間が掛かり過ぎる。ましてや現在のあの国の主力である『黒銀の電磁甲冑機兵バストゥール』は稼働時間が短いから尚更だ。けど海上ルートを行けば、早く、かつ安全に我が国の足元まで近付く事が出来る」

 そんなアインの説明にレイも納得した様に頷いていた。

「しかし殿下、そこまで予測していたのなら、何故あの場で仰らなかったのですか? あの場で宰相閣下に我が国の防衛強化を御願いすれば良かったではありませんか? バストゥールの開発技術の提供の際に『我が国の防衛』という条件もあったのですし」

 ミファがそう言うとアインは「ちょっとニュアンスが違うけどね……」と呟き眉を寄せた。

「アレは条件じゃなくて『お願い』だよ。それに現在の聖帝軍にウチの防衛に裂ける戦力は、たぶん殆ど無い。北にマルゴーン国、そして南にバインドール国と、二大国が揃って聖帝に逆らう軍事行動を行っているんだ。そんな中で、立て直しを図っている聖帝軍から我が国の防衛にさらなる増援を出すのは難しいと思う」

「で、ですが我が国がバインドールに屈したら、純ゲルベミウムが手に入らなくなるではありませんか!?」

 ミファはそうアインに返すが、アインはそんなミファに首を振った。

「聖帝直轄領に直接攻撃の可能性がある以上、聖帝軍としてはそっちを優先するのは当然だよ。確かにゲルベミウムは貴重だけど、聖都の安全を秤に掛けたらそっちを取るのは道理だもん」

 そのアインの言葉にミファは「そ、そんな……」と呟き項垂れる。

「恐らくアルシュタイン公爵はそうなることを見越してマルゴーンを操り、そして自国も侵攻を開始して聖帝軍の動きを封じたんだ…… 自分に有利な状況を作り出すのが戦略と言うけど、まったく…… 大した戦略家だよ」

 アインはそう言って溜息を付いた。

「けどアインはその…… なんとか卿って言う皇帝の名代なんだろう? その権限で聖帝軍を動かせないのかい?」

 そんなレイの質問にアインは静かに首を振った。

「いくら『皇帝の名代』なんて言ったって、僕は高々小国の第二王子だ。平時ならいざ知らず、聖帝直轄領そのものが危険なのに、僕の言葉で他国の危機に動こうとする者なんて居ないよ。それにそもそも僕の預かった権限はあくまで『聖帝を守る』為に限定されてるんだし……」

 聖帝有事の際は、軍事面において皇帝とほぼ同じ命令権を持つとされる『聖帝枢機卿』だが、正式な爵位ではなく二百年以上、誰もなったことの無い役職であり、それもアインの正式な聖帝爵位が低い事もあって、現時点では有名無実な役と言っても過言では無い状態だった。

 一方そんなアインの答えを聞いていたミファは、暗い顔をして俯いていた。それを見たアインはさらに話を続ける。

「かと言って、何もしない訳にはいかないから、色々と手を考えているんだけどね」

 この時アインには、この『聖帝枢機卿』という役職を別の事に利用しようと考えていた。

 そのアインの言葉にミファはアインの顔を見た。そのアインの少女の様な顔には、不敵な笑み…… と言うよりはイタズラを思い付いた子供の様な笑顔が浮かんでいた。

 そんなアインの微笑みに、ミファは仄かな期待を抱くが、同時に不安にもなった。

(この笑顔は、殿下が何かとんでもない事を思い付いた時の顔だ……!?)

 ミファはこれまでの経験から、それが前触れである事を学んでいたのであった。

「ふふん、なるほど、アインはまたなんか企んでるんだね。良いよ、あたいら銀狼団バルゲファンはアインと共にある。どんなことでも付き合うさ!」

 レイはそう言ってグラスを掲げ、中身を飲み干してぷは~っと気持ちよく息を吐いた。そんなレイにアインも苦笑しながら頷いていた。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 翌日、アインは午後の授業を早退し、ミファとマルコーニを伴い再び宰相府のトルヌスの元を訪れた。昨夜にミファやレイに語ったアインの推測を話すためである。

 

「なんと……!?」

 アインの推測を聞き、同席していたブラウシス元帥はそんな呻きにも似た呟きを漏らした。

「船舶による電磁甲冑機兵バストゥールの海上輸送…… なるほど、陸路を行くより遙かに効率的である。そしてデルフィーゴの純ゲルベミウムを押さえる、か……」

 同じく同席していた東部方面を管轄する第二師団のランギール将軍も、腕を組みそう唸った。

「これはあくまで僕の推測でしかありませんが…… でもそれを念頭に入れて考えると、バインドールの不可解な侵攻もつじつまが合うんですよね」

 アインはあくまで『推測』という言葉を使ったが、アイン本人はほぼ確信していた。

(アルシュタイン公爵が俺と同じ『転生者フラクセナリー』なら間違い無い。『大量輸送』が当たり前だったあの世界を生きてきた人間ならば、むしろ考えない訳が無い)

 同じ世界を生きていたアインだからこそ、アルシュタインの考えが想像出来たと言えよう。

(で、タルキア国に橋頭堡を築く、若しくは占領すれば、地上より遙かに安全な補給路が手に入る。まるで冷戦時代のキューバみたいだな…… もっともウチは米国ほどでかくないけどさ)

 アインは以前自分が生きていた異世界で、過去にあった奇妙な大国間の緊張状態を思った。

「恐らくアルシュタイン公爵はこの戦略を以前から考えていたんでしょうね。マルゴーン大公を操って聖帝との緊張状態を作り出し、そして自らも侵攻を開始して聖帝政府を牽制する。マルゴーンが表だって聖帝に反旗を翻した事で他の国々の王達も複雑な心境の筈で、その手前聖帝軍の動きは制限されます。先般のアムラス殿下の誘拐劇は、公爵としては成功してもしなくても、どちらでも良かった。強いて言うならこの状況を作り出すことが目的だったんでしょう。その上で我が国を攻める…… まったく、大した戦略眼ですよ」

 そのアインの説明に、その場にいた一同は深い溜息をついた。

 現時点ではアインの推測でしか無い事だが、それに反論の余地が極めて少ない事がその事を肯定している。事実、このアインの仮説はアルシュタイン公爵の考えをほぼ踏襲している物であった。

「確かにこれまでのバインドールの不可解な侵略行動はそれで説明がつく。まさに…… 悪魔の如き戦略だ」

 そう呟いたのはブラウシス元帥だった。

「だが……」

 すると今度はトルヌスが話し始めた。

「仮にアインノールの予測が正しかったとして、現時点での聖帝軍による東部へのバストゥール派遣は無い」

 そのトラヌスの断言に、ミファはアインの隣で膝の上に置いた拳を固く握りしめた。事前にアインが指摘していたことだったが、ミファは少なからずショックを受けていた。

「いや、出来ないと言い直した方が良いか……」

 トラヌスは渋い顔でそう付け加えた。

「現在聖都、及び聖帝直轄領は南北の脅威に挟まれた形にある。聖都と直轄領の防衛を優先せざるを得ない状況なのだ。今、東部にバストゥール部隊を割く訳にはいかん……」

 そのトルヌスの説明は、アインが昨夜語った理由その物であった。ミファとしては祖国が危機に晒されるとあっては心中穏やかではいられず、一言言いたいところであるが、一介の小姓風情がこの席で発言することは憚られる。

「ならば…… 僕は僕のお預かりした権限を行使しましょう」

 そんなアインの言葉にトルヌスら聖帝政府の重鎮達の顔は引きつり、代わりにミファとマルコーニは驚いた顔でアインを見つめていた。

 アインの預かる権限、つまり『聖帝枢機卿としての権限』を行使すると言う意味なのだろうが、昨夜『現時点でその権限で東部に聖帝軍を動かす事は出来ない』と言ったのは他ならぬアインである。

 ミファは困惑の表情でアインを見るが、当の本人は済ました顔でトルヌス等を見ていた。

「枢機卿として、聖帝軍を派遣せよ…… とでも言うつもりか、アインノール?」

 ブラウシス元帥は静かにそうアインに尋ねた。そしてアインを見る目は、些か剣呑の色を湛えていた。

 しかしアインはまたしてもその視線を済ました顔で受け止め微笑んでみせたのである。

「いいえ、今の聖都と直轄領の置かれた状況を考えれば、そんな無茶は言えませんよ、閣下」

 アインのその言葉にトルヌス等はホッと胸を撫で下ろした。だがブラウシス元帥はアインから目を離さず見つめ続けていた。しかしその瞳には先程の剣呑な色は成りを潜め、代わりに好奇の色が浮かんでいた。ブラウシスはこの後アインがどのような事を言い出すのか興味があった。

「では…… 何を企む?」

 ブラウシスがそう聞くと、アインは「企むなんてそんな…… なんか酷いですねぇ〜」と言いつつ苦笑いしていた。そして改めて咳払いして居住まいを正した。

「僕が要求するのは二つです。一つは、ローソン騎士団による東部方面の支援遠征を許可して頂きたいです」

 アインの言葉に聖帝政府の重鎮達は目を丸くした。が、確かにドルスタイン上級学院錬金科整備コースのバストゥール保有数は一七機と、小国のバストゥール保有機数を上回るものである。

 更にその装備は、数々の試験装備等を流用した、文字通り聖帝領においての最新式装備である。数こそ大国には及ばない物の、総合的な戦闘能力は大国の電磁甲冑機兵部隊を凌ぐ物と言っても過言では無いと言えた。

「そしてもう一つは、小国間の連合体制の許可……」

 アインの言葉に聖帝政府の重鎮達は息を呑んだ。

 現在、サンズクルス聖帝が治める『大陸一◯国』(実際は一◯国ではない)と呼ばれる聖帝領では、国同士の連合、特に軍事を伴った物は認めていない。これは初代ドルイル帝が定め、第三代皇帝であるドルスタイン大帝時代に法として確制された聖法によっても厳しく禁じられている。

 国同士の合併や分離、交易などについてはその限りでは無いが、それでも様々な制限が設けられる。

 これは統一を果たしたドルイル帝が国家間の深い結び付きによる聖帝への反抗を恐れたもので、これによりサンズクルス聖帝三◯◯年の統治が実現できたのだとする歴史家も少なくない。

 話を戻すが、アインの言った事は、ドルスタイン大帝が定めた聖法を覆すものであり、トルヌス等が息を呑んだのも当然と言えた。

「小国同士で連合し、バインドールの侵攻を迎撃する、と言うわけか……」

 そう呟いたのはランギールであった。東部方面に備える第二師団の長に加え、彼自身母国が東部と言うこともあり、他人事ではないのも確かだった。

「我がデルフィーゴの聖帝駐留軍が持つ二◯機。僕達ローソン騎士団から一七機に銀狼団バルゲファン一◯機…… 僕の零式合わせて四八機。バインドール軍が上陸するであろうタルキア国と、我がデルフィーゴへの侵攻ルートに当たるミラン王国の戦力を糾合すれば、二個師団ぐらいの戦力にはなるんじゃ無いかと思うんですよね」

 アインの言葉に一同は渋い顔をして唸った。因みにアインの言う二個師団とは、あくまで人間の兵士で換算した場合である。大まかな計算ではあるが、電磁甲冑機兵バストゥール一機で歩兵四〇〇人と同等と考え、約五〇機ほどで生身の人間約二万人ほどの戦力になるだろうとの予測であった。

このことから考えても、この時期にアインが個人的に揃える事ができるバストゥールの数が銀狼団合わせて二八機というのは驚異であるといえるだろう。

「しかし、現在の聖法では禁じられている。それを覆すのは中々骨が折れるぞ? 特に元老院が黙ってはおるまい……」

 ブラウシスがそう言い顎に手を当てて考え込む。するとアインはさも簡単そうに言葉を返した。

「あくまで緊急時の一時的な措置です。聖帝直轄領の防衛戦力も削れず、でも我が国が落ちればその後の防衛も困難になるとなれば背に腹は代えられないでしょう? 『聖帝の存続が危うい』っていう感じをチラつかせればいけると思いますけどね」

 そう言ってアインはニコッと微笑んだ。そのあどけない笑顔とは裏腹な内容に、一同は深い溜息を付くとともに、アインの天性の魔性を見た思いだった。

「まったくお前というヤツは…… だが、他に手は無いのならやるしかない。老人達は私たちが何とかしよう」

 トルヌスは呆れたようにそう言った。しかしそんなアインを見つめるその目には、まるで成長する息子を見るような慈愛の色が滲んでいたのだった。

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