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彼方の昴  作者: 鋏屋
第七章 皇太子奪還作戦編(下)
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65. 聖帝枢機卿

 聖帝軍の登場により退却を始めた黒銀のバストゥール、バストロイゼ達を遠巻きに眺めていたアインはマルコーニに念話を入れた。

《マルコーニさん、一つお願いがあるのですが……》

《なんですか?》

 間髪入れずにマルコーニから返答があった。

《擱座した黒銀のバストゥールを回収出来ますか? 動かなくてもいいので》

 するとマルコーニは少し間を置いてから

《……やってみましょう》

 と答えた。アインは《頼みます》と答えて念話を切った。

『ミファ、それにレイも怪我は無いですか?』

 アインは拡声器で傍に駐機する昨夜姫と緋色鬼にそう声を掛けた。

『ええ、私は大丈夫です』

『あたいも平気さ。マキアは丈夫だからね』

 そう二人同時に答えが返ってきてアインはホッと一息ついた。

『我々も本部へ戻りましょう。ミファ、エナは何とかなりそうですか?』

『はい、歩いて、戻れます……』

 そう答えるミファの声は、やはり疲れた感じであった。

『今回はミファに随分無理をさせちゃったね。帰ったら何かご褒美を用意しないと…… 何がいい? 僕に出来ることならなんでもいいよ?』

 そんなアインの思い掛けない言葉にミファは思いっきり動揺した。

『い、いや、わ、わわ、私は殿下の小姓ですので、このくらい、とと、とーぜんです。どどど、どうかお気に入りなさらずに願いますっ!』

 色々と限界に近いミファの答えに、隣のレイが『はんっ!』と鼻を鳴らす。

『無理しちゃって、素直に甘えりゃ良いのに。羨ましいったらありゃしないよ。あんたがいらないんなら、ねえアイン、あたいも駆け付けたんだ、ご褒美おくれよ〜』

『なっ? 貴様っ! 厚かましいにも程が有るぞ!?』

 甘えた声でアインにそう言うレイにミファはそう怒鳴った。

『勿論、レイも本当に感謝です。僕も出来る限りのお礼をしたいです』

 アインがそう答えると、レイは『本当かいっ!?』と嬉しそうに返す。

『じゃ、じゃあ一晩だけ臥所を共にするってのは?』

『き、却下だ馬鹿者――――っ!!』

 するとミファが即座にレイに叫ぶ。

『何さ、あんたもお願いすれば良いだろ? けどあたいが先だからね? 先に言ったんだから!』

『後も先もあるかっ!? 殿下とふ、ふ、ふし………… なんて、絶対にダメだ、私が許さんっ!!』

『なんであんたの許可なんかいちいち取らなきゃなんないのさ? あたいはアインに聞いてるの!』

『だ、ダメダメダメーっ! 私は殿下の小姓だ。小姓の任務には、し、寝所内の護衛も含まれ……』

『んな訳あるかっ!? 聞いたこと無いよそんなの。どこの世界に寝所の中までついて行く小姓がいるんだいっ!?』

 疲れと恥じらい、それに動揺でミファも頭がうまく回らない様で、言ってる事がよくわからなくなっていた。

『ま、まあまあ二人とも、ご褒美の件は後でゆっくり相談するとして、今は本部に戻りましょう』

 そんなアインの言葉に睨み合いながら『寝る!』『ダメ!』の問答を繰り返していた二人も渋々後退し始める。

 そんな二人をヤレヤレといった様子で眺めていたアインだったが、そんなアインに声が掛かった。


『こんにちは、アインノール殿下』


 集音器で拾ったその声はそれ程大きくは無く、下手をすればポンプとエンジンの音で掻き消されそうな声だったが、アインの耳には明瞭に響いた。

 何故ならそれは日本語だったからだ。

 アインの意思を感じ取った零式の結晶回路が零式の眼球水晶を動かし声の主を探した。

 すると零式の正面、二〇フィメ(約一〇メートル)程の所に濃紺色のローブを纏い、フードを深めに被った人物が立っていた。ローブには銀の刺繍が施されている。

「お久しぶりですね、殿下。ああ、この場合は初めましてになるのかしら……」

 今度は日本語では無くカルバート語である。

『何者だ?』

 零式の隣に並び立つ昨夜姫からそんなミファの声が飛ぶ。

『見るからに怪しいが、生身でバストゥールの前に現れるとは良い度胸だね』

 同じく零式の隣に立った緋色鬼からも同じ様なレイの声が響いた。

「あらあら、随分と威勢の良いワンちゃんだこと……」

 その人物はそう言って「ホホホ……」と芝居めいた笑をこぼした。そんな態度にレイはカチンと来たのか、緋色鬼の右手に腰の牙折刀を握らせる。

『あんた、本当に良い度胸じゃないか…… あたいは騎士様みたいに育ちが良く無いから、相手が生身だろうが容赦はしない質でねぇ……っ!』

 そう凄む緋色鬼からは肌がひりつく様な殺気が迸った。だがそのローブの人物はそんなレイの殺気にも臆すること無く口許に微笑を浮かべていた。

「まあ怖い。でもね、番犬の無作法は飼い主の品格を疑われるのよ? 良く憶えておいた方が良いわ」

『……殺すっ!!』

 人を小馬鹿にした様なその人物の態度に、レイは理性の切れる音を聞いたような気がした。そして緋色鬼が牙折刀を抜き放った瞬間、アインの『レイ、ダメっ!』と言う鋭い声が掛かった。その声に反応して緋色鬼は動きを止めた。

『アイン、止めないでおくれよっ!』

 動きを止めた緋色鬼からそうレイの声が走った。

『僕はその人に聞きたいことがあるんだ!』

 アインはレイにそう叫びながら投影パネルに映るその人物に目を凝らす。すると映像がググッと二段階程拡大された。深めに被ったローブで口許以外は顔がわからない。

 しかしアインはその人物に心当たりがあった。

『貴女が…… アギフさんですね?』

 アインがそう聞くと、その人物は嬉しそうに「ウフフ……」と笑った。

「あの小鳥ちゃんから情報を得ていたとは言え、中々の洞察力ね。本当、見た目に騙されるわ。流石は転生者と言ったところね」

 そう言うアギフにアインも『ええ、本当ですね』と同意した。

『僕も今、視覚作用が生み出す思い込みってのを実感しています。学院で初めてお話しした時は見た目は勿論ですが、口調も声も男性でしたから、てっきり男性だと思い込んでました…… もっとも、その姿が貴女の本体である確証も無いですけど』

 アインがそう言うとアギフはローブから覗く口許を押さえつつ上品に笑った。

間脳操儡ラーマストポロジーで支配できるのは意識のみ。肉体の機能は完全に対象に依存しますから…… 信じる、信じないは殿下次第ですけど、この姿は私そのものですわ」

『成る程、間脳操儡ラーマストポロジーは使ったことが無いので勉強になります』

 アギフの言葉にアインは素直にそう感想を述べた。

『とは言え…… 顔を隠されては、信じる云々以前の問題ですよね』

「これは失礼いたしました。術者は総じて臆病ですが、特に女であれば尚のこと…… つい忘れてしまいます。どうかご容赦を」

 アギフはそう言って深目に被っていたローブのフードをまくって見せた。

 フードが肩口に降りるのに僅かに遅れて、頭頂部にまとめられていた銀色の長い髪が静かに舞い落ちる。その解けた髪を少し首を振って整え、アギフは右手で美しい銀髪を梳いた。

 その顔立ちも美しく、切れ長で少し上を向いた目元が意志の強そうな印象を受ける。スッと通った鼻筋と肉感的で艶のある唇が、大人の女の美しさを際立たせていた。

「これでいかがでしょうか、アインノール殿下?」

 アギフはそう言って正面に立つ零式に微笑んだ。するとアインは零式に片膝をつかせ、駐機姿勢を取らせると操縦席前の透影装甲を開いた。

『で、殿下っ!?』

『ちょっとアインっ!?』

 得体の知れない者を前に、戦場で生身を晒す危険に、ミファとレイが驚いて同時にそう叫ぶ。だがアインは特に気にした風もなく開いた操縦席の前に差し出された零式の左手に脚をかけ、アギフを見下ろした。

「高い所から失礼しますが、一応戦闘警戒中なので許してくださいね」

 アインはそう前置きしてペコリと頭を下げた。

「初めまして、アインノール・ブラン・デルフィーゴです」

 そう挨拶するアインに、アギフは一瞬目を丸くした。アギフもまさか生身を晒すとは思っていなかったのである。

「改めまして、アギフと申します。以後見知りおきください」

 アギフはそう言って優雅に一礼すると「にしても……」と言葉を続けた。

「失礼ながらお顔のわりに肝が座っていますのね。遠巻きに狙われるとは考えないのですか? それともご自身の結晶術に相当自信があるのかしら」

 アギフがそう言うとアインはクスッと微笑み肩を竦ませた。

「まあそれも無い訳ではありませんが…… あちらでの僕が育った国では、遠距離通信出ない限り、お互い出来るだけ顔を見ながら話すのが礼儀と教えられてきましたから」

「ああ、左様で……」

 そう澄まし顔で返すアギフだったが、アインのその余裕ぶった物言いが鼻についた。

(大賢者アウシスの弟子……)

 アギフの胸中に、今この場でアインを葬る誘惑が沸く。アギフにはアインに殺意を抱く理由があった。

 だがアギフは直ぐにその考えを頭から追いだす。主よりアイン殺害の許可は受けていなかったからだ。そんな考えをしている間も、アギフの表情は絶えず微笑を浮かべ、その邪な考えを周囲には悟らせなかった。

「前回は間脳操儡ラーマストポロジーまで使って姿を隠していた貴女が、今は僕の前に姿を表した…… その真意は何です?」

「別に、何となくですわ。他意はございませんの。ただのご挨拶です。これからもよしなに…… と」

 アインの質問にそう答えたアギフの表情は本当に優しそうな笑顔である。とても幾日か前にアインを殺害しようとした術者だとは思えない。だが逆にアインはそのギャップに少々気味の悪さを感じていた。

「今回の件、マルゴーン側に助力している国がいくつかあるのは存じています。ですがそれらの国々ではあの黒銀のバストゥールは作れません。あれの背中にあるのはガスタービンエンジン、若しくはそれに類する物…… この世界では存在しない筈の技術です。この一連の騒動の裏で糸を引いていたのは貴女方ですよね?」

 するとアギフは「ええ、その通りですわ」と悪びれずに頷いた。そのアギフの素直すぎる答えにアインは少し意外に思った。

「……計画が失敗したのに随分と余裕ですね?」

 アインがそう言うとアギフは「失敗?」と言ってクスクスと笑った。

「いいえ殿下、我らは失敗などしておりませんわ。大公の計画など、成功しようが失敗しようが我らにはどちらでも良かったのですよ」

 そう言うアギフにアインは黙って次の言葉を待った。

「皇帝の血縁である大公のマルゴーンという大国が、聖帝に弓を引いたという状況さえ作り出せれば我々には成功と言っても良いのです。ただ大公がぐずぐずしていたおかげで、アインノール殿下達だけで計画が潰されたら元も子もないので少々ヒヤヒヤさせられましたが、幸い聖帝軍が駆けつけてくれましたので正直ホッとしていますの。聖帝軍があの数で動けば自ずと他国に知れましょう。なので私どもはこの時点でマルゴーンから手を引かせていただきますわ」

 アギフがそう言って頭を下げ、去ろうとするとアインは「あ、ちょっと待って……」と彼女を引き止める。

「アギフさん、貴女がたを動かしているのは何処のどなたなんですか?」

 するとアギフは腕を組み、右手の指を顎下に添えて考える仕草をした。

「いずれ…… いずれ分かりますよ。我が主も、殿下と会うのを楽しみにしていることでしょう」

 アギフはそう言うと、もう話す事は何も無いといった様子でくるりと背を向けた。とその時、零式の傍に立つ緋色鬼が動いた。

『正気かいっ!』

 そんなレイの声に反応したミファが『待てレイっ!?』と静止を叫ぶが、緋色鬼はアギフに向けて牙折刀を振り下ろした。

「無駄だよレイ……」

 アインはレイにそう声を掛けた。見ると巨大な牙折刀の一撃を受けたアギフの身体がグニャリと像が歪み、チリチリと空気に溶けていった。

『げ、幻術!?』

 驚くレイにアインは「ええ」と頷いた。

『殿下はご存知だったのですか?』

「初めは実体だったと思うよ。いつすり替わったのかはわからないけど。あの人、途中から影が無かったからね」

 ミファの質問にアインはそう答えてふうっとため息をついた。

『それにしてもアイン、戦場で身を晒す無茶はよしておくれよ。話してる間は気が気じゃ無いよ』

『レイの言葉ももっともです殿下。何処に敵の弓兵が潜んでるかわかりません』

 レイの言葉にミファもそう追従して頷いた。アインは「ごめんね、二人とも」と素直に謝罪した。

「さて、僕らも本部に戻ろう」

 アインはそう言って零式の操縦席に戻った。


 本部のメンテナンスカーゴに戻ったアイン達は、ローソン騎士団の生徒達の大歓声と共に迎えられた。銀狼団の面々も一緒になって喜び、レイも銀狼団の仲間のみならず、ガッテ、ミランノ、ラッツといったタイトゥーヌ討伐メンバー等と共に肩を叩き合い帰還を喜び合っていた。

 アインもログナウ、カインズ、マイヤ等に囲まれ無事な帰還を喜びあった。

「ほら、バーン先輩、ミファに声を掛けて来なよ、心配だったんでしょ」

 ミランノにそう言って背中を押されたログナウは「ばっ、馬鹿お前……っ!?」と焦っていたが、ミファがキョトンとした顔をしてログナウを見ると、赤い顔をしたまま頭を掻いた。

「あ…… お、お疲れ様。残ったと聞いた時はちょっと心配したんだけど、ぶ、無事で良かったよ」

 何処と無くギクシャクしたログナウの言葉にミファはますますキョトンとしたが、改めて「はい」と答えた。

「ご心配をお掛けしました、先輩」

 ミファはそう言って微笑み、ログナウに右手を差し出した。この握手という行為は今ではすっかりローソン騎士団ではお馴染みとなっている。ログナウは「あ、ああ……」と呟きながら、やはりギクシャクしつつ差し出されたミファの手を握り返していた。

 一方アインはローソン騎士団の仲間との喜びもつかの間、トルヌス、ブラウシスの出迎えにあった。

「戻ったか、アインノール」

「宰相閣下、それに元帥閣下…… 今回の件、聖帝軍を動かして下さってありがとうございました。どうにか全員無事に戻ることができました」

 アインはそう言って二人に頭を下げた後に、嬉しそうに微笑んだ。するとそんなアインを見た二人は苦笑した。

「まったくお主という奴は…… だが、無事で良かった」

 トルヌスはそう言ってアインの肩を叩く。アインの無邪気な笑顔を見るとトルヌスはまるで自分の子供に似た感情が湧く様で、アインの無事な帰還にホッとした顔をしていた。

「フフ、まるで息子の様な目をしておるぞ、トルヌス」

 そんなトルヌスをブラウシスが冷やかすが、彼自身、目をほころばせてアインに「無事で何よりだ」と言いつつアインの肩を叩いていた。

 とそこにアインを呼ぶ声が上がった。

「アイン!」

 振り向くとそこにはアムラスが立っていた。アムラスはタタッとアインに走り寄ると嬉しそうに笑った。

「無事で良かった…… アイン」

 そう言うアムラスにアインは膝を折ってお辞儀をした。

「ええ、貴方もご無事で何よりです。お帰りなさい、未来の後輩殿」

 アインはそう言って右手を差し出す。するとアムラスは少しだけ目を潤ませながらその手を握り返した。

「はい、ありがとうございます。先輩」

「こちらこそ、貴方を助けられて本当に良かった」

 そんな二人を中心に、ローソン騎士団と聖帝軍将兵達からワッと歓声が上がった。

「余からも礼を言わせて欲しい」

 歓声に沸くその場に、その声が響いた瞬間、皆が振り返り唖然とした。そこには豪奢なマントに身を包み、警護の騎士を従えた人物が立っていた。

 その人物こそ、サンズクルス聖帝第一七代皇帝、デリムト・マキアヌス・サンズクルス一四世その人であった。

 その場に居合わせた全員が慌てて膝を折、首を垂れる。その中をデリムトはゆっくりと歩きながらアインの前までやって来た。

「アインノールとやら、面を上げよ。皆も楽にせい」

 その言葉に、アインは顔を上げてデリムトを見上げた。

「ほほぅ…… 本当に姫の様だの」

「はい、よく言われますが、こう見えても男です」

 その素直なアインの言葉にデリムトは頷きながら微笑んだ。

「処罰を覚悟でアムラスを救い出す為に立ってくれたこと、そして見事救い出してくれたこと、余も改めて礼を申す。本当にありがとう」

 そのデリムトの言葉に集まった一同は小さく「おお……」と呟いた。

「余は今まで、アムラスに父らしいことを何もしてやってこなかった。そして元老院の決定に流され、見て見ぬ振りをするところだった…… そんな大人たちの決定に異を唱えたそちの行動に、今回は本当に教えられた思いだ……」

 デリムトはそう言って目をつむった。

「いえいえ、僕の方こそですぎた真似をしました。勝手な真似をしてすみませんでした」

 アインはそう言って丁寧に頭を下げた。

「それに僕の理想は、科学で世の中を面白く、楽しくすることです。でも誰かを犠牲にして得たとしてもちっとも楽しく無いんです」

 アインはそう言って隣に控えるアムラスを見た。

「アムラス殿下は僕たちの学ぶ科学に興味を持ってくれました。僕はそれが嬉しかったんです。アムラス殿下だから助けたんじゃなくて、殿下が僕等の仲間だと思ったから、どうしても助けたかったんです」

 そう言ってアインはアムラスに微笑んだ。

「それに、お父さんが助けに来てくれた事を喜ばない子供なんて居ませんよ、陛下」

 アインはそう言ってデリムトに微笑んだ。

 それは本当に嬉しそうで、真っ直ぐな笑顔だった。そんなアインにアムラスも嬉しそうに笑っていた。そんな二人をデリムトは優しい眼差しで見つめ頷いていた。

「アインノールよ、今回の件で、そちに受け取って欲しい品があるのだ」

 デリムトはそう言って隣に立つ騎士に「例の物を」と呟いた。するとその騎士は、これまた豪奢な飾りの付いた細長い箱を取り出し、箱の蓋を開けてデリムトに差し出した。デリムトがその箱から取り出したのは、銀色に輝く短い杖であった。

 デリムトはその銀の杖を横にしてアインに差し出した。アインはそれを両手で受け取った。

 全体は白銀で、杖の先には精巧な鷲の彫り物が施され、手に持つ部分にはびっしりと葦の柄が緻密に彫り込まれている。

 収まっていた箱に比べて比較的シンプルな作りだった。

「……これは、何ですか?」

 両手に持った銀の杖を見ながら、アインはデリムトにそう聞いた。

「これはな、第三代皇帝であったドルスタイン大帝が、その昔西部を平定した折に、軍を指揮した軍揮杖だ」

「ええっ!?」

 アインのみならずその場にいた全員が驚きの声を上げた。そんな周囲の驚きの声に、デリムトは『してやったり』といった表情をしてニヤリと笑いつつ頷いた。

「アインノール・ブラン・デルフィーゴよ、そなたは本日より『聖帝枢機卿』を名乗るが良い。その名を、この銀の軍揮杖と共にそなたに預けよう」

 静まり返ったその場に、そんなデリムトの声が響き渡った。

「聖帝…… 枢機卿……?」

 そう呟き首を傾げるアインに、デリムトは苦笑していた。

「まあ、知らぬのも無理はない。聖帝枢機卿はその杖の初代の主であるドルスタイン大帝が若かりし頃名乗って以来、誰もなった事の無い役職であるからのう……」

 デリムトのその言葉に、流石のアインも息を呑んだ。

「枢機卿は国が乱れた時、その権限を発揮する特別な役職じゃ。そなたが聖帝の危機と判断した時、迷わずその杖をかざすが良い。さすればそちは皇帝の名代としての権限を持つ。その銀の杖はその証よ」

「へ、陛下、それは一学生には余りにも……っ!?」

 そばに控えたトルヌスがそう言いかけるが、デリムトは「よい、トルヌス」と制した。

「そもそも『枢機卿』とは『皇帝を救う者』という意味がある。今の聖帝にあって、アインノールほどその役に相応しい者はおるまいよ……」

 デリムトはトルヌスにそう言い、再びアインに向き直り、改めてその小さな身体に声を掛ける。

「ドルスタイン大帝の時代では途方もない権力であるだろうが、今の聖帝ではどれほどの力があるかはわからん。アインノールよ、全てはそち次第だ。アムラスはまだ幼いが、いずれ皇帝として聖帝を背負っていかなくてはならぬ身だ。トルヌスや他の物の後押しや助けもあるだろうが、本当の意味での『友』と呼べる者も必要だ。枢機卿の名と力の下にアムラスの良き友として、末長く助けてやってはくれまいか?」

 デリムトはそう言いつつ腰を折ってアインと向かい合った。

「これはな、アインノール。皇帝としてではなく、一人の父としての頼みだ……」

 デリムトはそう言って跪くアインの肩に手を乗せた。アインはそんなデリムトに静かに頷いた。

「わかりました。でも陛下、こう言っては不遜かもしれませんが、僕は初めからアムラス殿下と友達のつもりでしたよ?」

 皇帝を前に、そんな事をけろっとした顔で言ってのけるアインに、トルヌス以下重鎮達は目を丸くするが、デリムトは破顔して大きな声で笑った。

「わははっ、そちは誠に愉快な者だ。これ程愉快な気持になったのはいつ以来だ? ふははははっ!」

 デリムトの笑い声が響き、それがその場に居合わせた全員の笑いを誘うのにさして時間は掛からなかった。


 ここに、聖帝史上二人目の皇帝名代『聖帝枢機卿』が誕生した。

 アインノール・ブラン・デルフィーゴは、その歳若干一五歳にして、有事限定ではあるものの、並ぶ者の無い権力を手にすることとなった。

 それは彼の名を否応にも歴史の表舞台に立たせるものであり、彼の奇想天外な運命を更に複雑にさせることとなるのだった。

少し間が空いてしまい申し訳ありません。

しかも切りどころが悪く随分長くなってしまい結局第二部終了も次回へ持ち越しです。

貧乏性なもので、なかなかバッサリ出来ません。この辺りの技術が欲しいですホント……

こんな私ですが、またお付き合い下さると嬉しいです。


鋏屋でした。

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