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彼方の昴  作者: 鋏屋
第七章 皇太子奪還作戦編(下)
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57. 黒銀の魔女

 玉座に座ったパクサスは、侵入した四機のバストゥールがまんまと王城を脱出したと言う知らせを受け激怒した。

「追い詰めておきながら何をしているのだ、この馬鹿者がっ!!」

 こめかみに青筋を浮かべて怒鳴り散らす主に、目の前に控えた騎士は「申し訳ありませんっ!」と額を床に擦り付ける様にして頭を下げた。

「あの様な袋小路で、どうやって取り逃がすと言うのじゃ!?」

「お、恐れなが申し上げます。あの四機は背中から煙を上げて空へ飛び去ったのでございます!」

 しかしその騎士の正直な報告は主の怒りに油を注ぐ結果となった。パクサスは手にした杖をその騎士目掛けて投げつけた。

「まだ言うか貴様っ! その様な世迷言、誰が信じるか!! 子供でももっとマシな言い訳をするわこのたわけめがっ!!」

 杖を投げつけ、肩で息をするパクサスに、今度は王宮次官が口を挟んだ。

「陛下、騎士長の言うことは誠にございます。私も確かにこの目で見ました。凄まじい音と共に天高く飛んで行くバストゥールの姿をっ!」

 するとパクサスは今度はその次官を睨んだ。跪く騎士長は頭に当たった杖の痛みに堪えながらも、次官の言葉に感謝した。

「貴様までもその様な……!」

 もはやパクサスの怒りは頂点に達しようとしていた。

「そんな世迷い言を申す前に、『御輿』の所在はわかったのかっ!!」

「ははっ、目下懸命に捜索中でありますが、如何せん庭園に渡る通路が崩れており難航してまして……」

「どいつもこいつも……っ、我が家臣には使えない者しかおらんのかっ!!」

 パクサスがそう怒鳴ったその時、部屋の入り口から女の声が掛かった。

「騎士長様や次官様の仰る事は事実にございますよ、大公閣下……」

 その声にパクサスは入り口を見ると、そこには銀色の長い髪を優美に揺らす女の姿があった。ゆったりとした濃紺地に銀の刺繍が入ったローブが、女の白銀色の髪に良く似合っていた。

「アギフ殿……?」

 パクサスが惚けたようにそう呟くと、アギフと呼ばれた女性は微笑を湛えつつ騎士と次官に軽く頭を下げながら玉座の前まで来て丁寧なお辞儀をした。その美しい容姿に、パクサスの怒りは引き潮の様に収まって行った。

「私も部屋の窓から見ておりましたの。轟々と大きな音で飛んで行くバストゥールの姿を……」

 アギフはそう言いながら顔を上げ、その際に長い銀髪を耳に掛けた。王を前にして少々礼を欠く行為だが、パクサスはその艶やかな仕草にゴクリと喉を鳴らした。

 一方、跪く騎士と横に控える次官は結果的にアギフに助けられた形となった訳だが、その表情は憮然としていた。二人はこの外国人の女が王宮を我が物顔で歩いているのが気に入らなかった。

 いや、彼等だけではない。マルゴーンの王宮に詰めている者はすべからくこのアギフと言う女を嫌っていた。

 しかし彼女は何でも『さる御人』の使者であるとかで、王も賓客として遇しているので表立った事は出来ず、苦々しい思いを味わっていたのである。

「それに、どうやら彼の者達の狙いはその『御輿』だったようですわ。白いバストゥールに乗り込む小さな影を見ましたもの……」

 そのアギフの言葉に一同は唖然とした。『御輿』とはアムラス皇太子の隠語である。アムラスのことはパクサスとその側近、それとここに居る騎士長にしか伝えられておらず、王宮の大部分の人間に知られぬよう『御輿』という符丁で呼んでいたのである。

「ア、アギフ殿、それは誠か?」

 アギフの証言にパクサスは目を見開いて驚いていた。それもそのはずで、アムラスは今回の計画の最重要な駒である。本来ならもっと見張りの者を付けて厳重に警戒させておきたかったが、事を起こす前に事情を知らぬ者に知られてはやっかいな事になる。ましてやパクサスの正妻はアムラスとは腹違いの姉弟であり、万が一彼女にしられたら大事になるので、最低限の見張りしか付けられなかったのだが、それが完全に裏目に出た結果となってしまったのである。

「私はご尊顔を拝した無いので、あの影が本当に『あの御方』なのかはわかりませんが…… 状況から見てそう考えるのが妥当かと思いますわ」

 アギフは腕を組みつつ、右手を頬に当てパクサスにそう答えた。アギフはしなやかに動く指を頬から顎、そして喉へと滑らし、そのまま肘を抱くようにして肩をすくめて見せた。

 その一連の動きを目で追うパクサスは一瞬恍惚とした表情になるが、ハッと我に返り自分の拳を握り締めワナワナと肩を震わせてた。

「お、おのれ…… あ奴等いったいどこの手の者じゃ? これでは時間を掛けて準備してきた計画が台無しじゃ! おまけに儂の自慢の庭園をメチャクチャにしおって……っ!」

 パクサスはそう言いながら悔しそうに歯をギリリっと鳴らして跪き頭を垂れる騎士長を睨んだ。

「暫く見ていたのですが、程なくして轟音が止まり、続いて煙りも見えなくなりました。凧の原理と同じだとすれば、あの高さならそう遠くには行けないはず…… いくらバストゥールといえど、たった四機で行動するとは考えにくいですわね。となると王都周辺で別の仲間と合流するのでは?」

 アギフの言葉にパクサスはすぐさま騎士長に追撃を命じた。

「騎士団を率いて直ちに追撃するのだ。わかっているとは思うが、次は失敗は許さんぞ?」

「ははっ! 必ずやっ!!」

 騎士長は額を床にこすりつけてそう言い、立ち上がると直ぐさま踵を返して部屋を後にした。そんな騎士長を見送りながらアギフは「ふむ……」と顎に指を当て思案する。

「大公閣下、念のため我々も動きましょう……」

 アギフがそう言うとパクサスは「おおっ!」と破顔してアギフを見る。するとアギフは何かに気を取られたかのように一瞬視線をズラし、再びパクサスに戻した。

「貴女方が動くとなれば余も安心できるというもの…… アギフ殿、本当にかたじけない」

 そう言って軽く頭を下げるパクサスに、アギフはさも大げさに首を振った。

「いえいえ……」

 アギフはそう言ってその美しい顔で微笑を返した。

「我が主より、大公閣下にはよしなにと仰せつかっております故……」

 アギフはそう言いつつ、またすぅっと視線を部屋の隅に移すと、じっとその場を見つたまま固まった。パクサスは何かあるのかと、アギフの見つめる視線の先を追ってみたのだが、そこには何も無かった。そんなアギフの行動を不審に思いパクサスは首を傾げながらアギフに聞いた。

「アギフ殿、どうかなされたか?」

 そんなパクサスの質問に、アギフは「いえ……」と言いつつゆっくりと視線を横にズラした。その動きは明らかに何かを目で追っているような仕草だったが、不意にパクサスに向き直り、その美しい口元に微笑みを浮かべてみせた。

「フフ……っ 別に何でもありませんわ。では、私も動くとします」

 アギフはそう言ってパクサスにお手本のような優雅な淑女のお辞儀をし、くるりとパクサスに背を向けて部屋を退出していった。


(な、何だ…… あの、女は……っ!?)

 残されたパクサスと次官しか居ないはずの部屋の隅で、そう心の中で呟いた人物が居た。

 居ないはずの三人目の人物は、誰にも聞こえないため息を吐きつつその場に膝をついた。衣擦れの音さえおこさないその技量もさることながら、その人物の姿は普通の人間では見えない、不可視の光の衣を纏っていた。アインの開発した結晶術『光学隠行ステルス』を行使する『忘れフーリー』である。

 彼女はアムラスと別れた後、不可視のまま王宮に潜入しパクサス等の動きを探っていたのである。

(あのアギフとか言う女、私のことが見えていた!)

 フーリーはそう考え、先ほどのアギフを思い出した。話の途中から、何度も見えない筈の自分と目が合った。初めは偶然かと思ったが、音を立てずに移動しても視線は確実に自分を追い続けていた。一瞬術が解けたのかと錯覚もしたが、パクサスには見えていないことがわかり術の効果は発揮されている筈である。しかしアギフは確実に自分が見えていた。そうとしか考えられない目の動きてあった。フーリーは視線が合う度に、得も言われぬ見えない圧力を感じ、額に汗を浮かべていたのであった。

 だが最も不可解なことは、何故自分がここに居ることをパクサス等に告げなかったのかと言うことであった。

(あの女、いったい何者なのだ? 大公は『さる御人』の使者と言っていたが……)

 長く美しい銀髪に、絹のような白い肌を持つ妖艶な容姿。そして未だ公開されていないアインノールが開発した不可視の結晶術を見破る目を持つ女……

 その容姿とは裏腹の得体の知れなさに、フーリーは僅かに身震いをした。あの女はとてつもなく危険だと、彼女の何かが告げていた。

(さしずめ黒銀の魔女、と言ったところか……)

 フーリーの頭の中にそんな言葉が浮かんでいた。


 一方部屋を出たアギフは、含み笑いをしながら王宮の廊下を歩いていたが、そのうちこらえきれなくなったように口元から静かな笑い声が漏れ出していた。

「ウフフ、羽色の違う小鳥が紛れていたわね。締めたらどんな声で鳴くのかしら……?」

 アギフはそこで少し考える。

「あの小鳥ちゃん、面白い術式を使っていたけど、恐らくあの坊やの組んだ術式ね。ホント、次から次へと面白い坊やだこと」

 アギフは笑いながらそう呟き、スッとローブのフードを被る。そして深めに被ったフードから露出したその口元は歪な程つり上がっていた。容姿が美しいだけに、少々狂気じみたようにも見えるが、幸いすれ違う王宮の文官達は大慌てで、彼女のその顔に気づく者は居なかった。

 いや、いかに慌てていようが、王宮内でローブのフードを深くかぶり歩く者を不審に思わない者など居ない。だがしかし誰も彼女には声を掛けなかった。まるで彼女など見えない者の様に……

「なるほど、これは面白い。だが私はその上をゆくぞ、アインノール殿下……!」

 今や高笑いに変わった彼女の笑い声は、行き過ぎる者達の耳には届いていなかったのである。

 

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