56. 救出成功、そして…
その頃、本部であるメンテナンスカーゴ内の通信室にいるカインズの元に、信号煙の色を伝える連絡が入った。
「第三隊偵察班より入電。王都上空にて信号煙確認。色は『緑』っ!!」
無線通信士をやっている電磁科学科二年の女子、サユーナ・フリスコワの声が通信室に響くと、他に三人居る女子通信士からも歓声が上がった。因みに通信管制員は全員女子生徒で電磁科学科の女子生徒はこの四人で全てである。
これはアインから『通信士は絶対女の子!』というよくわからない要望に基づくもので、カインズや他の生徒も何故女子にこだわるのかさっぱりわからず首を捻るばかりだが、これがアインの前世の世界である日本のアニメの影響であると知ったら、どんな顔をするのであろうか……
そんな女子の声を聞きながら、カインズも拳を握りしめて「よっしゃァっ!」とガッツポーズを決めた。そしてすぐさまカーゴのマイクを取り放送する。
『通信室のカインズだ。偵察班より入電。王都上空にて信号煙を確認。色は緑っ! 繰り返す、色は緑だっ!!』
そんなカインズの声が響くと、整備場の生徒達から割れんばかりの歓声が上がった。ログナウもマイヤと抱き合い喜んだ。
そしてその情報は直ちに偵察班の無線を使って全部隊に拡散され、もたらされた救出成功の報せに皆喜び合った。
「よ〜し、俺達も準備するぞ。各機、待機状態より復旧! エンジン回せ!」
長距離砲撃重電磁甲冑機兵、富嶽弌号機の砲術席で、結晶術科三年のドット・フォン・ヤングは無線機にそう叫び、長めの髪を後ろ手に結び直した。
彼の実家は南のゴッフェルト国の有力貴族だが、上に二人の兄を持つ三男坊で、親からはそれ程期待されずに育った。一応聖帝準子爵の位を持つものの、実家の家督相続の本流からは外れており、割と自由な生活をしていた。
二人の兄も学院の卒業生で、当然のごとく騎士科を選び今では二人とも聖帝騎士であるが、彼はあえて結晶術科を選んだ。
剣術がさほど得意でなかったというのもあるが、三男という中途半端な立ち位置で、兄達と同じ騎士の道を志したとしても、良かれ悪かれ良いように使わるだけである。もともと家督にも興味が無いし、ならいっそ、自分が面白そうだと思った道に進もうと考えた結果であった。
そして入った結晶術科で、彼はアインの生み出した結晶回路に出会い、その機能に興味を持った。
結晶回路は様々な術式を記憶させ、それを繋げて術を発動させて行く。組合せにより、その可能性は無限に思えた。術式を設計し、組立てて入力する作業、アインの言う『術式配列変換入力』という作業がドットには面白く夢中になっていった。
カレン界には『好きこそ物の上手なれ』などと言う言葉はついぞ聞かないが、そんなわけでドットは術式配列変換入力にのめり込み、今や騎士科のバストゥールの回路調整も彼がやっているのである。因みにこの富嶽に搭載されている測距装置や連射制御装置の術式回路が完成を見たのもドットの手によるものであった。
ドットは砲撃手用の座席に座りベルトを締め、操縦桿に引っかけていた頭部保護具を被った。そしてその保護具に天井から下がっている四本のコードの先を両耳のあたりに二本づつ差し込み、最後に保護具の正面に取り付けられたバイザーを降ろしたところで前から声が掛かった。
「待機状態復旧、電磁エンジン始動。冷却水循環ポンプ正常運転。各部冷却水に水漏れ無し。立たせますよ、ヤング先輩?」
富嶽の操縦席は二つあり、ひな壇のようになっていて、前方下の席が機体の制御席で、後方上の席が砲撃用席になっている。
「眼球投影パネル接続、感度良好。連装レールカノン連続射撃回路異常なしっと…… よ~し、良いよ、やってくれマイスン」
ドットのその言葉に、結晶術科二年のレンコール・マイスンは「了解!」と頷き、操縦桿を倒しながらゆっくりと足下のペダルを踏み込んだ。するとガクンと座席が揺れ、ゆっくりと機体が起き上がった。ドットは顔を左に向けると、下げたバイザーに映し出された外の景色もそれに合わせて右に流れ、少し離れた場所でも同じように立ち上がる富嶽の姿があった。
ドットは再び視線を正面に戻し、眼下に広がる南部の大地や林の向こうに見える王都ゴーン見やった。
「騎士科の奴ら、無事にこっちに戻って来いよ……!」
ドットはそう言い、眼下の視界にまだ見ぬ仲間の無事を祈った。
一方、七色蝶苑を飛び立ったラッツの駆る白龍は電磁ロケットの推進剤が尽きかけていた。
(…… 二、…… 一、…… ゼロ!)
頭の中でそう数え終えた瞬間、機体に小刻みに揺れ、身体にかかっていた圧力がフッと緩んだ。噴射が終了した合図である。
だがラッツは直ぐには翼を展開させず、高度計を睨みながら慣性で上昇するに任せた。そしてその上昇も終わり、緩やかに機体が水平になりかける頃、左手のレバーを引き背中の翼を展開させた。
(高度三,四〇〇フィメ…… 風を捕まえてもギリギリだな……)
ラッツは白龍を僅かに左に傾け飛行を安定させる。すると座席の右手から声がかかった。
「ス、スターツさん……」
暴力的なロケットの加速で意識を失い掛けたアムラスだったが、どうにか失神は免れた様で座席に手を掛けて半身を起こした。そしてラッツの正面の透影板越しに見る光景に唖然とした。
それは、登った太陽に照らされた高度三,四〇〇フィメ(約一,七〇〇メートル)から見た王都ゴーンの風景であった。
「こ、これ……っ!?」
そんな呟きの後に、何も言葉が出てこないアムラスに、ラッツは優しい笑みを返した。
「ようこそ殿下、鳥の世界へ」
そう言うラッツの顔を驚きの表情のまま見た後、アムラスは再び透影板に目を戻し、キラキラ輝く瞳でその雄大なパノラマを食い入る様に見つめていた。
「凄い…… 僕達、本当に空を飛んでいるのですね……っ!」
そう言うアムラスの表情は、皇太子のそれではなく、一〇歳の子供に相応しい素直な感動と好奇心溢れたものであった。
「学校に行って練習したら、僕も乗れるかな……」
そう呟くアムラスにラッツは「ええ」と頷いた。
「勿論です。そのためにも、なんとしても帰らねばなりません。頑張りましょう」
そんなラッツの言葉にアムラスは「はいっ!」と力強く返したのだった。
その頃ミファ達は庭園に次々と現れる疾風を相手に激しい戦闘を繰り広げていた。
パリュとマージンは紫電の機動性能を活かし、高速で移動しつつサーマルガンで効果的な点射を加え、そこへミファの昨夜姫が斬りかかり敵を両断するという戦法をとっていた。
この庭園にバストゥールが入って来れる入り口が北側一箇所しかない事も、ミファ達には幸運と言えた。入り口から侵入出来るバストゥールは一機乃至二機であり、その敵にミファ達は三機で対処出来たのである。
本来なら、敵地のど真ん中でのこの様な戦闘の場合、入り口が一箇所しかない場所で、逆に追い込まれたのはミファ達であり圧倒的に不利な消耗戦を強いられるわけであるが、ミファ達には翼竜機甲と言う飛行手段があり、包囲網を突破するのは容易であった。
「トラファウル、そろそろこっちも引き際だぜ!」
マージンはそう言いながらサーマルガンの機関部一体型予備銃身を交換し、続いて弾倉交換も済ます。
サーマルガンは連射使用の場合、弾倉二つ分、八〇発で機関部がプラズマ爆縮による深刻な熱変形を起こすため交換する必要があった。マージン、パリュの両機は右腰に予備を一本づつ吊るしており、予備の弾倉も三つ携帯してあった。
パリュも、マージンが交換完了を確認したのち、同じように素早く機関部交換と弾倉交換を済ませ、レバーを引いて初弾を装填した。お互い交代で交換することにより、互いに隙をカバーするこの方法は勿論アインが考案した方法である。
一方ミファは通算五体目の疾風の後頭部に景光を突き入れ結晶回路を破壊したところで「了解!」と言いながら敵に足を掛けて景光を引き抜いた。
足元に動かなくなった六機の疾風の残骸が重なる様にして倒れている中で、紫色の昨夜姫がゆっくりと身を起こした。
信じられない事に、足元に蹲る疾風は全て手足を斬られるか、今のように結晶回路が破壊されるかで行動不能になっており、搭乗している機操士は軽傷を負うものの誰一人として命を落としてはいなかった。
全身に浴びた赤い冷却水が、さながら返り血のように濡れ光り、両手に二本の刀を握り立つ昨夜姫を前に、マルゴーンの騎士達が操る疾風は入り口の前で剣を握ったまま動かない。いや、戦慄して動けないと言ったほうが正しいだろう。この目の前に立ち塞がる紫のバストゥールを操る機操士が、若干一六歳の女子であると知ったら、彼らはどのような顔をしたであろうか。
恐るべきは天人流五〇〇年の血と、ミファの持つ天賦の才が成せる技であった。
「私達では南門まで届くか分からん。各機、市街地に降りたら住民にくれぐれも注意、サーマルガンは使うなよ!」
ミファがそう無線機に言い放つと両機から『了解!』と声が返ってきた。ミファは咲耶姫に二刀を構えさせ、その刀先をマルゴーンの騎士達に向けて動きを牽制する。これまで昨夜姫の無双ぶりを目の当たりにしていた騎士達は、それだけで恐々としていた。それを見てミファは無線機に叫んだ。
「よし! 特務班はこれより速やかに撤退する。全機、我に続けっ!!」
そんなミファの声に『応っっ!!』と返し、三機はミファの咲耶姫を先頭に、轟音と爆煙を引きながら空へと飛翔した。煙を上げて空へと上って行く三機を、マルゴーンの王宮警護騎士達はやはり信じられない様子で見上げていたのだった。
一方アインは、南門から二◯フィメールほど離れた林の中で、単機で駐機させている零式の操縦席に居た。林の茂みの中に沈む様に蹲る零式の姿は完全に茂みと同化しており、よほど近づかなければ、それがバストゥールであることに気が付かないだろう。
「よし、ミファ達も脱出に移ったみたいだ。作戦の第一段階は無事クリアーってとこだね……」
そう呟くアインの両膝の前に設置された折りたたみ式のパネルには、立体的に映し出された地図と、その上を動き回る光点が映し出されている。これは『鳥観眼』という結晶術を応用して幻象反応金属製のパネルに映し出す俯瞰パネルというもので、敵味方の動きを立体的に確認するためにアインが作った物である。
少々の複雑な術式を繋げて稼働するので、本来ならかなり大きな回路となってしまうのだが、アインの高度な結晶術を回路を介さず使うことによって実現している技術であり、アインにしか使いこなせない物であった。
「ここまでは順調か…… そろそろ僕も移動しようかな」
アインはそう呟き、両手を操縦桿に添えた。するとそれまでバッテリー稼働だった零式の電磁エンジンが動き出し、足下の循環ポンプが規則的な振動を伝えてきた。アインは操縦席の正面に据えられたパネル群に目を走らす。
零式の操縦席はその他の電磁甲冑機兵の物とは大きく異なっている。正面の透影板に加え足下、並びに左右にも外部の映像が結晶術によって映し出されており、マジックミラーのような正面の透影板の死角を補うように設置されている。これにより、従来の機体ではフレームの隙間から露出していた鋼線繊維や電気コードの束は隠れてしまい、非常にすっきりしたシンプルな印象を受ける。そんなパネルに覆われた全面部に、操縦者はあたかも宙に浮いているような印象を受けるだろう。
またそのパネルには薄い透明のパネルがもう一枚重ねられ、外部の映像に重なるようにして様々な情報が映し出される仕組みになっている。
頭上の複雑な幾何学模様のような結晶回路が設置されているのは他の機体と変わらないが、座席背面には同じような回路が、操縦者の後頭部から背中に掛けてを覆うように設置されており、正面のシンプルさとは裏腹に何とも奇っ怪な座席になっている。
また操縦桿も変わっており、従来の握る形は変わらないのだが、親指から薬指までの指の腹が当たる部分には結晶石製のスイッチが付けられ、結晶術の直接行使が可能になっている。
いずれも、彼以外の人間が乗れば五分と経たずに体内のエナを使い切り止まって仕舞うであろう装備であり、カレン界の人間が持つエナの数十倍の蓄積量を誇るアインの為の仕様であった。
「さあ行こうか零式、今回はお前のお披露目でもあるんだよ」
アインが操縦席でそう愛機に声を掛ける。するとそれに応えるかのように零式のエンジンがその音階を上げた。アインはそんな愛機にクスッと微笑し、静かにペダルを踏み込んだ。零式はアインの意志を受け、クンっと顎を上げると、同化していた茂みから立ち上がった。
この世界とは全く異なる戦術思想から生まれた鉄の巨人は、その異形の右目を僅かに前後に動かし、眼下に広がる景色を静かに見渡した。回転を上げつつある電磁エンジンの音が周囲に響き渡り中で、まるで相手を威嚇しているような零式のマスクの口が、あたかも笑っているように見えた。




