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彼方の昴  作者: 鋏屋
第六章 皇太子奪還作戦編(上)
54/74

54. 王都上空

 ラッツが王都ゴーンを視界に収めると、機首をやや右に向けた。そして無線でその事を僚機にも伝える。ラッツは北東から流れる風を読み、針路に修正を掛けた。それを見たミファや他の機体も同じ動作をする。

「やはりスターツ先輩は風を読むのが上手い。まるで本物の渡り鳥の様だ……」

 そう呟くミファの口元には、吐く息が白くなっていた。

 一般的に地球では高度が一〇〇〇メートル上がると気温は一〇度下がると言われるが、それはカレン界でも同じで、機体外装表面は零度前後にまで下がっている。アインの開発したロケットエンジンは更に高い高度まで上がる事が可能だが、これ以上の高度になるとバストゥールの冷却水が凍り付く可能性があった。

流石に操縦席は電磁エンジンや張り巡らされた鋼線筋肉繊維の熱でそこまで落ちてはいないものの、席内温度は五度以下であり、ミファ達強襲特務班の面々は皆寒さに耐えながらバストゥールを操っていた。

『風が変わる。南から回り込んでゴーンの西から王城に接近する。各機、高度を確認』

 無線機から流れるラッツの声にミファは「二番機了解!」と答えた。すると三番、四番機からも了解との声が返った。ミファ達四機は、ラッツを先頭に一度ゴーンの南側に旋回し、西側から降下を開始した。


☆ ☆ ☆ ☆


「ふぁぁ……っ」

 城壁の天端に備えられた見張り塔で、当直のゴタ・バングルは大きな欠伸をしていた。東の空から登る朝日に眩しそうにしながらゴタは見張り塔から見える風景を眺める。

 北に霞み見えるカレー大連峰と、その麓に広がるカレート大樹海に白い靄がかかる様は、この退屈な任務の中での唯一の役得と言っても良いだろう。ゴタはそんな雄大な景色を堪能しつつ、もう一度大きな欠伸をしながら伸びをした。

 あと一刻もすれば交代要員が上がってくるはずである。そうしたらこの退屈な仕事から解放される。幸い明日は非番だし、これから少し寝て夕方には馴染みの店で一杯やろうと考えていた。

(その後は先週行った娼館にしけこむってのも悪くない……)

 そんな予定を考え、それを行っている自分を想像しながら交代の時間迄を過ごそうと思っていた。

「異常無しっと…… ふんっ、つってもどんな異常があるってんだ?」

 ゴタは一人そう自問し、苦笑ながらグルリと全周囲を見回した。朝陽に仄かにオレンジ色に染まる西の空には、四羽の鳥が連なって飛んでいる他は何もなく、今日も良い天気になることを予感させる空だった。

「珍しいな、こんな時期に……?」

 この辺に飛来する渡り鳥は皆春先である。たまに『はぐれ鳥』も目にすることがあるが、四羽連なって飛んでいる時点ではぐれではない。それでもゴタはさして気にした風もなく鳥を眺めながら再度欠伸をした。

「あぁ…… あ…… あん?」

 欠伸の際に目の端に溜まった涙を拭いながら、ゴタはこちらに向って飛んで来る鳥の一団に目を凝らし、そんな声を上げる。

 その鳥達が少々変わった形をしているように見えたからだ。

 ゴタはここより更に北の牧農家の出で、ダルー(羊に似た搾乳家畜)飼いをしていたせいか遠目が利いた。ゴタにはその鳥に手足があるように見えたからだった。

飛翔竜ザッハーク……? いや、まさかな……へへっ」

 思わずそんな呟きを漏らして乾いた笑いを吐いた。飛翔竜ザッハークとは聖帝政府から凶獣指定されている大形の飛翔生物で、手と足がある。が、しかし活発化する活動期間には三○年程の空きがあり、それ以外は大樹海の外で目撃されたことはない。そして今は活発期ではないはずである。

 そもそも大型凶獣はどういう訳か別種で活発期が重なることが無く、北部には『災王は一時代に一人』などと言う格言があるくらいであった。

 ゴタは更に目を凝らしその鳥を見る。鳥は高度を下げてグングンこちらに向かっている。それに従いその姿が徐々にハッキリと見えてきた。

「人……? いや違う……か?」

 それは背中に大きな翼を備えた人のようだったが、距離から考えても人間より明らかに大きい。

「お、オイ、な、な何だよありゃあ……っ!?」

 そう呟くゴタの声は震えていた。その姿は、ゴタには創生神話に登場する神の仇敵、『災魔神ディアボルヌス』そのものに見えたからだった。

 今やその姿をハッキリと見える距離で向かってくる翼を持つ巨人達に恐怖し、ゴタは神に祈った。すると巨人達は自分には目もくれずゴタの頭上を飛び過ぎ、真っ直ぐ北東に向って飛んで行ったのである。

「お、俺は、た、助かった…… のか!?」

 ゴタは顔を上げ、飛び去る巨人達を見ると、安堵とともにその場にへたり込んだ。どうやら腰が抜けたようであった。

 そして巨人達が向かうその先には王城があることに気付いた。

 ゴタはこの国に、何かとんでもない災厄が訪れつつある予感がしてその身を震わせた。

「い、いったい何が、始まるってんだよ……!?」

 ゴタは掠れた声でそう呟いたが、当然彼一人故、答えが返ってくるわけではない。

 いや、この場に彼以外の人間が居たとしても、結果は同じであっただろう。ゴタは放心してその場にへたり込んだまま動けず、交代要員が上がってくるのを待ち続けるのであった。


☆ ☆ ☆ ☆


 眼下に王都ゴーンの城壁をパスしたラッツは、続いて白龍の操縦席から透影板越しに王城である『翡翠城ケイルス・トパサイズ』を視界に捉えつつ、現在の高度を確認した。作戦前の予測高度よりやや高いが作戦に支障が出る誤差では無い。ラッツは無線機のスイッチを入れた。

「一番機から各機へ、高度三〇〇〇フィメ(一五〇〇メートル)で『空圧減速板』を倒立。続いて『落下傘』を展開して降下に移る。降下目標地点、王城翡翠城(ケイルス・トパサイズ)中央庭園七色蝶苑ジャルデュ・セット・ハーピリオ

 そんなラッツの言葉に各機から『了解!』の言葉が返ってきた。

 七色蝶苑ジャルデュ・セット・ハーピリオ翡翠城ケイルス・トパサイズの中央に設けられた王族専用の庭園で、マルコーニからもたらされた情報によれば、そこに隣接した塔の一室に皇太子アムラスが幽閉されているとのことだった。しかし内通者、マルコーニの受け持つ諜報組織である『蜘蛛シュピンネルゼス』の女性工作員が下働きとしてアムラスの身の回りの世話をしており、脱出の手引きをする事になっていた。

 ラッツは続けて後続機に指示を出した。

「『後輩殿』の居る部屋の窓辺には、目印にオレンジの花を付けた『陽光草フィエーゼ』の鉢植えが二つ、外から見える様に飾られているはずだ。各員オレンジの花がある窓を探せ!」

『オレンジの花っすね、了解です隊長!』

 そう返してきたのは最後尾を飛ぶ騎士科機操士コース二年のマージン・クラントだった。

「隊長……? ちょっと待てよ、隊長はトラファウルだろ? 俺よりずっと強いんだし……」

 すると今度はミファから通信が入る。

『いや、空を飛ぶのはスターツ先輩がずば抜けて高い。やはり隊長はスターツ先輩です!』

 さらにミファの後ろを飛ぶマージンと同じく機操士コース二年のパリュ・コーザインが追従する。

『そうそう、俺たち『蒼天の騎士』の隊長はスターツ先輩って事』

 そんな後輩達の言葉にラッツは苦笑しながらも嬉しい気持ちになった。

「蒼天の騎士か…… 良いなそれ。よし、将来『蒼天の騎士長』とでも呼ばれる事を目指そうかな?」

『ええ、なかなかの呼び名かと……』

 そう言うミファの言葉にラッツは頷いた。ドルスタイン上級学院で唯一在学中で既に騎士の称号を持つミファにそう言われると、真面目なラッツでさえその気になるという物である。そして視界に近づいた降下目標地点である七色蝶苑ジャルデュ・セット・ハーピリオを睨みながら操縦桿を握り締めた。

「よぉし、我ら蒼天騎士隊はこれより突入を開始する。各機我に続けっ!」

 ラッツはそう叫び操縦桿横のレバーを引きつつペダルを踏み込んだ。すると白龍は両手足を広げ、続いて背中の円筒の上に備え付けられた小さな穴が並ぶ鉄板が起立し機体が急激に減速する。それと同時に操縦席のラッツの両肩に座席ベルトが食い込んだ。

 一気に速度が落ち、機体が失速ロールに陥る瞬間にラッツは左手のレバーを押し込んで翼をたたみ、座席上部に設置された輪っかを引っ張った。すると白龍の背中からパッと落下傘が開き、機体はゆっくりとした降下に移った。ミファや他の二機も落下傘を開いて降下に移り、四機は程なくして翡翠城ケイルス・トパサイズの 中央庭園である七色蝶苑ジャルデュ・セット・ハーピリオに降り立った。

 ラッツは急いで落下傘を根元から切り離し、白龍に右腰に吊り下げていたサーマルガンを構えさせ周囲を見回した。

 七色蝶苑ジャルデュ・セット・ハーピリオはドルスタイン学院の演習場ほどの広さがあり、色とりどりの季節の花々が咲き乱れていた。南側に位置する噴水のあたりで、下働きであろう女性や執事が腰を抜かしてひっくり返っていた。

 ラッツは美しい庭を荒らしてしまう事に若干抵抗を感じながらも、庭園内を歩きながらオレンジの花を飾る部屋を探した。するとマージンから通信が入った。

『隊長、二時の方向、南東の棟の三階、端から三番目の窓っ!』

 その声に反応し、ラッツがすぐさま視線を移すと、オレンジの花を植えた鉢植えが飾られた窓が見えた。そしてその窓が開き、中からメイドの姿の女性が顔を出した。驚いた様子がない事から判断して、恐らくアインが言っていた内通者であろう。

「よし、俺が窓に接近する。それまで全機全周囲警戒のまま待機」

 ラッツがそう言うとマージン機やパリュ機はサーマルガンを肩付けに構え、ミファの咲耶姫は左腰に下げた景光を引き抜き周囲を警戒する。

 ラッツはそれを確認すると窓に近づき、窓に顔を出した女性に拡声器で話しかけた。

『私はローソン騎士団強襲特務班、ラッツ・スターツです。貴女は?』

「私は蜘蛛シュピンネルゼスのフーリー。子細は聞いております」

(『忘れ鶏(フーリー)』? 妙な名前だな……?)

 ラッツがそう思うのも無理は無い。『忘れ鶏(フーリー)』とは、子供のおとぎ話に出てくるニワトリの名前で、そのニワトリが時を告げる声を聞いた朝は、昨日起こった事を忘れてしまうのだという。

 もちろんこれは彼女の本名では無く、蜘蛛における彼女の暗号名、いわゆるコードネームである。

『殿下は?』

 ラッツがそう言うと、フーリーは頷き、窓辺に少年を立たせた。少年は少々驚きながらもこちらを見ていた。その少年の顔を見て、ラッツはその少年が間違いなくあの日連れ去られたアムラス皇太子である事を確認し『よし、間違いない』と呟いた。

『フーリーさん、窓から少し離れてください。今から窓を破壊します』

 そんなラッツの言葉にフーリーは「殿下、お下がりください」と少年を部屋の奥へと下がらせる。それを確認したラッツは、白龍の手で窓とその周囲の壁を破壊した。

『二人とも急いで手に乗ってください』

 ラッツはそう言いながら白龍の手を水平にして破壊された窓へと近づけた。そして二人が完全に手に乗ったのを確認すると無線機でミファに指示を出した。

『トラファウル、信号煙を。色は『緑』っ!』

 それを聞いたミファは咲耶姫の腰の前垂れに付いた筒を外し高々と空へと放り投げた。そして小盾が装備された左腕を空へと構え、操縦桿のトリガーボタンを引き絞った。

 けたたましい連射音が鳴り響き、左腕の盾の先端から数発の弾体が発射された。咲耶姫の左腕に装備された小さめの盾には単銃身のサーマルガンが二門装備されており、その名も『ガンバックラー』という。

 発射時の摩擦熱で赤く染まった弾体のうちの一発が空中に放られた筒に命中し、筒が破裂して空に緑色の煙が上がった。これは電磁科学科のカインズが狼煙からヒントを得て考案した『信号煙筒』という物で、何種類かの色の付いた粉を空中でまき散らし煙りを発生させ、その色によって状況を知らせる伝達道具である。

 因みに今回の作戦では『緑』は『救出成功、そのまま脱出に移行』を表し、『赤』が『失敗、退却する』を表している。

 空の緑の煙を確認したラッツはゆっくりと二人を地面に降ろした。

 と、そこにミファから連絡が入る。

『レーダーに感、北西方向に電磁反応、その数三…… いや、六。近衛騎士の電磁甲冑機兵バストゥールかと思われます。急速にこちらに接近中!』

 ミファのその言葉にラッツは膝元の感応パネルに目を映す。するとミファの言う通り左下から六つの光点がパネルの中心に向かって接近してくるのがわかった。

「ちっ、思っていたより反応が早いな……」

 ラッツは白龍の操縦席の中でそう舌打ちしながら、急いで白龍に駐機姿勢を取らせ、乗降口のハッチを開いたのだった。

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