52. 作戦発動
打ち合わせから三日後、アイン達ローソン騎士団はドルスタイン学院を出発しマルゴーン王国に向かった。
アインは作戦の性質上大部隊で移動する事は避け、三台ある移動式野戦整備設備車両を軸として部隊を三隊に分け、現地で合流するという方法をとった。
それでも事前にマルコーニが行ったマルゴーン国への工作に加え、聖帝政府の計らいで『活発化している岩巨人の調査・討伐』という名目でマルゴーン王国へ入る形を取った。マルゴーン側も聖帝軍では無く、あくまで『学生』であるアイン達にほとんど警戒はしていなかった。
こうしてアイン率いる第一隊はさしたる妨害も無く、出発から約九日足らずで、前回岩巨人討伐時に立ち寄ったラグマーン市都に到着していた。
アイン達は今回も直接ラグマーン市には入らず、市都から四フィメ-ル(約二キロメートル)ほど離れた場所にて野営する事にした。
「やっぱコッチは暑いな……」
ログナウはそう言ってタオルで額の汗を拭いながらメンテナンスカーゴの車外へと出て、北部特有の暖かい風が吹く中を歩いてくる電磁甲冑機兵の一団を見やる。
先頭はミファの駆る紫色の咲耶姫、そしてその後ろにはラッツの操る白い鱗状鎧を纏った紫電『白龍』と名付けた機体が続く。そしてその後ろに、一際異彩なカラーリングの機体があった。アインの乗る『零式』である。
紫電に似ているが、シルエットは全体的に丸みを帯びており、紫電や疾風と比べて有機的なスタイルをしていてより人間くさい姿である。そして一際異彩なのがその機体の色であった。
全身が緑を基色とし、砂色、茶色、薄緑などを混ぜたまだら模様をしており、まるで生い茂った木々が歩いている様な印象を受ける。つまり地球で言うところの迷彩色なのであった。
「確かに威厳もクソもありゃしないな……」
ログナウは歩いてくる零式を見ながらしみじみとそう呟いた。
零式はその武装も変わっている。
大きめの縦長の盾を装備しているものの剣は装備しておらず、右手にはサーマルガンを装備し、量腰にその弾倉。腰の前垂れには『グレネード』と呼ばれる筒が四本ぶら下がり、背中には折り畳まれた長銃身の砲がVの字になって張り付いていた。
両胸には小型の短刀が一本づつ逆さまに備え付けられ、両肩の装甲には何やら怪しげな突起が二本づつ伸びている。
そしてその顔も奇妙であった。
人間の額に当たる部分が前にせり出し、兜の唾の様になっており、その上には前方向に倒れた角が立っている。左目は他の機体同様眼球水晶を守るためのバイザーで覆われているが、右目は何層かに重なった丸い硝子レンズが飛び出し、人で言う口に当たる部分には、あたかも威嚇しているような形をした『口』に似せた意匠をしていた。
なまじ口があり、人の顔に似ているせいか、その左右非対称の目の部分がこの機体を一層奇怪な印象にしていた。
この零式は、剣を持たない完全な射撃装備中心の武装ということから考えても、この時代の騎士を模した他の機体とは根本的に違う機体である。
いや、騎士というよりは盾を持った戦闘銃歩兵であろう。それはまさしくアインこと藤間昴が生きた異世界、地球の近代戦闘思想に基づく機体であり、装備であった。
もしアイン以外の日本人がこの場に居たら、アニメや漫画に登場するお馴染みのロボットを連想させる意匠だと納得するであろうが、そんな知識を持たないこの世界の人間には、そんな零式の姿と装備はことさら奇怪に見えたのである。
咲耶姫と白龍、その他の紫電やアーマライドがメンテナンスカーゴの周りに集まり、腹這いになって駐機姿勢を取る中、アインの零式だけが片膝を着いてしゃがんでいた。ログナウはそんな零式に声をかける。
「おーいアイン!」
その声に反応した零式が顔をログナウに向ける。そして右目の複層レンズが僅かに稼働し、続いて胸の装甲が上下に開き、中からアインが顔を出した。背面にメテロン・バスターを装備させた結果、乗降口が狭くなったために零式の乗降口は胸部装甲開閉式となっている。
「ちょっと降りてきてくれ」
そんなログナウの声に「わかりました〜」とアインが答えると、零式の右腕がサーマルガンを地面に置き、スッとアインが立つ胸の前に手のひらを差し出した。アインがその手のひらに乗ると、再び零式は手にアインを乗せたまま地面に降ろした。
「また器用な真似をする……」
それを見ていたログナウはそんな呟きを吐いた。
「結晶術による遠隔操作か…… そんなに自由度があるもんなのか?」
近寄ってきたアインにログナウはそう聞いた。
「走ったり戦闘したりするのは無理ですが、今みたいなちょっとした動作や歩かせたりさせるぐらいなら出来ますよ。もっとも『僕の念が届く範囲で』って条件付きですけどね」
そう言ってアインは手に握る拳銃型結晶術器『シルバーオート』を軽く振ってみせた。
零式はアインのシルバーオートで増幅した念を受信し、遠隔操作出来る機能を装備していた。これは頭の角の部分がアンテナになっており、無線器を結晶術に応用したものである。アイン自身まだ実験的な装備であり、複雑な動きは再現できていなかった。
また、電磁エンジンを稼働させるだけのエナを送り込むことは出来ないので、完全なバッテリー駆動になる為、戦闘機動の様な電気を食う動作は現段階では不可能であった。
「ちょっと面白そうだな…… なあアイン、その小さいサーマルガンみたいなのを持てば、俺でも出来るかな?」
そう聞くログナウにアインは「ええまあ……」と答えた。
「先輩もやってみます? 念は結晶術の基礎術に分類される物ですから、少し練習すれば使える様になる筈ですよ」
そういうアインにログナウもその気になりかけるが……
「ただちょっと念の力加減が微妙でコツが必要です。僕も慣れるまで何度かこの子に足を握り潰されかけました」
「あー………… やっぱいいわ、やめとく」
アインの言葉にログナウは眉を寄せてそう返した。そんなログナウにアインは軽く首を傾げるのだった。
「それはそうと第二隊と第三隊から連絡が入った。作戦室に来てくれ」
そんなログナウの言葉にアインは頷いた。
「了解です。ついでなんでミファとスターツ先輩も呼んで今後の打合せもしてしまいましょう」
アインはそう言ってミファとラッツを呼び、メンテナンスカーゴの作戦室へと向かった。一方ログナウはその場で動いている後輩達に指示を出す。
「騎士科一年はアーマライドのバッテリー交換と充電。錬金科は整備台組立完了次第、紫電のメンテにかかれ!」
ログナウは良く通る声でそう指示を出し、自分も作戦室へと向った。
「すっかり錬金科整備コースの『親方』ですね。卒業後も聖帝軍から熱烈なお誘いがあるとか……?」
アインは歩きながらログナウにそう言う。するとログナウは少し照れたように苦笑しつつ、足を止めて振り返り電磁甲冑機兵を見やった。
「お陰様でな。実家は貧乏貴族で、ドルスタイン上級学院にだって国元の奨学金でやっと入学したんだ。ましてや騎士科でもない俺が聖帝軍のお偉いさんから直々に誘われるなんて、二年前には夢にも思わなかったよ。これも電磁甲冑機兵と、ひいてはアインのお陰だよ。けど……」
ログナウはそう言ってチラリとこちらに歩いて来るミファを見た。ミファは歩きながら隣のラッツとあれこれ話をしていてログナウの視線には気付いてはいなかった。目の覚めるような金髪を後ろ手で結い、傍らのラッツと何かを話すミファの美しい横顔を見ながら、ログナウはつい考えてしまう。
自分が整備したその機体に彼女が乗る。そんな時間がこの先もずっと続けばと……
「けど…… 何です?」
アインが不思議そうにそう聞くと、ログナウは再び前を向き苦笑した。
「いやなに、この歳で『親方』ってのはちょっと老けた呼び名で嫌だなって思ってさ」
ログナウはそう言って笑い、アインも「言われてみれば確かに……」と呟き笑った。
アイン他四人が作戦室に入ると、早速電磁科学科のカインズ・オットーが声をかけてきた。
「おお、アイン。早速だがさっき第二隊のグランニと第三隊のスパリチューダから連絡が入ったぜ」
今回の作戦全体の無線管制はアインが副講師を務める電磁科学科が担当していた。カインズはその全体の管制管理を行っている。地球で例えるなら飛行場の管制室長と言ったところだ。
「第二隊は現在ここ、でもって偵察隊である第三隊はここで野営しつつアーマライドの充電中だ」
カインズはそう言いながらテーブルの上に置かれた例の立体地図にメンテナンスカーゴを示す車輌の模型を置いた。因みに今回の作戦で使われるメンテナンスカーゴは、以前岩巨人討伐で使った『荷車』ではなく、三台全て本来予定されていた自走式に改修されている。言うなればメンテナンスカーゴⅡと言える車輌である。
「やっぱり第二隊は遅れているな」
ログナウはその地図に置かれた模型を見て呟いた。
「でもまあ第二隊は富嶽中心ですし、機操士も全員結晶術科生徒ですからね。騎士科が操る疾風や紫電、アーマライドと比べるのは可哀想ですよ。大丈夫、充分予想範囲内です」
アインはそうフォローを入れた。
第二隊の主力は四機の富嶽である。三機作った試作機にもう一機急造し、エナ不足を補う為に比較的エナ保有量の高い結晶術科生徒が二名づつ搭乗している。
実際に富嶽に搭乗しての訓練も行なってはいるが、如何せん時間がなく射撃訓練を重視して行軍訓練まで手が回らなかった結果であった。また富嶽は大型で重量があるため足が遅く、その辺りも遅れの原因となっていた。
「それに第二隊にはマウザー卿にガッテやマイセン先輩もついてますからなんとかしてくれるでしょう」
アインはそれから偵察班である第三隊の行動を確認する。
「第三隊はモンブラン男爵の指揮で効果的な偵察、索敵が出来ているみたいだぜ。何でも敵の哨戒部隊の巡回ルートまで推測して作っているつー話だけど、あの人ホント何者なんだ?」
そんなカインズにアインは肩をすくめて見せ、「ただの領事事務官ですよ」とごまかした。そのアインの答えに間違いは無いが、全てでも無い。彼には別の顔があるのだが、流石にそれは言えなかったのである。
マルコーニには、実はアインの要請で組織した『蜘蛛』という諜報部隊を任せてある。地球で言うところの諜報工作集団、いわゆるスパイである。
実のところ他国でも同様の間者を使った情報網は構築されているが、余りその方面に重きを置いている国は少なく有名無実の組織と言っていい物が多いが、マルコーニの手駒である『蜘蛛』はアインの知識も手伝って数十年先をいった諜報活動を行っている。
組織結成自体はまだ四年と歴史は浅いが、その諜報技術はずば抜けて高く、活動範囲も今や聖帝領全域に広がっており、マルコーニは聖帝領で起こった事件は一両日中に耳に入るまでになっていた。
もちろんこのマルゴーン王国も例外では無く、彼の息の掛かった『蜘蛛』の構成員が数人宮廷に潜入しており、ローソン騎士団の面々が知らないところで既に色々と動いていたのである。現在第一隊のアインの元に届けられた情報も半分は彼の蜘蛛たちが集めた情報が含まれている。アイン達がまだ学院にいる頃から、水面下では既に蜘蛛たちの作戦は発動しているのであった。
「偵察班の動きは引き続きモンブランさんに一任しましょう。彼なら効率的に偵察を行ってくれるはずです。幸い王都ゴーンの周辺は林や森が多く、アーマライドの偵察にはもってこいの地形ですしね」
アインはそう言って地図を眺めた。
「ここまでは順調だな。もう後三日ほどで俺たち第一隊は『ドルイル高地』に着くぜ」
カインズはそう言って第一隊のメンテナンスカーゴを示す車両模型をドルイル高地の方へ動かす。そんなカインズの少々楽観的な響きのある声を苦笑交じりに聞きつつ、アインは地図上の違う場所を見ていた。そんなアインにミファは声を掛けた。
「殿下? 何か気になることでも?」
そんなミファの言葉にアインは「う~ん……」と唸った。
「マルゴーン王国の他の国の動きがちょっとね……」
アインのそんな呟きに、ログナウが首を捻る。
「他の国? 隣接したトーマ国にポトルス国の事か?」
「うんまあ、それもありますが……」
と言いつつアインは考え込む。アインは先般の皇太子誘拐事件の折に自分を襲ってきた騎士、いや、正確にはその騎士を操っていた術者のことが気になっていた。
『――――やはり君は我が主と同じく、別の世界の魂を持っているのだね』
あのときの言葉がアインの耳に残っていた。
(俺と同じ様に、あの世界の記憶を持ったままこの世界に転生した存在…… 今回の作戦に慌てること無く対応できる人間がいるとするならば、同じくあの世界の記憶を持つそいつ以外には無いだろう。俺たちにとってはかなり危険な存在だ)
『我が主の意向に背く事になるが、ここで歴史から退場してもらったほうが後の主の覇道の為になるか……』
(主の覇道…… つまり奴の主は『覇道』を歩むことのできる立場にいる者。すなわち、どこかの王族と言う事になる。この一連の事件をそいつが絵を描いたのならちょっとやっかいな事になるかも知れない)
アインの頭の片隅に、嫌なしこりがこびりついて離れなかった。と、そこに再びミファの声が掛かる。
「……殿下?」
アインはハッと我に返りミファを見る。そしてニッコリと微笑んだ。
「ううん、大丈夫、何でも無いよ」
そう言うアインにミファは少し不安な表情を見せたが、それ以上アインには追求しなかった。アインもまた、自分が本当はミファの幼なじみであるアインノールでは無い事を告白出来ず、彼女を騙し続けているという引け目から、あの日襲われたことの詳細をミファには話していないので誤魔化すしかなかったのである。
この時アインが感じた漠然とした不安は後に現実の物となるのだが、流石のアインもこの時は解りようも無かったのであった。
その三日後、アイン達ローソン騎士団は王都ゴーンの南側に位置する『ドルイル高地』に集結した。
ここに、カレン界の歴史上前代未聞であるアインノールの皇太子救出劇『天元作戦』が発動した。
毎度読んでくれている方々、ありがとうございます。
前回は少しバタバタしてしまったので、早めに更新しました。
2/24 ログナウの人物設定(平民出→貧乏下級貴族)に修正。




