51. 昴甲-弌型『零式《ゼロシキ》』
聖帝政府から『暗黙の了解?』を得たアインは作戦の準備を急いだ。事はマルゴーン大公が準備を整えアムラスを担ぎ出して聖帝政府に何らかの要求をする前に行わなければならない。
アインはまず、偵察能力と情報伝達に力を入れ、それに付随する機器の能力追求と運用方法についてローソン騎士団の生徒達に徹底して訓練させた。
アインはミファ、ログナウ、ミランノ、ラッツ、ガッテ、それに今回協力してくれる『焰の騎士』ことオリビトンにデルフィーゴ国領事事務官であるマルコーニも呼び寄せ、移動式野戦整備設備内の作戦室で改めて今回の作戦の概要を確認していた。
「あの…… 殿下? 偵察に割く人数が少し多い気がするのですが……」
アインの考えた部隊編成の表を見ながらミファがそう聞いた。このミファの疑問は、この時代の兵士にとっては至極当然の疑問である。
後世の戦史研究家達がアインノールの戦闘戦略の中で、最も秀でていると口を揃えて称すのがこの偵察、索敵能力と情報伝達の速度、及び正確さ、つまり『情報収集能力』が極めて高い点にあると言われる。それはまさしく、地球における近代戦略の考え方であった。
「いや、僕としてはコレでも少ないくらいだよ? でも人員は限られているからね」
アインはミファにそう言って、メンテナンスカーゴ内の作戦室に備え付けられたテーブルの上にある立体地図を見た。
この立体地図はデルフィーゴ王国領事事務官であるマルコーニ・モンブランに監修させて作らせたものである。地形を視覚的に確認できるように、なるべく正確な高低差を再現していた。
「事前の情報収集と工作はモンブランさんに頼んであるんだけど、現場の偵察班は二人一組で最低でも六班乃至七班は欲しい」
アインはそう言って立体地図の上に置かれた小さな人形を並べる。人形は大小二つの物があり、大きな物が電磁甲冑機兵を示し、小さい物が跨乗電機工兵を示していた。
「自軍に有利な舞台を作り出すのが戦略なら、それの素になるのが情報だ。より多く、より正確に、より早く情報を得ることがこれからの戦略には重要になってくる。僕はこれからの軍隊は情報収集だけを行う専門の部門が必要だと思っているんだ」
そう語るアインにミファは「なるほど……」と呟いた。それは今までのカレン界における戦略思想には無い発想である。この作戦を機にミファは『情報』という物の価値基準を大幅に上方修正する事になる。
(やはり殿下は我々の遥か先を見ている……)
ミファは改めてアインの先見性に驚嘆していた。そんなミファとアインのやりとりを見ていたマルコーニもまたミファと同様にアインに驚いていた。
(殿下は情報という物の本質を理解している。これで一五歳なのだから恐れ入るが、この才覚をどう扱うかで、我が国の今後の立ち位置が変わってくるだろう。面白いぞ、この子と同じ時代を生きている俺はツイている……)
そう考えながらアインを見るマルコーニの口元に薄い笑みが浮かんでいた。確かにアインの考え方はこの時代には異端であるが、そんな彼もまたこの世界のこの時代では異端者と言えるのだろう。
この情報に重きを置くアインノールの考え方は、戦略面だけでなく、後に彼が活躍した戦場においての戦術面でも色濃く現れている。
アインノールは、自軍の戦力の中で、可能な限り多く偵察若くは索敵に回し、逐次移り変わり移動する相手の情報収集を行ったとされているが、これは当時の戦略思想では異例なことである。
この時代の戦闘、特に多数の兵がぶつかる軍団戦は基本的に決戦兵力を集中する考え方がスタンダードであり、伏兵、若しくは偵察、索敵といった任務をこなす部隊は極めて副次的で少数であった。中には策を巡らせる武将もいるが、大多数の武将が正面決戦を望み、雌雄を決する様な戦い方を好んだからである。そんなこの時代の戦の常識に、アインノールはくさびを打ち込んだと言えよう。彼が歴史の表舞台で頭角を現し始めるこの頃から、カレン界には徐々に『情報収集』という行為の重要性と、『情報』そのものの価値に目覚めていくことになる。
「なあアイン? 偵察班は皆アーマライドなのか? 俺はてっきりバストゥールとアーマライドで一組なんだと思ってたんだが…… バストゥールが居た方がとっさの時に対応しやすくないか?」
立体地図上に偵察班として並べられた人形が全て小さい物、つまりアーマライドである事に気づいたログナウがアインにそう聞いた。するとアインは軽く首を振って答える。
「移動速度に差がある物を偵察に組み合わせるのは良くないです。確かにバストゥールがいれば敵のバストゥールと出くわした場合は対処しやすいでしょう。威力偵察なんかでは、逆にバストゥールだけの方が効率的です。でも今回は出来るだけ見つかりたくない…… アーマライドなら電磁エンジンの高音が出ないから、こう言った任務に向いてると思うんですよね」
そう言うアインにログナウは「なるほど……」と頷いた。
「因みに二機一組で動くのは、お互いに死角をカバーするためです。本来は三機が理想ですけど、いかんせん手が足りませんので、今回は数による範囲の広さを優先しました。それと偵察班はそのまま無線の中継役もやって貰う予定です」
アインの開発した無線機は有効範囲が一〇フィメール(約五キロメートル)ほどであるため、間に中継役を置いてリレーで情報をやりとりする必要があった。それでも、本来なら伝令要員が到達するまでのタイムラグがあるのに対し、ほぼリアルタイムの情報が得られる無線は画期的な機器であると言える。このアインが考えた無線網は、後にどの国でも使われるようになるが、この時期はまさに秘密兵器と呼べる代物であった。
「にしても姫大将……」
すると今度はオリビトンがアインに声を掛けた。
「王都ゴーンは城塞都市だ。おまけに王城『翡翠城』は三百年前の統一戦争時代に使われた軍事要塞を改修したもんだ。城壁は厚いうえに背も高い。侵入は一筋縄ではいかねぇだろう。その辺りはなんか考えてるのか?」
そんなオリビトンの質問にアインはクスっと笑って頷いた。
「それは大丈夫ですよマウザー卿。僕たちの新兵器は城壁など関係ありませんから」
アインがそう言うと、隣にいたミファとラッツも意味深な笑みを浮かべていた。オリビトンが「何だよ?」と聞くが、アインは含み笑いをしながら答えをはぐらかした。
「まあまあ、そこは見てのお楽しみってことで」
そんな禅問答の様なアインの答えに、オリビトンは少々納得がいかなかったが、まるで悪戯を仕掛ける幼い少女のようなアインの笑顔を前にしてはそれ以上追求することは出来なかった。
「それで、ミファとスターツ先輩の強襲特務班はここで待機してください」
アインはそう言いながら手に取った紫色と白のバストゥールを示す人形二つを、立体地図上の王都ゴーンの北側にある高台に置いた。
「この『ドルイル高地』は標高六一二フィメ(約三〇六メートル)。王都ゴーン周辺を一望でき、高さもあるので作戦にはもってこいの場所です。移動式野戦整備設備壱号車もここで待機し本部とします」
その地図を見ていたマルコーニが「ほほぅ……」と小さく唸った。
「かつて統一戦争の折に、初代聖帝フェン・ドルイル・サンズクルス大帝が北部を一望したと言われる歴史ある場所です。遙か三〇〇年の時を経て、その子孫であるアムラス殿下をお救いする場所になるとは…… 些か運命的な縁を感じますな」
マルコーニのそんな言葉にミファとラッツは「ああ……!」と嬉しそうな表情をした。拐われた幼い皇太子を救う…… 騎士としてこれほど名誉な事はあるまい。二人の心に仄かな闘志が湧いていた。
「富嶽はこの稜線に沿って配置します。有効射程はこの範囲……」
アインはそう言いながら地図に線を引いた。
「首尾よく彼を救出し、南門から出てこの線よりこちら側に来れば、俺らは富嶽の援護射撃が受けられるってわけだな」
そう頷くラッツに「ただし……」とアインは前置きして説明を続けた。
「追手から距離が取れてないと援護射撃が出来ません。そこで、ガッテとマイセン先輩の班には特務班離脱の援護の為、南門から出てくる追手を左右から挟撃してもらいます」
アインはそう言って手に取った赤と青の人形をゴーンの南門に向けて左右から囲うように動かした。
「お二人は南門から半径二フィメ-ル(約一キロメートル)の範囲で南門から出てくる追手を左右から迎撃してくださいね」
そう言うアインにガッテとミランノは首を傾げた。
「良いけど…… でも何でわざわざそんな狭い範囲で?」
そのミランノの質問に、アインに代わってオリビトンが答えた。
「南門から一度に出て来れるのは精々一機か二機だ。それを包囲して撃退するって訳だろ? 何せここは相手の巣の入り口だ。下手に距離を取ったらあっつー間に包囲される。だが出てくる敵を一機若しくは二機程度に押さえることができれば、数の不利は問題無くなる。考えたな、姫大将」
オリビトンはそう言いながらほくそ笑んだ。
(こいつは凄え、ウチの姫大将は参謀としても一級品じゃねえか! この歳で貴族のぼんくら大将なんかより数段上だぜ。いずれはでかい戦の指揮をさせてみたいもんだ……)
「だが姫大将? 戦は撤退が一番難しい。追手を迎撃しながらとなるとなおのことだ。下手すりゃ絡んだまま富嶽の援護射撃範囲に飛び込みかねない。そのあたりはどう考えてる? 撤退路に足止め用の罠でも張るかい?」
そう言うオリビトンにアインは軽く首を振った。
「足止め用の罠も考えたのですが、いずれも仕掛けが大きくなる上に時間が掛かるので、彼方さんに察知される危険性があります。ですので……」
アインはそう説明しつつ、懐から緑色のバストゥール人形を撮りだし、撤退ルートの真ん中に置いた。
「僕が何とかします」
そう言うアインに一同黙り込んだが、一人ミファだけがピンときてアインに詰め寄った。
「まさか殿下…… 『零式』をお使いになるつもりですか?」
するとアインは「ああ、そのつもり」と答えてクスっと笑った。
「しかしアレは先週組み上がったばかりで……」
と言いかけるミファの横からログナウが口を挟んだ。
「ちょ、ちょっと待て。何だよその『零式』って? 新しい電磁甲冑機兵か?」
「ええ、形式は『昴甲-弌型 零式』。名前はそのまま『零式』と言います。僕専用の電磁甲冑機兵として、富嶽に搭載した『昴四式』エンジンと平行して開発していたんです。先週ようやく組み上がりました。起動試験も良好でしたよ」
そう言うアインにログナウは「全然知らなかったよ……」とため息交じりに呟いた。
「錬金棟で作ってましたからね。それに少々僕の趣味的要素と、色々実験的な要素を組み込んだ機体ですので、今後のバストゥール開発には余り参考にならないかも知れないし……」
するとミファもため息交じりに頷いていた。するとそんなミファに気づいたラッツがミファに声を掛けた。
「トラファウルは見たことあるのか? その『零式』っての」
ラッツがそう聞くとミファは「ええ、まあ……」と少々納得がいかないと言った様子の表情で頷いた。
「私の咲耶姫で昴四式の起動実験をしていましたから。殿下が錬金棟で作っているのは知っていました。でも……」
そう言い淀むミファにログナウが不思議そうに聞いた。
「何だよトラファウル、またぞろヘンテコな機体なのか?」
ログナウのそんな言葉にアインが「ちょっと待ってください、ヘンテコってなんですか!?」と抗議の声を上げた。するとミファが少し考える仕草をしながら答える。
「細かい装備はよくわかりませんが、見た目が…… まあ皆さんも見ればわかると思いますが、王族の威厳といいますか、風格と言いますか…… そう言った物が全く感じられないので、私としては少々残念な気持ちです…… せめて色だけでもご一考願いたいです」
そう言って肩を落とすミファに、一同少し同情しながらアインに視線を移した。
「いったいどんな機体を作ったんだよ……?」
ジト目でそう聞くログナウにアインは「そんなに変じゃ無いですってば!」と抗議していた。
「ちゃんとしたコンセプトに基づいた設計ですよ。ただちょっとデザインが趣味に走った言いますか…… そもそも戦闘思想がこの世界とはかけ離れてて…… 野戦でのカモフラージュ性を追求すると……」
と言葉の端々に聞き慣れない単語をはさみながら弁解するアインに、一同は首を捻るばかりであった。と、そこへオリビトンが口を挟む。
「で、その機体で何をしようって言うんだ?」
そう質問するオリビトンにアインはハッと我に返り、コホンと咳払いをした。
「えっとですね、王都ゴーンの南門を吹き飛ばします」
「はぁっ!?」
その場にいたミファ以外の皆がそんな声を上げた。一方ミファは「やっぱり……」と呆れたように呟いていた。
「ちょ、ちょ、ちょっと待て、お前相手は城塞都市の大門だぞ? 一体どうやって……っ!?」
そう驚きながら質問するログナウにミファが答える。
「零式に装備されてる『術式増幅撃滅砲』…… でしたっけ? その大砲を使うつもりなんですよ。まったく、機体もそうですけど、ただの一度も試射したことが無い兵器を実戦で試そうなどと……」
そう言ってこめかみを押さえるミファを尻目に、アインは腰に手を当てて自信満々に「大丈夫、理論は完璧っ!」と答え「わっはは!」と高らかに笑っていた。
「今まで試す機会が無かったんですよ~ アレをここの裏山でぶっ放したら地形変わっちゃいますからね。流石に大目玉食らうぐらいじゃ済まなくなります。ならばこのチャンス、逃す手は無いでしょう?」
アインはそう言って嬉しそうに喋っているが、その物騒な内容とのギャップが酷くて皆口を噤んでいた。すると、そんな皆の態度に気づいたアインが首を捻った。
「皆さん、なんて顔してるんですかぁ~ 彼方さんは僕たちの家をメチャクチャにしてくれたんですから、それなりの『お返し』をしないとね~」
そう言ってニッコリ笑うアインは本当に無邪気で可憐な少女のようであったが、その笑顔の下に隠されたアインの本音に、一同は少し冷たい物を感じたのだった。
結局復旧はできないみたいなので、書き直しました。遅くなりましてすみません。書き直している間にも同じ事があったのですが、バックアップをとって置いたので二行くらいでなんとかなりました。未だに原因はわかりませんが、取り敢えずの投稿です。




