44. 魔法戦闘
甲高い音と共に、振りかぶった剣がアインの頭上で弾かれアインは間一髪で両断を免れた。しかし袈裟斬りの衝撃でその場に膝を着く。
(あ、危なかったぁ……!)
凶刃からアインを救ったのは、とっさに構えた右手に握った拳銃型の結晶回路内蔵術器であった。この世界で最も硬い幻象反応金属の銃身が騎士の刃を弾いたのである。
一方、斬撃を弾かれた騎士は再び振りかぶり、跪くアインに手にした剣を振り下ろした。だがアインは相手の騎士……いや、騎士の身体を操る何者かとの会話と、ソフィーの世間知らずで致命的とも言える天然ボケのせいである程度の冷静な思考を取り戻していた。
「ア、『瞬間加速』!!」
瞬時に術式を構築し拳銃型結晶術器に内蔵された結晶石に転写すると同時に引き金を引く。すると起動用として予め『飛雷』の術が記録された石に『エナ』流れ、放出された電流が結晶回路を走り、転写された術式に加え予め石に記録された『増速』と『増幅』の術式が展開される。
本来術式の複数発動は術式の複雑さ故に不発に終わる事が多いが、アインの開発した結晶回路は二つの術を一瞬で正確に発動させた。
結晶術『増速』と『増幅』の複合発動による『瞬間加速』はアインのオリジナル術式である。この術によりアインの反応速度と行動速度は瞬間的に六倍に加速され、現実の一秒が六秒に知覚されるアインには、周囲の動きがまるでスローモーションのように見えた。
この六秒間にアインは立ち上がり、ソフィーの腰を抱いて斬りかかってきた騎士から八フィメ(約四メートル)ほど距離を取ることに成功した。
「――――――っ!?」
アイン以外の騎士やソフィーにはアインが瞬間移動したように感じたであろう。その証拠に騎士は地面に突き刺さった自分の剣を見て驚愕の表情を作った。
「なん……だったの今の……?」
ソフィーも驚いてそう呟いた。一方アインもまた、あんな状態で咄嗟に術を使えた自分に驚いていた。
(出来た……!? やれた……!? で、でも危なかった。マジで斬られたかと思った)
アインはそう心の中で安堵し、大きな息を吐いた。
「あの瞬間でこんな複雑な術式を構築する…… アウシスもとんでもない弟子を持ったものだ」
そう呟くその騎士の言葉は、自身も相当の術者である事を意味していた。もっとも禁呪とされる間脳操儡を持続させている時点で並の術者では無いことがわかる。
(けど、間脳操儡ならこっちに分がある!)
あの一瞬で瞬間加速を発動させた事が、アインに自信を付けさせた。
間脳操儡は対象の脳に干渉して意識と肉体を操る術であり、身体能力は肉体の持主に依存する。いかに並み以上の術者であろうが、対象者が術者でない限り結晶術は使えないのである。
アインは確かに白兵戦能力は皆無と言っていいレベルだが、結晶術の行使は自身が調整した結晶回路を使うことで超が付くほどの高速を誇っている。相手の間合いから少し距離を取れば、相手が近接武器の場合アインの結晶術の発動の方が早いのである。
アインはすぅっとソフィーを背中に回させ、右手に握る拳銃型の結晶術器を相手に向けた。
「そ、そんな物で何を……?」
背中でそう呟くソフィーを無視して、アインは再び斬りかかってくる騎士に銃口を向け術名を叫んだ。
「鳴神太鼓っ!!」
引き金を引いた瞬間、銃口の周囲に複数の稲妻の筋が走り、それが対象である騎士に飛んで行った。
この『鳴神太鼓』もアインの結晶回路によるオリジナル術式で、『感知捕捉』『電撃』『増幅』『爆砕』という複数の術式を繋げた多重発動術である。
幾筋もの稲妻の蛇が騎士の足下に着弾し、轟音と共に石畳みを破壊する。その衝撃波で騎士の身体は宙を舞い、地面に叩きつけられそのまま意識を失った。それを確認したアインは一気に脱力してその場にしゃがみこんだ。
「ヤ、ヤバかったぁ……」
恐怖と緊張がない交ぜになった溜息を、そんな言葉と同時に吐きだす。着弾地点のコントロールにかなりの集中力を必要とした結果であった。
(直撃してたら確実にあの騎士を消し炭にしてた……)
アインがそんな事を考えつつ、鳴神太鼓を相手に当ててしまった時の事を想像して青くなっていた。
アインの作った拳銃型結晶術器、その名も『シルバーオート』は瞬時に複層術式を展開し複雑な術を発動出来る、術者からすれば夢の様な魔導器であるが、使える術のバリエーションが極端に少ないという欠点があった。
事前にセット出来る複層結晶術は三つ。これは小さな銃の筐体(と言っても地球のデザートイーグルほどある)に内蔵出来る回路の大きさが三ルート分しかないからである。しかも一ルートに五重層式、そのうち電気による回路の起動用に飛雷の式を必ず最初に組み込む必要があるので実質四重層式が限界であった。
更に回路に入力される電力供給機構が無いため持続性の結晶術は使えず、発動できるのは瞬間術に限られる。
(組み合わせによる術の出力調整が必要だな)
緊張で硬く握り締めていた『シルバーオート』から指を引き剥がしつつそんな事を考えていると、背中からソフィーがそんなアインに声をかけてきた。
「あの様に強力な結晶術は初めて見たわ。それも聖帝近衛騎士より早く術を使えるなんて…… 貴方は何者なの?」
自身も多少なりとも結晶術を使えるということもあり、アインの結晶術発動のスピードには本気で驚いたのだろう。アインはチラッとソフィーを見て、再び手にあるシルバーオートに視線を戻してソフィーに説明する。
「コレのお陰です。この中には僕が開発した結晶回路という物が内蔵されているんです。この回路のお陰で、複雑な複層術式構築を省略できるんですよ」
「結晶…… 回路?」
ソフィーは首を傾げる。結晶回路の開発技術は現在このドルスタイン上級学院結晶術科にしかない。量産の為に電磁甲冑機兵用の結晶回路の生産は聖帝軍の直轄工房で大量複製されているが、オリジナル回路の術式の組合せや式連結方法、展開タイミングの調整などは、アインや結晶術科の生徒達の一年間の研究で編み出された技であり、学院以外には殆ど伝わってはいない。もっとも、このドルスタイン上級学院の結晶術科が聖帝領で唯一の結晶術研究機関なので、伝える先が無いというのが現状であった。したがってソフィーがそれを知らないのも無理は無いのである。
「結晶石の『術式記憶』という特性を利用した物で電磁甲冑機兵の操縦、機体制御系に使われている技術です。本来は電気で起動させるもので、電磁甲冑機兵の場合は電磁エンジンからの電源供給によって機能します。つまり電磁甲冑機兵は電気技術と結晶術の混成複合技術機械と言えます」
そんなアインの説明にハテナマークを浮かべるソフィーだが、アインは構わず話を続ける。
「このシルバーオートは電磁甲冑機兵に使われている結晶回路よりもずっと簡易的な物ですが、人間の脳の処理スピードを超えた結晶術式を構築することが出来るんです。今使った鳴神太鼓も五つの結晶術の複合術式ですよ」
アインはさも当たり前のような顔でソフィーにそう説明した。
「い、五つ……!?」
ソフィーはそう呟きながら唖然とした顔でアインを見つめていた。一方アインは制服の中に付けているなめし革で作ったショルダーホルスターにシルバーオートを納め、石畳に倒れている騎士に近づいていった。
「頭を打った拍子に気絶したようだけど、回復しても脳にどれだけ後遺症が残っているか……」
仰向けに倒れた騎士の首筋の脈を確認しつつ、アインはそう呟いた。間脳操儡は他者の思考を無理矢理脳に上書きするので、精神汚染が激しく脳に少なからず後遺症を残す。対象が結晶術者であれば術式構築のため日頃から精神面が鍛えられているので比較的軽微だが、それ以外は記憶の欠落、精神の分裂、最悪の場合は自己認識の崩壊を招き廃人となってしまう。これがこの術が禁呪に指定されている理由である。
「どれだけの情報を得られるか解りませんけど、とにかくこの人は拘束しておきましょう」
アインはそう言ってその騎士の両手足を騎士のズボンのベルトや剣の帯で縛り、ついでに猿轡までして、人目に付かぬようソフィーにも手伝って貰いながら近くの講堂横にある倉庫の裏に引きずっていった。
「なぜ…… (よいしょっ!) はあはあ…… ここまで…… (うん、しょっ!) するのです?……はあ、はあ……」
足を持ちながらここまで運んできたソフィーは、どうにかその騎士の身体を横たえ、肩で息をしながら上半身担当のアインにそう聞いた。アインは「何でって……(うんしょっ!)」と呟きつつ騎士の身体をを横向きに寝かせた。
「先ほどこの人が言ってたでしょう? 皇太子殿下を誘拐するって…… 意識を無くした時点で間脳操儡の術効果は切れましたが、この人がその誘拐犯の一人である可能性は非常に高いです。意識を取り戻して万が一正気を保っていたら危険です」
そのアインの言葉にソフィーははっとした。
「そ、そうです! アムラスが危険ですアイン!!」
その言葉にアインは頷いた。
「ええ、その通りです。しかし護衛の近衛騎士は確か八人でした。何人が関与しているかわかりませんが、恐らく疾風の機操士の二人は確実です。疾風が彼らの手に無ければ、こんな無茶、絶対成功しません」
ソフィーはそのアインの言葉に二人の機操士の顔と名前を思い出す。
「リマーン卿とオルバス卿…… 確かお二方共同郷でしたわ……」
「同郷…… 何処です?」
アインの質問にソフィーはこめかみに細く美しい指を当てて考える仕草をする。そんな何気ない仕草も絵になるのは、やはり皇女の気品だろうか。
「えっと…… 確か北部の方だったかと…… 国名までは覚えておりません」
「北部……」
アインの頭に引っかかるものがあった。
「とにかく急いで戻った方が良さそうですね」
アインはそう言って立ち上がり技術棟の方を眺めた。と、そこで何かを思いついたようにはっとして、今度は本校舎の隣の錬金棟に視線を移した。
「……どうなさったの?」
そんなアインを訝しみソフィーがそう聞くと、アインは「あ、いや……」と呟きながら少し考えソフィーに顔を向けた。
「電磁甲冑機兵を使った面倒事に、丸腰で飛び込むのはどうかと思って……」
アインはそう言ってソフィーの手を掴むと、技術棟とは反対方向へと走り出した。ソフィーはアインに手を握られ、ドキドキしながらアインに言う。
「な、なな、何です? ど、どこへ行くのです!?」
「最強の機操士へ、最高の相棒を届けるんです!」
アインはそう叫びながらソフィーの手を引き、一路錬金棟を目指したのだった。




