43. 憂国騎士団
少し時間をさかのぼる。
それは錬金科整備コースの整備場で、アムラスがログナウからの説明を受けていた時のことだった。駐機中の近衛騎士団の疾風が突然動き出したのである。
動き出した瞬間、その疾風の隣に駐機していた機体、ミランノが主機操士を務める青騎士には木製タラップが架けられ、二人の整備コースの生徒とミランノが機体に張り付いていたが、立ち上がった時に衝突し、その衝撃でミランノと一人の整備生徒が機体から投げ出された。
ミランノはとっさに受け身を取ったが、もう一人は後頭部から整備場床に敷き詰められた鉄板の上に落ちた。
「痛……っ!?」
ミランノは落ちたときに捻ったようで、激痛が走る右手を押さえてそう呻いた。
「何だよ、いったいっ!?」
整備場の端で飲み物を飲んでいたガッテが、頭の保護具を肩に担ぎながらミランノに駆け寄ってくる。するとそれを見たミランノがガッテに叫んだ。
「ガッテ、あたしは良いからマーカイルを! 彼、頭を打ってるからっ!!」
ガッテはその声に反応して倒れている生徒に駆け寄った。落ちた生徒、ラミン・マーカイルという錬金科三年の生徒は意識不明になっていた。
と、そこへ地面にズシンという振動が伝わり、振り向いたガッテは唖然とする。そこには、掛けられていたタラップや櫓をバラバラと破壊しながら、近衛騎士仕様の電磁甲冑機兵である銀色の鎧を纏った疾風が立ち上がっていた。
一方アムラスを伴ったミファを含む皇太子護衛の一団はとにかくアムラスの安全を確保するため、騎士達はアムラスの前に出て壁となり、少しでも皇太子の身体を危険から遠ざけようとしていた。そこに腰の剣を引き抜いた銀色の疾風が立ちはだかる。
「くっ、これでは……っ!」
皇太子の護衛役として本日に限り帯剣を許され、愛刀の景光に手を掛けたミファが銀色の疾風を見上げ身を固くした。これだけの図体をしていても、電磁甲冑機兵は馬よりも速く走る。瞬間的な動きも、見た目から想像するより遙かに俊敏である事をミファは知っている。
この鉄の巨人を開発時から知るミファは、操縦席から死角になる場所や、構造上どうしても出来ない動きから予想する回避行動を取ることが出来るが、皇太子を護衛したまま回避行動を取ることは不可能だと判断した。
ミファは歯ぎしりしながら銀色の疾風を睨むと、その時、後方から小さな悲鳴が上がった。
「ああっ! 何をっ!?」
振り向くと近衛騎士の一人がアムラスの腕を掴み、もう一人が剣を抜いて他の騎士達を牽制していたのである。その光景にミファは驚いて声を上げた。
「何をしているっ! 気でも狂ったかっ!?」
すると銀の疾風から、拡声器によって増幅された内部の機操士の声が整備場内に響き渡った。
『動くなっ! 我らは真の聖帝貴族騎士『憂国騎士団』である!』
場内に響き渡るその宣言に、その場にいた全員が息を飲んだ。
「憂国騎士団…… だと!?」
騒ぎの中、整備場の中央に飛び出し、うずくまるミランノに肩を貸すログナウがそんな呻きを吐いた。数ある聖帝領の騎士団にそんな名前は聞いたことが無かった。
すると今度はもう一機、駐機中だった銀色の疾風が立ち上がり、掛かっていた櫓がバラバラと崩れて床に落ちていった。そんな中で「全員待避-っ!」とヘルメットを被りながら叫ぶマイヤの悲鳴のような声が響く。
『我らは神聖なるサンズクルス聖帝の行く末を案じ、聖帝の奸賊である宰相一派の手からアムラス皇太子をお救いするために立ち上がった正当貴族主義を掲げる聖徒である! これより我らは殿下救出作戦を敢行するっ!!』
再びそう宣言し、新たに立ち上がったの銀色の疾風は床に並べて置いてあったサーマルガンを手に取り構えを取った。
「おいおい、まさかそれをここでぶっ放すつもりじゃ無いだろうな……っ!?」
とガッテが意識の無いマーカイルを引きずるようにして引っ張りながら恐る恐る呟く。
『我らはこれより殿下を保護次第脱出する。抵抗するならば学生とて容赦はしないっ!』
そう言ってサーマルガンを構えた疾風は銃のレバーを引き初弾を装填したかと思うと、整備場に駐機してあった他の電磁甲冑機兵に向けて弾丸を連射した。
「やめろぉぉぉぉ――――――っ!!」
そんな怒鳴り声と共に飛び出そうとするログナウを、腕を負傷したミランノが痛みをこらえながら必死に止める。その瞬間、凄まじい轟音と振動、そしてそれに倍する破壊音が整備場に響き渡った。
飛び散り、そして降り注ぐ破片の雨の中で、生徒達の悲鳴と破壊音がごちゃ混ぜになって鼓膜を叩いた。
そんな阿鼻叫喚の中で、ミファはアムラスの腕を掴む二人の騎士と対峙していた。
「下がれっ! 道を開けよっ!」
アムラスの胸の前に剣を光らせながら近衛騎士…… いや、元近衛騎士が叫ぶ。
「救出を謳う者が殿下に剣を向けるのかっ!? 聖帝騎士としての誇りまで捨て去ったかこの痴れ者めっ!」
残った二人の近衛騎士が元同僚に向かってそんな非難の声を投げる。
「それは一時のことよ。真に国を憂う我らは一時の汚名など何するものぞ。お救い出来ぬとあらば、奸物共の傀儡になる前に共に黄泉に発つまで。我らはいつでもお供する覚悟だ!」
そう言いながら二人の騎士はアムラスを引きずるようにして二機の疾風の方へと回り込んだ。そんな二人の騎士をミファは心の底から嫌悪した。
例え一時とは言え、自分の主に剣を向ける。しかも逃げられぬとあらば主と共に死のうなどという行為はミファの学んだ騎士道に反した身勝手で利己的な考え方だと思ったからだった。
(こんな輩が同じ騎士を名乗るのは断じて我慢ならない……っ!)
ミファはふつふつと湧き上がる怒りを自分の中に認めた。だが、皇太子殿下が敵の手にある以上下手に動けばアムラスに危害が及ぶ可能性があるため動けず、ミファはその怒りを辛うじて内に押しとどめる。
(くそっ! これでは手が出せん。しかも我らの電磁甲冑機兵は殆どがサーマルガンの乱射で損傷してしまった……)
ミファはジリジリと後退する騎士達を睨みつけつつ、奥歯を噛み締めながら変わり果てた整備場を見た。
(昨夜姫があれば……っ!)
ミファはそう心の中で、今この場に愛機が無い事を悔やみ舌打ちした。
ミファ専用機である昨夜姫は、現在新型エンジンの起動試験用に使うため錬金棟にあった。その為損傷は免れたが、ここから錬金棟までは鍛え上げられたミファの足でも五分以上は掛かる。
それにミファはアインの事が気掛かりだった。侍女を連れて本館のカフェテリアに行ったアインが今戻って来たらアインが危険に晒される。それはミファにとって絶対に避けたいことであった。
(殿下、どうか今はお戻りにならないで下さい……っ!!)
愛刀の景光を握りしめながら、ミファは祈る様に心の中でそう願っていた。
「な、何なの今の音っ!?」
アインの後ろにいたソフィーが驚いた声を上げて技術棟の方を見る。しかしアインはその音の原因を正確に把握していた。
(あれはサーマルガンの射撃音…… あっちでも何かヤバイ事が起こってる!?)
アインは音からそう判断し、目の前の騎士を見つめていた。
「ああ、始まった様ですね。精々派手に踊って欲しいものです」
そう言って騎士は薄く笑った。
「い、いったい何を…… 始めたのですか?」
アインは懐に右手を入れたまま騎士にそう聞いた。先程冷たいカフィエで潤した筈なのに、喉がカラカラに渇いていて舌がうまく回らなかった。
「ああ、う〜ん、何と言いますかね…… 盲信者達のお祭りとでも言いましょうかねぇ……」
「盲信者? テロか何かか?」
「……テロ? 『テロ』とはなんですか?」
その騎士はアインのその言葉に興味を持ったのか、アインにそう聞いた。
「政治的な目的の為に非合法な暴力や強迫などを行い、恐怖によってそれを達成しようとする組織立った行為の事です。要人の誘拐や暗殺なんかも含まれます」
そのアインの説明に「成る程……」とその騎士は頷いた。
「ならば確かにこれはその『テロ』にあたる。何しろ皇太子を誘拐しようと言うのだからね」
「な、何ですって!?」
ソフィーは驚いてそう素っ頓狂な声を上げた。アインも流石に驚いていた。
「私はその監視と主への報告が主任務な訳だが、決行場所が学院だと主に報告したら、君が自分と同じかを確かめろと命じられたのだよ」
「で、でも殺せとは命じられて無いわけでしょう? 主人の不興をかっちゃいますよ? 命令は忠実に従った方が良いと思うんですけど……」
アインがそう言うとその騎士は肩をすくませて苦笑した。
「確かに殺せとは言われてない。でも逆に殺すなとも言われてない。まあ怒られるかもしれないが、後々の禍根を断つ意味では主を利する行為なのでね、その辺りは我が主は合理的な考えを持つ方だ、心配してくれてありがたいが、たぶん大丈夫だよ」
(あんたの心配なんてしてねーよっ!)
とアインは心の中で全力でツッコミを入れる。こうして話をしている中で、アインは少しずつ冷静な思考を取り戻しつつあった。
(少ししたら騒ぎを聞きつけた生徒や講師が外に出てくる筈。どうにか時間を稼がないと……)
そう考えるアインだったが、そこにソフィーがしゃしゃり出てきたのである。
「貴方、近衛騎士でしょう? アムラスを誘拐して何とするのです! 聖帝騎士としての矜恃はどこに行ったのですっ!!」
そう言ってアインの前に出て仁王立ちするメイド姿のソフィーにアインは驚いて目を見開いた。
「はて……? 君は誰かな?」
騎士はそう言って首を傾げる。するとソフィーは顎を上げ、凛とした立ち姿で騎士に向かい直した。その姿にアインはギョッとする。
(ちょ、まっ、まさかあんた……っ!?)
嫌な予感がしたアインはソフィーを止めようと彼女の袖を引っ張るが、ソフィーはそれを振りほどき騎士に名乗った。
「私は第一四代皇帝、デリムト・マキアヌス・サンズクルスが娘、ソフィー・マキアヌスです。アムラスに危害を加えるなど、この私が許しませんよっ!!」
ソフィーはそう言って左耳の耳飾りに触れ、短く詠唱して『変身』の結晶術を解いた。すると彼女の身体からチリチリと銀色の煙が立ち昇り、美しく長い黒髪と、これまた可憐な全く別の少女の顔に変わっていったのである。
(馬鹿なのこの娘っ!? この状況で名乗るか普通っっ!?)
アインは驚きで目眩を覚えた。
「何で名乗っちゃうんですか!? 何で変身解いちゃうんですか!? 貴女状況分かってます!?」
そう怒鳴るアインに、今や完全に皇女の顔に戻ったソフィーは、何故そんなにアインが慌てるのか全く分かっていなかった。
「侍女の姿では私とは分からないでしょう? そんな状態では私の言うことなどに耳を傾けないでしょう? まったく貴方ときたら、何故そんな事も分からないのかしら……」
そう憤慨するソフィーにアインは頭痛がする思いだった。ソフィーは事ここに至っても聖帝騎士なら聖帝皇女である自分の命に従うと、本気で信じているのである。
(皇太子を誘拐しようと言う連中が、この場であんたの命令など聞くわけないだろーがっ!)
アインそう心の中で怒鳴るが、そこに騎士の声が聞こえてきた。
「これは驚きました。予想外の拾い物です。皇太子のみならず皇女まで彼らの手に渡れば、聖帝領に更なる混乱が生じるでしょう」
そう言ってその騎士は改めて剣を構えた。それを見たソフィーは目を白黒させて驚いていた。
「貴方、ご自身が何をやっているのか分かっていらっしやるの? 聖帝内親王であるわたくしに剣を向けるということは……」
そう言いながらさらに前に出ようとするソフィーを、アインは思わず「馬鹿っ!」と叫んで彼女の腕を引っ張った。そんなアインの暴言に目を丸くするソフィーを無視して、アインは続けて叫んだ。
「殿下、下がって!」
そう言ってアインがソフィーを無理やり下がらせた瞬間、剣を構えた騎士がずいっと前に出て刃を振りかぶった。
「ーーーーっ!!」
声にならない悲鳴を上げたアインの頭上に白刃が煌いた。




