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彼方の昴  作者: 鋏屋
第五章 聖都事変編
42/74

42. アインノール暗殺?

「悪魔とは…… また随分な言われようですね。一年生達からの陰口ではチラホラ聞こえてきますけど、面と向ってそう評されたのは初めてですよ〜」

 そう言ってカラカラと笑うアインに、ソフィーは「馬鹿にしないで!」と言って椅子から立ち上がった。

「凶獣退治ならいざ知らず、戦争で使われたらいったいどれだけの人が犠牲になるかわかってるの? 岩巨人タイトゥーヌ一体で千の兵が犠牲になると聞くわ。それを討伐しうる兵器ということは、アレ一機でそれだけの兵士を殺せてしまう兵器って事でしょ? 大陸を血に染めるような、そんな兵器を作ったという自覚が貴方にあるの?」

 そう言うソフィーにアインはヤレヤレといった心境だった。

(なんだかめんどくさそうな人だな……)

 アインは心の中でそうぼやいた。

「無論、自覚はありますよ。あれは現時点でこの世界最強の兵器です。恐らくこれから多くの物を壊し、沢山の人を殺すでしょう…… 成る程、その一片の観点からみれば、確かに僕は悪魔かも知れませんね」

 アインは感心したようにそう言って頷いた。

「開き直る気? それとも本当に悪魔なのかしら」

 そう言うソフィーにアインは薄く笑いながら「それで…… どう思いましたか?」と尋ねた。

「は…… はあ?」

「僕を見に来たのでしょう? それで貴女の感想を聞かせて欲しいですね」

 そのアインの言葉にソフィーは「それは……」と言葉を濁して再び席に座った。

「正直わからなくなったわ。あんな兵器を作り出したのが、こんな女の子みたいな男の子だったって事も意外だったし、さっきアムラスにインサツキ? あれを説明する貴方を見ていたら、どちらの貴方が本当の貴方なのか…… でも、恐ろしい兵器を作ったのは確かに貴方なんだわ」

 ソフィーはそう言って再びアインを睨んだ。

「懺悔があるなら聞いて差し上げてもよくってよ?」

 ソフィーのその言葉に、アインは今度こそ声に出して笑った。そんなアインにソフィーは驚いて一瞬声も出なかった。

「な、なな、何が可笑しいのよっ!」

 ひとしきり笑いが収まりつつあるアインに、ソフィーは顔を真っ赤にしてそう怒鳴った。すると、未だにクスクスと小さな笑いを繰り返すアインがソフィーに向き直った。

「いや、失礼しました。貴女があまりに可笑しな事を仰るので堪え切れませんでした」

 アインはそう言い、ソフィーの目を見つめた。

「僕ら『研究者』が、最もやってはいけないことって、何だと思いますか?」

 そう真面目な顔をして聞くアインにソフィーは「な、何よ?」と返した。

「それは自分が見つけた事象に、自らが創り出した物に『後悔』することです」

 アインはそこで一旦言葉を切り、ソフィーから視線を外して中庭を眺めた。

「研究手段を悔やむ事は多々ありますが、その結果を悔やむ様では研究者失格です。そんな者は『研究』という行為に携わるべきでは無い。自らの行いを後悔するような者を、僕は研究者とは認めない……」

 そしてアインは再びソフィーの目を見つめた。たかだか十五歳の少年に、ソフィーは何か得体の知れないものを感じてその身を震わせる。

「見つけた真理が間違っていたとしても、創り出した物が自分が想像した物とは違っていても、そしてそれが後にどのような結果を招こうとも、その結果を真摯に受け止め次に繋げ後世に伝える。それが研究に携わる者の義務であり、気概であり、条件です。だから僕達は『懺悔』などという行為から最も遠い存在なのですよ」

 ソフィーは目の前の小さな少年に飲み込まれるような錯覚を覚え、苦し紛れのように言葉を発した。

「な、なら貴方は自分の創り出した兵器が沢山の人を殺すことに、何も感じないって言うの?」

 そう言うソフィーにアインは静かに答える。

「壊された町を見て心も痛みますし、犠牲になった人々に涙も流すでしょう。でも僕はアレを作ったことに決して後悔はしません。それはこれまで様々な研究に身を捧げ、人類の歴史と文明を積み上げてきた多くの研究者達への最大の侮辱です」

 そう語るアインはいつになく真面目であった。

「兵器とは、科学技術と文明の言わば『必要悪』です。先ほどアムラス殿下にも言いましたが、科学技術という物の、沢山ある面の一つが『兵器』という物です。物事の一面だけをとらえて、それが全て悪だと決めつけるのはどうかと思いますけど?」

 そう言うアインにソフィーは顔を歪めた。

「それが戦火を拡大してもですか? 火種になってもですか? あの兵器は剣や槍とは違うでしょうに」

「遅かれ速かれ、戦乱の時代はやってきます。人の命が永遠では無いように、国家もまた永遠ではありません。それを少しでも遅らせるためには、現在の弱体化した聖帝軍を抑止力として再機能させるしかない。皇女殿下の仰り様は『火事が怖いから火を使うな』と言っているように僕には聞こえます」

 アインはソフィーにそう言い、グラスに残ったカフィエを飲み干して席を立った。

「剣や槍の素になるからと言って製鉄技術を否定したら、我々は未だ裸で洞穴に住んでいたでしょうね……」

「そんなのは…… 詭弁よ……」

 俯き、力無くそう呟くソフィーにアインは「いいえ、真理です」と言い切った。そして両手に持った水筒を軽く振って見せた。

「そろそろ戻りましょう。あまり長居して変に思われても困るでしょう?」

 アインはそう言ってソフィーに微笑んだ。ソフィーは悔しいのか、フンっと鼻を鳴らして席を立った。


 アインとソフィーはカフェテリアを後にし、技術棟へと戻った。アインの後に歩くソフィーはアインの小さな後ろ姿を見つつ、先ほどのアインとの会話を思い出していた。


〈物事の一面だけをとらえて、それが全て悪だと決めつけるのはどうかと思いますけど?〉


 アインの済ました顔が脳裏に浮かぶ。年下の癖に何でも知ってるかのような不遜な態度。実際自分より遥かに豊富な知識を持っているのだけれど……


〈皇女殿下の仰り様は『火事が怖いから火を使うな』と言っているように僕には聞こえます……〉


 自分を皇女と知りながらも、歯に衣を着せぬ物言いにソフィーは面喰らったのだ。今まで、聖帝皇女である自分に面と向かってそんな事を言う人間など居なかった。

 不遜で、生意気で、礼儀知らずだけれど、妖精のように可憐に笑う美しい年下の少年。

 生意気だという感情はあるが、ああも無礼な言葉を言われても、不思議とそれ以上の負の感情が湧いてこない。なんとなく自分よりもずっと年長者に諭されているような気分になるのである。

 アインの背を見ながら、ソフィーは不意にそんな事を考えている自分に驚き首を振った。


 技術棟へと向かう途中、講堂の脇の通路で正面から歩いてくる近衛騎士の一人とすれ違った。学院の敷地内は原則として帯剣は禁じられているが、申請を出して許可が下りれば認められる。もっとも、アムラス皇太子殿下の警護の為に来た近衛騎士の装備を一時的にしろ取りあげることは学院には出来ないことであった。

(彼もカフェテリアに行くのかな?)

 そんな事を考えながらすれ違ったその時、その騎士はアインに「こんにちは」と声を掛けてきた。アインも何のけなしに挨拶を返す。

「はい、こんにち……」

(――――――えっ!?)

 そう言い掛けた所でアインは固まったようにその場に立ち尽くした。頭の中に電撃が走り、言葉を最後まで発することができなかったのである。

(い、今のは……っ!?)

 驚愕の表情で振り向くアインにソフィーは首を傾げて尋ねた。

「ねえ、今何と仰ったの?」

 そのソフィーの質問は至極正当なものだった。何故なら今アインと、すれ違った騎士とが交わした挨拶の言葉は、ソフィーが聞いた事も無い言葉(・・・・・・・・・)だったからである。

(日本語…… 今のは確かに日本語だった!?)

 振り向いた先でその近衛騎士が立ち止まりゆっくりとこちらを振り向いた。歳の頃は二五歳前後だろう。

(確か馬車の後ろにいた騎馬隊の人だ)

 アインは動揺しながらも冷静にそう考え、相手に話し掛けた。勿論日本語で。

「今のは日本語でしたよね? 貴方はもしかして中身が僕の様に日本人なのですか!?」

 この世界に転生しアインノールとして生きて六年。もしかしたら自分と同じようにあの世界から転生して来た人間がいるかも知れないと考えたことは多々あった。しかし今までそんな人間には会えなかった。


 自分と同じ境遇の存在がいるかも知れない?


 そんな期待と不安がアインから冷静さを奪っていた。

 一方、隣のソフィーは先程まであれだけ冷静で不遜な態度をしていたアインが動揺している姿に驚いていた。するとその近衛騎士は少し困った様に眉を寄せた。

「済まないが、それしか言葉は教わっていないのだよ」

 その騎士はそうアインに告げた。今度は日本語ではなく、聖帝領に広く伝わる共通言語、カルバート語であった。

(教わった……? 誰に?)

「しかし今の反応で確信が持てた。やはり君は我が主と同じく、別の世界の魂を持っているのだね」

 その言葉にアインは驚いた。

(やはり、俺と同じくこの世界に転成した地球人がいるということか……?)

 アインがそんな事を考えていると、隣のソフィーがアインに質問する。

「あの近衛騎士は何を仰っていますの? 別の世界の魂とは何のことですか?」

 だがアインはそのソフィーの質問を黙殺した。どうせ説明しても理解出来ないであろうし、今のアインにはそんな余裕も無かった。

「主……? 主とはどなたですか? まさかアムラス皇太子殿下ではありませんよね?」

 するとその騎士は「ああ、なるほど」と何かに納得した様子で答えた。

「この姿は私ではありません。少々身体を借りているのでね……」

「身体を借りる……?」

 アインは直ぐにピンときた。

「『間脳操儡ラーマストポロジー』は互の精神汚染があるので人間に使うことはファンダルでさえ禁じられています。無茶をしますね」

 するとその近衛騎士は、いや、正確にはその騎士に憑依している何者かは含み笑いを漏らした。

「ご忠告痛み入る。しかし間脳操儡ラーマストポロジーまで見破るとは、やはり見かけ通りの子供ではないな。我が主の意向に背く事になるが、ここで歴史から退場してもらったほうが後の主の覇道の為になるか……」

 そう言ってその近衛騎士は腰に吊るされた剣を引き抜いた。

(――――――っ!?)

 アインの顔に緊張が走った。しかし隣のソフィーは事態が未だ飲み込めず首を傾げている。

(え? 何これ? これってもしかして暗殺!? 俺って暗殺されるような人間だったのかー!?)

 アインの頭の中全域でアラートサインが明滅する。アインは基本的に運動が苦手で、オマケに剣術もからきしだった。白兵戦能力は皆無で、下手をしたら今季の一年生にも負けてしまうレベルである。

(これヤバイ! ちょーヤバイっ!! 超至急でミファを呼ぼう、うん、そうしようっ!!)

 アインは震える手で懐に手を伸ばし、脇下に吊り下げている拳銃型の『結晶回路内蔵術器』を握る。これは以前作った四角い携帯型結晶回路をアインの趣味で拳銃型に改造したものである。アウシス仕込みの強力な結晶術を操るアインはこれにより一瞬で術式を構築し行使できるのである。

 ――――――が、本気の殺気のこもった剣先を向けられ完全にパニックに陥ってるアインは攻撃用、若しくは防御用の術式を組立てる事すら頭から飛んでいた。

 前世では安全な日本。そしてこのカレン界では王子の肩書きを持つ身のアインは、争い事からは縁の遠い生活を送ってきただけに、生身で殺気と対峙した経験がない故に無理もないことだった。

(え、えっと『遠話モートル』でミファの頭に直接呼びかけて……)

 アインがそう考えていると、目の前の騎士がクスクスと笑った。

「援軍を頼んでもこちらには来られないのでは無いですかね? 今頃あちらでも色々と面倒事が起こっているはずですから……」

「えっ!?」

 そうアインが驚いて声を上げた瞬間、技術棟の方からドドンっと大きな轟音が響き渡った。

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