41. もう一人の来賓客
無事、アムラス皇太子ご一行を迎えたアイン達は、早速アムラス等をアイン達電磁科学科と錬金科整備コース、そして結晶術科のある技術棟へ案内した。
アムラス等の乗る馬車を先導してきた聖帝軍近衛騎士団の疾風も、技術棟側にある電磁甲冑機兵演習場に隣接した整備場に持ち込まれ駐機させた。
尚、演習場では改良されたサーマルガンによる射撃訓練が行われていた。
けたたましい連射音と共に複数のサーマルガンから放たれた弾体が、的の装甲板に穴を穿つ様は、アムラス他、近衛騎士達すらも仰天させていた。
「あれは何ですか?」
そのサーマルガンを眺めながら、アムラスはそうアインに尋ねる。
「あれは僕達電磁化学科が開発した新式の電磁甲冑機兵用の射撃武器で分子電離爆縮推進加速実砲と言います。電磁プラズマ爆発を推進力にして弾丸を飛ばします。先週やっと完成しました」
当然アムラスにはそんな事を言ってもわからない。しかしアインは他の生徒や大人に話す言葉と同じようにアムラスに説明した。そんなアインの説明に、アムラスは眼を輝かせて聞いていた。
「お解りになるのですか? 殿下」
後ろに控えたメイドの少女がアムラスにそう聞いた。
「ううん、わからないよ。でも凄いことなんだってのは何と無くだけどわかるよ」
アムラスはそう言ってアインを見た。するとアインはアムラスに頷いて言った。
「ええ、それで良いのです。わからない事は罪ではありません。『なんでだろう?』と考える事が扉を開ける鍵です。そこから扉を開けるのは、自分次第…… わからないから調べて、試して、確かめる。その積み重ねが『科学』です。まあ色々と失敗も多いですけどね」
「アインノール様でも失敗するのですか?」
そんなアムラスの質問にアインは苦笑しながら頷いた。
「もちろんです。むしろ失敗の方が多いですよ。あのサーマルガンや電磁甲冑機兵だって、そりゃあもう何度も失敗しましたよ」
「それでも諦めなかった?」
そい切り返すアムラスにアインは少し考える。
「う〜ん、諦めないと言いますか…… その先を見たいという好奇心の方が強かった…… というところでしょうか」
「好奇心……?」
「物事を探求しようとする根源的な欲求、とでも言いましょうか。何かを知りたいと思う気持ち、それは知的活動の根源となる感情で、人間が知的生命体を名乗る上で最も必要な感情でもあります。そして僕の学問では、これがなければ学べません」
そう言うアインにアムラスは「成る程……」と呟いた。
「ああ、それとアムラス殿下?」
不意にアインはアムラスにそう言った。アムラスは「何ですか?」と聞き返した。
「僕に『様』は不要です。アインと呼んでくれると嬉しいですね。みんなそう呼びますから」
アインはそう言ってにっこり笑った。
「はい、わかりました。アイン」
「結構です。では次に我が電磁化学科をご案内しましょう」
アインはそう言ってアムラスを技術棟へ案内した。
電磁化学科の教室に入って、アムラスは最初に目に入った箱と寝台がくっ付いたような大きな機械についてアインに質問した。
「アイン、これは何ですか?」
「これは僕達が今制作中の機械で、『活版印刷機』と言います」
アインはそう言って斜めになった蓋のような木箱から親指大の四角い金属の塊を引き抜き、アムラスに見せた。
「ハンコ……?」
「……の様なものです。僕達は『活字』と呼んでいます。文字を掘ったこの活字を並べてインクを付け、それを羊皮紙や、僕らが作ったこの『紙』に押し付けます」
アインはそう説明しながから印刷機を操作し、印刷した小さな紙をアムラスに手渡した。
「これは…… 僕の名前だ!?」
「ええ、こうして文字を組み合わせれば、同じ物を何百枚も作ることが出来ます。絵や図などを作っておけば更に便利です。本などを筆写士に模写させるより遥かに短時間で大量に作ることができ、しかも効率的です。本ももっと安価になって、そのうちに庶民でも本を買う事が出来る様になるでしょうね」
そんなアインの説明を聞きながら、アムラスはアインが今やった印刷を見様見真似でやってみた。そして出来上がった自分の名前が印刷された紙を、先程アインから渡された物と見比べていた。
「同じだ…… 凄いです。アイン達は武器だけではなく、こんなものまで作ってしまうのですね!」
そう言うアムラスにアインは大きく頷いた。
「武器や兵器は科学の数ある側面の一つです。確かに科学技術は電磁甲冑機兵の様な強力な兵器を生み出す素になりますが、本来は人の暮らしを便利で豊かにするものなのです」
アムラスはそう説明するアインに羨望の眼差しを送っていたのだった。
それからアムラスは結晶術科、錬金科を見て回った。そちらの案内はログナウやミルストーン女史に任せ、アインは一行の列の後ろで退屈そうにしているメイドの少女に声を掛けた。
「少し席を外しませんか?」
欠伸を噛み殺した瞬間に声を掛けたせいで、彼女はビックリして目に薄っすら涙を浮かべていた。
「あ、あの、でも私はアムラス殿下の侍女ですし、離れる訳には……」
「なら、殿下に冷たい飲み物を持ってきましょう。学生のカフェテリアがあるのですよ」
アインはメイド少女にそう言い、今度はミファに声を掛けた。
「ミファ、殿下の飲み物を持ってくるため、僕はこちらの方にカフェテリアに案内してくるね」
そんなアインの言葉にミファは「それでは私が……」と歩きかけるミファをアインは制した。
「今日のミファはアムラス殿下の護衛でしょ? 離れる訳にはいかないじゃん?」
「……確かに。すみません殿下、手間を掛けさせてしまって……」
そう申し訳なさそうにするミファに、アインは「このくらい良いって」と微笑み、メイド少女と本館のカフェテリアへと向かった。
「カフィエはこれに入れていきましょう」
カフェテリアでアインはそう言ってメイド少女に細長い筒を渡した。メイド少女は首を傾げながらその筒を眺めた。
「水筒です。内部の表面が鏡のように磨いてあって、温くなりにくいんです」
それは幻象反応金属で作った地球で言うところの魔法瓶である。もちろんこれもアインが作ったものである。
「それとこれはあなたの分です。少々お疲れ気味のようだったので少し甘くしてあります。あちらのテラス席で少し休憩していきましょう」
アインはそう言ってメイド少女にグラスを渡し、自分の分と水筒二つを肩に提げてテラス席へと歩いて行った。メイド少女もなんだかよくわからないと言った表情でアインの後に続き、テラス席で二人はテーブルを挟んで向かい合って座った。
「静かで良いところですね…… 中庭も手入れされてて綺麗……」
メイド少女はそう言って周囲を眺める。
「今は授業中ですからね。昼時や休み時間になると学生達で賑わうんですよ」
とアインは言いながらグラスの冷えたカフィエを口に含んだ。メイド少女もアインに習ってカフィエを口にすると、口の中にほどよい甘みが広がり、心地よい気分を味わった。先ほどまで少し眠かった頭もすっきりしていく感じがした。
「美味しい……」
素直にそんな言葉が口をついた。
「甘味に含まれる糖分は脳に最も必要なブドウ糖になるんです。それにカフィエに含まれる成分は脳を活性化させますからね。疲れたときや眠いときは甘いカフィエが良いんです」
アインはそう言って再びカフィエを飲んだ。
「それにしても、ずいぶん弟想いなのですね?」
そのアインの言葉にメイド少女は首を傾げ、アインを見た。
「弟想い……? 誰がですか?」
するとアインは彼女の視線を受け、クスッと笑った。
「もちろん貴女です。なにせ心配でついてきて仕舞うのですからね。ああ、もしかしてお忍びとは貴女のことだったのかな?」
「――――――っ!?」
そのアインの言葉に、メイド少女は目を見開いた。
「なかなか見事な『変身』です。いや、『思念投影』に『光彩湾曲』の複合術式か…… 面白い組式をしますね、新しいアプローチだ。貴女のオリジナルですか?」
そう言うアインにメイド少女は答えず、じっとアインを見つめていた。そしてしばらくしてから呟くように口を開いた。
「……何時気がついたの?」
「変だなって思ったのは馬車を降りた時です。髪で隠しているその耳飾りが結晶石ですね。石をはめ込む周りの枠の細工が侍女が持つには精巧すぎます。身分からして明らかに不釣り合いだ。で、どなたなのかは歩いた時に直ぐにわかりましたよ、皇女殿下?」
その言葉にメイド少女は再び驚きの表情を作った。
「歩き方っていうのは自分でも気が付かないうちに育ちが出る物なんです。膝の少し前でつま先から地面を踏む…… こうすることによって腰は自然に前に出て歩き方に品が出ます。これは常に周囲の視線を受けて育った女性…… つまり王族の女性に共通した歩き方の癖です。
で、皇太子殿下の学院見学に付きそうのに、姿を変える必要がある高貴なご婦人…… そんな方、一人しか思いつきませんよ、ソフィー皇女殿下」
アインの説明を聞き、その少女、ソフィー・マキアヌス聖帝内親王は「なるほどね……」と言って椅子の背もたれにもたれ掛かりため息をついた。
「変身には自身があったんだけどなぁ……」
「確かに術式による変化は完璧でした。たぶんあの場では誰一人解っていないでしょう。恐らくアムラス殿下も知らないんじゃ無いですか? 皇女殿下がもっと注意深い方なら僕も気がつくのにもっと時間が掛かったでしょう」
アインはしれっとそう言ってカフィエのカップをテーブルの上に置いた。一方ソフィーはアインのその言葉が癇に障った。
「ちょ…… それってつまり、私の注意力が無いと仰りたいわけ?」
「無いとは言いませんが…… 中途半端は怪我の素と言います。やるならもっと研究しないと、そのうちボロが出て痛い目を見るよ~って忠告のつもりだったんですけどね」
そのアインの言葉にソフィーは頬をヒクヒクと引きつらせた。
(なな、何よコイツ、超生意気~っ!)
ソフィーはそう心の中で悔しがり、表情を引きつらせながらアインに皮肉を言う。
「何でもよくご存じですこと。でも私をソフィーと知って、ずいぶんと失礼な事を仰るのね。それともマナーをご存じ無いのかしら?」
「僕のマナーがどうこうの前に、今の貴女は侍女ですよ? 僕が侍女を極端に恭しく扱っていたらかなり不自然だと思うんですけど?」
澄ました顔でそう答えるアインに、ソフィーは返す言葉もなく、悔しそうにアインを睨んだ。
「で、でも貴方、一つ間違いがあるわよ?」
「間違い?」
アインはソフィーの言葉に鸚鵡返しにそう尋ねた。少し意外そうなアインの表情にソフィーはわずかに溜飲を下げる。
「私は別にアムラスが心配だからってだけでついてきたわけでは無くってよ」
アインは「はあ……」と呟き、再びカフィエを啜った。
「皇女様が姿を変えてまでこの学院にいらっしゃる理由には、いささか興味が湧きますね」
するとソフィーはアインの顔を睨むように見つめた。
「貴方を見に来たのよ」
「僕に…… ですか?」
アインは意外そうにそう聞き返した。
「そうよ、あんな電磁甲冑機兵なんていう恐ろしい兵器を生み出した悪魔にね」
険が増したソフィーの視線をアインは涼し気な顔で受け止めていた。




