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彼方の昴  作者: 鋏屋
第一章 入学編
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4. 聖都ノルマン

 カレン界最大の大陸カルバート。

その大陸の西側は西邦と呼ばれ十の国があり、その十の国を統べるのがサンズクルス聖帝と呼ばれる大国家である。

 今から三〇〇年前、西邦統一を成し遂げたルーンという国の王フェン・ドルイル・サンズクルスは、十の国を従属国として統治し現在の聖帝という一大国家を作り上げた。それから三〇〇年の統治を今に続けている。

 しかし人の命が永遠で無いように、国家もまた永遠の繁栄を時の神に約束された物では無い。

 建国の祖であるフェン・ドルイル・サンズクルスは『人の思想は国家に結ぶ』との言葉を残し、当時としては革新的な治世を敷き、様々な法を用いて自分の死後も盤石の統治体制を確立したのだが、長い平穏の世の中で、国家中枢の貴族は権力闘争に明け暮れ、建国当初の無敵を誇った聖帝軍は弱体化し、聖帝は徐々にその力を失いつつあった。

 従属国の中でも有力諸国の王達は、宗主国である聖帝にかつての力は無いことを感じ取っていたが、それでも未だに強大な兵力を有する聖帝に表立った反抗の意志を示してはおらず、いずれ訪れるであろう内戦に向けて、自国の力を増強する事を主眼においてなりを潜めていた。

 表向きには平穏の世のように見えるが、水面下では戦乱の時代へと、静かに走り出していたのである。

 それが善か悪か、あるいは賢行あるのか愚行であるのか。

 その審判を時の流れに委ねつつ、世の中は新しい時代を迎えようとその胎動を始めていた。

 そんな中で、その身の内に異世界の魂を秘めた少年、アインノール・ブラン・デルフィーゴが歴史の表舞台に登場するのはまだ少し先のことであった……


 時に大陸歴一六二〇年、聖歴二九六年、季節は花の蕾が開く頃を迎えていた。



 聖帝領の東の果てであるデルフィーゴ王国から聖都ノルマンまでは早馬で半月、馬車で一月ほどかかる距離だった。

 聖都までの道は、スグレと言う交易路があり、それをたどって聖都に向かう。かつて初代サンズルクルス大帝が大陸西邦統一を果たした『統一戦争』時に、その補給路として整備したのがこの交易路スグレの始まりである。その後は広大な版図の連絡路として使われたため馬車や馬が通りやすいよう石が敷かれ、各所に関所を設け、聖帝軍によって警備、管理をするよう定めた。

 戦乱が過ぎた後も軍による警備が行われる街道のため、交易路スグレの周りは治安が良く、旅商人達の交易路として使用され、それに沿って街や村ができあがっていったのである。

 デルフィーゴ王国の第二王子アインノール一行も、護衛騎士と馬車でこのスグレを旅していた。

 そして国元を出立して約一月後、一行は目的地である大陸最大の都市、聖都ノルマンに到着しようとしていた。


「うっわ、でか~っ!」

 馬車のガラス窓を開けて身を乗り出しながら聖都ノルマンの城壁を眺めて、アインがそんな声を上げた。まだ若干肌寒いが、心地よい風がアインのさらさらした栗毛を巻いた。

 馬車の前方に見える城壁は、まだかなりの距離があるのにその偉容さを誇っていた。

「人口約一八万人、大陸最大の都市、聖都ノルマン…… やっと着きましたね、殿下」

 馬車から身を乗り出すアインに馬で近づいてきたミファがそう声を掛けた。

「一八万人…… 確か帝国末期のローマ市が一二、三万人ぐらいだったよなぁ……」

 アインのそんな呟きにミファは首を傾げる。アインは無意識に日本語で呟いていたので、ミファにはアインの言ってる事が理解できなかったのだ。

「あれ? でも姫大将は聖都はこれが初めてじゃねぇんじゃなかったっけ?」

 そう言ってアインとミファの会話に割り込んできたのはミファの後ろで馬を寄せてきた若い騎士だった。若いと言ってもアインほどでは無く、青年と言ったぐらいだ。

「マウザー卿、王子である殿下に向かって『姫大将』は無いでしょう。聖都では慎んでいただきたいですね」

 ミファがそう苦言を吐くと、その若い騎士は笑いながら肩をすくめた。

「堅いこと言うなって、殿下だって別にかまわないって言ってるんだし……」

 するとアインはその言葉に「う〜ん、別にいいんじゃない?」と答えると、男は「ほらな?」とミファに言った。

「良いわけないですっ! 殿下ももう少し考えてください!」

 とミファが咎める様に言い返すと馬上の男は肩をすくめアインを見た。アインもその視線に「怒られちゃいましたね」と言いつつ愛想笑いを返した。

 彼の名前はオリビトン・マウザー。一応王国騎士団の一〇〇人隊長も務めている騎士である。

 粗暴で軽い感じの男だが剣の腕は一級品で、以前聖都で行われた武道大会で個人優勝を果たし、皇帝陛下直々に準男爵の位を与えられ『焔の騎士リッデル・ザン・フレイメス』という二つ名を持つ剣士でもある。

 準男爵は領地や家臣を持たない、言ってみれば名誉爵位なのであるが、それだけに自己の実力のみで得た称号である為、騎士としてはとても名誉な事であると言えよう。

 本来はデルフィーゴ王宮の筆頭騎士として国内外にその名を知られる男なのだが、元来あまり堅苦しいことが苦手であり、剣士ではおよそ最高の栄誉である『王宮指南役』をも辞退するような、いわゆる規格外の男だった。そんなオリビトンだったが、少々王族としての自覚に欠けるアインノールとは妙に馬が合った。そんなわけで今回も聖都に行くアインの護衛を買って出ていたのである。 

「僕には五年前以前の記憶が無いからね。前に来たことがあっても覚えてないんだ。だから今の僕にとってはこれが初めての聖都行きって言っても良いんだよ」

「ああ、なるほどね……」

 そう答えるオリビトンの横で、ミファはわずかに俯き、少し悲しそうな表情をした。

 五年前、アインノールは一度亡くなったと思われた。その臨終に立ち会ったミファの心は、その時一気に奈落の底に落とされたような絶望を味わったのである。

 しかし、死んだと思われたアインノールだったが、程なく息を吹き返した。ミファはそのことに心から喜び、同時に生まれて初めて奇跡という物が本当にあるのだと実感した。アインノールが生きていたことが、ミファは本当に嬉しかったのである。

 しかしそれ以降のアインノールは、今彼が言うように以前の記憶を全て失っていた。息を吹き返した当初は自分が誰なのかもわからないほどの状況だった。確かに病気がちだった以前に比べて今のアインノールは元気になったし、大きな声で良く笑うようになった。それはとても良いことだと自分でも思う。

 だが、小さい頃から一緒に育ってきたミファにとって、幼い頃の二人だけの大切な思い出をアインノールが何一つ持っていないのが寂しかった。なぜなら、ミファはアインノールのことが好きだったからである。

 同じ乳母の乳を飲み、姉弟のように育ったミファにとって、アインノールはひ弱な可愛い弟だった。それがいつの頃からか一人の異性として意識し始め、いつの間にかそれが愛情に変わっていたのだった。

 だが自分はたかだか男爵家の娘で、アインノールは自分の家が代々仕える王家の王子である。幼い頃はあまり意識しなかった身分の違いは、歳を重ねるにつれてその差を大きく感じることになっていった。ミファはアインノールの記憶が消失したのをきっかけに、アインノールとの関係に一線を引くようにしたのである。

(たとえ鉢に花が咲かずとも良い。家臣として生涯そばで彼を支え続けよう……)

 ミファは幼い頃の二人の思い出とアインノールへの想いを自分だけの心の奥に仕舞い、生涯アインノールの剣となり、盾となる事を心に誓っていたのである。

 一方アインノールこと、藤間昴はミファの気持ちを知らない。もっとも姿形はアインノールではあるが、中身は異世界人の藤間昴なのでミファとの思い出など持っていない。アインノールとして目覚めたときからすでにミファは自分の小姓としての立ち位置を崩さない姿勢を見せているので知りようもなかった。

「でもミファは覚えてる? 昔僕と一緒に聖都に行ったってトラファウル卿から聞いたよ」

 そんなアインノールの言葉に「ええ、まあ……」と曖昧に頷くミファだった。

「そっか~ その頃のミファってどんな女の子だったんだろう? 今より女の子っぽくて可愛いかったんじゃない? 覚えて無いのが残念だよ」

 そんな言葉にミファはドキッとして俯いた。アインの言葉は偶然にも自分の心の奥底にある気持ちを知っているかのような物言いだったからだ。 

「も、もうずいぶん昔の事ですし、本当に幼い頃なので良く覚えておりません。私のことなどどうでも良いことですので……」

 するとアインはちょっとむくれたように文句を言う。

「どうでも良くないってば。せっかくの幼なじみなんだし。そんなミファと過ごした記憶が無いのは、僕はとても残念だなぁって思っているんだ。こうやってさ、前に来たところの昔話が出来ないのは、やっぱりちょっと寂しい気がするよなぁ」

「殿下……」

 アインの言葉にミファは仄かな喜びを感じていた。二人の思い出を失ってしまったその事に、アインが寂しいと感じてくれていることが嬉しかったのだった。

「だから今度は忘れられない思い出を作ろうよ、あの街で。きっと楽しい事がいっぱいあるよ」

 そう言ってアインは風に舞う栗毛を抑えながら、前方に見える聖都ノルマンを眺めていた。ミファも、そのアインの視線を追うように聖都を眺めて「ええ、そうですね」と微笑みながら呟いたのだった。

2014.2.12

とんぽーろー殿の御指摘にて聖都ノルマンの人口比較のアインの台詞を修正。

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