39. 学院長のお願い
アインはサーマルガンの試射を行っていた演習場からミファと一緒に学院長室に向かった。
学院長室は本校舎棟の裏にある職員棟の三階だった。職員棟はアイン達の居た技術棟からだと講堂を大きく回りこまなければならず、少々時間が掛かって仕舞った。
ドルスタイン上級学院の敷地はかなりの面積があり、さらに今年からは新たな学科も増えたのでますます大きくなっている。
(何か校内の移動手段としての乗り物が欲しいよなぁ……)
アインはミファと歩きながらそんな事を考え、いくつかアイデアを頭の中で浮かべていた。するとやや後ろを歩くミファがアインに声を掛ける。
「でも一体何なのでしょう? 殿下のみならず私まで同席して欲しいとのことでしたが……」
「う〜ん…… 学院長が直々に僕を呼ぶ理由なんて全然思い当たらないや。電磁化学科絡みならミファは関係無いしね」
ミファの問いにアインも首を捻りながらそう答えた。そうしているうちに二人は学院長室にやって来た。この部屋に来るのはレグザーム宰相視察の時と寄付金、そして電磁化学科創設時に続いて四度目になる。アインとミファは一応お互いに衣服を直しつつドアをノックした。
「電磁化学科二年、兼副講師アインノールです」
「戦術科二年、ミファ・トラファウルです」
二人がドアの前でそう言うと、中から「入ってくれたまえ」と声が掛かった。二人は「失礼します」と言いながらドアを開いて中に入った。
「やあ、二人とも待っていたよ」
中に入ると学院長であるアラン・ド・ポースマン聖帝伯爵が満面の笑みで二人を出迎えた。その笑顔にアインなどは少々引き気味で眉を寄せつつ苦笑いをした。
とその時、アインは部屋に配されたソファに二人の先客の姿を認めた。しかもそのうちの一人はアインやミファがよく知る人物だった。
「やっほ〜 お二人さん。お久しぶりね」
そう言ってその女性…… ミスリア・シャル・レムザールは胸の前で小さく手を振りにっこり笑った。
「レムザール先輩?」
アインは少し意外な顔を、そしてミファはあからさまに警戒した表情で彼女を見た。ミファはミスリアが苦手であった。
ミスリアは今年学院を卒業し、現在は聖帝法務院に入院し見習い事務官になっていた。聖帝法務院はどちらかというと元老院寄りの機関であり、主に聖帝法の維持、整備を職務とし、サンズクルス聖帝の国益に関する争訟の統一的かつ適正な処理などを行う行政機関である。
聖帝法務院事務官は日本で言うところの行政官僚の様な役職で、ミスリアはその卵と言う訳である。
入院資格は自身が聖帝子爵以上の貴族階級であり、かつ聖帝侯爵以上の者からの推薦があることが前提である。また採院試験は聖帝最難関試験とも言われている。
これまで法務院事務官は全員男性だが、ミスリアがこのまま実績を重ね、見習いが取れて晴れて法務院事務官になれば、女性初の法務院事務官が誕生することになる。
しかし学院生時代の彼女の素を知っているアインは(この人で大丈夫なのかサンズクルス聖帝法務院!?)などと本気で心配していたりするのであった。
アイン達はポースマン学院長の勧めでソファーに腰を下ろした。向いにはミスリアと、その隣にもう一人女生徒が座っている。肩までの髪はミファの様な鮮やかな金髪ではないが、落ち着いた感じの艶のあるブロンドで、慎ましく座る彼女にはよく似合っていた。
(この人、確か何処かで……)
とアインが頭の中で名前を検索していると、隣のミスリアが彼女を紹介した。
「この娘は聖法科四年のユミ・ラウラ・ブラウシス。今期の学生会会長を務めてるから知ってるでしょうけどね」
そんなミスリアの言葉にアインは内心ドキっとした。
(ヤべ〜、完全に忘れてた……)
しかしそんな事は全く顔には出さずにアインはしれっと笑ってみせた。
「勿論。でもこうやって面と向かって挨拶するのは初めてですね。改めてまして、アインノール・ブラン・デルフィーゴです」
アインがそういけしゃあしゃあと頭を下げると、隣に座るミファも同じように名乗り頭を下げた。
「こちらこそ改めまして、ユミ・ラウラ・ブラウシスです。お二人の事はミスリー…… レムザール先輩から良く聞いて知っています」
そんなユミの丁寧な挨拶の中に、アインは微妙な言葉のニュアンスを感じ取った。
(まてよ……? ブラウシスって、まさか……)
アインがそんな事を考えていると、それが顔に出たようでミスリアが微笑みながら頷いた。
「そうよアインノール君。彼女は聖帝軍総司令、エドガー・ラウラ・ブラウシス伯爵元帥閣下の御息女なの。で、私達は先輩、後輩だけど幼馴染でもあるのよ」
そんなミスリアの言葉にアインは納得したように頷き、ミファは驚きの表情を作っていた。
そんな中、アインはユミがじっと自分を見つめていることに気付き形の良い眉を寄せた。心無しか目も潤んでいるようにも見える。
(またか…… あっちの世界じゃ何の特徴もない平凡な顔立ちでイケメン共を羨んだりもしてたけど、この顔はこの顔で結構めんどくさいもんだな……)
アインはユミがまたぞろ自分の容姿に好意を持ったのかと思っていたが、ユミの感情はアインの想像の斜め上を行っていた。
「遠目では何度か目撃したし、演劇の時にも見てたけど、こうして近くで見ても完成度激高っ! もう超可愛い! 男の娘最高! ミスリー姉、ユーミお持ち帰りしたいにゃぁ!」
ユミはハアハアと興奮しながらミスリアに妙な力説をしていた。
(……に、にゃぁ?)
と引き気味に苦笑するアイン。するとミスリアも苦笑しながらユミをなだめる。
「ちょとユミ、少し落ち着き…… あ! ユミ鼻血出てるわよ!?」
ミスリアはそう言ってポケットからハンカチを取り出し「ほら、上向いてチーンって……」とユミの鼻血を拭いてやっていた。
(学生会って……ホントどういう組織なんだマジで。つーかこの娘達の親って、仮にも実質聖帝のツートップな訳だよな……)
アインは老婆心ながら聖帝の行く末に一抹の不安を感じずにはいられなかった。
(てか学院長っ! 和かに微笑んでないでどうにかしろよこの状況っ!!)
と左隣りに座りこの席を微笑みながら見守るポースマン学院長に心の中で文句を言うアインであった。
「それで、今日はまた何の御用なのですか? 学院長」
ユミが血止めに詰めた脱脂綿を鼻から覗かせつつも、部屋に入って直ぐの時のように慎ましくすわり直し、ようやく落ち着いた感のある席上でアインはそう切り出した。
「実はこの度、学院に『さる高貴なお方』が来賓されることになってな……」
ポースマン学院長はそう言って顎下に蓄えた白い髭を撫でながら話し始めた。
「そのお方は君が作り出した電磁エンジンと電磁甲冑機兵にことのほか御執心でな、それを作り出した我が学院の錬金科、そして電磁化学科を見学されたいと仰せなのだよ」
そのポースマン学院長の話にアインは「なるほど」と頷いた。
「それとだな、その方は是非君に会って話をしてみたいと仰っているらしい」
「僕にですか?」
アインはそう聞き返した。
「ああ、若干一四歳の若さであの電磁甲冑機兵を作り出した君に興味がおありなのだろう。まあ歳が近いという事もあるのだろうが……」
ポースマン学院長のその言葉にアインはピンと来て目を見開いた。
「歳が近い……? ちょっと待ってください、ひょっとしてその『さる高貴なお方』というのは……!?」
アインのそのセリフを前に座ったミスリアが遮った。
「流石アインノール君、察しが良いわね。そう、君が今想像した通り、アムラス・マキアヌス聖帝親王位…… アムラス皇太子殿下よ」
ミスリアのその言葉にアインは「やっぱり……」と答え、ミファは絶句して固まっていた。
「アムラス殿下か…… 確か今年で十一歳におなりでしたね」
アインがそう言うとポースマン学院長は「そうじゃな」と頷いた。
(確か俺がガ〇プラを作りだしたのがそのあたりだった。やっぱりその歳頃の男の子が巨大ロボットに萌えるのはどこの世界でも同じなんだな……)
アインがそんな事を考えてクスッと笑っていると、隣のミファが目をむいて驚く。
「で、殿下は全く動じないのですか? 聖帝の皇太子殿下ですよ!? 私などは自分のことでは無いのに今から考えただけで緊張してしまって……」
そう言うミファはブルルっと身を震わせていた。このミファの反応は聖帝領に住む爵位を持たない者なら当然と言える。何せ相手は皇族であり雲の上の存在だ。典型的な封建社会である聖帝領にとって、皇太子と言葉を交わすなど、有力属国の王族以外は本来はあり得ない事であるからだった。
しかしアインは、元は地球の日本人である。封建制度はとうの昔に滅び、天皇は『国の象徴』として、祭られ実質の権力を持たない存在と教えられてきた世代である。身分の上下には無頓着でいまいちピンとこないのは仕方のない事であったが、そんなアインの姿が、ミファや他の者からすれば『落ち着いた余裕ある器の大きな人物』として見られるのであろう。
(やはり殿下は凄い。皇太子殿下のお相手をせよと言われても全く動じず、笑みまで溢すとは…… 流石だ。私とは器が違う)
ミファは羨望のまなざしをアインに送るが、当の本人は全く別の事を考えて笑っているなど、彼女は夢にも思っていなかった。
「用件は解りました。電磁甲冑機兵をきっかけに『科学』に興味を持っていただける方が一人でも増えるなら僕も嬉しいですから僕は良いんですけど…… ミファは一体何のために呼んだのですか?」
アインがそう聞くとポースマン学院長は「うむ……」と頷いた。
「今回のアムラス皇太子殿下の見学はお忍びでな。そうは言っても警護は付いてくるだろうが、我が学院も万全の体制を取らねばならぬ。ここにいるブラウシス君を筆頭に学生会も全面的に協力して貰うのだが、実はレグザーム宰相閣下から直々にトラファウル君にも学園内でのアムラス殿下の警護をお願いしたいと打診があったのだ」
「わ、私にですか!?」
ミファはそう驚きの声を上げた。全く信じられないと言った表情だった。
「去年この学園に視察に来た折りに見たトラファウル君の剣舞に感銘を受けたそうだ。ご自身も剣の道を歩んだ方だからこそ、君の剣の腕を見抜いたのであろう…… 閣下は是非にと仰っていた。どうだろう? 引き受けてはくれまいか?」
そんなポースマン学院長の言葉にミファはどう答えて良いか解らずアインに助けを求める視線を送った。するとアインはニコッと微笑んだ。
「ミファの剣の実力が閣下のお目に留まったんだ。騎士として名誉なことだし、主として僕も鼻が高い。引き受けたら良いんじゃない?」
そんなアインの言葉に、ミファは頬を染めて嬉しそうに頷いた。確かにアインの言う通り騎士として名誉なことには違いない。しかしミファにとってはアインの『主として鼻が高い』という言葉に一気に針が傾いたのである。ミファは主であるアインのために、精一杯警護の役を果たそうと心に決めた。
「解りました。不肖ではありますが、このミファ・トラファウル、その大役をお引き受けいたします」
ミファはそう言って頭を下げた。そして再び上げた顔には誇らしげな表情と、そして嬉しそうにアインに微笑むミファの笑顔が浮かんでいた。
いつも読んでくださる方々、大変感謝です。
今回五章のタイトルを変えました。混乱させて申し訳ありませんがご了承ください。
引き続きご贔屓くださると嬉しく思います。
こんなしょーもないお話しですが、誰か一人でも「面白いよ」と言ってくださる事を願って。
鋏屋でした。




