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彼方の昴  作者: 鋏屋
第五章 聖都事変編
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36. 分子電離爆縮推進加速実砲

 アイン等電磁科学科の跨乗電機工兵アーマライドのデータは錬金科に引継がれ、さしあたって一◯機ほど量産することになった。その他にアイン達は電磁甲冑機兵バストゥール用の新しい射撃武器を開発していた。

 現在の電磁甲冑機兵バストゥール用の射撃兵装である電磁誘導加速投射実砲レールカノンは威力は高いが電力消費が大きく、再発射までにどうしてもタイムラグがある。また発射時の摩擦熱で連射が効かない等のデメリットがある為、アインはこの電磁誘導加速投射実砲レールカノンに替わる新たな射撃兵装を模索していた。

(火薬を作るってのは無理っぽいし……)

 前世の地球上で最も製造が容易な黒色火薬の原料は硝酸カリウム、硫黄、木炭であるが、カレン界には硝酸カリウム、つまり硝石が無い。過去に硝酸ナトリウム結晶石の鉱脈が発見された記録も無い。

 アインは以前に、江戸時代の火薬生成方を参考に厩肥、木灰、藁などの有機物と尿素から人工的に硝酸カリウムを生成しようと試みた事があるが、何度やってもうまくいかなかったのだった。どう言う訳か硝酸カリウムとして結晶化しなかったのである。

(何か地球上とは別の法則が働いているのかも知れない。硝酸カリウムが精製出来ないとなれば当然ピクリン酸の様なニトロ化合物も生成できないだろうし……)

 もっとも、上手くニトロ化させたとしても扱いが難しくこの世界での現在の技術レベルでは実用化は危険と判断せざるを得ない。

 何か別の物で代用出来ないかと考えもしたが、これ以上はアインも専門外なので思いつかなかったのである。

(やはりここは電気を利用する方向で考えよう)

 アインはそう結論付たのである。

 

「電離プラズマ膨張推進……? 悪りぃ、さっぱりわからん」

 アインの説明を聞き、カインズが首を傾げた。他の科学科生徒達も同じく顔にハテナマークが浮かんでいた。

「あ…… ではまず、プラズマと言うのが何なのかを説明しましょうか」

 アインはそう言って黒板にチョークで絵を書きながら説明を始めた。

「そもそもプラズマというのは、個体、液体、気体に次ぐ第四番目の物質の状態変化を指します。個体が高温によって液体となり、構成原子や分子が蒸発して気体になりますね? ここからさらに高温にすると、今度は気体原子や分子が熱運動によって激しく衝突し、原子や分子から電子が剥ぎ取られます。その結果、荷電を持つ電子とイオンが気体中に生成され、その電子を持つ高温気体がプラズマです。この時に発熱と同時に発光するという訳です」

 アインはここで一旦言葉を切り、皆の反応を伺った。皆今までの授業で『電気』というものを朧げながら理解し始めてきているので、なんとなくだが今の説明で概要程度はわかったような表情をしていた。

「つまり、物質から変化した気体が更に高温になった状態で起こる現象、って訳だよな?」

 カインズの答えにアインは「ええ、その通りです」と満足気に頷いた。

「この現象は実は自然界ではよく起こる物なんです。身近な所では、南部の極寒地域でたまに見られるオーロラや、雷なんかがそうです。これらは自然プラズマですね。あ、そうそう……」

 アインはそう言って天井を指した。

「僕の作ったこの照明も規模の小さなプラズマの光を応用しています」

 すると生徒達も天井に設置されているナトリウムランプを見て納得する。

「さて、現在の電磁甲冑機兵バストゥールの射撃兵装である電磁誘導加速投射実砲レールカノンですが、威力は高いけど再発射迄の電力量確保に短く無いタイムラグがあります。なのでどうしても長距離射撃による攻撃方法になってしまいます。目標が不動物、若しくは動きの遅い物ならば当てるのは容易いかもしれませんが、移動標的に当てるのは至難と言っていいでしょう。僕はこの問題をなんとかしたいと思っています」

 アインはそう言って、跨乗電機工兵アーマライドの時と同じ様に黒板に図面を貼り付けた。

「そこで僕は、プラズマの膨張爆発を推進力にした射撃兵装を考えました。それがこれです」

 生徒達は皆席を立ちアインの居る黒板の前に集まり図面に眼を凝らした。

「電力供給はバッテリー……? 電磁エンジンから直接取らないのですか?」

 そう聞いたのは一年生のカテナだった。一年生でその点に眼が行くというのは優秀な証拠であると言えよう。

「ええ。ただし充電は電磁甲冑機兵バストゥールのエンジンで行います」

「何故直接取らないんだ?」

 今度はカインズがそう質問した。

「年始の岩巨人タイトゥーヌ討伐の時、電磁甲冑機兵バストゥールは再発射迄の間予備バッテリーでの稼動を余儀無くされました。まあ、磁誘導による弾体加速ではないので電磁誘導加速投射実砲レールカノン程電力は使いませんが、機体電力とは切り離した方が緊急時に対応し易いかなって思ったのですよ」

 そんなアインの答えにカインズは「成る程な……」と頷いた。

「この方式にするとある程度連射が可能となるでしょう」

 アインがそう言うと数人の生徒が「おお……」と呟いた。以前電磁誘導加速投射実砲レールカノンの試射を見た生徒達で、アレが連射された時を想像したのであろう。

「ただし、初速は電磁誘導加速投射実砲レールカノンの半分程になると思いますので威力は落ちるでしょう」

 すかさずアインはそう付け足した。

「落ちるって…… どのくらいだ?」

「初速が半分になるので、少なくとも三、四割は落ちるんじゃないですかね。まあ撃ってみないとわかりませんけど……」

 そんなアインの答えにカインズは「ふむ……」と唸った。

「威力より連射の有利性を取ったって訳な」

 そう言うカインズは頷くアインに一応納得したようだった。

(まあ、連射と言っても毎分一五◯発程度が精々なんだけどね……)

 とアインは心の中で付け加える。

 前世の世界である現代の地球では、標準的な機関砲が毎分六◯◯発前後であることから考えれば、その連射速度はかなり遅い。地球の歴史に例えるならば、南北戦争次代のガトリング砲ぐらいの連射速度である。

 しかし今まで銃火器が無く、射撃武器は弓などの原始的な物しか無かったカレン界においては、その連射速度は驚異的となるだろう。

「では、その仕組みについての説明に移ります」

 アインはそう言って今度は図面の横の黒板にチョークで簡単な略図を描き始めた。


「筐体のこの部分、僕は機関部レシーバと呼んでますが、ここで弾体の後方に取付けた推進用触媒導体に高電圧でジュール熱を発生させて触媒導体をプラズマに相変化させるつもりです」

 アインは黒板の略図に、わかりやすいように漫画じみた絵を加えていく。

「発生したプラズマ膨張爆発の圧力で弾体を筒外に飛ばします。この時、機関部レシーバは上部がこうスライドするような構造にして、爆発時の反動で弾体一つ分後ろにズレ、次の弾体が給弾される…… このサイクルを繰り返し、連射を可能とします」

 アインの図面と絵を見ながら、カインズは「成る程……」と呟いた。

「プラズマ膨張爆発を発射と給弾の両方に利用するって訳だな?」

「ええ、その通りです」

 カインズはそんなアインを見ながら肩を竦める。

「ホント、よくまあこんなの思い付くもんだぜ」

 そんなカインズの呆れとも取れる言葉に他の生徒も同意を示す様に頷いた。元々機械という概念の無いカレン界の人にとっては、アインの考える機械のアイデアは発想すら浮かばない物である。改めて皆の前にいる、背の低い美少女のような少年にカインズ達は畏怖を覚えていた。

(本当は俺の発明した機構じゃ無いんだけどね……)

 とアインはそんなカインズ達の視線を受けながら、照れ隠しに頭を掻きつつ心の中でそう呟いた。

「僕はこの武器を『分子電離爆縮推進加速実砲サーマルガン』と名付けます。明日からはこのサーマルガンの制作にとりかかります」

 アインのその宣言通り、電磁科学科は翌日から分子電離爆縮推進加速実砲サーマルガンの制作に取りかかった。

 

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